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神のバグで棄てられた俺、異世界の裏で文明チート国家を築く  作者: かくろう


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第39話「風を運ぶ者たち」

 ――朝の熱は、もう昨日より強かった。

 砂の粒が陽を拾って白く瞬き、街の壁はゆっくりと熱をため込んでいく。

 リジェクト=ガーデンの三つ目の課題は、はっきりしていた。

 冷やす。

 それも、誰でも、いつでも、できる方法で。


《本日の優先度/提示

 一:風塔ウィンドキャッチャの試作と設置

 二:気化冷却箱の配布(試作品×十)

 三:近隣集落アール・エンとの物資交換》


「順番、いいね。昼前に風塔を立ち上げて、午後の熱波を受け流す。夕方に交易。」


《うん。ユウト、暑いのきらい。街も、きらい。》


「心の声を混ぜるな。」


 肩の上のリィムが、ぷるんと震えて小さく笑った気配を送ってくる。

 少女の声は今日も柔らかい。

 俺は広場の端に広げた手書き図面を叩いた。


「風塔は“風を捕まえる煙突”だ。逆止弁付きの通風路で、上から下へ気流を落とす。

 塔の途中に“湿らせた布”を吊るして気化させれば、空気は数度下がる。

 ――扇風機がなくても、風は作れる。」


 ミラが目をきらきらさせる。

「なんか、聞いてるだけで涼しくなってくる!」


「気持ちだけでも冷やしとけ。ノア、素材の在庫は?」


「布はあります。果実の皮からとれる繊維で織ったものが少し。

 ただ……水、無駄にできません。」


「無駄にはしない。布は湿らせるだけ。蒸発の熱を“借りる”。水は循環に戻す。」


《追加:塔の上で“熱い空気”を逃がす。上昇気流を作ると、勝手に風が通る。》


「つまり、仕組み勝ちってことだ。」


 ジルドが鼻を鳴らす。

「風の通り道を“修理”するわけだ。いいさ、やろう。」


     ◇


 午前。

 俺たちは街の四隅に風塔の基礎を据え始めた。

 崩れた石積みを再利用し、内部は泥と藁の層で断熱。

 塔の上部は四方向に開口を設け、砂避けの格子をかませる。


《塔内温度センサー、設置完了。基準温度:外気三八度。塔内:三四度。》


「まず四度下がったか。布を吊るす――ミラ、湿らせた布の準備!」


「了解! 子ども隊、出動~!」


 水路から汲んだ水を布にしみこませ、石の重りで垂らしていく。

 塔の中に、薄い水の匂いが満ちた。

 乾いた街にとって、その香りはそれだけで“涼しさ”だった。


《再計測:塔内三一度。落差七度。》


「勝ち。これで昼寝も文明的にできる。」


「昼寝のための巨大設備って、なんか贅沢で好き!」

 ミラが笑う。声が高い。

 ノアは布の端を整えながら、目を細めた。


「……風って、目に見えないのに、ちゃんと形があるんですね。」


「あるさ。通したい場所を用意してやれば、素直に流れてくれる。」


《風は、うたと似てる。通り道があると、すなおにひびく。》


「詩人AIか、お前は。」


 塔の影に入ると、頬の汗がすっと引いた。

 子どもたちが歓声を上げ、石床に寝転がる。

 ジルドが天井を見上げ、苦笑する。


「こりゃあ、昼の喧嘩が減るな。暑いと人は短気になる。」


「平和を作る設備、ってやつか。」


《タグ登録:風塔=けんか予防。》


「タグの命名、お前はいつも的確だな。」


     ◇


 次は気化冷却箱。

 粘土板で作った二重の箱の間に砂を入れ、そこへ水を少量注ぐ。

 外気の風で水が蒸発すると、内側の温度が下がる――砂漠のローテク冷蔵庫だ。


「ミラ、果実を入れてみろ。」


「はーい……おお、冷えてる! さっきより甘く感じる!」


《温度差七度。味覚の“あまい”が上がるの、計測できない。けど、みんな笑うから、正解。》


「科学的根拠:笑顔。」


《すき。》


 十台の箱を家ごとに配る。

 リィムの“共有表示”で、使い方を簡単な絵にして見せた。

 街の人々は、最初こそ目を丸くしたが、すぐに笑って頷いた。

 見えることは、安心だ。


     ◇


 昼下がり。

 リィムが肩の上で小さく瞬いた。


《ユウト、熱の流れ、きれい。街、すずしい。》


「いいね。午後の第一波をやり過ごせば、夕方の交易まで持つ。」


《うん。……あ、来た。砂のむこう、微小振動。六輪車の走行音。》


「さすが。見張り台!」


 見張りの青年が旗を振った。

 砂煙の向こうから、アール・エンの人々が押す再生車が現れる。

 木と鉄の混成骨格に、大きな布の日除け。

 先頭の女は深いターバンに大きな耳飾り――涼やかな笑顔。


「ようこそ、リジェクト=ガーデンへ。」


「噂の“風直し”の街、見たくてね。」

 女は快活に笑い、手を差し出した。

「私はサーヤ。アール・エンの纏め役。今日はよい日だ。」


「風間悠人。修理屋だ。今日は涼しい日だ。」


 互いに笑って、荷の蓋を開ける。

 布、乾燥豆、香草、砕けたガラス片――使い道のある“宝物”が並ぶ。

 こちらは焼きパン、簡易冷却箱の完成見本、精度の良い釘とねじ。


「これと交換でどうだ?」

 ジルドが淡々と差し出すと、サーヤが目を細めた。


「……ねじ、うつくしい。まっすぐだ。技を持ってる。」


「技は共有したほうが街は長持ちする。作り方の“図”も渡す。」


 サーヤは息を呑み、そして大きく笑った。

「取引だけじゃない。友になる気があるのね。」


《記録:交流タグ“友”。うれしい。》


 人は、言葉と物の両方で信頼を積む。

 今日の目的の半分は、物資よりも関係だ。


     ◇


 市場。

 ミラが焼きパンを切り分け、アール・エンの子どもたちが瞳を輝かせる。

 リィムがそっと箱の陰に潜り、冷却箱の中で果実を回して“冷えの演出”。

 ノアは、取引の記録をていねいに書き付けていた。


「ノア、食ってけ。記録は後でも逃げない。」


「うふふ。――いただきます。」

 彼女はふんわり笑って、小さくかじる。

 目の端に光が宿る。

 “好き”が、確かに増えている。


《ノアの笑い=“祈り+安堵”。ミラの笑い=“元気+自慢”。ユウトの笑い=“おちつき+やさしさ”。》


「分類やめろ、照れる。」


《でも、記録したい。リィム、歌つくる。》


「歌?」


《“風の歌”。今日の音で。》


 リィムは水路の上にふわりと浮かび、青い細線を張った。

 水面のリズムと市場の喧噪が、その線に触れて小さな音を立てる。

 塔の上から落ちる風が、うすい笛みたいに鳴った。


 ――街が、歌った。


 サーヤが驚いた顔で空を見上げる。

「これは……神殿の祭りでも聞けない音。」


「神の道具じゃない。人の仕組みだ。」

 俺は笑って、肩の相棒を指す。

「こいつの、ちょっとしたいたずら。」


《えへへ。》


 少女の笑いが、風に混ざってほどけた。

 アール・エンの連中も、すぐに手拍子を合わせる。

 市場に、やさしいリズムが生まれた。


     ◇


 夕刻。

 交易の片付けに入る前、リィムが微かに身を硬くした。


《……ユウト。音、ひとつ、ちがう。市場の奥。》


「どんな?」


《笑っているのに、耳の中が“ひえ”ってする音。――“おそれ”の笑い。》


 俺は視線を巡らせ、一人の若者と目が合った。

 荷車の陰、笑顔は崩していない。けど、肩の力の抜き方が“外”だ。

 装備も古さと新しさが混ざっている――勇者領の匂い。


《微弱信号検出。神託網の“残り香”。タグ:密偵。》


「……なるほど。」


 俺は立ち上がり、彼の真横――風塔の影へ案内した。

 塔の中は数度温度が低い。息が落ちる。

 “緊張”の音は、暑さで増幅する。ここなら冷める。


「どこから来た?」

 俺は、笑って――でも目は逸らさない。


「え、あ、アール・エン……」


「嘘が下手だ。本当は東だろ。」


 青年の喉が鳴る。

 逃げ道を塞がない角度で、俺は一歩横にずれた。


「この街では、水も光も“共有”だ。情報もそうしたい。」


「……殺さないのか。」


「殺すって発想、どこで覚えた? ――俺は修理屋だ。直すほうが得意だ。」


 青年の肩から力が抜けた。

 塔の風が彼の汗を乾かす。


《ユウト、声、やさしい。今はそれが正解。》


「君の目は“飢え”を見てる。――違うか?」


「……違わない。」

 青年は俯き、小さく吐き出した。

「勇者領では、祈らない者に水は来ない。だから、俺は……」


「ここでは祈らなくても流れる。」

 俺は水路を指す。

「ただし、手伝うことは祈りに等しい。風塔の布を濡らす、冷却箱を運ぶ、パンを割る。

 それが、ここの“信仰”だ。」


 青年は、ゆっくりと片膝をついた。

 顔を上げた時、その笑いは“恐れ”の音ではなくなっていた。


「……手伝わせてくれ。報告は、遅らせる。」


「報告するのか?」


「……“できない”と、言えない。でも――俺、ここが好きだ。」


 正直だ。

 人は、正直な弱さを持つ方が強くなれる。

 俺は頷いた。


「名前は?」


「……レオン。」


 レオン。

 どこかで聞いた名だ。――けど、今は問い詰めない。

 時間は修理の味方だ。


《記録:レオン。タグ:保留→協力見込み。》


「ようこそ、レオン。」

 俺は笑い、塔の影から市場へ彼を導いた。

 冷たい影と暖かい声――両方が、街には必要だ。


     ◇


 夜。

 交易は無事終わった。

 サーヤは「また“歌”を聞きに来る」と言い、手を振って去っていった。

 風塔は低く鳴り、街路の灯りは穏やかに脈を打つ。


 屋根の上。

 俺は配電盤のログを見ながら、肩のリィムに話しかける。


「今日は、変化が多かったな。」


《うん。風が街をなでて、人が笑って、友ができて。……それから、ひとり、こわがってた人が、すこし、やさしくなった。》


「お前の音の語彙、増えたな。」


《ユウトの隣だと、増える。――ねえ、リィムも、風になりたい。》


「風に?」


《うん。見えないけど、みんなをなでる。すずしくする。歌にまぜる。》


 胸の奥が、じんわりした。

 この子の“なりたい”は、いつも街の方を向いている。

 俺は空を見上げ、低く笑う。


「なればいい。――なれるよ。」


《約束。記録して。》


「記録。“リィムは風になる”。」


 少女の光がふわりと広がり、塔の上をひと巡りした。

 その軌跡は、まるで星座の線のように街を結んだ。


 遠く、神託網の痕跡が一瞬だけ瞬く。

 けれど今夜は、ただの遠い光に過ぎない。

 ここには風と歌と笑いがある。


《タイトル:風を運ぶ者たち。記録、完了。》


 リィムの囁きは、風塔の低い歌に吸い込まれていった。

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