精霊魔法戦
二種目目『精霊魔法戦』
一対一で精霊魔法士同士が対決する生粋のタイマン勝負。精霊魔法科の生徒が出場するのは言うまでもないだろう。
精霊魔法戦も伝統ある競技の一つで精霊魔法戦はその中でも特別である。本来実力のある生徒は花形の競技である代表戦に出場するのだが、精霊魔法士には別枠としてこの競技が用意されているのだ。精霊魔法は通常の魔法とは異なる部分が多く、それほどまでに特殊であることの現れだ。
「ね、あの人! アリスさんだよね」
入場ゲートから登場したきたのはアリス・ローズヴェル。オーディル王立魔法学院の生徒であり、今朝ララを助けてくれた人だ。
「アリスさん、精霊魔法士だったんだ。かっこいい・・・」
「ララちゃん、アリスさんのこと知っているの?」
改めてララはアリスに見惚れ、知り合いなのかと横でレインが問いかける。
「うん、今朝ララが困ってるところを助けてくれたんだ」
「そうだったんだね。アリスさん、精霊魔法士の中では有名な人だからきっとすごいと思う。きっとうちの生徒じゃ相手にならない」
「そんなに強いの⁉ アリスさんのかっこいいところみたいけど、うちが負けるのも嫌だなー」
複雑だよ、とララは少し困った表情を浮かべる。それを横目にユーリはスタジアム中央に目を向けた。
観客の声援に手を振りながら中央へと歩くアリス。
その様は凛々しく、自然と目が引き付けられる。アリスに不安や緊張の様子は一切なく、毅然とした態度で対戦者へと目を向けた。
「始まるよ」
小さくララの隣でレインが呟く。
熱狂に満ちていたスタジアムが一瞬にして静まり、誰もが今から始まる戦いをじっと見つめ、ユーリも会場の緊張感に固唾を飲む。
スタジアムの中央には一輪の華。アリスの緋色の髪がふわりとなびき、凛と優雅に戦いの場に華が咲きほころうとしている。
はめた白い手袋を引っ張り直し、アリスはスイッチを入れる。そして彼女は告げる。
「お願い、手を貸して。レオーネ」
突如、アリスの背後に浮かび上がるのは紅蓮の炎。
空高く炎は渦巻きを上げながらやがて収縮し、形を成す。熱風が解き放たれ、炎の中から一匹の獣が姿を現した。
炎のたてがみが揺れる紅蓮の獅子。金色のような毛並みを持ち、自然界の頂点に君臨する存在として雄たけびを上げた。
「・・・うそ」
ぽつりとユーリの耳に小言が聞こえるとレインが信じられないような目で見ていた。
「あれは何なの?」
「あれは・・・大精霊」
「大精霊?」
ユーリの問いかけに、レインは固唾を飲みながら答え返し、ララが言葉を繰り返す。
少し額に汗を浮かべながらもレインは精霊魔法についてユーリたちがわかるように補足する。
「精霊魔法は大きく二つに分類されるんです。一つはこの世界にいる精霊から魔力を受け取り、魔法を行使する方法。これが精霊魔法士のオーソドックスな魔法の発動方法です」
精霊魔法士は精霊の魔力を受け取り、自らをパスとして魔法を発動することが可能だ。これは自らの魔力を消費する通常の魔法士とは大きく異なる。
精霊魔法士は自らの魔力を消費しない。ゆえに精霊魔法士は精霊の力があれば持続的に魔法を行使し続けられる。これこそが精霊魔法士が特別であり、貴重とされる理由の一つだ。
「そして二つ目が精霊を使役する力。特定の精霊と契約し、精霊魔法士の代わりとなって精霊が戦うやり方です」
「つまりあれはアリスが使役している精霊ってこと?」
「はい、だけど信じられないです。あれは精霊の中でも上位の大精霊・・・まだ学生で大精霊を使役できるなんてありえない」
驚きを隠しきれずにいるレイン。精霊魔法士ではないユーリには彼女ほどそのすごさはわからないが、あの大精霊を見れば素人目からでもただごとでないことは察する。大精霊である紅蓮の獅子から放たれる熱気のせいか、ただならない魔力がひしひしと伝わるのだ。
守護者の如くアリスの側に控える紅蓮の獅子。大精霊は狩りの時を今か今かと待ち望む。
対してグリンディア魔法学院の生徒も大精霊の召喚とは言わずとも、魔法の準備を整える。しかし、大精霊の前に普通の精霊魔法が相手になるはずもにない。
紅蓮の獅子を撫でるアリス。そして手を突き出し、大精霊に認められた主として命令を下す。
「喰らいなさい!」
獅子が雄たけびを上げ、炎が猛々しく燃え上がる。待たされた飢えを晴らすが如く、獅子は炎の荒波とともに対戦相手を飲み込む。獅子は抵抗さえ許さない。
人の手に及ばぬ大神秘。
フィールド全土を焦土と化し、圧倒的な存在感を見せつけ、獲物にもなりえぬ相手を喰らいつくした。
中央に立つのは紅蓮の獅子そして主であるアリス。
勝負は一瞬にして決した。いや勝負にすらなりえなかっただろう。アリスの完全勝利だ。
「勝者はアリス・ローズヴェル‼」
実況の声とともに沈黙からスタジアムが再び湧きあがる。
熱狂のままに残りの二試合も行われたが、グリンディア魔法学院は一本も取れず、交流戦二敗目を喫した。
◇
「アリスさん、ほんっとにすごかったね!」
「あんなにすごい精霊魔法見たことない。それも大精霊を使役だなんて」
「だよね、だよね! アリスさん美人だし、かっこいいし、それで大精霊を使役してるなんて尊敬しちゃうよ!」
スタジアムからの帰り道。
興奮を抑えきれないララは終始アリスを称賛し続け、同じ話をユーリは聞かされ続けていた。
交流戦一日目の日程を終え、ユーリたちは宿舎へと戻っていた。
「興奮するのもわかるけど、早く戻らないと怒られるよ」
空はもう赤く染まり、スタジアムを離れたせいか人の波もだいぶ収まっている。
精霊魔法戦を見終えた後もララがもう少しお店を回りたいと言うので回ったが、だいぶ時間が経ってしまった。途中まではレインも一緒にいたのだが、レオのことが心配だと先に戻っている。
二人だけになった後も少し王都を歩いたが、日没も迫り、ユーリたちもそろそろ戻らないといけない時間だ。
「なんかもう少し遊んでいたいけど、そろそろ戻らないとさすがに怒られちゃうか」
夜ごはん何かなーと惜しみながら言うララ。
(まだ食べるの・・・?)
食べ歩いたというのにまだ満足し切れていないララにユーリは若干引きつつ、少し足早で宿舎へと向かう。
「遅い! 二人ともなにしてたの」
宿舎の前でユーリとララを待っていたのはルナだ。どうやら間に合わなかったらしい。
「デートだってことはわかるけど、二人とも代表メンバーの自覚もって!」
「デー、いやララはユーリと遊んでいただけだから!」
「はいはい、わかったから。それでさ、レオのやつ見なかった?」
取り乱しているララを相手にせず、ルナは尋ねてきた。
「まだ戻って来てないのか?」
「そうよ、ユーリとララ、レオが戻ってないから先生に見て来いって言われたけど、あんたち見なかった?」
「昼間は見たけど、帰るときは見なかったな」
「そう・・・」
わかっていたかのようにルナは肩を落とす。
レオだけが未だ戻ってきていない。何かトラブルに巻き込まれた可能性もなくはない。正直、ユーリはレオとあまり関わりたくないのだが、今の状況では仕方あるまい。
「僕が探しにいくよ」
「ならララも行く」
「いや、ララは残っていて。もう遅いから」
あと三十分ほどで日が落ちようとしている。一緒にいるとはいえ夜に女の子を歩かせるのもよくないだろう。
「わかった、気をつけてね」
ララに頷き返し、ユーリは歩いて来た道を引き返した。
ぽつりぽつりと魔石灯がつき始める王都の街路。
交流戦というムードの中で夜の王都は賑やかだ。いたるところから乾杯の声が聞こえてくる。
「街中にはいないか・・・」
宿舎からスタジアムへと続く道をユーリは左右首を振りながら足早に歩くもレオの姿はない。王都中全てを散策すれば見つかるかもしれないが、そうしようとすれば丸二日はかかる。それほどまでに王都は広い。けれど、そんなことは当然できるはずもない。
(まだスタジアムにいるのか?)
少し走りながらユーリは交流戦の会場であるスタジアムを目指す。
少しずつ積もっていく焦り。トラブルに巻き込まれていないことを願うばかりだ。しばらくして、ようやくユーリは辿り着いた。
昼の熱狂的なスタジアムとは真逆で静かなスタジアム。
観客は消え、係員だけが明日の準備を整えていた。
幸い入口はまだ空いていたのでユーリは中に入り、レオを探す。
「見つけた」
スタジアム内の通路。
グリンディア魔法学院の制服を着た赤い髪の男を見つけた。後ろ姿しか見えないが間違いなくレオだ。
声をかけようとユーリは接近するとレオの前にはユーリの見知らぬ男が立っていた。
「話を聞いてくれ! スネイア兄さん!」
レオはその男に向かって何か叫んでいた。
(間が悪いな・・・)
そう思い、ユーリは通路の角へと身を潜め、そっと覗き込む。
レオの前に立つ男はレオと同じ赤髪でレオより身長が高く、どことなくレオに似ている。それにレオは先ほど兄さんと呼んでいた。もしかして兄弟なのだろうか。
そして何よりユーリの目を引いたのは男の服だ。
身を白一色で包み込み、純白のマントに金のボタン。胸元にあるのは王国の国章。オーディル王立魔法学院の制服に似ているが、あれはそのモデルとなった服—王国魔法士団の制服だ。
「スネイア兄さん、お願いだ。俺の話を聞いて欲しい」
「俺はお前と話すことなどない。フランバーン家の面汚しが」
スネイア兄さんと呼ばれた男は冷たい視線をレオに向ける。まるでゴミを見るような目で。
「お前があの学院で何をしたかは話を聞いている。代表戦に選ばれなかったどころか、あげくに不祥事を起こしたということをな。父上が手を加えていなければ、貴様はとうに退学になっていた。愚か者が恥を知れ」
「違うんだ! 俺は頑張ろうと・・・」
「貴様が頑張ったところで無駄だ。お前に才能はない。無能なお前に何ができる? 落ちこぼれが」
落ちこぼれ。
レオに向けられた言葉であったが、その言葉を聞いていたユーリも微かに胸を刺された気がした。
ユーリが思うにレオは決して落ちこぼれではない。普通の人たちよりも確かな魔法の実力がある。だが、レオは落ちこぼれだと罵られた。
(レオが・・・落ちこぼれ?)
自分でもわからないが、ユーリは少しだけ心の中に同情の気持ちが生まれた。加えて同情心が生まれるどころか、罵られるレオの姿にユーリはまやかしでも見させられている気持ちになった。
あれは本当にレオなのか。
ユーリの目に映るレオは普段の高慢なレオではなく、恐怖に怯える弱々しい子供のように見えた。
「いいか、お前はフランバーン家にふさわしくない。これ以上、俺たちをイライラさせるな。そして一生俺たちの前に姿を見せるな」
マントを翻し、男は去って行く。
言い返そうともせず、レオは雨に濡れる子犬のように黙って項垂れたまま。
何か声をかけようとユーリは前に出るが、どう声をかけていいのかわからず、ただ名前を呼ぶ。
「レオ・・・」
「なんだ、俺を笑いに来たのか」
背中越しにレオは答え、こちらを振り向こうともしない。今、レオがどんな表情を浮かべているのか、ユーリには想像もつかない。なぜならこんなレオを見たこともないのだから。それにたとえ見せられても反応に困るだけだ。だから、ユーリは端的に伝える。
「もう帰る時間だ」
「あぁ・・・」
いつものように何か言い返されると思ったが、レオは素直に頷き返す。心配する義理もないのに思わずユーリは言い返してしまった。
「大丈夫か、レオ?」
「先に行っててくれ。すぐに行く」
らしくない態度にユーリは戸惑いを隠しきれないが、今はそっとして置いた方がいいだろうと思い、ユーリは先に宿舎へと戻った。




