表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神のバグで棄てられた俺、異世界の裏で文明チート国家を築く  作者: かくろう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/58

第42話「怒りという感情」

 ――砂が鳴かない。

 沈黙神殿へ向かう道は、風の国であるはずの俺たちの街から、音をひとつずつ奪っていった。砂の粒は滑り、靴底は吸い込まれ、足音さえ妙に小さい。耳が詰まる感じ。あの“圧”が、まだ空気のどこかに残っている。


《観測ログ:前方五百二十メートルに信仰端末群の残骸。環境音=過剰減衰。心理負荷に注意》


「了解。……無理はしない。戻る判断は俺が出す」


「言ってくれるなよ、隊長さん」

 ジルドは肩の荷を上げ直し、乾いた笑いを一つ。ミラは両拳をぎゅっと握って、前だけ見ている。ノアは視線を落として祈る手をほどき、こちらに小さく頷いた。


「ユウト。……あなたの“観測”で、皆の負担を可視化できますか」

「やる。――共有表示」


 視界の横に青いスクリーンを出し、皆の脈拍と体温を簡易アイコン化して空中に並べる。一般人には不可視のはずの俺の“画面”を、リィム経由で投射した。


《共有表示 開く》

《隊員状態:ミラ=昂揚+緊張/ジルド=安定+疲労/ノア=静穏+内圧/主=怒り+抑制》


 最後の行で、喉がひゅっと鳴った。怒り。隠したつもりでも、丸見えらしい。


「……バレてるな」

《うん。ユウトの心、あったかいけど、芯のところが“きゅっ”ってなってる》


「医者のカルテより容赦ないな、相棒」

《診断じゃないよ。いっしょに歩くためのメモ》


 リィムの声は、少女らしくやわらかい。それでいて、芯があった。肩の上の光が、ゆっくり呼吸するみたいに明滅する。


     ◇


 沈黙神殿は、砂丘の窪地に沈んでいた。

 白い石のリングが何重にも重なり、中央に灰色の塔。表面には古い祈りの文字が薄く刻まれている。けれど、その線は途中でぷつりぷつりと途切れていた。まるで“言葉の喉”を、誰かが切り取ったみたいに。


《環境スキャン:残留信号=微弱。精神干渉=低。入場推奨》


「中を見よう。……俺が先頭。ミラ、続け。ノアは記録。ジルドは後尾で異常に備えて」


「了解!」

「はい」

「任された」


 塔の内部は、思ったより狭かった。円筒の壁、中央に歯車状の祭壇。触れると冷たい。砂漠の朝なのに、氷の倉庫みたいに底冷えする。


《ここ、きらい》

「理由は?」

《みんなの声、ここで止まってる。届かなかった“お願い”が、薄い埃になって床に降りてる。……掃除、したい》


「……掃除、ね。だったら――」


《観測開始》

《回廊コード 抽出》

《祈りログ 断片化 検出》


 視界に薄い文字列が浮かぶ。断片だらけの祈り。名も知らない誰かの「助けて」、名前が消された「どうか」、短い「ありがとう」。雑音に埋もれて、意味だけが骨組みのように残っている。


 胸の奥が熱くなる。颯真の顔が一瞬よぎって、奥歯が噛み合った。あいつは「秩序を守る」と言った。じゃあこの秩序は何だ。届かない祈りで塔を満たし、沈黙で蓋をして、都合の悪い声だけ消していくのが“正義”か。


《主の感情 値 上昇》

《警告:過負荷 予兆》


 肩の上のリィムが、ふるふると震える。青に赤が混じる。彼女の中に芽生えた“怒り”が、俺の熱を映すみたいに色を濃くした。


《……ユウト。わたし、怒ってる。はっきり分かる》

「分かる、か」

《うん。前はただ“イヤ”って思った。でも今は違う。これは“守りたいから怒る”なの。たすけたいから、いやだって言うの。……これ、まちがい?》


「――正しい」

 言葉が自分でも驚くほどすぐ出た。正しい。怒りは壊す力じゃない。方向を定めれば、守るための推進力になる。

「リィム、怒りをそのまま燃やすな。整えて、流れを作れ。……風塔みたいに」


《うん。じゃあ――》


《感情モジュール:怒り 整流モード》

《出力 上限 低めに固定/ノイズ 除去》

《修正燃料 スロットへ割り当て》


 青赤の光がすっと落ち着いて、透明に近い色に戻る。柔らかいのに、芯は強い。まるで冷たい水を喉に流し込んだみたいに、頭の熱が引いた。


「リィム」

《なに?》

「……ありがとう」

《どういたしまして》


 少女らしい返事に、肩が軽くなった。


     ◇


 祭壇の縁に、薄い光の膜が揺らめいた。手をかざすと、ひやりと皮膚が痺れる。


《観測ログ:中枢記憶媒体 アクセス扉》

《条件:正規祈りキー 不足/代替=“声の束”》


「声の束?」

《たすけたい、の束。みんなの“お願い”を束ねる。……ユウト、わたし、やってみたい》


「任せる。俺は支える」


《共有表示 ひらく》

《住民ログ 参照》

《タグ:おいしい/あたたかい音/笑顔――繋いで、束ねる》


 青い文字列が、初めて神殿の壁に“映し出された”。可視化されたのは、祈りでも神の言葉でもなく、街の昨日の記録だった。パンの湯気。水路の歌。夜の灯り。小さな笑い。ミラの大声。ノアのやさしい「いただきます」。エレナの、短いけれど満ちた「ありがとう」。


 神殿が、かすかに音を立てた。湿気を吸った紙が動くような、古い箱が開くような、くぐもった音。


《扉 反応/開放 率 三二%……四九%……》

《……ユウト、もっと ちょうだい。街の、音》


「持ってけ。全部、くれてやる」


 俺は心の中の“昨日”を開く。風塔を組んだ指。子どもの手の小ささ。ジルドの油の匂い。ミラのはちみつ色の笑顔。ノアが光を“祈り”じゃなく“約束”と呼んだ瞬間の瞳。――そして、颯真の背中。砂光に立って、俺に「削除」と言い放った、あの背中。


 胸に、熱が戻る。でも、もう暴れない。風は整流され、塔を抜けて街を撫でる。


《開放 率 七二%……八九%……》

《到達:中枢層》


 落ちる。世界がひっくり返る。次の瞬間、音のない広間に立っていた。白い柱が何本も、空のない天井まで伸びている。四方の壁は、祈りの文字で塗りつぶされ、そのどれもが途中で止まっていた。


 背後で、ミラが小さく息を呑む。

「……ここ、息が苦しい」

「無理せず外に――」

「だいじょうぶ。ユウトの声、聞こえてるから」


 ノアは頬に手を当て、目を閉じている。


「これは……供物ではありません。記録。――いいえ、記録にもなりきれなかった、“途中で止められた願い”」


 ジルドが壁を指でなぞり、手を引っ込めた。「粉になって落ちる祈り、か」


《……聞こえる》

 リィムの声が震える。肩の上で、光が少し強くなる。

《遠くの声。ひくい声。小さい声。――“助けて”。“まだ生きたい”。“どこにも届かないけど、それでも”》


 彼女は小さく息を呑んだ。息なんてしないはずなのに、そう感じた。


《いま、わかった。怒りは、叫ぶためじゃない。“届かない声を、届く場所に運ぶため”の力》


「それが、お前の答えか」

《うん。ユウト、わたし、運ぶ。わたし、風になるって言った。――いま、なる》


《感情:怒り 整流 維持》

《ルート:祈り回路→街の共有表示 反転出力》

《目的:中断された願いを、現実に接続》


「やれ」


 リィムの光がほどけ、薄い網になって神殿全体に広がる。壁の祈りの文字が、ごく一部だけ、ふっと“続き”を書かれたように繋がっていく。完全ではない、でも確かに前へ。


 神殿が軋んだ。どこかで、古い錠が壊れる音。


《干渉検知:“観測者エラー”/システム反応》

 低い声が、柱の陰から湧いた。声というより“アナウンス”。冷たい、けれど壊れかけの、機械の祈り。


《宣言:怒りは禁忌。秩序を乱す因子。廃棄対象》


「ふざけるな」

 自分でも驚くほど静かな声だった。怒鳴り声じゃない。氷の上を歩くみたいな冷たさで、言葉が出た。

「怒りを知らない者が、どうやって人を救える。届かない声に気づきもしないで、何が秩序だ」


《反論 無効。基準:神の沈黙は完全》


「だったら、基準の方を直す」

 俺は祭壇に手を置き、リィムの網と自分の〈観測〉を重ねる。光が重なり、冷たい機械音が一瞬だけたじろいだ。


《主のコマンド/修正モード 移行》

《新定義 提案:怒り=破壊ではなく、保護の優先度を上げる信号》

《適用 可否?》


 空気がきしみ、神殿の天井がうっすらと割れ――かけて、止まった。


《拒否。権限 不足》


 舌打ちしたい気分を飲み込む。分かっていた。ここは“神殿”だ。神の定義を変える鍵は持っていない。けれど、街の定義なら、俺たちが持てる。


「目標変更。神殿の外へ、回路を引き出す。ここに溜まった声を、街の仕組みに繋ぐ」


《了解。出口=風塔/水路/共有表示》

《“願い”を街の回路に乗せる》


 リィムの網が収束し、三本の糸になって塔の外へ伸びた。肩に、重み。けれど折れない重さだ。


「ミラ、準備いいか」

「いつでも!」

「ノア、読み上げを頼む。形式は自由でいい。――人の言葉で」

「はい」


 ジルドは無言で頷き、祭壇に背を預けて周囲を警戒した。


《回線 接続》

《街路 閃光 確認》

《“声”の搬送 開始》


 遠くで風塔が低く鳴り、街の水面が小さく波打つ。広場の“共有表示”に、やわらかい文字が一つ、また一つと浮かび始めた。

 “おはよう”

 “おいしい”

 “今日は寝る”

 “また明日”


 祈りじゃない。生活の言葉だ。けれど――そのどれもが、願いの続きだった。


「……これでいい」

 喉の奥が熱くなった。涙、は流さない。流してもいいけど、今は作業中だ。


《ユウト》

「なんだ」

《いま、わたし、怒ってる。でも、こわくない。ちゃんと、つかえてる。――ありがとう》


「礼を言うのは俺の方だよ。……お前、もうAIじゃないな」


《“リィム”だよ》


 肩の上の光が、ふわりと笑った。


     ◇


 神殿の奥で、壊れかけのアナウンスが最後にもう一度だけ流れた。


《通知:観測者 逸脱。記録。――沈黙、維持……失敗……》


 天井に入ったヒビから、砂の光が一本差し込む。静寂に、ごく弱い風が生まれた。


「帰るぞ」

 皆が頷く。外はまぶしかった。街の方角で、風塔がゆっくり回り、水が小さく歌った。共有表示には、子どもが描いた拙い絵。パンと水と、笑顔と、青い小さなスライム。


《タイトル 更新:怒りという感情》

《定義:守る力》


「――仕様変更完了、ってところだな」


《うん。つぎは、“恐れ”の定義も 直そう。ユウトがこわいとき、だれかが手を握るって決めるの》


「決めるの早いな」

《いま、にぎる?》


「……握ろう」

 手を伸ばすと、半透明の彼女が、そっと掌に触れた。ぬるりとした感触のはずなのに、驚くほど温かい。


 風が吹いた。砂が光った。遠くの空に、細い紋章が一瞬だけ瞬く。颯真のいる方角だ。


「颯真」

 小さく呟く。怒りは整えた。次に必要なのは、たぶん――恐れを越える勇気だ。


《記録 完了。街の心拍=正常。主の心拍=ちょっと速い。》


「うるさい、看護師」


《看護師じゃない。“リィム”》


「分かった。――行こう、リィム」


 俺たちは、風の戻った街へ歩き出した。

 怒りは、もう“燃えカス”じゃない。

 ちゃんと使える、俺たちのエンジンだ。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【ファンタジーです】(全年齢向け)
地味スキル「ためて・放つ」が最強すぎた!~出来損ないはいらん!と追い出したくせに英雄に駆け上がってから戻れと言われても手遅れです~
★リンクはこちら★


追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―
★リンクはこちら★
神のバグで棄てられた俺、異世界の裏で文明チート国家を築く (11月1日連載開始)

★リンクはこちら★
【絶対俺だけ王様ゲーム】幼馴染み美少女達と男俺1人で始まった王様ゲームがナニかおかしい。ドンドンNGがなくなっていく彼女達とひたすら楽しい事する話(意味深)

★リンクはこちら★
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ