第2話「荒野を越えて」
夜が明けた。
空の端で、オレンジと群青が混ざり合う。
乾いた風が吹き抜け、砂がさらさらと鳴いた。
――冷たい。
砂漠の夜明けって、どうしてこうも容赦ないんだ。
昨日の昼は地獄みたいな暑さだったのに、今は骨の芯まで冷える。
岩陰に体を丸めて潜り込んでいた俺は、ぼんやりと目を開けた。
胸元が、ぬるい。
「……なんだ?」
感触に顔をしかめて視線を落とす。
半透明のゼリー状の物体が、ぴょこん、と動いた。
「……お前、まだいたのか。」
昨日の夜、偶然出会ったスライムだった。
月明かりで見たときよりも小さい。手のひらに乗るくらいのサイズ。
体の内側で、虹色の光がゆっくりと瞬いている。
そのスライムが、俺の声に反応して小さく跳ねた。
まるで「おはよう」と言ってるみたいだ。思わず笑みがこぼれる。
「……冷たい朝の抱擁、ありがと。でもちょっとヒヤッとするな。」
ぷるん。スライムが震えた。
体の色が、淡いピンクに変わる。
「お、照れた?」
スライムがそんな反応をするとは思ってなかった。
思わず興味が湧いて、〈観測〉を起動する。
《対象:デザートスライム(幼生)/親和属性:観測スキルと共鳴中/知性:発芽段階/状態:好意》
「……好意って出たぞ。マジか。」
スライムは小さく震え、俺の手のひらの上で、誇らしげに光を放った気がした。
「……よし、名前つけよう。『ゼリー』は食いもんだし、『ぷる助』は即却下。……うん。」
軽く考えて、ふっと浮かんだ言葉を口にする。
「――リィム。お前は今日からリィムだ。」
スライムが嬉しそうに大きく跳ねた。
その拍子に、砂粒がきらりと舞う。
「おっ、公認もらったな。いい名前だろ?」
リィムは再びぷるぷる震え、今度は俺の肩にぴょんと乗った。
その瞬間、視界に青いアイコンがポップした。
《〈観測〉スキルが共鳴体“リィム”を検出しました。補助ユニットとして登録しますか?》
「マジで……スキル連携までいくのかよ。――はい、登録で。」
《登録完了》
ピコン、と軽快な音。
視界の端に、リィムの小さなシルエットが浮かぶ。
「これ完全にナビアプリじゃん。お前、もしかして天才か?」
リィムが“どやぁ”と言いたげに体を波打たせる。
その仕草に、思わず吹き出した。
「……いいね、相棒。行こうか。昨日見た塔のとこまで。」
太陽が昇る前に、出発した。
リィムは肩の上で小さく跳ね、時々“こっち”というように体を傾ける。
どうやら、水分とか魔力の流れを感じ取れるらしい。
「右? 了解。ナビ通り行くよ。」
笑いながら、地平線の先に見える黒い影――崩れた塔を目指す。
〈観測〉を起動すると、砂の下に鉄骨の反応が映った。
人工物だ。
「これ……もしかして、前の文明の遺跡か?」
近づくにつれて、確信が強くなる。
錆びた看板、英語の文字。
“SOLARIS TECH”――かろうじて読めた。
「ソラリス……技術系の会社か。ってことは、この世界……前の世界と地続き?」
《補足:この世界は旧文明の断片を基に再構築されています》
「……誰の声?」
反射的に振り返ると、肩のリィムがぷるぷる震えていた。
まさか――。
「お前、喋った?」
《喋ってはいません。主の脳内に直接情報を送信しています》
「脳内ナビ!? お前、スライムのくせにハイスペックだな!」
《スライム:くせに、という表現は不適切です》
「ツッコミまで入れるとか……完璧すぎるAIアシスタントだな!」
リィムが、ほんの少し誇らしげに体を揺らした。
俺はその姿を見て、また笑ってしまった。
俺とリィムの軽口が続いていた、その時――。
《警告:生命反応検出。種別:人型》
リィムの声が響く。
俺はとっさに岩陰へ飛び込んだ。
砂煙の向こう、ふらふらと揺れる人影。
ボロボロの布をまとい、肩で息をしている。
肌は焼け、目は虚ろ――けど、間違いなく“人間”だった。
「……み、水を……」
かすれた声。けど、聞き慣れた響き――日本語だ。
「うわ、マジで人間!? ……ちょっと待ってろ。」
俺は石皿にためておいた夜露の水を差し出した。
男はそれを奪い取るように飲み干し、荒く息をつく。
「助かった……あんた、外から来たのか……?」
「まあ、そんな感じ。神様の“放流便”でな。」
「……女神、か。――あのクソバグ女神の仕業か。」
その言葉に、思わず眉が動いた。
「お前も、同じ目に?」
「ああ。召喚されたけど“適合値ゼロ”で棄てられた……」
男は腕をまくる。そこには焼印が刻まれていた。
――《棄却》
「……マジか。焼印まで押されるのかよ。神様、ガチでやってんのか。」
「この世界は“神のミスの産廃置き場”だ。
俺ら棄却者は、ここで腐るしかない。」
その声には希望なんて欠片もなかった。
俺は少し黙って、砂を見つめる。
そして――笑った。
「……なるほど。仕様、理解した。バグだらけの世界ってわけだな。」
「笑ってる場合かよ……!」
「いや、笑うしかないだろ。俺、修理好きなんだ。
世界が壊れてんなら、直せばいい。」
リィムが肩の上でピコンと光る。
《主の感情:静的怒り。行動指針:修正開始。》
「だってさ。な、リィム。」
俺がそう言うと、男は呆れた顔で眉をしかめる。
「……スライムに喋らせてんのか、あんた……。」
「おう、相棒だよ。――さあ、案内してくれ。人の住処、あるんだろ?」
男は一瞬ためらい、乾いた笑いをこぼした。
「……ああ。バル=アルド。棄却者が寄り集まって作った町だ。
でも気をつけろ。あそこは……勇者の支配下だ。」
「勇者?」
「ああ。神に選ばれた、あの“本物”だ。
俺たちを棄てたくせに、この世界で“救世主”を名乗ってやがる。」
勇者――。
その単語を聞いた瞬間、背筋をなにかが走った。
視界の端で、砂が風に巻き上げられる。
二つの月が、昼の空に薄く滲んだ。
「……いいね。ますますバグ修正のしがいがありそうだ。」
リィムが、かすかに震えた。
どこか、誇らしげに。
《主、笑顔。/行動ログ更新:デバッグ開始。》
「ログ取んなっての……。」
苦笑しながらも、胸の奥で何かが確かに動いた気がした。
――神に棄てられたこの世界で、俺とリィムは歩き出す。
風間悠人とリィム。
神に棄てられた少年と、機械のスライムが歩む――
“世界デバッグ”の最初の夜だった。
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地味スキル「ためて・放つ」が最強すぎた!~出来損ないはいらん!と追い出したくせに英雄に駆け上がってから戻れと言われても手遅れです~
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