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太るは禁句!

 翌日。

 予想通り教室に紅音の姿は見当たらなかった。昨日の今日だし、当然と言えば当然だ。それにユーリが教室に来るまでに見当たらなかったので、そもそも学院にすら来ていないのかもしれない。


「だ・か・ら、うるさいって言ってるの! 兄貴面しないで!」

「するに決まってるだろ! 俺はお前のためを思って言ってるんだ」

「はぁ、やめてよ。たかが数分早く生まれただけでしょ。やめてよ、気持ち悪い」


 教室の中には言い争う二人の男女。カルックス兄妹だ。学院内でも有名な双子である。


「あたしの服装にケチ付けないで! あたしがどんな格好しようとあたしの自由でしょ!」


 口出ししないでと怒っているのが、妹のルナ・カルックス。

 パーマをかけた金髪にピアスとネイル。少し悪目立ちする派手な格好だ。何より彼女が目立つ理由はその大胆な胸元だ。少しでもかがめば立派な双丘が見えてしまうくらいに。


「服装はお前の自由だが、バカな格好だけはやめろ」


 対して叱っているのが、兄のノクス・カルックス。少し垂れ目で眼鏡をかけた黒髪の男子。なで肩にひょろっとした体形で頼りなさそうな外見だ。とはいえ、性格は勤勉でまじめだ。そのせいなのか、特に妹のルナに対しては口がうるさい。


「はぁ、これだからガリ勉は嫌なの。これはおしゃれ! センスゼロのノクスは勉強でもしてたら? 万年成績劣等生なんだから、あたしのことじゃなくて他に気にすることあるでしょ」

「おい、それは俺への当てつけか? 自分が勉強できる側の人間だからって調子に乗るなよ」


 派手なルナと地味なノクス。外見だけで言えばノクスの方が成績が良さそうに見えるが、実は逆である。ルナの方が優等生でノクスの方はあまり成績がよくない。


「まぁまぁ、二人とも落ち着いて」


 不憫にもその二人に挟まれているのがララだ。二人の間を取りもとうとしているが、ルナとノクスの口喧嘩はヒートアップしていく。


 兄弟なんだから仲良くすればいいのに、とユーリは思うが、この二人はよく喧嘩している。もうすでに見慣れた光景だ。喧嘩するほど仲がいいとは言うけれども、二人のせいで教室には微妙な空気が流れている。


「あ、ユーリ、お前からも何か言ってくれ」


 様子を見ているとノクスと目が合い、ユーリは無理やり巻き込まれてしまった。


(勘弁してくれ・・・)


 あまり巻き込まれたくないのだが、ララも助けてと目線で訴えかけてくるし、仕方あるまい。やめてくれと口を挟もうとしたのだが、その隙さえなかった。


「ちょっと待って、ユーリは関係ないでしょ。あんた誰かの助けがないと何も言えないわけ⁉」

「そういうお前はどうなんだ。隣にララがいるじゃないか。お前こそ一人じゃ何もできないんじゃないか?」

「はぁー! ララはあたしの友達で味方なんだからいて当たり前でしょ」


 止まらない二人の口論。仲裁しようとしていたララも手に負えなくて、もう半泣き状態だ。


(そろそろ止めた方がいいよな・・・)


 そう思ってユーリは喧嘩を止めようとすると誰かの怒鳴り声が教室に響き渡った。


「うるせぇ、いつまでやってやがる!」


 レオだ。教室のドアの前に立ち、苛立ちを露わにしていた。彼の言葉に一瞬で教室は冷める。ズボンのポケットに手をつっこんだまま、くだらねぇと悪態をつくレオ。

 彼の怒声にルナとノクスの口論も強制的に止まった。


「ち、これだから平民は・・・」


 舌打ちをして、冷めた教室の空気を気にもせず、レオは教室に入り、一番後ろの席へとつく。すると、そんな空気の中、ブランク先生がやってきた。


「おーい、席につけ・・・って。なんだこの空気は」


 冷めた教室を見てブランクはため息をこぼす。また厄介ごとかと。


「何があったか知らないが、さっさと席につけ」


 ブランクはノクスやルナたちに注意を促す。言われた通りにカルックス兄妹もユーリもルナも着席した。


「ったくよ、ただでさえ憂鬱だってのに」


 微妙な空気が流れる教室に愚痴をこぼすブランク。

 またもや最悪の空気の中、一日が始まった。




「っていうことがあったわけ。もう最悪だよー」


 テーブルにべったりとララは上体を倒して、ため息をこぼす。ユーリとビリー以外いないことを良いことにだらけた様子を見せていた。


 学院のとある空き教室。

 扉には第四工学室と番号が振られている。魔法工学科であるビリーが魔道具の実験のためによく使う部屋だ。特に実験があるわけでもないが、今のように放課後はよくこの教室に集まってユーリたちは取り留めもない話をしていた。


「ララもユーリも大変だったんだね」

「ほんとだよー。ルナちゃんは自己主張が強いし、ノクスくんは頭固いし。まぁそこが二人の良いところではあるんだけどね」

「うん、二人も不仲ってわけではないし、普通に話しているときもあるでしょ。見慣れた光景ではあったけど、今朝はちょっとヒヤッとしたよ」


 ビリーからの同情にララとユーリはそれぞれ思ったことを言う。


「カルックス兄妹かー。確か二属性魔法(デュアルマジック)が使えるんだよね。それも上級クラスの」

「あれ? ビリーは見たことないの? 二人の合わせる二属性魔法はほんとすごいよ!」

「へぇー、上級以上の二属性魔法って難しいのに。双子だからできるってことか」


 興奮しながら話すララにビリーは興味を抱く。

 魔法には大きく五つの属性がある。火、水、風、地、雷。いずれにも属さない魔法はエクストラ魔法に分類される。例えば時間や空間を操作する魔法だ。とは言ってもそれらを操れる魔法士はほとんどいない。

 話を戻すとその五つの属性の内、二つの属性を組み合わせた魔法が二属性魔法だ。


「ユーリは一人で二属性魔法できるんだよね?」

「まぁ、簡単なものならね」


 二属性魔法自体は決して難しいものではない。簡単なものであればコツを掴めばたいていの人はできる。ただランクが高くなるほど魔力量と二つの属性を調整する魔力制御が求められ、困難を極めるのだ。  

 それを他人と合わせようとするとなおさら難しい。


「たぶんだけど、僕の二属性魔法と二人の二属性魔法が勝負したら僕が負けるよ」


 カルックス兄妹の二属性魔法が特別なのは他にも理由がある。

 仮に使用者の魔力量が十割と考えた場合、その魔力量はそれぞれの属性に振り分けられる。単純にいうと五割と五割だ。けれど、カルックス兄妹の場合は使用者が二人。つまり十割の力が二人分重なり、威力は一人の場合よりも倍になる。

 要するにルナとノクスの二属性魔法は段違いということだ。


「魔法科クラスってやっぱりすごいね。あ、そういえばさ、魔法科に編入生が入ったんでしょ?」

「あーうん・・・もしかしてかなり噂になってる?」


 ビリーは魔法科の編入生に尋ねる。間違いなく紅音のことだ。

 絶賛、彼女にユーリは頭を悩まされている。変な噂が流れていないか、ユーリはビリーに聞いてみた。


「当然だよ。極東出身の子なんでしょ。それに次席のレオ・フランバーンを打ち負かしたって。学院中で噂になってるよ。それにその編入生は極東からのスパイだとか、戦争の復讐に来たって話も聞いたけど、実際どうなの?」


 どうやらあることないこと噂になっているようだ。戦争の復讐という点に関してはユーリも否定できないが。


「ユーリ、これけっこうやばくない?」

「うん、僕もそう思う。あー、ちょっとできる自信なくしそう」


 学院の噂にララも心配を覚え、ユーリはますます依頼を遂行する自信をなくしそうだった。ただでさえ現状、頭が痛いのに学院全体が紅音に嫌悪感を抱いているとなるとやりづらくてしかたない。今すぐにでも依頼を放り投げだしたい気分だ。


「言って置くけど、噂は噂だからね。それにビリーには教えるけど、実はその人について校長からある依頼を受けているんだ」


 ユーリはこれまでの事情を簡単に説明する。

 校長からの依頼内容。西條紅音が極東のお姫様であったことなどなど。


「それでね、昨日たまたま紅音のことを追っていたらディザイエンド教団が彼女に接触してきたんだ?」

「ディザイエンド教団が? それ本当なの?」

「うん、相手はそう名乗ってた」


 ディザイエンド教団。

 サーフィール王国における過激派集団だ。暴行、強盗、襲撃あらゆる犯罪行為に手を染めるならず者の一派。王国も頭を抱えているが、彼らの撲滅には至っていない。規模も人員構成さえ不明瞭。本拠地も判明しておらず、謎が深い組織である。


「ディザイエンド教団、ね。ユーリたちはその相手とは話したの?」

「いいや、紅音と話していただけだ。教団の人は紅音を勧誘してたみたい。もちろん紅音は断っていたけど」

「なんか怖いよね。いきなり現れたし、王国を破滅させるとか言っていたよね」


 ビリーの問いかけにユーリとララは昨日の出来事を思い出しながら言う。


「王国の破滅か、だいぶ物騒だね。彼らは教団と名乗っているけど、実際は特定の宗教を信仰している訳ではない。動機が見えづらいね」

「え、待って。教団って宗教団体じゃないの?」

「そうだけど、ユーリ知らなかった?」

「・・・うん」

「ララも、初耳」


 ユーリとララは合わせて首を縦に振る。するとビリーが教団について少しだけ説明してくれた。


「ディザイエンド教団は宗教団体ではないんだ。ただ名乗っているだけで実際は犯罪集団だ。そう認識した方がいい。そうは言ってもならず者の集団が組織的に行動するのはおかしいでしょ?」

「つまりリーダー的な存在がいるってこと?」

「そう。教団の連中は主教って呼んでるみたいだけど」


 主教。その単語だけを聞くとやはり宗教団体に聞こえる。ますます教団の実情が不可思議に思えてくる。


「僕がわかるのはそれくらい。ただ一つ言えることは教団に遭遇したら関わらないことだね」

「教えてくれてありがとう、ビリー。紅音のこともあるし、気をつけるよ」

「うん、ララも知れて良かった。意外とビリーって物知りなんだね」

「・・・偶々だよ。それと、意外って言うのは余計だよ」


 くしゃりとビリーは笑顔を浮かべ、椅子から立ち上がる。


「さて、今日はもう開きにしよう」

「うん、そうだね」

「え! それじゃあ、今から甘い物でも食べにいく⁉」


 昨日食べに行ったにも関わらず、ララはまた甘いものを食べたいと言う。


(太らない?)


 脳に浮かぶ禁句。思わずユーリは言ってしまいそうになるが、言ったら即刻腹パンだ。

 ぐっと喉元でこらえ、別の言葉を言う。


「それはまた今度ね」

「ユーリが、そういうならまた今度行こう!」


 とそこでお開きとなるはずだったのだが、


「ねぇ、ララ。そんなに甘いもの食べて太らない?」

「あ・・・」


 禁句を告げるビリー。ユーリが気づいたところでもう遅い。

 見えぬ速さでビリーは腹部を撃ち抜かれノックダウンしていた。


「ビリー・・・?」


 ユーリが声をかけるも反応はない。するとユーリの腕がララに絡めとられる。


「ユーリ、早く帰ろう」

「でも、ビリーが・・・」

「ん?」


 誰のこと? とララ首を傾げ、満面の笑みを浮かべる。ララの脳内から完全にビリーが消去されている。


「ほら、早く帰ろう」


 ユーリの腕がさらに締められる。

 まるで殺人現場を目撃したような状況だ。この状況で腕をほどくことなどできはしない。


(ごめん、ビリー)


 内心で謝りつつ、ユーリは殺人(未遂)現場をあとにした。


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