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バレッド・スコアにむけて

「はぁ、まだまだかー」


 翌日の早朝。

 学院に登校する前の時間。

 ユーリは学院の裏山で習慣の魔法の鍛錬を積んできた。


 ウィン先生の講義を受けてから魔法の感覚が良くなっていた。そう思って今なら極大魔法をできるかもしれないと試してみたが、結果はいつもと同じ。失敗だ。

 極大魔法の壁はそう容易くないようだ。


「また、やっているのか?」 


 疲労から寝転がっていると近くから声がかかった。


「紅音? 朝早くどうしたの?」


 刀を携えた黒髪の女子がいた。朝にも関わらず彼女の目はきりっとしている。


「別に用があるわけでない。ただ散歩していたらここに辿り着いただけだ」

「散歩? それでまた道に迷ってここに来たってこと?」

「ば、バカを言うな! 道に迷ったわけではない」


 少し顔を赤らめ紅音は必死に弁明する。その様子を見るにどうやら少しは自覚が芽生えたのかもしれない。


(そう言えば、こうして二人で話すのは久しぶりかも)


 あの朝の一件以来、紅音とはあまり話せていない。隣の席に座っていても話しかけるな雰囲気を感じてしまい、話せても挨拶程度。とはいえ、紅音は授業に出続けているので、そこだけは唯一の救いだろう。


「ねぇ、一つ聞いていい?」

「なんだ?」

「どうして授業に出席するようになったの?」

「お前が言ったことだろ」

「そうかもしれないけど・・・」


 紅音が素直に応じるとは思っていなかった。するとため息をついて彼女は心の内を明かした。


「ただ魔法を知ろうと思っただけだ」

「魔法を・・・? それもどうして?」


 再度、質問を重ねると紅音は躊躇うことなく答えた。


「決まっているだろ、魔法士を殺すためだ。魔法の弱点を知り、魔法士を殺す」


 紅音の目的は変わっていない。

 魔法士を殺すため、復讐を果たすため、彼女はこの地にやってきたのだ。

 改めてユーリは紅音の決意を思い知らされ、同時に少し寂しさも感じた。


「ごめん、変な質問して・・・」

「期待通りの答えを言えず悪かったな」

「いいよ、それが紅音の決めたことなんでしょ」


 紅音の復讐は自らの将来さえも捨てて、決意したことだ。ユーリとしては無論そんな道をたどってほしくはないのだが、これ以上は我儘を押し付けることになる。

 以前、紅音にもその想いを伝えたが、それでも紅音が復讐を選ぶと言うのならこれ以上ユーリは何も言えない。


「それじゃあ、僕は先に戻るよ」


 今朝はやるべきことがある。

 ビリーのパートナーの確保。その第一候補として同じ魔法科であるサキアを説得する必要がある。

 紅音を置いて、ユーリは一人歩き始めると、


「待ってくれ」


 背後から紅音に止められた。

 足を止め、振り返ると紅音が何か言いたそうだった。


「私も、一緒にいっていいだろうか。・・・道を教えてくれ」


 どうやら本当に紅音は迷子だったらしい。




 正門に辿り着くと偶然ララと会った。

 ぽかーんと豆鉄砲でも食らったかのような顔を浮かべている。


「どうして・・・二人が一緒にいるの?」

「あー、裏山でばったり会っただけだよ」

「裏山で⁉ 誰もいないあの場所で二人きり⁉ ちょっと二人とも変なことしてないよね⁉」

 

 何を勘違いしているか知らないが、ララは急に取り乱す。サイドテールがぴんと伸びて、上ずった声を上げる。


「ここまでくれば大丈夫だ。私は先に行く」


 しかし、そんなララのことは気にせず紅音は行ってしまった。


「ララ、僕たちも行こう。サキスに交流戦の話しなきゃ」

「・・・う、うん。そうだね、サキスくんのところに行こう」


 するとララはぎゅっとユーリの右腕を両腕で絡み取る。

 重心を引っ張られ、歩きにくい。


「え、ララ・・・どうしたの?」

「いいから、早く行くよ」


 威嚇している猫のようにララは固くなっている。

 正直、腕がいたい。それといつも以上に押し付けられているから胸が—


(バカ、考えるな!)


 首を振り切り、ユーリは下心を全力で押しやり教室へと向かった。




 教室の扉を開けると一番前の窓際の席に目的の人物がノクスと話していた。

 痩せ型で肩あたりまで伸びた少し長い黒髪。前髪もわずかに目にかかっている。

 ノクスの話に頷いている男子生徒がサキスだ。本名をサキス・イェーガー。


「おはよう、ノクス」

「おぅ、ユーリか。おはよう」


 ノクスに簡単に挨拶すると、ノクスとサキス間に入り込むようにララが割って入っていった。


「サキスくん、ちょっといいかな!」

「な、なんだ・・・」


 いきなりララに話しかけれ、戸惑うサキス。ララの接近にサキスは体をのけぞらす。


「バレッド・スコアに出てくれないかな⁉」

「はぁ?」

「ちょっとララ、ストップ! それじゃあわからないよ」


 脈絡もなくララは突っ走った。突然言われ、サキスも眉をひそめている。


「説明は僕の方から」


 昨日ビリーに言われたことをユーリは一通り説明した。


「用件はわかった。いいよ、とりあえず話でも聞こう」

「サキス、それでいいのか? 代表戦の方はどうするんだ?」 


 サキスの了承にノクスは尋ねた。ノクスが尋ねる理由もわかる。

 魔法科の生徒は代表戦を目指すからだ。バレッド・スコアに出場するということは一番の花形である代表戦の出場機会を捨てるということだ。


「別に構わない。元々、代表戦に出られるという保証もない。それにおれは選ばれるほどの実力を持っていない。むしろ別競技でも出場できる機会があるならそっちを選ぶ。まぁ、すべては話を聞いてからだけど」

「お前がそれでいいなら俺は何も言わん」

「そういうことだ。放課後ビリーという人のところに案内してくれ」


 わかった、とユーリは返事を返す。ひとまず話だけでも聞いてくれそうだ。


「やったね、ユーリ!」

「うん、了承してくれてよかったよ」


 最初、ララが突然話し始めてびっくりしたが、ひとまず説得には成功したようだ。

 あとはサキスがビリーと話して、出場に頷いてくれるのみ。

  



 放課後。

 ユーリはサキスを連れて、ビリーがいるだろう第四工学室を訪れた。

 ララもついてくる予定だったが、用事が入ってしまって来られなくなってしまった。


「ビリー、連れて来たよ」

「あぁ、ユーリか。それと・・・サキスくんだね」

「サキス・イェーガーだ。サキスで構わない」

「わかった、サキス。今日は来てくれてありがとう。とりあえず空いている席に座って」


 言われた通りユーリとサキスは空いた席に座る。


「さっそくなんだけど、これが使ってもらいたい銃なんだ。どうかな?」


 昨日、ユーリが見たものと同じ魔法銃をビリーがサキスの前に置く。そして、サキスはそれを取ると、あらゆる角度から銃を眺める。魔法石の装填口、導線、刻印された魔法陣などなど。鑑定士のようにサキスは隅々まで調べた。


「これ・・・君が一から作ったのか?」

「そうだけど・・・何か問題でもあった?」

「いや、逆だ。学生が作った代物とは思えない。もしかしたら軍用で使われる銃よりも優れているかもしれない」


 目を見開いて興奮気味に語るサキス。

 普段、教室で静かな彼にしては珍しい反応だ。


「サキスは、銃に詳しいの?」


 とユーリが尋ねると、


「趣味で少しいじったりはする。それに元々おれの家は猟師だったから魔法銃意外の火薬の銃も使ったことがある」

「そうなのか⁉ それならぴったりだね」


 経験者であったサキスにビリーは喜びを露わにする。


「ちょっと今から試し撃ちをしてみてもいいか?」

「もちろん、さっそくいこう」


 サキスの提案にビリーはぜひと頷く。

 初対面にしては良い手応えだ。このままサキスが試し撃ちをし終え、あとは彼の返答しだいだ。




 実践場にて。

 試し撃ちを終え、銃を下ろしたサキスにビリーは感想を尋ねる。


「どうかな?」

「うん、すごくいい。射撃感覚も、安定性も、操作性もどれもレベルが高い。今まで使った銃の中で一番だ」

「それなら良かったよ」


 好感触だった銃にサキスは再度感心を抱き、満足そうな彼の様子にビリーも一安心した。


(やっぱり経験者なのか、銃の扱いがうまい)


 ユーリはサキスの射撃を見て思った。

 的中率が高い。狙いの定め方も様になっていて、精度もいい。

 サキスの意外な側面を見られて、良かったと思える。


「でも、少し出力が足りないと気がするんだけど、どう?」


 物足りなさそうにサキスは言い、安心してとビリーは答える。


「出力は問題ないよ。バレッド・スコアはただの的あてゲームで岩や金属を破壊するわけではないから。出力は十分なはずだよ」

「それなら、これで十分か」


 納得したようにサキスは頷く。今一度、手元にある銃を見て、サキスは再度顔を上げた。


「決めた。おれ、出場するよ。おれをビリーと一緒に出してほしい」

「もちろんだよ。サキスがパートナーなら心強い。これからよろしく」

「あぁ、よろしく」


 ガシッと互いに握手を交わす。

 開発者のビリーと使用者のサキス。二人はバレッド・スコアの代表者として出場することが決まった。


(こんなに早く決まると思ってなかったな)


 もう少しビリーのパートナーを探すのに苦労すると思ったが、意外にもすぐに見つかった。これからの練習期間のためにもパートナーが早く決まったことに越したことはないだろう。


「二人とも頑張って」

「あたりまえだよ、ユーリ」

「あぁ、おれも頑張るよ」


 簡単なエールをユーリは送る。

 彼らの勝利を願っていると、近くで大きな音がした。


「な、なにごと⁉」


 慌てて、爆発音がした方向に顔を向ける。するとそこにいたのはレオ。杖を振りかざし、魔法を放った後だ。的が灰と化し、的外にも炎が飛び散っている。


 あまりにも過剰な魔法だ。

 交流戦前で多くの生徒がいるにも関わらず、彼は人を巻き込みかねないほどの魔法を放ったのだ。まるで自己の強さを見せつけるかのように。

 周囲にいた生徒も動揺し、ユーリもその状況を目の当たりにしているとレオと目が合った。


「なんだ、何か文句でもあるのか?」

「今の上級魔法だろ。こんなに人が密集した場所で危ないじゃないか」

「はっ、知ったことか。俺はただ練習していただけだ。それに比べてお前はなんだ。他人の手助けか? ずいぶんと余裕だな。お前は首席だからと代表戦に選ばれると思っているのか?」

「違う、僕は余裕ぶってるわけでも高をくくっているつもりもない」


 注意を促してもレオは聞く耳を持たない。むしろ煽るようにユーリに突っかかる。

 無論、ユーリの中に慢心もおごりもないが、レオにとってユーリの行動は面白くないようだ。


「そうか、ならここで俺と勝負しろ! 互いにいい練習になるだろ」

「はぁ、学院で許可のない魔法の対人戦は禁止されているの知っているだろ」

「それがどうした。幸いここに教師はいない。もしチクるやつがいればその時はその時だ」


 あえて周囲に聞こえるように言い、ちらりと周囲の生徒に目を向ける。

 冗談ではなくレオは本気だ。

 杖先を向け、ユーリが頷くのを待っている。


「まさか、ビビっているのか。負けて首席の名に泥をぬることが」


 鼻で笑うレオ。

 ユーリは受けるつもりはないが、レオのそばにいたテペとテオが「やれやれ!」と煽り立て、やらざる得ないムードを作っている。

 ビビり。臆病者。安い挑発がユーリの耳に届く。

 応じる必要はないとわかっていても懐にある杖に手が伸びかける。そして、懐内で杖に手をかけて、


「そこまでだよ!」


 一声が響いた。第三者の声によって実践場の空気が一変する。


「ララ?」


 声の方をユーリが振り向くと入り口にララが立っていた。その隣には見たことない青い髪の女の子も一緒だ。ララよりも頭一個分低い女子生徒。

 眉をひそめているララの隣で青い髪の女子生徒は不安そうな表情を浮かべている。


「ち、邪魔が入ったぜ」


 ララの登場に場の空気も冷め、レオは舌打ちをして実践場から去っていく。その後ろを青い髪の女子生徒が追いかけ、ララがユーリのもとへ歩み寄る。


「なんで、ここに?」

「なんではこっちのセリフ! 実践場が騒がしいと来てみればどうしてまたトラブルに巻き込まれてるの」

「今回、僕は何も悪くない。ただビリーたちと試し撃ちをしていただけだよ」

 一応弁解を述べると、ビリーたちもうんうんと頷いてくれた。納得したのか、ララもため息をこぼして言う。


「まぁ、そうみたいだね。ちょっと面倒くさいことになってるみたいだから」


 珍しく困った表情を浮かべるララ。それでも気持ちを入れ替えるようにララはユーリに尋ねる。


「で、どうだったの?」

「サキスがやってくれるってさ」

「え、ホント⁉ ありがとう!」


 ぐいっとララはサキスに近づき、その手を取ろうとすると慌ててサキスは下がった。


「ちょっと、こいつ距離感近すぎだろ!」


 ユーリの後ろに隠れるサキス。まるで猛獣に怯える小動物のように。そんなにララが怖いのか、あるいは人見知りなのか、サキスはララを警戒している。


「ねぇ、どうして避けるの!」

「あたりまえだ! 今朝もそうだったが、距離が近い! この破廉恥女!」

「だ、誰が破廉恥よ!」


 顔を真っ赤に染め、ララは離れるどころかサキスに殴りかかろうとする。


「ちょっとララ落ち着いて!」

「そうだよ。サキスもたぶんびっくりしただけだから」


 慌ててユーリとビリーが間に入る。掴みかかろうとしたララだが、幸い力がなかったおかげで止めることができ、すぐに収まった。


「ふん! 次は容赦しないからね、サキスくん! バレッド・スコアに出てくれるからこれで勘弁してあげる」


 ぷいっと顔を逸らすララ。ひとまず矛はおさめてくれたようだ。


「それでなんだけど、さっきララと一緒にいた子は誰? 見たことない子だったけど?」


 ララと一緒に来た青い髪の小さな女子生徒。

 ユーリの見かけたことのない子だった。少なくとも魔法科の生徒ではない。

 気になって聞いてみると、はっと思い出したかのようにララは言った。


「そうそう、忘れるところだった。ユーリさ、ちょっと相談があるんだけど明日の放課後、時間ある?」


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