表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

異世界短編

城之内くんは異世界からの転生者

作者: sasasa



「リリコ、今日も愛しているよ。どうか結婚を前提に交際してくれないか」


「ごめんなさい!」


 真っ赤な薔薇の花束を差し出して跪く超絶イケメンを前に、杉林梨々子は今日も勢いよく頭を下げた。


 毎日毎日繰り返される光景に、クラスメイト達はもはや見向きもしていない。


 この世のものとは思えないほど眉目秀麗な超絶イケメン転校生・城之内カナタ。


 日本人離れしたプラチナブロンドとエメラルドグリーンの瞳。なんと言っても美しすぎるその顔面は、見る者の呼吸を忘れさせるほど完璧に整った美青年だ。


 彼は転校初日、自己紹介そっちのけで同じクラスの杉林梨々子に熱烈な愛の告白をした。


「やっと見つけた。君は僕の運命の相手だ」


 梨々子の前に跪き、どこからともなく取り出した真っ赤な一輪の薔薇を差し出しながら、蕩けるような美麗すぎる笑みを浮かべる城之内。


「愛してるよ、リリコ」


 超絶イケメン転校生の突然の告白に、クラス中が色めき立つ。


「今世こそ結婚しよう」


 さらに続いたまさかのプロポーズ。教室中が驚愕と歓喜の悲鳴に包まれる中、当の梨々子は頭の中が真っ白になるほど困惑した。


「な、な、なに……?」


「前世で恋した君にもう一度会いたくて、僕は異世界から転生してきたんだよ」


 普通ならば初対面のクラスメイトに運命だの前世だのと語る城之内の言動は、異世界転生モノの漫画を読みすぎた頭のヤバい奴だ。


 しかしながら、あまりにも美しすぎるその容姿と童話の王子様さながらの優雅な物腰のせいで、クラスメイト達は目をハートにして彼の告白をため息まじりに見守っていた。


「ごめんなさい! 私、そういうの読まないんで!」


 羞恥とパニックでそう絶叫した梨々子が教室を飛び出し、校内が騒ぎになったのはつい先日のことである。


 それ以来、超絶イケメン転校生から超絶イケメンストーカーに昇格した城之内に、内気な梨々子は毎日追いかけ回されていた。


 そして今日も、お決まりとなった告白に梨々子は『ごめんなさい』を返しているのだ。


「どうか逃げないでくれ、リリコ。僕は本当に君が好きなんだ。君に会いたくて世界の垣根さえ越えてしまうほどに」


「うぅ……」


 目を瞠るほどのイケメンから切なげにそんなことを言われてしまえば、梨々子の心も揺れ動く。


「だからお願いだ。生まれ変わっても君を求めてしまう憐れな僕の愛に、どうか応えてくれないか」


 彼のキザな言動は意味不明すぎるのに、あの美しい顔で迫られてしまえば、恋愛に免疫のない梨々子はトキメいてしまう。


「や、やっぱりダメ! 私、城之内くんのことまだよく知らないし……! とにかくごめんなさい!」


 理性が崩壊してつい頷いてしまいそうになるのを必死に堪えた梨々子は、今日も城之内の求愛を真っ向からお断りするのだった。




「本当に意味が分からないよ! なんであんなイケメンが私のことを好きになるの!?」


 放課後、友人達と立ち寄ったファストフード店で梨々子はポテトを爆食いしていた。


「でもさぁ、城之内くんって本当にイケメンだよね! すごい噂もあるし!」


「あれでしょう? 世界的大企業の社長令息だって噂!」


「死ぬほどイケメンで、しかもお金持ちって。小説に出てくる王子様みたい〜」


 黄色い声をあげて噂する友人達は、ニンマリと楽しげな目を梨々子に向けた。


「で? その噂の王子様から熱烈に愛されてるお姫様の本音はどうなの? 実は満更でもなかったりして?」


「いやいや、本当にわけが分かんないよ! 知れば知るほど、あんなイケメンがなんで私を好きなのか謎だよ!」


「けど、嫌いではないんでしょう? だったら付き合ってみればいいのに。イケメン御曹司を捕まえるチャンスじゃん」


「そうそう! 玉の輿確定だよ〜?」


「付き合ってみてダメだと思ったら別れればいいんだし」


「そんないい加減な気持ちでお付き合いなんて、私には無理だよ……」


「梨々子は純情なんだからぁ〜」


 愛されキャラの梨々子を囲む友人達は、小柄でウサギを思わせる可愛らしい彼女が小さな口でポテトをパクパクと頬張っていくのを眺めながら、残念そうに肩をすくめた。


「まあ、梨々子が本当にイヤならウチらもガードするよ!」


「城之内くんって情熱的なだけで強引なことはしなさそうだけど、いざとなったら私らが守るからね!」


「みんな、ありがとう……」


 友情に感激する梨々子は、目をうるうるさせて礼を言った。


「じゃあね〜」


 友人達と別れた梨々子が帰り道を歩いていると、目の前に人影が立ち塞がる。


「お嬢ちゃん、一人なの?」


「ひぇっ」


 チャラチャラした三人組に声をかけられた梨々子は、どう見てもナンパな状況に足がすくんだ。


「君、小さくてカワイイね〜」


「暇なら一緒に遊ばない?」


「ご、ごめんなさい、私……」


 下を向いて通り過ぎようとした梨々子だが、男の一人が手を伸ばしてくる。


「いーじゃん、俺らと行こうよ」


(イヤ……! こわい!)


 咄嗟のことで目を閉じた梨々子の耳に、ここのところ聞き慣れた声が響く。


「僕の連れに何か?」


 見上げるとそこには、男の腕を掴んだ城之内がいた。


「城之内くん!」


「チッ、男連れかよ……って、なんだこの美男子!?」


「アイドル!? 俳優!? イケメンすぎてコッワ!」


「こんなイケメンに敵うわけない、行こうぜ」


 城之内の顔を見た男達は、そそくさと人混みに紛れて逃げていく。


 ホッと息を吐いた梨々子は隣のイケメンを見上げた。


「城之内くん、ありがとう。でも、なんでここに……?」


「君が友人達とこの辺で遊んでるって聞いてね。一目だけでも会えないかと思って。来て正解だったよ。リリコに近寄る悪い虫を追い払えたから」


 目が焼けてしまいそうなほど美しく爽やかな笑みを浮かべているが、彼の言葉に梨々子の頰が引きつる。


「……城之内くんって、やっぱりストーカー?」


「ん? 何か言ったかな?」


「う、ううん! なんでもない! とにかくありがとう。さっきの人達、ちょっと恐かったから……」


 まだ足の震えが治らない梨々子の消え入りそうな声に、城之内はカバンから何かを取り出した。


「はい、これあげる。飲んで」


 まだ温かいペットボトルのミルクティーは、梨々子がいつも愛飲しているものだ。


 目の前でキャップを開けて渡されたそれを思わず口に含んだ梨々子は、温かさと甘さにホッとする。


「どうして私がミルクティー好きだって知ってるの?」


「知ってて当然だろう? 君は僕の運命の相手なんだから」


「もう! またそんなこと言って!」


 軽口を叩いているうちに、梨々子は足の震えが止まっていることに気づいた。


 それを見計らったように城之内はカバンを肩にかけ直す。


「じゃあ、行こうか」


「え?」


「リリコが嫌じゃなかったら、送るよ」


 自然な仕草で車道側に寄る彼に、迂闊にも梨々子の胸がキュンとした。


(なんでこんなに紳士的なの〜!)


 城之内は毎日梨々子に愛の告白と求婚をしてくるが、かといって無理に梨々子に触れようとしたりはしない。


 毎日追いかけ回されるのも、突然現れるのも心臓に悪いが、梨々子は不思議と城之内に対して、先ほどの男達に感じたような嫌悪感を抱いたことはなかった。


 だからこそ余計に気になってしまう。


 せっかくの機会だからと、梨々子はずっと疑問だったことを問いかけた。


「……ねぇ、城之内くん。どうして私なの?」


「ん?」


「城之内くんならすっごくモテるし、どんな女の子でも選びたい放題でしょう? なのにどうして私が好きなの?」


「何度も言ってるだろう? 君が僕の運命の相手だからだよ」


 なんでもないことのように言う城之内に、梨々子は頰を膨らませる。


「答えになってないよ! 私は真面目に聞いてるの! 真面目に答えてよ!」


「それはこっちのセリフなんだけどな。どうして君は僕のことを覚えていないんだ? あんなにも愛し合った仲じゃないか……」


「あ、愛し合った!? そんないやらしい言い方しないで!」


「相変わらず初心なんだね。初めてキスした時も、あんなに恥じらっていたし……」


「キ、キ、キ、キス!? 私そんなのしたことないよ! 適当なことばっかり言って、からかわないで!」


「ふふ。そのウサギみたいな可愛い怒り方。懐かしいな。君はちっとも変わってないや」


 からかっているとしか思えない城之内の笑い声に、梨々子はますます拗ねてしまう。


「いい加減にして! その変な設定、いつまで続ける気?」


「設定?」


「だってそうでしょう? 異世界とか、運命とか、生まれ変わりとか。そんなの、漫画の中の話だよ! そういう設定で私をからかって、楽しんでるんでしょう?」


 梨々子の言葉に城之内は足を止めた。


「……君は覚えてないみたいだけれど、本当に僕達は異世界で恋に落ちた仲なんだ。君が僕の世界に召喚されて、少しの間一緒に過ごした時に。……役目を終えた君が元の世界に帰る時、必ず迎えに行くと約束した。そして僕は君に会うために、この世界に転生してきたんだよ」


 反論しようとした梨々子は、城之内の顔を見て口を閉じてしまった。


 彼の顔があまりにも真剣で、切実で、どこか悲しげだったからだ。


(どうしてそんな顔するの。ずるいよ……何も言えないじゃん)


 真っ直ぐな瞳を見ていられずに、梨々子は俯く。


「もしも、ね……? 城之内くんの話が本当なら、私は何も覚えていないんだよ? それってすごく、ひどい女じゃない?」


 モジモジと指先をいじる梨々子を見た城之内は、フッと笑みをこぼした。


「覚えてなくてもリリコはリリコだよ。僕の気持ちは変わらない。君が何も覚えてないのなら、今世の僕を好きになってもらえるように頑張るよ」


 白い歯を見せて笑う城之内は、後光が差すほどカッコよく見えた。


 ドキドキと、梨々子の胸が高鳴る。


 本当に美しいものを見た時、呼吸を忘れてしまうことを梨々子は初めて知った。


「あ……ごめん、リリコ。ちょっと行ってくる」


「え?」


 言葉を失う梨々子の横を通り過ぎた城之内は、歩道橋を渡ろうとしている老人に駆け寄る。


「大丈夫ですか? 手伝いますよ」


(城之内くんって、優しいんだよね)


 梨々子の胸の奥が、またキュンとする。


(って、何考えてるの、私! そんな場合じゃないでしょ!)


「私も手伝うよ、城之内くん!」


 老人の背を押して荷物を持つ城之内を、梨々子も追いかけた。




歩道橋を渡り終わり、二人で歩く途中。


「あれ? 城之内くん、何か落としたよ?」


 城之内が落としたものを拾おうとした梨々子は、コロコロと数メートル先に転がっていったものを追いかけた。


 そして夕陽の光を浴びてキラキラと輝く透明な玉を見つけると、目を輝かせる。


「うわぁ、綺麗だね」


「それは……」


「あ!」


 不思議な玉に魅入ってしまった梨々子が掴み損ねたせいで、玉は再びコロコロと車道に転がっていく。


「ごめん、拾ってくるね!」


「待て、リリコ! 危ない!」


 城之内が叫びながら走ってくるも、一足遅かった。


「え?」


 慌てた梨々子は猛スピードで迫る車に気づいていなかった。


「リリコ!!」


 ドカン、と大きな衝撃音がしたと同時に、梨々子の体は宙へ投げ出される。


「城之内くん……」


 飛んでいくカバンから荷物が散らばる中、真っ青な顔をした城之内が梨々子に手を伸ばしているのが見えた。


 その手を掴もうと手を伸ばしながら、梨々子の視界は真っ暗になった。









「いたた……。ここはどこ?」


 尻餅をつき、顔を上げた梨々子は息を呑んだ。


「あれは何? お城? ここは外国なの?」


 目の前には見たこともないレンガ造りの街並みが広がり、その奥には映画の中でしか見たことがないような大きな城が建っていた。


「私、車に撥ねられたはずじゃ……」


 自分の体を見下ろしてみるも、怪我はなさそうだ。


 状況が分からず困惑する梨々子は、何か知っているものがないか周囲を見渡した。


 しかし、目に入るもの全てがまるで漫画の中の世界のように現実離れしている。


「あの……」


 街ゆく人々に話しかけてみるも、周囲から浮いている梨々子の容姿を目にした者達は訝しげに眉を顰めて逃げていってしまう。


「変な格好の人ばかり。それもみんな、外国人みたい。私いったい、どうしちゃったの? 夢でも見てるのかな……?」


 不安に駆られる梨々子は心細さで泣きそうになりながら、街の中を彷徨った。


 そして道も分からず城の近くまで歩いてきてしまったところで、見覚えのある横顔を見つける。


「……城之内くん?」


 プラチナブロンドの髪とエメラルドグリーンの瞳。美しすぎる容姿。


 知らない土地で目にした見知った顔に、梨々子はホッとするまま駆け寄った。


「城之内くん! 良かった! 誰も知ってる人がいないし、ここがどこかも分からなくて、本当に怖くて……っ」


「無礼者!」


「きゃっ!?」


 しかし、城之内らしき人物に辿り着く前に、梨々子は取り押さえられていた。


「貴様、我が国の王太子殿下に気安く声をかけるとは! なんたる無礼を!」


「お、王太子……?」


(それって、王子様のこと?)


「王太子殿下、お怪我はございませんか?」


 梨々子が見上げると、王太子と呼ばれた城之内と瓜二つの青年は静かな目で梨々子を見下ろしている。


「問題ない。見たところ異国人だが、か弱そうな少女じゃないか。放してやれ。それよりも例のものは?」


「はっ。反応があったのは、この近くであることに間違いなさそうです」


「急いで見つけるぞ。他の者に気取られる前に」


 梨々子の存在など気にも留めないというかのように、彼は部下らしき者達に指示をして去ろうとする。


 何もかも分からない場所で唯一見つけた見慣れた顔に、ずっと心細かった梨々子は思わず叫んでいた。


「待ってください!」


 立ち止まって振り向いた王太子は梨々子を見る。


「なんだ」


「お願いです、助けてください!」


 今にも泣き出しそうな梨々子を見た王太子は、城之内とは似つかない冷ややかな瞳を梨々子に向けた。


「なぜ私が、見ず知らずの異国人を助けなければならない?」


「えっと、それは……」


「行くぞ」


 言い淀む梨々子に間を与えず去ろうとする彼に、梨々子は追い縋る。


「待って、城之内くん! 置いていかないで!」


「…………」


 そのまま立ち去ろうとしていた王太子は息を吐いて足を止め、梨々子を睨みつけた。


「先ほどから不愉快だ。私の名前はバルデマー=カナタ・イネレン・デ・シュロス・バリエッハ・ベルクフリート。この国の王太子だ。ジョーノウチなどではない」


「カナタ……?」


 王太子の長すぎる名前を全て聞き取ることはできなかったが、梨々子の耳にはハッキリと〝カナタ〟という単語だけが残った。


 城之内カナタ。


 彼は平凡な梨々子の前にある日突然現れた、不思議な超絶イケメン転校生。


 城之内は言った。


『君は僕の運命の相手だ』


『前世で恋した君にもう一度会いたくて、僕は異世界から転生してきたんだよ』


『あんなにも愛し合った仲じゃないか……』


『初めてキスした時も、あんなに恥じらっていたし……』


『本当に僕達は異世界で恋に落ちた仲なんだ』


(城之内くんの話が本当で、ここが彼の言っていた異世界だとしたら。この人は、前世の城之内くん? だとしたらこの人はこれから私と……)


「あなたは私と恋をするはずなんです……!」


「は?」


 なりふり構わず、梨々子は叫んでいた。


「これから私達は愛し合って、それからキスをして……」


「私が君と? くだらない妄言だな」


 梨々子の手を解いた彼は、今にも梨々子を取り押さえようとしている周囲を手で制止した。


「誰と人違いをしているのかは知らないが、私に対する無礼は不敬罪と見做されて極刑に値する。今回は見逃すが、これ以上は看過できないので覚悟するように」


 淡々と話す王太子はもう用はないとでも言いたげに踵を返し、呆然と座り込む梨々子を置き去りにしてその場をあとにしようとした。


 その時だった。


「殿下! こちらにおいででしたか!」


「どうした?」


 走ってきた彼の部下らしき男が、汗を拭って報告する。


「大神官様から、異世界より召喚されし聖女様がこの地に舞い降りたと神託があったと……」


「聖女だと?」


 王太子の目の色が変わる。


「確かなのか? その聖女はどこに? どのような姿をしていると?」


「それが……その者はおそらく街中に現れた、黒髪で黒い瞳、異国人らしき風貌をした少女だとか。例のものも、その聖女様が所持している可能性が高いと」


「……まさか」


 座り込んだ梨々子を振り向いた王太子は、ズカズカと梨々子の前に戻ってくると膝を突いた。


「君はどこから来た?」


 急な展開についていけない梨々子は、戸惑いながらも問われるままに答える。


「えっと……、分からないんです。でも、多分この世界ではないところから来たんだと思います」


「何か持っているものはないか?」


「え? カバンは車に撥ねられた時に飛んでいっちゃったから、何も……あっ!」


 答えながら体のあちこちを叩いた梨々子は、ある感触に気づいて声を上げた。


「ポケットにこれが入ってました!」


 セーラー服の上から羽織ったカーディガンのポケットに入っていたのは、城之内が落とした透明な玉だった。


「これは……どうやら間違いないようだ」


 手のひらで包めるほどの大きさのその玉を見つめ、王太子は部下達に目を向ける。


「この者を城に連れて行く」


「ですが、このような怪しげな者を……」


「責任は私が取る。聖女らしき人物を発見したのに放置するわけにはいくまい。すぐに手配を」


「はっ!」


 敬礼する部下達の前で、王太子が梨々子に手を差し出した。


「君、名前は?」


「……梨々子です」


「リリコ。悪いようにはしない。我々についてきてくれ」


 行く当てもなく、他に縋る相手もいない梨々子は、戸惑いながら彼の手を取った。




「間違いなくこのお方は異世界より舞い降りた、我が国の結界を守護せし聖女様でございます。そして聖女様がお持ちになったのは、十七年間紛失していた宝玉に間違いございません」


 梨々子を前にした大神官が深く礼をすると、その言葉を聞いていた周囲の者達は驚きと安堵、困惑に騒めいた。


 そんな彼らを手で制し、王太子が梨々子に頭を下げる。


「聖女とは知らず、失礼をした」


 王太子が頭を下げたことで、周囲の者達も梨々子に向かって跪く。


「あの、何がどうなってるんですか? 私、聖女とか言われても困ります! 車に撥ねられて、いきなりここに飛ばされただけで……私は普通の女子高生なんです!」


「……詳しく説明しよう」


 戸惑う梨々子を落ち着かせるために別室へ案内した王太子は、静かな室内で改めて説明を始めた。


「我が国には、建国時から王城を中心として国を覆う大きな結界が張られている。他国からの侵略を防ぎ、国民を守護する神聖な結界だ。この結界を維持するためには宝玉が必要なのだが、私が生まれた十七年前にその宝玉が紛失したんだ」


「えぇ!? それって、ヤバいんじゃ……」


 神妙な顔で頷いた王太子は、テーブルの上に地図を広げる。


「強固な結界は宝玉がなくともしばらくは問題ない。しかし、十七年間宝玉なしで国民を守護してきた結界に、つい先日小さな亀裂が発見された」


 彼が指したのは、隣国との境界につけられたバツ印。


「この亀裂から敵国の者が侵入し、宝玉紛失の件が周辺諸国に露見してしまった。偵察隊の話では、隣国がこの亀裂を利用して我が国に侵略を仕掛けようとしているらしい。一刻も早く結界の修復をしたいところだが、そのためには宝玉と宝玉を扱う聖女がいなくてはならず、困り果てていたところだったんだ」


「まさかその聖女が、私だって言うんですか……?」


 驚きを隠せない梨々子に、王太子は頷きを返した。


「そうだ。先ほど君が現れた場所で、十七年間反応のなかった宝玉の位置を示す羅針盤が反応した。そして神託通りに現れた君が、宝玉を所持していた」


「え? それじゃあ、あの玉がこの国の宝玉だったの!? でもあれは私のじゃなくて……」


「頼む。どうか我が国のために力を貸してはもらえないだろうか。……このとおりだ」


「!?」


 城之内が落とした玉を拾っただけの梨々子は慌てて説明しようとしたが、深く頭を下げた王太子を前にして何も言えなくなってしまった。


「結界の力に頼ってきたこの国は、このままでは敵国の侵略に立ち向かえない。王族として不甲斐ない限りだが、今は君に頼るしか方法がない」


 大勢の人々から敬われていた彼がこうして頭を下げているのは、きっと余程のことなのだろうと胸を痛める梨々子。


「……私は何をすればいいんですか?」


「聖女は一月の間、宝玉に祈りを捧げ続けて力を蓄える。宝玉が赤く染まった時、その力を解放すれば傷ついた結界を修復することができるそうだ」


「そんなことが、私にできるんでしょうか?」


「神託が誤りだったことはない。君にしかできないことだ。どうか協力してほしい」


 エメラルドグリーンの真剣な瞳を見た梨々子は、彼の切実さに根負けした。


「……分かりました」


「本当か? やってくれるのか?」


「はい、私でよければ……。でも、終わったら元の世界に帰りたいです!」


「それならば問題ない。異世界から召喚された聖女は役目を終えると元の世界に帰る。結界の修復が終われば、君は元の世界に帰れるだろう」


「本当ですか!?」


「ああ。それまではこの城で最上級のもてなしをすると約束する。どうかこの国の危機を救ってくれ」


 こうして梨々子は、異世界の国の城で過ごすこととなった。


 王太子の父である国王とも挨拶を交わし、正式に国賓として滞在を許可された梨々子は、大神官の指導のもと宝玉を扱う練習を開始する。


「結界を強固にしたいという想いが強ければ、宝玉も聖女様の想いに応えて赤くなるはずでございます」


「宝玉が赤くなったら、あの塔にのぼって呪文を唱えればいいんですね?」


 梨々子は王城の中央にそびえ立つ、ベルクフリートと呼ばれる高い塔を指した。


「左様にございます。時が来れば、聖女様は自ずとご自身の役目を果たされることでしょう。まずは一月の間、常に宝玉を手元に置いてお力を蓄えてくださいませ」


 宝玉に祈りを捧げる以外は、梨々子は至れり尽くせりの日々を送った。


 綺麗な部屋とドレスを用意され、美味しいものを食べさせてもらい、使用人達に世話をしてもらう。


 贅沢な暮らしではあるものの、庶民の梨々子には少し落ち着かない。


 始まったばかりの新しい生活にまだ慣れないある日、梨々子のもとに王太子が訪れた。


「リリコ。ここの暮らしには慣れたか?」


「あ、城之内くん……じゃなかった、王子様!」


 慌てて訂正する梨々子に、王太子は呆れた目をする。


「私のことは王太子殿下と呼べ」


「はい、王太子殿下」


 苦笑する梨々子の顔を見た王太子は、ピクリと眉を顰めた。


「……やつれているな」


「お城の皆さんには良くしていただいてるんですが……元の暮らしが恋しくて。家族や友達も心配してると思うんです。そういうことばっかり考えると夜も眠れなくて……」


 梨々子の脳裏には、大好きな家族と友人達が梨々子を心配している姿が浮かんでいた。


 窓の外を見た梨々子はつい本音を呟いてしまう。


「……早く帰りたい」


「…………」


 梨々子の悲しげな横顔を見ていた王太子はしばらく考え込むと、顔を上げて梨々子の肩を叩いた。


「花は好きか?」


「え?」


 梨々子の前に、王太子の手が差し出される。



「うわぁ! なんて綺麗なお花畑! こんなに綺麗なもの、初めて見ました! これ全部薔薇ですか!?」


 城の庭園に連れて来られた梨々子は、満開の薔薇の中に立って両手を広げる。


「ああ。この国で薔薇は愛の象徴だ。生涯に一人と決めた愛する者に、真紅の薔薇を贈る風習がある」


「愛……」


 その話を聞いて、梨々子の脳裏に浮かぶ光景。


『リリコ、今日も愛しているよ』


「城之内くん……」


 毎日毎日、真っ赤な薔薇の花束を抱えて梨々子に愛の告白をしてくれた彼が、どうにも恋しい。


 最後に見た城之内の蒼白な顔が忘れられない。


 目の前で梨々子が車に撥ねられて、彼はどう思っただろうか。


 悲しんでいるだろうか。苦しんではいないだろうか。


 すぐにでも元の世界に帰って彼に謝りたいのに。


「ジョーノウチとは君の恋人か?」


「え?」


 紅茶が用意された庭園のテーブルに着き、物思いに耽っていた梨々子は王太子の言葉に顔を上げた。


「私に似ているのだろう? 人違いをして縋りつくほどに」


「それは……」


 城之内そっくりの顔で見つめられながらそう問われて、梨々子は言葉を失ってしまう。


 彼と自分の関係を表現する言葉を、梨々子は知らない。


 なのにこんなにも恋しいなんて。


 黙り込んだ梨々子を見て、王太子は口を開く。


「君が変なことを言うから、どうにも君のことが気にかかって仕方ない。私達が恋をするだの愛し合うだのと。あれはいったい、どういう意味だったんだ?」


 梨々子に問いかける王太子の顔は、心から彼女のことを案じているようだった。


 花を見せて元気づけてくれたその優しさが城之内と重なる。


「……城之内くんは私のことを、運命の相手だと言ったんです」


 梨々子は王太子に城之内との出会いを話した。


 ある日突然現れたイケメン転校生が、自分を運命の相手だと言って追いかけ回してきたこと。


 前世で恋に落ち、愛し合ってキスをした仲だと言われて困惑したこと。


 真っ赤な薔薇の花束を手に、毎日のように求婚されたこと。


 何度フラれてもめげずに告白してくる彼に、少しずつ心が揺れてしまったこと。


「そのジョーノウチなる者が、私に瓜二つだったと?」


「はい。それも、異世界から私を追ってきたと言うし、名前もカナタだし……。だからてっきり、あなたが前世の城之内くんなんだと思って……」


「ふむ。ではその者が本当に来世の私だとしたら、私はこれから君を愛するようになるということか? そして姿を消した君を追って、異世界に生まれ変わると?」


「えっと、それは……」


 言葉にされると急に恥ずかしくなってしまい、俯く梨々子。


 そんな梨々子を見ていた王太子は席を立つと、梨々子が座る椅子の背もたれに腕を置いて覗き込むように彼女の顔を見た。


 至近距離で目が合い、梨々子の頬が赤く染まる。


「何度フラれてもしつこく追いかけ回すほど、私は君を好きになるのか?」


 城之内と同じエメラルドグリーンの瞳に見つめられるうちに、梨々子の胸はバクバクと高鳴った。


「ち、近いです!」


 腕で顔をガードして背ける梨々子に、王太子は苦笑を漏らす。


「すまない。冗談がすぎたな」


 体を離した王太子は、テーブルの上に何かを置いた。


「これを。よく眠れるらしい」


 そこにあったのは、ラベンダーが香る可愛らしいウサギが刺繍されたサシェだった。


「いい香り……かわいい……」


「そのウサギは君に似ているな」


「えー? 私、こんなにかわいくないですよ! さては、からかってますね!?」


「ふっ。いや、よく似ているよ。その怒った顔が特に」


「やっぱりからかってる!」


 梨々子の反応が可笑しくてくつくつと笑う王太子はふと、梨々子の前に置かれた紅茶が減っていないことに気づいた。


「紅茶は苦手か?」


「実はストレートだとちょっと苦手で……。ミルクティーは大好きなんですけど……」


「ではすぐにミルクを用意しよう」


 王太子がすぐさま遠くにいるメイドに合図を送ろうとしたところで、梨々子はモジモジしながら頰を染めた。


「あ、あの……できれば砂糖もたっぷり入れたいです」


「ふっ。ああ、分かった。とびきり甘いものを作らせる」


 梨々子の願いを聞き入れる王太子は、終始楽しそうだった。


「他に何か不便があったら遠慮なく言ってくれ。私にできることならどんなことも対応しよう」


 別れ際に言われた言葉にも、梨々子は彼の優しさを感じ取って胸を高鳴らせる。


(優しい人なんだな。……そんなところも城之内くんと同じ)


「ありがとうございます、王太子殿下。ちょっとだけ、元気が出ました」


「そうか」


 白い歯を見せて笑う美麗な顔も、梨々子の知っている城之内そのものだった。



 それからの日々は、穏やかに過ぎた。


 相変わらず梨々子は宝玉と睨めっこをしながら結界を修復するための修行をする毎日。


 ちょくちょく様子を見にやってくる王太子とお茶をしたり、花を見たり、散歩をしたり。


 王太子だけでなく、天真爛漫な梨々子は城中の者達とすぐに打ち解けて、どこに行っても声をかけられるようになった。


 気づけばこの城と国が大好きになっていく。


 そんな優しい日々の中で、梨々子の心にはある感情が芽生えていた。


 予感の種はずっと梨々子の中にあった。


 初めて出会った教室。


 差し出された赤い薔薇と愛の言葉。


 優しさに触れた日、甘くて温かいミルクティー。


 満開の薔薇園。


 かわいいウサギの刺繍とラベンダーの香り。


 真っ直ぐなエメラルドグリーンの瞳。


 美しすぎるあの笑顔。


(私、きっと彼に恋してる)


 初めての感情は梨々子に甘い胸の疼きと恥じらい、そして喜びをもたらした。


 と同時に、梨々子の心は揺れる。


(でも、私が好きなのは……どっち?)


 グルグルする感情を持て余した梨々子は、自分の想いを告げることなく城での日々を過ごした。


 梨々子がこの世界に舞い降りてから一月が経ったある日のこと。


「宝玉が赤くなってきたんです。大神官様にお見せしたら、明日には結界の修復ができると言われました」


 赤くなった宝玉を見せながら得意げに報告する梨々子に、王太子も笑顔を見せる。


「そうか、ご苦労だったな。もうすぐ元の世界に帰れるぞ」


「……」


「リリコ?」


 元の世界に帰れるのは嬉しいはずなのに、梨々子は自分の胸が痛むのを感じた。


(帰りたくない、なんて言えない。だって私は、帰りたいもん……。なのにどうして……)


 自分でも自分の気持ちが分からず黙り込んだ梨々子に思うところがある王太子は、気遣うような目を向ける。


「明日、君に渡したいものがある」


「え?」


「君が元の世界に帰る前に、最後に渡しておきたいんだ」


(最後……)


「……私も、お伝えしたいことがあります」


 最後ならこの気持ちを伝えたい、と梨々子は思った。


 どうせ離れ離れになるのなら、と。


 初めて恋を知った女子高生の梨々子には、それがどれほど残酷なことかなど分からなかった。


「……ジョーノウチが羨ましい」


「え?」


「いや、なんでもない。今日はゆっくり休んでくれ」


 梨々子の頭を撫でて、王太子は去っていった。




 その夜のこと。


 眠っていた梨々子は、爆音に目を覚ました。


「聖女様! 起きてください!」


「どうしたの?」


「侵略です! 結界が修復される前に王城を落とそうと、敵国軍が攻めてきたのです!」


 バタバタと走る足音と、悲鳴、怒号、激しい物音。


 身がすくむ梨々子の耳に、廊下の兵士の悪態が聞こえる。


「くそ! 結界さえ修復できれば略奪者の侵入など許さぬものを!」


「結界の修復はまだなのかっ!?」


 怯える梨々子の前に、いつも面倒を見てくれるメイドが宝玉を差し出す。


「宝玉を持ってお逃げください、聖女様! 決して賊に宝玉を渡してはなりませぬ!」


 ギュッと握られた手に、梨々子はハッとした。


「わ、分かりました……!」


 メイド達に守られて部屋を出た梨々子は、宝玉を握りしめながら城を駆けた。



「聖女がいたぞ!」


 梨々子の情報が漏れていたのか、梨々子の姿を見つけるなり追ってくる敵にメイド達が立ちはだかる。


「ここは私達にお任せを!」


「どうか宝玉をお守りください!」


 とうとう一人になった梨々子は必死に走り抜けるが、その先にも敵がいた。


「聖女だな!? その宝玉を渡せ! 渡せば命は助けてやろう」


 剣を突きつけられた梨々子は、足を震わせながらも腹に力を込める。


「……これは誰にも渡しませんっ!」


 すぐそばにあった燭台を投げつけて、一目散に走り出した梨々子。


「待て!」


 息を切らす梨々子は足がもつれて限界だった。


「きゃあ!!」


 転びそうになったところで、力強い腕が梨々子を抱き留める。


「リリコ!」


「王太子殿下……?」


 追ってきた敵を斬り倒した王太子は、梨々子を助け起こした。


「無事か?」


「はい……。私、ちゃんと守りました……!」


 梨々子が宝玉を抱えて得意げな笑顔を見せると、切迫していた王太子の表情がほんのわずかに和らぐ。


「……よくぞ守ってくれた」


「王太子殿下もご無事で良かったです!」


 微笑んだ次の瞬間、梨々子は王太子の腕の中にいた。


「え……?」


 その力強さと温もりに、梨々子の鼓動が跳ねる。


「君はこの世界の住民ではない。命懸けでこの国を守る必要なんてない。こんな宝玉など手放したところで誰も君を責めたりしないのに、なぜ逃げなかった?」


 王太子の鼓動が聞こえるほどの距離で問われ、梨々子は混乱しながら答えた。


「だって……これを敵に渡して私が逃げちゃったら、王太子殿下が困るじゃないですか」


「……っ!」


「それにお城の皆さんも、この国の人達も。確かに私は異世界から来た部外者ですが、私に優しくしてくれた皆さんが困るのはイヤです!」


「……自らの危険も顧みずに、宝玉を守ってくれて感謝する」


 小柄な梨々子の体をすっぽりと覆うように抱きしめながら、王太子は掠れた声で礼を言う。


 そんな中、再び爆音が上がる。


「殿下! このままでは城が陥落してしまいます!」


 騎士達の叫びを聞いて歯を食いしばる王太子を見上げた梨々子は、心を決めた。


「私、結界を修復します!」


「なに?」


「宝玉はもう準備できてます。大神官様が言ってました。時が来たら、自ずと役目を果たせるって。今がきっとその時です!」


「確かに結界さえ修復されれば、賊は王城から弾き飛ばされる。この状況を救えるのは、君だけだ」


 梨々子に向き直った王太子は、彼女の両肩に手を乗せて真剣な顔をした。


「リリコ。……できるか?」


「やります!」


 強く言い切った梨々子の瞳を見た王太子は、彼女の手を取る。


「では行こう!」


 二人は騒音の中を走り出した。



 王城の中央に立つベルクフリートは、高い高い塔だ。


 王国で一番高いこの場所の最上階に、宝玉を祀る祭壇がある。


「階段を走れるか?」


「が……がんばります!」


「……掴まっていろ」


「ひゃっ!?」


 息も絶え絶えの梨々子を見た王太子は、ガッと梨々子を抱き上げた。


 そしてそのまま塔の階段を駆け上がる。


 上が見えないほどの長い階段。


 駆け上っている間にも、敵が追ってくる。


 王太子に抱えられていた梨々子は、背後の敵が弓に矢をつがえるのを見て叫んだ。


「王太子殿下! 後ろから矢がっ!」


「伏せろ、リリコ!」


 梨々子を守るように身をかがめた王太子の肩を、矢が掠めた。


「ぐっ!」


「王太子殿下!?」


 王太子の腕の中から梨々子が抜け出す間に敵が迫ってくる。


 背後まで来た敵の剣を片手で受け止め、王太子は梨々子の背を押した。


「行け! ここは私が食い止める!」


「でも、血が……!」


「いいから行くんだ!」


「……はい!」


 長い長い階段を必死に駆け上がりながら、梨々子は涙を拭った。


 下では王太子が敵と戦っている音がする。


 恐くてつらくて足がすくみそうになるが、王太子をはじめとして国中で戦っている人々やリリコを守ってくれたメイド達のことを思うと、止まることなどできなかった。


 塔の最上階に着くと、梨々子の手の中で宝玉が赤く光り出す。


 そこには宝玉を嵌め込む祭壇があった。


 宝玉を嵌めた梨々子は、大神官から教わった呪文を唱えながらこの国の平和を祈る。


 宝玉から伸びた光が夜空を包み込み、国中に広がっていく。


 結界が国を包み込んだ瞬間、王城から真っ赤な光が放たれて国土を乱そうとした不届者達が弾き飛ばされた。


「ぐあっ!?」


「なんだこれは!?」


「うわぁあ!!」


 階下から聞こえた悲鳴を最後に、ベルクフリートは静寂に包まれる。


 王城のあちこちで上がっていた火も消えて、争いの音は止んだ。


「……はあ、成功したみたい。そうだ、王太子殿下が!」


「リリコ」


 駆け出そうとしたところでその声を聞いた梨々子は、笑顔で振り向いた。


「王太子殿下! 私、やりました!」


「ああ、よくやった」


「怪我は大丈夫ですか!? ……あれ?」


 王太子に伸ばした手が、指先から少しずつ透けている。


「どうして……」


 消えゆく梨々子を前に、王太子は静かに告げた。


「役目を終えた君はきっと、元いた世界に戻るはずだ」


「そんな!? イヤです! だって王太子殿下が私を守って怪我したのに、このままお別れなんて……。他にも私を守ってくれた人達が……。それに私、まだ伝えてないことも」


 梨々子が言い切る前に、王太子が彼女の透ける手を掴む。


「好きだ」


「っ!?」


「君に渡したかったのに、ボロボロになってしまった」


 王太子が懐から取り出したのは、花弁が散りかけた一輪の赤い薔薇だった。


「君が好きだ、リリコ。初めて見た瞬間からずっと、私は君に恋をしている」


 梨々子の目に、溢れ出しそうなほどの涙がみるみる盛り上がる。


「どうして、今さら言うんですか……! もうお別れなのに! 二度と会えないかもしれないのに……!」


 梨々子はそこで初めて、別れを目前に想いを告げる残酷さを知った。


 そんな彼女の目を見て、王太子は力強く口を開く。


「迎えに行く。どんなに遠くとも、世界の垣根を越えてでも。そうやって来世の私は、君の前に現れたんだろう?」


『僕は君に会うために、この世界に転生してきたんだよ』


「あ……」


 梨々子には目の前の王太子が、城之内と完全に重なって見えた。


 ぽろぽろと流れ落ちる梨々子の涙を指で拭いながら、王太子は美麗な顔で微笑む。


「だから君は、安心して元の世界に帰るんだ。そこで私を待っていてくれ」


 差し出された薔薇を震える手で受け取る直前に、最後の花弁が散る。


 しかし、そこに宿る想いは消えなかった。


「約束だ。必ず迎えにいく。私の愛するリリコ。君は私の……運命の相手なのだから」


 初めてのキスは、涙の味がした。


「ふぇっ!?」


 こんな時だというのに、梨々子はファーストキスに恥じらって手で顔を隠してしまう。


「なんだその反応は。初心で愛らしいな……」


「も、もう! こんな時までからかわないでください! ……あ」


 自分の手がますます透けているのを見た梨々子は、目に大粒の涙を浮かべて王太子を見た。


「王太子殿下、私……!」


「必ずまた会おう。返事はその時に聞かせてくれ」


 美麗な笑顔の中に涙を浮かべた彼を最後に、梨々子の視界が真っ白になった。










「リリコ」


 目を開けた梨々子は、目の前の青年を見て涙ぐんだ。


「王太子、殿下?」


「……戻ってきたんだね」


「城之内くんっ」


 病院のベッドに横たわる梨々子の手を、制服姿の城之内が握っている。


 城之内が呼んだ医者の診察を受けた梨々子は、車に撥ねられたのに怪我ひとつなかった。


「もう大丈夫ですよ。ご家族が来たら改めて説明しますね」


 医者の言葉に安堵した城之内は、二人きりになった室内で説明を始める。


「君のご両親も友人達も、ずっと交代で付き添っていたんだ。今はたまたま僕が残っていただけで……。連絡したからきっとすぐに駆けつけて来るよ」


「みんな、すっごく心配してたよね?」


 眉を下げる梨々子に、城之内は顔を歪める。


「当たり前だろう。君は一ヶ月も眠っていたんだから。……僕のせいだ。ごめん」


「違うよ、城之内くんのせいじゃないよ。私が確認もせず飛び出したから……」


 落ち込む城之内に何を言っても、今は無駄だと思った梨々子は話題を変えることにした。


「ねぇ、あの宝玉がどうしてこの世界にあったの?」


「僕がこの世界に転生した時に、一緒に持ってきてしまったようなんだ。あの宝玉がないと王国が大変なことになる。どうやって返せばいいか途方に暮れていたが、君があの世界に返してくれたんだね」


「うん。もう大丈夫だよ。結界はちゃんと修復できたから」


 梨々子の様子から、城之内は彼女が眠っていた一ヶ月の間にあの世界へ行っていたのだと確信する。


 宝玉と共に異世界に現れた梨々子と、宝玉と共にこの世界から消えた梨々子の魂。


「……もしかしたらあの宝玉が、再び君に出会わせてくれたのかもしれない」


「え?」


 エメラルドグリーンの瞳を愛おしそうに細めた城之内は、運命の相手を見た。


「君が僕を覚えていないのは当然だったんだ。だって、君があの世界に行くのは、(城之内カナタ)と出会った後なのだから」


「本当に、城之内くんが王太子殿下なの?」


「ああ。この世界に転生してからずっと、君を捜していた。生まれ変わってからの十七年間、君に会いたくて会いたくて堪らなかった」


 切なく揺れるエメラルドグリーンを見ているうちに涙が込み上げてきた梨々子は、誤魔化すように城之内から目を背けた。


「嘘つき。愛し合ってたなんて、嘘だったよ。あなたと一緒にいられたのは本当に短い時間で、心を通わせられたのは最後の最後だけだったもん!」


 梨々子の小言に、城之内は笑う。


「ほんの一瞬でも心が深く繋がったのなら、それは愛以外のなにものでもないだろう?」


 グッと体を傾けて、城之内は梨々子の顔を覗き込んだ。


「愛してるよ、リリコ。君に会いたくて、時空さえ越えてしまうほど。本当はあの日初めて君を見た瞬間、天使が舞い降りたのかと思ったんだ。でも王太子としての立場があって、自分の気持ちを認めることができなかった。君を見送ったあと、もっと早く想いを伝えるべきだったと何度も後悔した。だから生まれ変わったら、どんなに断られても愛を伝えようと決めていた」


 王太子と城之内。


 二人の笑顔が重なり、梨々子はウサギのように目元を赤くする。


「本当に、王太子殿下なんだ……。でも、どうやってこの世界に?」


「君が言ったんだ。僕は城之内カナタで、君を運命の相手だと言って現れる転校生だと」


 前世で梨々子から聞かされた話を思い出しながら、城之内はエメラルドグリーンの目を細めた。


「だから僕は疑ってなんていなかったよ。必ずこうして巡り会えると信じていた。今度こそ、受け取ってくれるだろうか?」


 目の前に差し出された真紅の薔薇に、梨々子は涙が止まらなくなった。


 こんなにも自分を愛してくれる人と、こうして巡り会えた幸運に心が震えてしまう。


 世界を越えて迎えにきてくれた人。


 これが運命でないのなら、何を運命というのだろう。


 震える手を伸ばした梨々子は、やっと彼から薔薇を受け取ることができた。


「あなたの話を信じられなくてごめんなさい。ずっと言えなくてごめんなさい。迎えにきてくれてありがとう。待っていてくれてありがとう。……大好きだよ、王太子殿下(城之内くん)


「リリコ!」


 二回目のキスも、やっぱり涙の味がした。






 ──超絶イケメン転校生城之内くんは、私を運命の相手だと言う。


 そして私も、彼が運命の相手だと知っている。


 世界の垣根を越えてしまうくらい、強く惹かれ合う運命の相手だと。


 抱き締め合う彼の温もりを感じながら、私は心に決めたのだ。


 退院したら、彼に真っ赤な一輪の薔薇を贈ろうと。








城之内くんは異世界からの転生者 完


お読みいただきありがとうございます。


ピュアな女子高生を書くのが楽しかったです。

裏設定ですが、転生後の城之内くんはハーフです。

目は前世と同じエメラルドグリーンで、地毛は実は黒髪です。

彼は梨々子に再会した時にすぐ気づいてもらいたくて、幼少期からブリーチを多用し完璧なプラチナブロンドを維持してきました。

ですので将来の頭皮に多大な不安を抱えています。

梨々子と想いを通わせた今、城之内くんには一刻も早く地毛に戻して頭皮を労ってあげてほしいものです。

イケメンの毛根は国家レベルで保護すべき重要なものですから……。


梨々子「あのね、プラチナブロンドの王太子殿下も素敵だったけど、黒髪の城之内くんも絶対カッコいいよ!」

城之内「リリコ……! 君のためなら、何があってもこの毛根を死守してみせるよ!」


読んでいただきありがとうございました!

ブクマ、評価、感想、リアクションをいただけますとさらに嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
大丈夫、イケメンは坊主になってもイケメンですよ…!!! 城之内くんは宝玉のなんらかの力を使ってこっちに来たのかもしれませんね。
イケメンの毛根は国家レベルで保護すべき重要なものですから……。 〉作者さま、それはぜひ本編に⋯⋯(おい(笑)) 思わずにやにやしてしまいました。 甘酸っぱい恋のお話に年甲斐もなくキュンとしてしまいまし…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ