魔法の意義
早朝、学院の裏山。
「ふぅ~、疲れたな」
座り込んでユーリは一息つく。
日課である魔法の練習。
この場所は一人で練習するにはもってこいの場所だ。誰にも邪魔されない。木々の葉がさざめき、精神を集中させるにはちょうどいいのだ。
「ん?」
パサッと草を踏みつける音がした。
ララかな、とユーリは後ろを振り向くとそこにいたのは紅音だ。
一本にまとめ上げられた彼女の黒髪が風になびいている。炎のような赤い双眸がユーリを見つめ、すっと立ち尽くしていた。
「何か用?」
自然と声がきつくなる。どうしても警戒してしまうのだ。二人だけでこの場所なら特に。
あの日の刀を突きつけられた記憶が蘇ってしまう。
「・・・」
「何か言ったらどうだ?」
再度言うが、紅音は無視して背を向ける。その態度にユーリは看過できなかった。
「おい、待て。紅音は授業に出席するつもりはないのか」
「何度言えばわかる。お前たちに従うつもりはない」
「ならなぜ、君はこの学院に来たんだ」
紅音がグリンディア学院に来た目的。それをユーリはまだ知らない。
「理由などない。ただ連れて来られただけだからな。だが・・・一つ理由があるとすれば、それば奴を見つけるためだ」
「やつ?」
「私の故郷を燃やし尽くした魔法士だ」
刀の柄を強く握りながら紅音は答える。
「紅音はその復讐のためだけにこの学院に来たのか? 見つけてどうするつもりなんだ?」
「殺してやるに決まっている。私の故郷を奪った罪を・・・死をもって贖わせてやる!」
紅音の瞳に殺意がこもる。歯をきしませ、瞋恚の炎を滾らせた。
故郷の民の未練のため、無念のため、復讐のためと。
「私はお前たちに復讐し、すべての魔法士を殺し、この世界から魔法を消し去ってやる。魔法などという外道を許せるものか」
皆殺しにしてやると紅音は宣言した。故郷を滅ぼした元凶である魔法を許せるものかと。魔法というものが存在しているから、故郷はなくなったのだと紅音は憎悪を露わにした。
(あー、そういうことか・・・)
紅音の言うことは間違ってはない。
魔法は凶器、人殺しの道具。誰かがそう言っていたことをユーリは覚えている。それが間違いではないこともユーリは理解している。
魔法でいくらでも人は殺せる。炎で人を燃やすこともできるし、氷で人を凍らせることも、岩で貫くこともできる。魔法で人を殺すのは簡単だろう。
でも、魔法で人を救えることをユーリは知っている。人を癒し、困っている人がいれば助けることができるのだ。
魔法は決して人殺しの道具ではない。
「紅音。君は魔法の認識を間違っている」
「・・・なに?」
「魔法は決して人を殺すためにあるものじゃない。人を助けるためにあるものだ。それを君に教えよう」
きっと紅音には口で言っても伝わらないだろう。だったらやるべき方法は一つしかない。
「明日の朝、君とここで決闘だ。君に魔法は素晴らしいものだと証明してみせる」
◇
燃え盛る炎の海。
緑豊かだった森の木々は黒煙を上げる火柱と化していた。
—あつい
—きつい
—息苦しい
呼吸をするだけで肺は焼かれ、今にも逃げ出したくなる。それでもユーリは足を止めなかった。
「・・・ユフィ」
女の子の名前を呼ぶ。まだ見つからない幼馴染の名を。
きっと逃げ遅れてしまっているのだろう。
村を探しても見つからない。ならば彼女はあの場所にいるはずだと。
炎の森の中を走る。走る。走る。
「ユフィ!」
ようやく見つけた。予想通りの場所にユーフィリアはいた。
けれど、ユーフィリアの近くには知っている老人と知らない男がいる。
「—」
何かを訴えるユーフィリア。火の燃える音で彼女の声は聞こえない。すると知らない男がユーフィリアに魔法を向ける。ユーフィリアはそれに気づいていない。
—助けなきゃ
そしてユーリの視界は真っ黒に染まった。
「・・・ん?」
目を開けるとそこは見覚えのある天井。寮の自室だ。
ユーリは起き上がり、徐々に混濁した頭を覚醒させる。
「夢、か・・・」
いや、これは過去の記憶だ。夢で何度も再生される記憶。同じ夢を見て、同じ終わりを迎える。
あの日、ユーフィリアは何かを伝えようとしていた。それを知らぬまま、ユーフィリアと別れてしまった。
「ユフィ・・・」
呟きがこぼれる。
現在、行方不明である幼馴染。ユーフィリアは今どこで何をしているのか。
ふと窓の方に視線を移す。
カーテンが閉まっていて、窓の外は見えない。その隙間からは朝日がこぼれ出ていた。
「あ、いかなきゃ・・・」
窓からこぼれ出る朝日を見て、ユーリは今から何をしなければならないのかを理解した。
紅音との決闘。
これはユーリが魔法の意義を証明する戦いでもあり、己のプライドを守る戦いだ。
戦闘服を着るようにユーリは制服の袖を通す。
杖を懐にしまい、ユーリは約束した場所へと部屋を出発した。
「・・・遅い」
指定した時刻はとうに過ぎている。
このままでは授業が始まってしまう。約束を反故された上に、遅刻扱いになるのは御免被りたいところだ。
もしや逃げたのかとユーリは思うが、それはないとすぐさま否定した。
手持無沙汰になり、ユーリは空を見上げる。空を覆う灰色の雲。これは雨が降りそうだなとユーリはぼぅーと思った。
視線を下ろす。紅音の姿はない。だんだんつま先がぱたぱたと動き出す。
気持ちが落ち着かない。そわそわする。
「・・・ん?」
ポツリと顔に何かが当たった。
「雨・・・?」
同時に爆発音が森の中で響いた。
落雷があったかのように、森がざわめく。一斉に羽ばたく野鳥。逃げるように走る動物たち。森の奥で何かが起きていた。
「っ!」
音のあった方へとユーリは駆け出した。