表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神のバグで棄てられた俺、異世界の裏で文明チート国家を築く  作者: かくろう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/58

第40話「勇者、砂光に立つ」

 ――風が止んだ。

 いつもの朝なら、風塔を抜ける空気が砂を揺らし、街の子どもたちの笑い声を運んでくるはずだった。

 けれど今日は違う。

 空気が重い。

 まるで見えない手が、空そのものを押しつぶしているような圧があった。


《観測ログ:風塔出力・異常低下。外気圧、変動。……ユウト、これは自然じゃない。》


「……空気が、押されてる。」


 胸の奥がざわめいた。

 この圧を知っている。

 誰かが、上位権限で“ことわり”を押しつけてくるときの圧だ。


 砂の向こうで、光が歪む。

 揺らめく蜃気楼の中に、人影がひとつ。

 その輪郭を見た瞬間――息が詰まった。


 白銀の鎧。

 青のマント。

 額の紋章が、太陽を反射して閃く。


 その姿を、俺は知っていた。

 間違いようがない。

 ――天城颯真。

 俺の、元クラスメイト。


     ◇


 信じられなかった。

 砂の中に転がされて、必死に生き延びたあの夜から、ずっと一人で歩いてきた。

 女神に「不要」と言われ、神に切り捨てられた俺が――

 今こうして、“神に選ばれた奴”と再会するなんて。


「……久しぶりだな、風間。」


 颯真の声が、風の代わりに街を満たした。

 懐かしいはずなのに、まるで別の人間の声だ。

 冷たく、整いすぎていて、どこか“人の温度”が消えていた。


「久しいな……颯真。」


 ようやく声が出た。

 喉の奥が乾いて、少し震えていた。

 あの頃――授業中にくだらない話で笑い合って、テストで点数を競って。

 あいつの笑顔は、確かに“普通の高校生”のものだった。

 けれど、いま目の前にいるのは――“信仰の兵器”だ。


「まさか、お前が“棄却者”の巣で、こんな遊びをしているとはな。」


 “遊び”。

 その言葉が、胸の奥を刺した。


「遊びじゃない。俺は――ただ、生きてるだけだ。

 世界が壊れてるなら、直す。それだけだ。」


「“直す”、か。」


 颯真の視線が、俺の後ろの給水塔を見た。

 流れ続ける水。

 笑っている子どもたち。

 そして肩の上で光る、リィム。


 そのどれもが、颯真の世界では“存在してはいけないもの”だった。


「神の定義にないものを、勝手に動かしている。

 それを“修理”とは言わない。歪める、だ。」


《感情タグ:軽蔑+支配欲。主、要警戒。》


「ふうん。神の代弁まで始めたか。」


 皮肉のつもりで口にした言葉が、喉の奥で震えた。

 笑っているのに、心臓が重く沈んでいく。

 “あいつがここに来る理由”を、もう理解してしまっていたから。


     ◇


 ジルドが低く唸り、ミラが息を呑んだ。

 街の空気が固まる。

 颯真の背後には、十数人の神兵が控えていた。

 全員、同じ鎧。

 同じ顔をして、同じように祈る。


「俺たちが召喚された理由は分かっているはずだ、風間。

 世界を再構築する。神の理を完全にする。それが俺たち勇者の使命だ。」


「俺はその理そのものが壊れてると思ってる。

 “祈らない人間は死ぬ”――そんな世界、修正されて当然だ。」


 俺の声が少し荒くなった。

 理屈じゃない。

 この街の人たちが笑って生きている姿を、“否定”された気がした。

 それが、たまらなく悔しかった。


「理を壊せば、世界は崩壊する。」

 颯真の声は静かだった。

 でもその瞳の奥には、炎みたいな狂気があった。


 ――信念の炎。

 それは美しくも、冷たすぎた。


「お前は……何を犠牲にしてまで、神を信じるんだ。」


 その問いに、彼は一拍の沈黙を置いた。


「……自分を。」


 短い言葉。

 でも、それで十分だった。

 ああ、もう“届かない”のだと分かった。


《ユウト、心拍上昇。呼吸乱れ。/感情解析:喪失+怒り。》


「颯真……俺はまだ信じてるんだ。

 お前が、俺たちがいた世界の“人間”だったことを。」


「風間。――俺はもう、“あの世界の人間”じゃない。」


 その言葉の後、風が吹いた。

 彼のマントが翻り、神兵たちが一斉に跪く。

 圧が強まる。

 まるで空そのものが、彼に従っているようだった。


 ああ、なるほど。

 この世界は“神のバグ”なんかじゃない。


 神そのものが、バグを作るシステムなんだ。


     ◇


「俺は秩序を守る剣だ。神の理を乱す存在は、全て“削除”する。」


 その声が、ひどく悲しかった。

 けど、もう“悲しい”なんて言葉じゃ追いつかない。

 高校の教室で、隣の席で笑っていた奴が――

 今は、俺の“街”を消す側に立っている。


「お前、あの頃はさ……“理不尽ってムカつくよな”って言ってたよな。」


「覚えてない。」


 即答。

 俺の中で何かが、ぽきりと折れた。


《主、感情臨界点接近。行動指針?》


「――笑っとけ、リィム。怒っても仕方ない。」


《了解……でも、泣いてる音。》


「泣いてねぇよ。」


 口ではそう言っても、胸の奥が焼けるように痛かった。

 俺が救いたいと思った“人間”が、もう神の一部になっている。

 その現実が、何よりも残酷だった。


     ◇


「風間。警告だ。

 これ以上、神域の理に手を出すな。

 次に命令が下れば、俺はこの街ごと消すことになる。」


「……そんな命令、誰が出すんだ?」


「神だ。」


 颯真の答えは、迷いがなかった。

 だからこそ、俺の手が震えた。

 ――どうして、お前が“あの側”にいるんだ。


 彼が背を向け、砂の中に歩き出す。

 その背中が、太陽に照らされて歪む。

 光に包まれているのに、まるで“影”のようだった。


《ユウト……このひと、音がない。》


「……ああ。心臓の音が、しないな。」


《こわい音。でも、かわいそうな音。》


「そうだな。……あいつ、きっと苦しんでる。」


 颯真の姿が、砂の向こうに消えた。

 風塔が、わずかに鳴いた。

 風が戻ってきたのに、空気はまるで冷えなかった。


     ◇


 夜。

 リィムが光を落として、俺の肩で静かに言った。


《ユウト……颯真って、友達? 敵?》


「……どっちでもない。まだ、決めたくない。」


《でも、ユウトの中、痛い。》


「うん。たぶん、俺が信じてた“あいつ”が、もうどこにもいないからだ。」


 静かな夜風。

 水の音だけが街を包む。

 リィムの光が揺れて、微かに俺の頬を照らした。


《主。泣いてるの、観測。》


「……これは汗だ。」


《夜の砂漠、汗は出ないよ。》


「……お前、やっぱり賢いな。」


 リィムが小さく光って、まるで笑ったように震えた。


《記録更新。主の感情:喪失。タグ:まだ終わらない。》


 俺は空を見上げる。

 二つの月の間に、細い光の帯――神託網の光。

 その向こうに、颯真がいる。


「……颯真。

 お前が信じてる“完璧な世界”が、どれだけ人を殺してるか――

 俺が、証明してやるよ。」


 風が、再び街を撫でた。

 その音は、泣き声にも、笑い声にも聞こえた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【ファンタジーです】(全年齢向け)
地味スキル「ためて・放つ」が最強すぎた!~出来損ないはいらん!と追い出したくせに英雄に駆け上がってから戻れと言われても手遅れです~
★リンクはこちら★


追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―
★リンクはこちら★
神のバグで棄てられた俺、異世界の裏で文明チート国家を築く (11月1日連載開始)

★リンクはこちら★
【絶対俺だけ王様ゲーム】幼馴染み美少女達と男俺1人で始まった王様ゲームがナニかおかしい。ドンドンNGがなくなっていく彼女達とひたすら楽しい事する話(意味深)

★リンクはこちら★
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ