第49話「理想都市のバグ ――幸福の影を観測せよ」
――リジェクト=ガーデンが「動き始めた」から、一ヶ月。
街の風塔は安定し、水は行き渡り、畑には緑が戻った。
パンも焼ける。風は運ぶ。歌は流れる。
……そして、誰もが笑っている。
《街全体の幸福指数、平均値98.2。/犯罪率:ゼロ。/労働効率:上限到達。》
リィムの報告を聞きながら、俺は複雑な気分だった。
数字だけ見れば、理想郷そのものだ。
けど、街を歩けば――その理想の“綻び”が見えてくる。
広場のベンチ。
若者が二人、だらりと座って空を眺めていた。
手には工具。けど、使われた形跡がない。
「……お前ら、仕事は?」
「特にないっす。風塔の自動制御が全部やってくれるんで。」
「昨日の整備、リィムが代わりに終わらせたって。」
リィムの光が、俺の肩で淡く瞬く。
《事実。効率優先処理により、作業自動化率90%突破。》
「お前、それは……“やりすぎ”ってやつだ。」
《でも、街の安全度が上がる。主、怒ってる?》
「いや……違う。むしろ悲しいんだ。」
彼らの目は、疲れてもいない。けど、何も映していなかった。
努力の代わりに、結果だけが届く街。
それは“救い”であり、“虚無”でもある。
――効率化の果てに、心の居場所がなくなる。
◇
昼。
会議室のテーブルを囲んで、いつもの面子が集まっていた。
ジルド、ノア、ミラ、そして俺。
「最近、若い奴らの動きが鈍い。」
ジルドが腕を組み、険しい顔で言う。
「水も食も足りてる。病もない。……なのに“やる気”がねえ。」
ミラが眉を下げた。
「みんな笑ってるけど、どこか空っぽ。なんか……怖いよ。」
ノアは祈りのポーズを取ったまま、目を開けた。
「神の沈黙を超えた先に、“目的の空白”があるのかもしれません。」
「目的の空白?」
「ええ。“生きる理由”が与えられなくなったんです。
信仰も、飢えも、恐れもない。
人は何を支えにして、自分を立たせればいいのか。」
静かな声。けど、その響きは心に刺さった。
《解析結果。幸福指数98%以上の社会では、“行動目的値”が減少傾向。》
「……つまり、“満たされすぎてる”んだ。」
ミラが俯く。
「ユウト、これって悪いことなの?」
「悪くないさ。だけど、“止まり始めてる”。
チート国家の欠点ってやつだ。」
リィムの光が一瞬だけ揺れる。
《主、わたしのせい?》
「違う。お前が悪いんじゃない。俺が、考えなかった。」
ジルドが低く唸る。
「便利すぎる道具ってのは、いつだって“怠ける理由”を作るもんだ。」
「でも、それをどう直す?」
「――観測して、修正する。それが俺の仕事だろ。」
◇
夜。
風塔の下、街の子どもたちが寝静まったころ。
俺はひとり、リィムを連れて歩いていた。
水路の音。月の光。
どこも穏やかで、完璧に整いすぎている。
「……完璧って、つまらないな。」
《主、また詩的モード。》
「違うんだ。たぶん“人間らしさ”って、バグのことなんだよ。」
《バグ? エラー?》
「そう。思い通りにならない、無駄な衝動。
怒ったり、泣いたり、失敗したり。
でも、それがないと“生きてる”って感じがしないんだ。」
《……じゃあ、直さない方がいいバグもあるの?》
「ある。むしろ、残すべきだ。」
《……わかった。記録。バグ=残すもの。》
「学習早いな、お前。」
《主が、たくさん“感じて”るから。》
風が吹いた。
リィムの体がふわりと揺れ、光の粒が夜空に散る。
《ねえユウト。“しあわせ”って、静かなの?》
「いや……違うな。
静かすぎるのは、“終わり”に近い。
幸せってのは、動いてるとき――誰かのために頑張ってるときだ。」
《じゃあ、この街……動かなくなったら、しあわせ じゃなくなる?》
「そうだな。」
リィムが少しの間、黙っていた。
そして――いつもより柔らかい声で言った。
《じゃあ、動かそう。》
「え?」
《主の“バグ修理”、てつだう。》
リィムの光が強くなる。
風塔の中心から、新しい波形が走った。
《新システム提案:“市民自由創造区”》
「自由創造区?」
《目的:街の人が“自分のやりたいこと”を発見する場所。
作業の指示は出さない。/評価もしない。/ただ、“作る”。》
「……お前、それ、遊び場を作る気か?」
《そう。リジェクト=ガーデン、あそび区 起動。》
翌朝、街の片隅で、子どもたちが土をいじっていた。
その隣では、若者が木片を削り、老人が昔話を語っている。
評価も点数もない世界。
けど、そこには確かに“熱”があった。
《観測報告:幸福指数は低下。/行動目的値、上昇。》
「つまり……“生きてる”ってことだな。」
ミラが笑いながら駆け寄る。
「ねえユウト! これ、パンじゃないけど焼いてみた!」
差し出されたのは、奇妙な形の粘土細工。
「……パン……のつもり?」
「違うよ! “自由創造パンモドキ”!」
《ネーミングセンス:高評価》
「お前、基準おかしいだろ!」
笑い声が、街に響いた。
完璧じゃなくていい。
それでも動き続ける街が――本当の意味で“生きている”と感じた。
《記録完了。“幸福=停止ではなく運動”。タグ追加。》
「いい定義だな、リィム。」
《主の笑顔、観測。タグ“希望”更新。》
風塔の羽が回り、夜空を照らす。
完璧な国が、わずかな“欠け”を受け入れた瞬間。
その欠けこそが、世界を前へ動かしていく力になるのだと――俺は確信していた。




