メンバー発表
交流戦三日前。
ついに代表戦メンバーが発表される日が来た。
教室の席に座り、ユーリは発表の時を待つ。
「ねぇ、ユーリ緊張するね」
「そうだね、昨日まではあんまり緊張しなかったけど、いざ発表となると少し緊張する。ララも呼ばれるといいね」
「ララ? ララは選ばれないよ。だってそんな実力ないし」
「え、じゃあなんで緊張しているの?」
「それはユーリが無事に選ばれるか心配なだけだよ。もちろんララは選ばれるって信じてるけどね」
自分のことよりララは他人のことを気にしているようだ。ユーリとしてはもう少しララ自身のことを気にしてほしいところだが。
でも、ララが選ばれる可能性は十分にあるとユーリは感じていた。ララは確実に腕を上げている。これまでそばで見てきたからこそわかる。成長したなと。
特に魔力の乱れがなくなった。落ちついて良い魔法を放てるようになっていたのだ。だからこそララには選出される可能性が十分にあるだろう。
それに比べて、ユーリ自身はあまり実感を得られていなかった。確かに以前と比べて魔力制御や発動までの時間は安定するようになったが、大きな自信につなげることはできなかった。
下手をすれば今回は落とされるかもしれないという一抹の不安が心の奥にある。
「席につけー」
ガラガラと扉を開けて、ブランクが教室へと入ってきた。その後ろには爽やかな笑みを浮かべるウィン。張り詰めた教室であるにも関わらず、彼の対応は変わらない。
ブランクが教壇の上に立ち、いよいよ代表戦のメンバーを告げる。
「それでは代表戦のメンバーを発表する。・・・が、その前にウィンからお前たちに話がある」
じらしているつもりはないのだろうが、ブランクは教壇を降り、入れ替わるようにウィンが教壇へと立つ。言うまでもないが、キラキラフェイスだ。
「少し昔話をさせてほしい。君たちも知っている通り、このグリンディア学院はこれまで交流戦で一度も勝利したことがない」
百年以上の伝統がある交流戦。そのなかにおいてグリンディア学院は無勝。一度も格上であるオーディル王立魔法学院に勝利したことがない。
「私が出場した年もそうだった。私も代表戦の一人だったが、私は無残にも敗北を喫した。その悔しさは今でも覚えている」
ウィンもまた代表戦の出場経験者。王国魔法士団に入団した実力があるのだから、学生の時もそれ相応の実力があったはずだ。しかし、そんな彼がいても勝利を手にすることができなかった。
「君たちも聞いたことくらいはあるだろう。私たちグリンディア魔法学院は負け組であると」
世間の目から見ればグリンディア魔法学院は決して落ちこぼれの学校ではない。だが、グリンディア魔法学院の上にはオーディル王立魔法学院という上位の存在がいる。そこに通う生徒たちはほとんどが貴族である。そして、貴族たちには王国内でも上位の魔法の実力を持ち、多くの生徒が王国魔法士団に入団する。一方、グリンディア魔法学院の生徒はごくわずか。
魔法を学ぶ者にとってグリンディア魔法学院が負け組と称されるのは自然であった。
「それがどうした! 私も負け組としてあいつらに鼻で笑われたことがある。しかし! そんなことは関係ない。自分が弱者であることくらい自分が一番知っている。だからこそ、私は強くなれたと思っている」
弱さを認めること。それこそが強さへの糧となる。そうウィンは訴えた。
弱いこと、できないことは決して恥ではない。受け入れることが何よりも重要であると。
ウィンの言葉はユーリに深く突き刺さった。
ユーリは自分が強者ではないことを知っている。憧れにはまだ遠い。だからこそユーリはこれまで頑張って来られた。ゆえにユーリが妥協することも、満足することも決してありはしない。
「これから代表戦のメンバーが発表される。当然、選ばれない者もいるだろう。だが、君たちは決して敗者ではない。まして君たち自身が決めることでもない。君たちは知っているはずだ。自分が努力してきたということを。どうか、それを忘れないでほしい。君たちの努力は決して無駄ではない。それを君たちがこの先、証明するんだ」
代表枠がある以上、選ばれた者、選ばれなかった者の差が出るのは必然だ。たとえ選ばれなかったとしても下を向く必要はないとウィンは語る。
君たちの将来はこれからだ。その先で己の手で己の自身を証明するんだと。
「そして、代表メンバーに私から言うことは一つだ」
—勝て
以上だ、とウィンは教壇より降りる。
緊張が走る教室。ウィンの言葉に誰もが息を飲み、発表の時を待つ。
ブランクが教壇へと立つ。
ウィンの言葉により一層、緊張が高まった教室。誰もが固唾を飲む中、ブランクはメンバーを告げる。
「まず代表戦のレギュラーメンバーから発表する。・・・一人目、ユーリ・アインクラフト」
一番初めに名前を呼ばれたのはユーリだ。
(・・・呼ばれた)
緊張感が一気に解放され、ほっとした安堵感に全身から力が抜ける。
心臓がまだ鼓動を強く打ち続ける中、隣では「よかったね」とララが微笑んでくれた。
不安があったが、無事選ばれて本当によかったとユーリは思う。
そしてすぐに次の名前が発表される。
「二人目、ルナ・カルックス」
「え、あたし? うそ・・・やったーーー!」
一瞬、呆然と立ち上がり、遅れて喜びを表すようにルナは万歳する。近くにいる友人とともにルナはハイタッチをして喜びを分かち合う。
二人のメンバーが呼ばれた。レギュラーに選出されるのはあと一人。その三人でユーリは代表戦に挑むことになる。
「三人目・・・西條紅音」
呼ばれた名前に教室中がしんと静まり返った。
名前を言い間違えたのではないかと、困惑した空気が流れる。首を傾げる生徒に、目を細める生徒、そして「はっ?」と声をもらす生徒。ブランクとウィンの先生たちのみが依然と立っている。
(え、紅音?)
ユーリも同じ気持ちだ。
困惑し、すぐ隣にいる紅音に目を向けるも紅音は眉一つ動かさずいつもの無表情のまま。
以後訂正されることもなく、補欠メンバーが発表される。
「補欠メンバーはララ・エアロスト、レオ・フランバーン。以上だ」
困惑した状況の中、
「え、ララの名前呼ばれた・・・?」
とララは呟く。
おめでとうとララに伝えたいところだが、ユーリの中では紅音が選ばれたことが衝撃的だった。
「ふざけるな‼」
静寂をぶち壊すようにレオの怒声が響いた。
「どうして魔法も使えない無能が選ばれて、俺が補欠なんだ!」
「落ち着きたまえ、レオ・フランバーン」
レオの抗議に応えたのはウィンだ。
「紅音ちゃんも魔法科の生徒だ。彼女にも代表戦に出る資格はある」
「資格だと・・・最近編入してきた奴に資格なんてあるか! それにこいつは魔法が使えないどころか極東の田舎者で剣を振り回す野蛮人だぞ! 頭おかしいのか!」
「口を慎め。それ以上の暴言を吐くならそれなりの対応をさせてもらう」
声を低くし、ウィンは目だけで静止させる。静かに重く場を圧倒させた。
「ちっ!」
口では反論せず、レオは叩きつけるようにドアを閉め、教室から出ていった。
混乱の中、先生たちはそれ以上話すことはないようで彼らも教室から出ていく。
微妙な空気が流れる中、動揺を隠しきれずユーリは慌てて紅音に尋ねる。
「紅音、なんで君が・・・」
「私が選ばれた。それだけだ」
そう言って紅音は席を立ち、教室を去る。
「ねぇ、ユーリどうしよう! ララ選ばれちゃった!」
興奮した様子を見せるララ。呼ばれたことが意外だったようでララは嬉しそうに笑みを浮かべる。けれど、ユーリは受けた衝撃を拭い去ることができず、しどろもどろに返す。
「あぁ、ララも・・・おめでとう」
「ねぇ、ユーリ! もっとちゃんと褒めてよ。ララ頑張ったんだよ」
「ご、ごめん。ちょっと受け入れられなくて」
「ララが選ばれたこと?」
「違うよ! 紅音がだよ」
紅音の名前を出した途端、ララは頬を膨らませる。
「・・・ユーリのばか」
ぷいっとララは顔を背けてしまった。これはいつものご立腹状態だ。
(あ・・・やっちゃった)
これはまずいとユーリは慌てて脳を切り替え、全力で弁解する。
「ララもメンバーに選ばれておめでとう! ララすごく頑張ってたもんね。ララの努力の賜物だよ。僕もララと一緒に選ばれて本当に良かった!」
ユーリなりの全力の誉め言葉。
すると「はぁ~」とララは少し笑みをこぼす。
「別に、怒ってないよ。ちょっといじわるしたくなっただけ」
なんとかララの機嫌を取り持つことはできたようだ。するとララはまっすぐにユーリを見つめて言葉を返す。
「ユーリも頑張ってよね。ララは補欠だけど、ユーリは出場するんだからさ」
「うん、頑張るよ」
三人の代表戦レギュラーメンバーが選ばれた。
ユーリ・アインクラフト。
ルナ・カルックス。
西條紅音。
この三人でユーリは代表戦に挑むことになる。ルナがいればユーリとしても頼もしい。友人でもあり、魔法の実力も申し分ない。
だが、問題は紅音の方だ。彼女が選ばれるのはユーリにとって想定外だった。紅音が戦闘の面で優れているのは百も承知だ。だからと言って、紅音が出場することは考えられないのだ。
代表戦には観客も入る。つまり刀を持つ紅音がどういった目で見られるかは言うまでもないだろう。
それを学院側は理解しているのか。
疑問を持つのは当然だ。間違いなく紅音は非難の対象になるのだから。
「ユーリ、昼休み少し話さない?」
ユーリのもとにさっそくルナが話を持ち掛けて来た。決まった以上、話し合いは早いに越したことはないだろう。作戦やフォーメーション。話し合うことは多い。
「うん・・・もちろん」
「決まりね。一応あの子にも声かけておいて」
あの子と言うのはおそらく紅音のことだろう。紅音も選ばれた以上、話し合いに参加させた方がいいはずだ。
「わかった、言っておくよ」
「さんきゅー」
手を振って、ルナはその場を去る。
そして、午前の授業を終え、昼休みとなった。