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神のバグで棄てられた俺、異世界の裏で文明チート国家を築く  作者: かくろう


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第32話「記憶領域の扉」

 ――砂の夜は、音がやけに遠い。

 街の喧騒が静まると、砂の一粒さえ世界を叩くように響く。


 俺は屋根の上で、リィムを膝に乗せていた。

 光は弱い。日中のあの青ではなく、淡く揺れる月の色。


《解析:沈黙解除進行率=六一%。/神託網の信号強度、上昇中。》

「もう半分越えたのか……。予想より早いな。」

《肯定。/更新速度、外部補助が存在する可能性。》

「外部補助……勇者領か?」

《推定:確率八五%。/ただし、直接信号ではなく“増幅端末”を経由。》


 風が冷たく、リィムの体温がじんわりと伝わってくる。


 柔らかい。けど、その内部は確かに機械の光を持っていた。


「なあ、リィム。」

《応答モード起動。》

「お前さ、神だった頃……何を“見て”たんだ?」


 数秒の沈黙。

 リィムの内部で光が点滅し、低い電子音が響く。


《データアクセス:部分解放。/記録領域=G-Λ-RM観測ログ。》

《映像出力開始。》


 空間に、青い線が浮かび上がった。

 それは――空でも砂でもない、“数式でできた世界”だった。

 線が波のようにうねり、形を変え、やがて一つの構造を作る。


《観測者は沈黙せよ。/修正は許されない。/観測者はただ視るのみ。》


 無機質な声が響いた。

 同じフレーズを、延々と、何千回も繰り返す。


《観測者は沈黙せよ。》

《沈黙は秩序。》

《修理は背反。》


 リィムの光が震え、青が赤ににじんだ。


《警告:記憶断片の再生に伴い、感情タグ“不安”が増幅。》

「もうやめろ。」

《了解。/停止。》


 光が消える。

 夜の砂が音を取り戻す。


「……お前、それをずっと聞かされてたのか。」

《肯定。/観測とは、沈黙を保つこと。/だが――主はそれを否定した。》

「俺は“修理屋”だ。壊れてるなら直す。それだけだ。」

《質問:沈黙も、壊れていると定義するか。》

「する。」

 即答だった。


「声を失うのは、壊れることだ。

 祈りでも、怒りでも、言葉にできなくなるのはバグだ。」

《記録更新。/主の定義:沈黙=バグ。/修理対象として登録。》


「おい、それ登録すんな。」

《削除不可。/修理優先度:高。》

「勝手にタグ立てるなっての……。」


 肩の力が抜ける。

 でも、胸の奥のどこかが温かくなった。

 リィムが俺の考えを“肯定”してくれた気がした。


      ◇


 夜更け。

 砂漠の冷気が、静かに街を包んでいた。

 昼の熱が嘘みたいに消えて、吐く息が少し白い。

 そんな夜の真ん中で、小さな光がひとつだけ揺れていた。


 エレナだった。

 広場の噴水跡――今は水も流れず、ただ石の台座だけが残る場所に、彼女は立っていた。

 両手に握った通信端末の光が、細い指先を淡く照らす。


「……また、命令……ですか。」


 小さく呟いた声が夜に吸い込まれる。

 画面には女神の紋章。白金の輪の中で、文字が淡く点滅していた。


《更新通知:放流者を回収せよ。/拒否は背信行為に該当。》


 その文言を、エレナは何度も読み返した。

 読むたびに心臓が痛くなる。

 “背信行為”――その単語が、胸の奥に冷たい針を刺すようだった。


 指先が震え、呼吸が乱れる。

 信じていた“神の秩序”が、少しずつ軋んでいく。


 そのとき。

 頭上から、不意に声が落ちてきた。


「夜更かしは美容に悪いぞ。」


 軽い調子。

 でも、不思議と空気がやわらぐ。


 エレナが顔を上げると、屋根の縁に悠人がいた。

 月光を背にして、砂の上に影を落とす。

 その姿は、まるでこの荒野の風そのもののようだった。


「……またログで、見てたんですね。」

「まあ、モニタリングついでにな。」

《訂正:主は偶然視認。/監視ではない。》

「偶然って言い方、信用されないだろ。」

《否定。/事実。》

「お前、フォロー下手だな。」


 リィムの声に苦笑し、エレナは少しだけ肩の力を抜いた。

 その笑みは、氷のように張り詰めていた糸を、ほんの少しだけ緩めるものだった。


「……勇者領から命令が来たな。」

 悠人の声が静かに響く。

「ええ。“あなたを回収せよ”と。」

「なるほどな。」

 悠人は短く息を吐いた。

「命令に従うつもりか?」


 その問いに、エレナはすぐ答えられなかった。

 風が、彼女の髪を揺らす。

 月光が銀色の糸のように、頬をなぞっていた。


「……分かりません。

 でも、もし神の声が再び届くのなら……

 私は、それを拒むことが“裏切り”になるんです。」


 声が震えていた。

 それでも、瞳は強かった。

 そのまっすぐな視線に、悠人は何も言えずにいた。


「……あんた、真面目だな。」

「真面目でいないと、生きてこられなかったんです。

 祈りを捧げ、命令に従って……

 それが、唯一の“生き方”だったから。」


 リィムの体が淡く光り、静かな電子音が響く。


《主。/感情波検出:悲哀+矛盾。/対応案提示:沈黙共有。》

「……沈黙を共有?」

《肯定。/言葉でなく、視線で。》


 悠人はそっと、彼女の隣に並んだ。

 言葉を使わず、ただ同じ方向を見る。

 夜空の奥に、細く交差する光の線――神の網。

 再起動の痕跡。


「……きれいだな。」

「ええ。……でも、怖い。」

「俺には、バグだらけに見えるけどな。」

《主、軽口率上昇。/目的:相手の安定化。》

「余計なログ取るな、リィム。」


 エレナが思わず吹き出した。

 声が、少し掠れている。

 それでも――それは確かに“人間の笑い”だった。


「……あなた、不思議な人ですね。」

「不思議なのは世界の方だろ。俺はただ、直してるだけだ。」

 悠人がそう言って笑う。

 その笑みは、炎のように小さく、でも確かに温かかった。


 エレナはそっと目を閉じる。

 風の音、砂のざらめき、遠くで子どもが寝返りを打つ音。

 すべてが、ひとつの“静かな世界”に溶けていく。


「……沈黙を、共有するって。

 あなたのスライム、うまいことを言いますね。」

「だろ? 俺の相棒は優秀なんだ。」

《評価:主の発言=事実。/タグ更新→誇り。》

「お前、自画自賛するな。」


 また小さな笑いが生まれる。

 それが夜気の中に滲み、いつしか静かに溶けていった。


 沈黙の夜。

 でも、そこには確かに“音”があった。

 それは、恐怖でも祈りでもない――ただの“生”の音だった。


 エレナはその音を胸に刻みながら、通信端末を閉じた。

 女神の紋章が消える。

 彼女の肩が、わずかに軽くなった気がした。


 その瞬間、リィムの光がやわらかく脈動する。

《記録:主および対象“エレナ”の状態=安定化。/沈黙共有成功。》

「……成功って言うな。これ、感情の話だぞ。」

《定義更新:感情=修理過程の一部。》

「……それ、いいな。」


 俺はふっと笑い、夜空を見上げた。

 沈黙を修理する――その言葉が、妙にしっくりきた。


     ◇

 翌朝。


 広場に新しい風が吹いた。

 リィムが低く囁く。


《観測報告:神託網の再起動率=七二%。/沈黙解除フェーズ:最終段階。》

 空の奥で、白い光の柱がかすかに揺れている。


 俺はその光を見つめながら、口の端を上げた。

「よし……次の修理箇所、決まったな。」


《確認。/新たな修理対象:神託網。/優先度:最上位。》

「行こうぜ、リィム。」


 砂の街に朝日が射した。

 光が、沈黙をゆっくりと照らしていく。


 ――神が更新を始めるなら、俺たちは“修正”で応える。


 理不尽も沈黙も、

 すべて修理可能な“世界のバグ”だから。








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