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神のバグで棄てられた俺、異世界の裏で文明チート国家を築く  作者: かくろう


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第22話「砂上の外交」

 ――朝の光が砂を薄金に塗る。

 広場の掲示板には、青い契約札がずらっと並んでいた。

 〈配管修理↔温室の野菜ひと束〉〈読み書き夜教室↔明日の荷運び〉〈井戸番(相互承認)〉。

 “滴”はちゃんと回ってる。

 リィムが肩で淡く光る。


《観測:滴流通安定率=八七/自治契約維持率=九二/違反=ゼロ》


「上出来だ。……ジルド、次は導管の二本目を――」


「落ち着け、修理長。順調すぎると、誰かが“見に来る”」


 ジルドが空の端を顎でしゃくった。

 熱風の向こう、蜃気楼の筋に、色の違う影。旗。

 近づくほど、胸の奥に冷たい線が走る。


 白地に金の紋。勇者領の監査旗だ。


《警戒:外部勢力接近 人数=六 武装=軽装 識別=巡視監査隊》


「……来たか」


 ミラは反射的に工具を握りしめたが、俺は掌を見せて首を振る。


「まずは話を聞く。門へ」


 バル=アルドの門は今日も軋む。

 砂を踏みしめ、俺は先頭で出た。

 隊列は整っていた。前に文官、後ろに短槍の兵。

 文官は砂をはたき、乾いた笑みを作る。


「女神の信仰指数が低下した地域に対し、巡視および浄化を行う。――ここがバル=アルドか」


「そう。水と灯と契約で回ってる街だ。浄化は不要」


 文官の眉間に皺。

 掲示板に視線が止まる。


「……“滴”とは何だ。神託を経ぬ価値の発行は背信行為だと知っているか」


「滴は通貨じゃない。配水や灯の“管理票”だ。働けば増え、使えば減る。――ただの見える化」


「監査は? 誰が“正しさ”を保証する」


「人の目だ。公開台帳を全員で見る。嘘をついたら、次の日に顔が合わせづらくなる」


 ミラがわざとらしく肩をすくめて笑い、広場からくすくすと笑いが漏れた。

 文官の顔に苛立ちが出る。


「面白半分で制度を弄ぶな。神の秩序から外れれば、供給網から排除される」


 言葉は冷たいのに、喉が乾いているのが見えた。

 俺は深呼吸して、最初から用意していた“言い方”を引っ張り出す。


「じゃあ、“外れない”形で呼ぼうか。

 ――ここは《神の管理下における自律統治区域》。通称、砂上国家バル=アルド」


 ミラが「おおっ」と小さく叫び、ジルドが喉で笑った。

 文官の目がぴくりと動く。俺は続ける。


「神の網は尊重する。ただ、日々の運用は内部でやる。水と灯と契約は“自分で直す”。報告はする。――それでいいだろ」


 文官は一瞬言葉を探し、それから鼻を鳴らした。


「勝手に名乗ったところで、世界は認めない」


「なら、世界に“押して”おこう」


 俺はリィムに目線を送る。

 肩で青い光が集まり、掌に小さな板が浮いた。

 画面共有はオフのまま――俺にだけ見える。


《内部ログ:行政ノード申請フォーム/名称=バル=アルド/属性=自律統治区域/連絡先=給水塔管理端末》


 指先で項目を埋める。

 “何をやっている”かではなく、“どこにいる”か。

 存在を地図に置けば、簡単には“消せない”。


「送信」


《送信完了 上位系統に登録依頼を発射》


 ノアが俺の袖を小さく引いた。

 灰青の瞳が揺れている。


「悠人、それは……勇者領の地図に載ります。彼らの目に“国”として刻まれる」


「地図に載るってことは、消せないってことだ」


 文官は俺の手元の見えない動きを察しきれず、苛立ちだけが濃くなる。


「我らは“信仰指数”の監査に来た。滴だの契約だの、神に代わる秩序を勝手に作るな」


「代わってない。――祈る人は祈れる。祈らない人は暮らせる。

 “祈りの強制なし”と“祈りの嘲笑なし”。この街の最低ラインだ」


 ノアが小さく頷く。その頷きに、何人かが自然と背筋を伸ばした。

 文官は掲示板の「保育自治契約」に目を留め、さらに顔をしかめる。


「“育児に滴を配分”……神の贖い以外に価値を置くのか」


「置く。育児は生の再生産だ。価値がないなら、神もいずれ客がいなくなる」


 広場の端で笑いが弾け、誰かが拍手した。

 文官は手袋を鳴らし、隊に視線を送る。


「……本部に報告する。ここが“逸脱の兆候”を持つことは確かだ」


「報告、助かる」


「助かる?」


「書類が残るだろ。お宅の記録に“バル=アルド”って名前が。――世界は記録で動く」


 文官の目が細くなる。

 しばしの沈黙。乾いた風だけが間を埋める。

 やがて彼は踵を返した。


「浄化は……今回は見送る。だが、上からの指示次第だ」


「指示が来る前に、またおいで。見てってくれ。ここは“見える街”だ」


 砂を蹴って、監査隊は去った。

 旗が蜃気楼に溶け、風だけが残る。

 ミラがふうっと息を吐いて、俺の背中をばん、と叩く。


「やった……! 戦わずに勝った!」


「勝ってない。存在を“置いた”だけだ」


 ジルドが口の端を上げる。


「それを勝ちって言うんだ、修理長。記録はすぐには消えねぇ」


 ノアは静かに空を見ていた。

 白い外套の裾が、風で揺れる。


「……あの旗。私は、あの神殿で育ちました」


 初めて聞く告白だった。

 俺は頷き、ノアの横に並ぶ。


「なら、次は“ここ”を神殿にすればいい。祈る人も、祈らない人も入れる神殿だ。入場料は笑顔と契約で」


 ノアは笑おうとして、うまく笑えず――代わりに、涙が零れた。

 透明な滴が頬を伝い、光の中で震える。


《観測:新タグ生成 涙》


「タグ付けすんな、リィム。……ノア、無理はすんな」


「無理ではありません。――嬉しいだけです」


 彼女は指先で涙を押さえ、真っ直ぐ掲示板を見た。


「祈りは一方的でした。ここは……手と手で結ばれている」


「契約ってやつだ。片方だけじゃ成立しない」


《内部ログ:上位系統から応答 行政ノード“保留”登録/名称:バル=アルド/種別:現地管理ノード》


 肩の上で、リィムが小さく震えた。


《報告:仮登録に成功 上位地図に“点”を獲得》


「……点、か」


 砂の世界に、小さな点を打つ。

 それだけで、世界の描き方は変わる。


     ◇


 午後。

 外の緊張が嘘みたいに、街はいつも通り動き始めた。

 配水の列では、子どもが滴カードを自慢し合い、温室では若者が“湿度の歌”を口ずさむ。

 ノアがその声に微笑み、ミラが声を張る。


「はいはい“読み書き契約”の生徒、こっちー! 今日の課題は名前のサイン!」


「サイン?」


「そう! 契約板にカッコよく自分の名前を書くやつ!」


 笑いが弾む。

 ジルドは工房の軒先で、錆びた導管を磨きながら俺に言う。


「外からの“目”は、これから増える」


「分かってる。――だから余計に、内側は整える」


「よし。導管の二本目、明日の朝には引ける。滴の“公共枠”で二十人回せ」


「了解」


 と、そのとき。外縁の見張り台から口笛。

 さっきとは違う影が砂に現れた。

 粗末な帽子、片側に偏った荷。商人だ。

 門に近づく彼は、広場の掲示板を見てニヤリとした。


「へぇ……噂は本当だったか。“契約で回る街”」


「ようこそ。読み書きと水と野菜と、あとラジオの情報が少しある」


「品揃えが変わってるな。――こっちは外の市の噂を持ってきた。“滴”は使えるか?」


「街の中だけ。外の通貨は受け取る。契約なら一回だけ開く」


《外部者用一回限り契約テンプレート生成》


 商人は契約板を見て笑った。


「面白ぇ。……“読み書き教室↔外の市の相場情報”。どうだ」


「成立」


 ミラが目を輝かせる。


「ね、ね、ラジオって言った? 昨日の試作、うちの班でも――」


「あとで。まずは腹、減ってないか」


「減ってる!」


《観測:街の騒音指数→快音化 幸福度→上昇》


「その指標、結構好きだな、リィム」


《仕様》


「仕様って言っときゃ勝った気になってない?」


《否定》


 くだらないやり取り。

 でも、それが“国の音”だと思う。


     ◇


 夜。

 風車が回り、灯が街を点で結ぶ。

 掲示板には新しい契約が増え、今日の“約束”が青く光る。

 井戸番の老人と若者は並んで座り、互いに契約板をピッと押して笑った。


《契約“夜間井戸警備” 相互承認》


 ミラがパンを掲げ、子どもたちと笑いながら走る。

 ジルドが工具を片付け、ノアが静かに灯を見上げる。


「悠人。……あなたは、やはり“王”なのですか」


「違う。俺は修理屋。街が王だ」


 ノアが少し考え、それから頷く。


「では“王のいない神殿”。――いい響きです」


 肩の上でリィムが光った。


《国家登録ログ:保留→反映の見込み 状態タグ:成立見込み》


「見込みで浮かれるな」


《忠告:主、笑顔》


「黙ってろ」


 空に二つの月。

 砂の風。

 その真ん中で――


 俺たちの“点”は灯っている。

 地図に、砂に、心に。


《ログ終了 修理継続中/次タスク:導管二号線/外部交易プロトコル案》

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