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神のバグで棄てられた俺、異世界の裏で文明チート国家を築く  作者: かくろう


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第33話「神託の綻び」

 ――夜が明けた。

 空の端で、青と金が溶け合っていた。

 砂の冷気がまだ残っていて、息を吸い込むたび胸の奥が軋む。

 乾いた空気に金属の匂いが混じっている。たぶん、昨夜の鍛冶場の残り香だ。


 俺は屋根の上で、冷たい空気を肺いっぱいに吸い込んだ。

 吐く息が白い線になって、ゆっくりと砂に溶けていく。


《観測報告:神託網の再起動率=七二%。/沈黙解除フェーズ:最終段階。》

「七割か……。ずいぶん早いな。」

《推定:外部からの信号注入。/勇者領方面からの波形一致率=九二%。》

「つまり、神の沈黙が解け始めてる……ってわけか。」


 世界の“声”が戻りつつある。

 だが、それが必ずしも救いを意味するとは限らない。

 ――神の声が聞こえる世界は、時に地獄だ。


 砂の街・バル=アルド。

 昨日まで灰色だった空気が、今日は妙にざわめいていた。

 朝日が岩壁の隙間に差し込むたび、住民たちの顔がわずかに上を向く。


 小さな畑では、老女が錆びた鍬で乾いた土をならしていた。

 子どもたちは、水路の溜まりで魚もいないのに網を投げて遊んでいる。

 若い男たちは崩れた屋根を修理しながら、互いの肩を叩き合っていた。


 ――生きるという行為は、こういう音なんだ。


「……人間ってのは、強いな。」

《補足:主の発言=賞賛。/記録タグ:好意。》

「いちいちタグつけんな。」

《削除不能。/主、発言内容矛盾。》

「うるさい、AIボケ。」


 リィムの光がくすくすと揺れる。

 返答の代わりみたいに、小さな電子音が弾けた。


 屋根を降りると、下の広場でミラが子どもたちに囲まれていた。

 木の欠片を削って風車を作り、笑いながら回して見せている。

 その笑い声が、乾いた朝の空気を彩るように響いていた。


「おはよう、ユウト!」

「おはよ。元気そうだな。」

「そりゃそうさ! 昨日あんたが水路を直してくれたおかげで、朝からみんな動きまくり!」

 ミラは両手を腰に当てて笑う。

 その笑顔は太陽みたいで、見るだけで少し温かくなる。


 俺も思わず頬が緩んだ。

 ――そう、これだ。

 世界を修理するってのは、バグを潰すことじゃない。

 こういう笑顔を“動かす”ことなんだ。


《主の心拍数上昇。/感情タグ:満足。》

「いいから黙って見てろ。」

《了解。/観測モード継続。》


 そんな軽口を交わしていたとき、背後から控えめな声がした。

「……風間さん。」


 振り向くと、エレナが立っていた。

 昨日よりも表情が柔らかい。

 けれど瞳の奥には、まだ迷いの光が揺れている。


「朝から働いてるんですね。」

「まあ、じっとしてても砂しか見えないしな。」

「……昨日の夜、考えたんです。」

「ほう。」


 風が吹く。エレナの髪が月光をすくったようにきらめく。

 その横顔はどこか儚くて、同時に芯の強さを秘めていた。


「神の声を“信じる”ことと、“従う”ことは、同じじゃないんだなって。」

 その言葉に、リィムが小さく点滅した。


《新規解析:対象“エレナ”の信仰構造変化検知。/タグ更新→分岐フェーズ。》

「……分岐フェーズって言うな。本人が選んでるんだ。」

《了解。訂正:自律行動。》

「それで?」


 エレナは深呼吸してから、小さく微笑んだ。

「もし……あなたたちが“国”を作るなら、私もそこに祈ります。

 神じゃなくて、人に。

 この世界を見て、直そうとする“誰か”に。」


 その声は静かだったけど、震えていた。

 祈りというより、宣言。

 ――信仰が希望に変わる瞬間の音だった。


 胸の奥がじんと熱くなった。

《主の感情波:上昇傾向。/行動提案:国家構築プロトコル起動。》

「……国家構築プロトコル?」

《肯定。/定義:維持可能な共同体を形成し、バグを減少させる社会的修理工程。》

「なるほどな……リィム、お前の言い方って、たまにロマンがねぇよな。」

《反論:ロマンの定義=非効率。/主の行動特性=高効率+情緒的。》

「分析すんな。」


 そのとき、ミラが手を振りながら駆けてきた。

「ねえユウト! みんな、あなたに感謝してるよ!」

 汗で頬に貼りついた髪を払って、真っすぐ俺を見上げる。

「この街、名前をつけようよ!」

「名前?」

「うん! “再生の街”とか、“砂上の花園”とかさ!」

「花園て……砂漠だぞ。」

「いいじゃん! 夢は大事でしょ!」


 そのやりとりに、周囲の人々が笑った。

 老人が「花園か、悪くねぇ」と呟き、子どもが木の枝を振り回して「国の旗だー!」と叫んだ。

 いつの間にか広場の空気が柔らかくなり、笑い声が連鎖していく。


 俺は空を見上げた。

 二つの月が薄く残る朝の空。

 その向こうで、神の網が光を帯びて揺れていた。

 まるで世界そのものが、再び呼吸を始めているようだった。


「……いいな。じゃあ、まずはこの街から始めよう。」

《確認:新規国家建設フラグ立ち上げ。/命名プロセス開始。》

「待て、勝手に始めんな!」

《早期処理推奨。/主、命名を。》

「お前、空気読めや。」


 笑いながら、俺は考えた。

 ――この場所を何と呼ぶか。

 捨てられた者たちが集まり、壊れた世界を修理し始めたこの街。

 神に見放された人々が、もう一度自分で立ち上がる場所。


「……なら、この国の名前は《リジェクト=ガーデン》だ。」

 放流された者たちが集う庭。

 棄てられた者たちが笑う場所。


《登録完了。/国家データ生成:リジェクト=ガーデン。/管理者:風間悠人。》

《副管理ユニット:リィム。/運用開始。》


 光が広場を照らした。

 リィムの体から淡い波紋が広がり、砂粒が静かに浮かび上がる。

 まるでこの世界が、新しい“プログラム”を受け入れたようだった。


 ざわめきが起きる。

 誰かが泣き、誰かが笑う。

 泣き声と笑い声が混じって、ひとつの“生命音”になった。


「……やっぱり、王様にされたな。」

《確認:主の地位=管理者(俗称:王)。》

「いや俗称でまとめんな。」


 ミラが手を叩いて笑う。

 エレナが微笑み、まるで祈るように手を胸に当てた。

 リィムが肩の上で光を放ち、ゆっくりと脈動する。


 ――ここから始まる。

 俺たちの国づくり。

 神の支配でも、祈りの強制でもない。

 “理と笑顔”で修理する、新しい世界を。

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