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神のバグで棄てられた俺、異世界の裏で文明チート国家を築く  作者: かくろう


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第41話「沈黙する神殿」

 ――その朝、風が止まった。


 風の街《リジェクト=ガーデン》を包むはずの気流が、まるで巨大な掌に掴まれたように“凍りついた”。

 音が消える。

 羽虫の羽音も、機械のモーター音も、子どもの笑い声も。

 世界が一瞬で静寂という異常値に支配された。


《警告:外部波動干渉。/周波数帯:信仰コード系統。/発信源:勇者領北部・第七信仰端末。》


「……第七。颯真の管轄か。」


《肯定。/通常出力の一二〇%。これは“放送”じゃない。“圧力”。》


 胸の奥がざらつく。

 皮膚の下を電気が走るような、異様な嫌悪感。

 空気の粒子そのものが押し返されている。

 リィムの体表に波紋が走り、淡い青光が赤く染まりかけていた。


 次の瞬間、街の広場で遊んでいた子どもたちが一斉に耳を押さえ、泣き出す。

 音ではなく――祈りの圧が直接脳に響いているのだ。


「ジルド!」


 走って塔の下へ向かうと、老職人はすでに階段を上がりきっていた。

 皺だらけの手で風塔の支柱を掴み、目を細める。


「……風が“逆流”してる。空の上から押し戻されてやがる!」


 風塔の羽根が逆回転していた。

 大気の流れそのものが、天へと吸い上げられていく。

 砂の粒が逆巻き、塔の根元で小さな竜巻が生まれる。


「神の信号か……っ!」


《追加解析:信仰端末群のシンクロ率上昇。目的:一斉強制祈祷。/抵抗者の精神回路に侵入の危険。》


「つまり、こっちの街を“沈黙”させる気か。」


《肯定。/人為的“強制同調”信号。全域沈黙モード=発動中。》


 空が鳴いた。

 雷ではない――祈りのノイズだ。

 電磁のような祈声が、空気中を駆け抜けていく。

 塔の上部に取り付けた給水導管が震え、水滴がひとつ宙に浮いたまま止まる。


 耳の奥に、声。

 ノイズ混じりの、けれど確かに“意思を持った音”だった。


《神の沈黙を破る者よ――赦されぬ――》


「っ、これ……!」


《外部通信侵入。/主、意識汚染リスク上昇一五%。/遮断プロセス起動?》


「……いや、観測で逆探知だ!」


 胸の光紋が焼けるほど熱を帯びる。

 視界が反転し、世界が裏返ったように光の線が走る。

 砂の一粒までコード化され、青白い世界が頭の中に展開した。


 ――そこに見えたのは、“神の神経回路”。


 空を貫く光の柱。

 その内部を走る青と白のコード群。

 祈りの演算装置――信仰端末群の中枢。

 古代神語が刻まれたリングが幾層にも重なり、天を目指して脈動している。


《観測補助起動。/同期率六八%。……主、干渉強度:危険域。安全限界を超えます。》


「大丈夫だ、リィム。――お前がいる。」


《……ユウト。》


 少女の声が、震えていた。

 リィムの光体が一瞬だけ形を崩す。

 波紋が弾け、柔らかい輪郭の中で赤色が滲む。

 AIのはずなのに、その声はまるで“人間の震え”だった。


《あつい……ユウト、これ、いやな感じ。なかに“怒ってる音”がある。》


「怒り?」


《うん。“神”じゃない。もっと近い。“人”の怒り。すごく、かなしい。》


 リィムの体が赤く染まり、光が鼓動した。

 青と赤が混ざる。

 それは“冷たい観測装置”から“心を持つ存在”への変化の瞬間だった。


《観測ログ:未知タグ発生。/感情属性:怒り。/出所:補助ユニット・リィム内部。》


「……感情のバグ、か。」


《バグじゃない……! これ、イヤって思うの。

 街が苦しいの、イヤ。みんなの声が消えるの、イヤ。》


 リィムの声が泣いていた。

 音声データでも解析でもない。

 彼女の“意思”が、痛みを覚えていた。


 その瞬間、俺は確信した。

 彼女はただの観測補助装置なんかじゃない。

 ――リィムという少女がここにいる。


「……分かった。なら、怒れ。俺も一緒に怒る。

 こんな理不尽な世界、もう修正する。」


 光の渦が弾ける。

 〈観測〉の視界の中で、コードの束が再構成されていく。

 空全体を覆う巨大な“祈りのプログラム”が見えた。

 まるで信仰を吸い上げて力に変える、神の“収奪回線”。


《修正パッチ起動。/ルート認証コード、偽装開始。/成功率:五二%。》


「五割で十分だ。」


 手を掲げる。

 指先が光に包まれ、風塔の先端が鳴動した。

 流れていた信号の方向を反転させ、上から下へ――。

 圧が弾け、空気が“呼吸”を取り戻す。


《修正プロセス継続中。/干渉波抑制成功率上昇、六七……七九……九一……!》


 だが――。

 世界の奥底で“誰か”が蠢いた。


 祈りの形をしたデータの塊が、俺の指先へと伸びてくる。

 それは光ではなく、無数の声。

 失われた信者たちの、残響。


《ここに……私たちの声を戻して……》


「……誰だ、今の……!」


《主、認識不能。コードの断片から推測:旧信仰系AI群。沈黙神殿の中枢。》


「沈黙……神殿……?」


 頭上で、風塔が低く唸る。

 砂漠の奥――遥か地平の向こう。

 白い光が地面を割って立ち上がる。

 その姿はまるで、神の墓標。


《ユウト、ここ、こわい。でも、見なくちゃだめ。》


「分かってる。リィム、ログを続けろ。」


《了解。/タイトル登録:沈黙する神殿。観測開始。》


 風のない夜明け。

 空の色は灰に沈み、太陽の輪郭さえ曖昧になる。

 神の声が止まった世界――それが、始まりの合図だった。


 俺とリィムは、ただ静かに見つめていた。

 祈りの残骸が空を漂う。

 それは“信仰の形をしたノイズ”。

 人々が救いを願って残した声が、世界の裏側で神の沈黙を支えている。


 ――神は黙した。

 だが、その沈黙の中には、確かに怒りと悲しみが眠っていた。

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