夕刻の廊下
夕暮れに染まる廊下をレオはひとりで歩いていた。
すでに多くの生徒が帰宅し、辺りには誰もいない。普段であればレオもとっくに下校している時間だが、今日ばかりは遅くなってしまった。
理由は交流戦だ。
交流戦まであと六日。猶予は残りわずか。
四日後には代表戦のメンバーが発表される。
絶対に選ばれなければならない。今年が最後の交流戦で最後のチャンスだ。
交流戦で実力を示せば、王国中にその実力を示すことになり、王国魔法士団の足がかりにもなる。
何がなんでも認められなければならないのだ。
フランバーン家の一人として、その名に泥を塗ることはできない。
レオには代表戦に選出される自負はあった。けれどだからと言って安心できるものでもなかった。レオにはこれまで結果がない。崖っぷちなのだ。
もし失敗すれば同じフランバーン家の者から無能の烙印を押されかねない。
「俺は大丈夫だ。フランバーン家の一人だぞ・・・」
そう自分に言いきかせ、レオは募る不安を払拭する。
誰もいない廊下はやけに孤独で足音が響く。まるでこの世界に自分しかいないのではないかと思えるほどに。だからこそすぐそばにいる異物に反応することができた。
「そこいるのは誰だ。出てこい」
振り返ると廊下の角から黒いローブを着た人間が姿を現す。
明らかに怪しい。長い嘴の仮面に、頭までフードを被った人物。男か女かすら判別ができない。
「お前は誰だ。もしや教団とやらの邪教徒か」
尋ねるも返答はない。否定もしないから肯定とみるべきだろう。
「学院の人間以外ここには入れないはずだ・・・いや、そういうことか・・・」
「話が早くて助かる」
不意に仮面の人物は口を開く。声からして男のようだ。無論、魔法で声を変えている可能性もあるが。
「レオ・フランバーン、君に話がある。西條紅音をこの学院から追放する気はないか?」
意図の理解できない質問だった。
レオは紅音のことを嫌いであるが、どうして目の前の仮面の人物はそんな話を持ち掛けて来るのか。
「はっ、どうして俺なんだ」
「君も紅音のことを憎んでいるのだろう。あの時の屈辱を晴らしたいと思わないのか?」
レオの屈辱的な過去を彼は掘り返し、悪魔みたいな誘いをかける。思わずレオの額に青筋が走った。
「うるせぇ、黙れ。確かに俺はあいつのことが嫌いだが、今はどうでもいい」
仮面の人物にイエスと答える気はなかった。今は大事な交流戦が目前に迫っている。他のことに構っているつもりは毛頭なかった。
だから、目の前にディザイエンド教団であろう人間がいても通報する気はない。
「俺はお前に加担しない。てめぇもまた今度突っかかってくるようなら容赦しない」
「そうか、残念だよ。だが、これだけは受け取ってほしい」
ローブの中から一冊の本を取り出し、レオに放り投げ、反射的にレオはその本を手に取った。
「これ以上、僕も君に干渉するつもりはない。けれど、もし気が変わったらその本を使ってみてくれ」
レオの手元には紫色の本。不気味な色をしている。
本から目を離して、顔を上げるとそこに仮面の人物はもういなかった。
◇
「それでお前は代表戦のメンバーは決めたのか?」
教務室でブランクはウィンに尋ねた。
例年通りであれば学院全体からメンバーを選出するのだが、今年は他クラスに実力をもった生徒がいなかったため、魔法科のみから選出されることになった。であれば魔法科の担当教員であるブランクが決めるべきなのだが、特別講師を招いたこともあってウィンにその権限が委ねられている。理由はただブランクが面倒くさいと思っただけである。
「だいたいは決めてあるさ。補欠を含め誰にするかもね。ただ誰をレギュラーにするか迷っている」
「お前が悩むなんて珍しいな。それで誰で悩んでいるんだ?」
「前にも言ったが、一人は紅音ちゃんだ。彼女にはもちろんレギュラーメンバーとして出てもらう」
手塩にかけて育てた子だからね、とウィンは誇らしげに言う。
「他のメンバーはユーリ・アインクラフト、ララ・エアロスト、レオ・フランバーン、ルナ・カルックス。この四人のうちの誰をレギュラーメンバーにするか迷っている」
『代表戦』のレギュラー枠は三枠。そのうちの一つが西條紅音である。つまり残り二枠をウィンは決めかねている。
「妥当なメンツだな。一人ひとりお前の評価を聞いてもいいか?」
気になってブランクが聞いてみるとウィンは詳しく話し始める。
「まずルナ・カルックスだが、彼女は兄ノクス・カルックスとの双子の妹だ。二人の二属性魔法のすごさは前から聞いていたし、実際に見せてもらったが素晴らしいものだった。だから二人でなければ彼女たちは意味がない」
カルックス兄妹は二人であるからこそその真価を発揮する。
そう思っていたのだが。
「けれど、ノクスには光るものを感じられなかったが、ルナちゃんは一人でも優秀だ。特に彼女の魔力制御は学年でトップだろう。派手な見た目をしているが、意外と繊細なようだ」
よく見ていると、ブランクは思った。ウィンはここに来て始めて生徒たちを見たというのに彼は生徒の特徴を把握している。
けれど、それは女子生徒に関する見識限定であるので、感心するどころかむしろ気色悪いとブランクは思っている。
「次にララちゃんだけど、正直ララちゃんは当初視野にも入れていなかった。でもここ最近の特訓で彼女が一番成長した。これまでは自信がなそうだが、少し自信がついたようにも見える。明るい性格で周りもよく見えている。おそらく出場すればサポート役として十分にその力を発揮してくれるだろう」
あとの理由は可愛いからとウィンは言ったが、ブランクは今のセリフは聞かないとことにした。
「あとはユーリ・アインクラフトとレオ・フランバーンだが・・・」
「ユーリのやつはレギュラーじゃないのか? あいつは学院の首席だし、俺もあいつなら大丈夫だと思うが」
「総合力で言えば、ね。私も彼が出てくれるなら堅実なチームプレーができると考えている。でも・・・彼には突出したものがないんだ」
なるほど、とブランクは思った。確かに人並み以上の実力はあるが、秀でた才能というものを感じたことがない。
「お前の言う通りかもな・・・あいつも惜しい奴だな」
「なんだ、まさかブランクは彼に思い入れがあるのか。・・・確かに君と彼は似ているところがあるな」
首を傾げるウィン。ウィンが何を思ったが知らないが、ブランクは否定する。
「そんなんじゃねぇよ、当時の俺なんかよりユーリの方が十分優秀だ」
「その通りだ、当時の君は王国魔法士団の試験に落ちたからね」
「あぁ・・・そうだな」
「あれ、怒らないのか?」
ウィンは反発すると思ったのだろうが、ブランクにそんな気などさらさらなかった。
「もう過去のだろ」
「そうかもしれないが、私としては君が教師をやってる方が意外なんだ。何かあったのか?」
「お前に答える義理はねぇ・・・」
さすがに鬱陶しいと思い、ブランクは話を切る。それ以上ウィンは深入りしようとはせず、話を代表戦に戻す。
「それもそうだな。話を戻そう。とりあえずユーリだが、彼の実力を私も疑っているわけではない。逆に言えば弱点が少ないということだからね。勝率を上げるのであれば彼を採用すべきだ」
無難な選択肢としてウィンはユーリを提示する。ブランクもその意見には同意だ。格上のオーディル王立魔法学院を相手取るなら確実な戦力が必要となるだろう。
「最後にレオ・フランバーンだが、私個人としては彼に一番期待しているんだ」
「そうなのか? お前が男に期待するなんて珍しいな。もしやそっちの趣味もあったのか?」
冗談でブランクは言ったつもりだったが、本気のトーンで「殺すぞ」とウィンは睨み返す。
「悪かったって。それであいつのどこに期待しているんだ?」
「特別彼の実力に期待はしていないんだ。レオは平凡だ。おそらく彼は一生平凡の域を抜け出せないだろう」
でも、とウィンは話を続ける。
「彼の持つ野心に熱いものがある。執着心や意地。強さを求める貪欲さ。他の者から見れば尖っていて付き合いにくいと思うだろう。それはきっと本番のチームプレーにも影響しかねない。それでも私は期待してしまうんだ。もし彼が出場して一皮むけてくれないかとね」
ウィンの語る瞳は期待に満ちていた。
普段女性にしか興味を示さないウィンにしては珍しい反応だとブランクは感じた。
一通りウィンの話を聞いて、ブランクは改めて感心を抱いた。
「お前ってよく生徒たちのこと見てるんだな」
「あたりまえだ。君とは違って伊達に講師を勤めていない」
「そうかよ、だったら早く決めることだな。期限は明日だからな」
わかっている、とウィンは返す。
代表戦のメンバー発表は明日だ。