特別講師とビリーの頼み
「おはよう、大志を抱く少年たち、麗しきレディ諸君! 私の名はウィン・ビトレー。今日から特別講師を務めることになった。短い間だが、これからよろしく」
キラっと白い歯が輝き、特別講師と名乗る男は教壇の上でウインクを送った。
さらっとした長い金髪にすらっとした長身。いかにもモテるだろうという美麗な容姿にキャーと黄色い声が響き渡る。それはもう大歓声。
女子生徒たちは瞳はハートマークになり、ウィンという男に釘付けだ。魅了の魔法でも使ったのかと思うほどに。
一方、男子生徒たちはウィンのキザな態度に「なんだ、こいつ」と冷たい視線を向けている。もちろんユーリもその内の一人だ。
「うんうん、嬉しそうな反応ありがとう。でも少し落ち着いてね。君たちの先生が嫉妬してしまうからね」
「けっ、誰がお前なんかに嫉妬するかよ。はぁ、こうなると思ったから俺は嫌だったんだ」
「それは私も同じだよ。でも校長の頼みを断るわけにはいかなかったからね」
嫌悪感を露わにするブランクときらきらな笑みを浮かべるウィン。
親しげ? に二人は話している。どうやら旧知の仲であるようだとユーリは思った。
「不本意だが紹介しよう。こいつはウィン・ビトレー。この学院の卒業生で元王国魔法士団。今は引退しているが、実力には申し分ないはずだ。これから交流戦までウィンがお前たちの指導をすることになる」
嫌々ながらブランクはウィンの経歴を話し、その経歴にユーリは驚きを覚えた。
王国魔法士団はなるべくしてなれるものではない。この学院の場合、卒業生のうち五人が試験に合格できるかどうかというレベルだ。下手をすればゼロの年だってありうる。
つまり王国魔法士団の経歴を持つ彼は相当の実力の持ち主ということだ。
「わからないことがあれば何でも聞いてほしい。魔法のことでももちろんプライベートなことでも相談してくれて構わない」
「あぁ、そうそう。特に女子、もし相談ついでに手を出されたら遠慮なく報告してくれ。いつでもこいつを処分しよう。こいつは女に見境がないから気をつけろよ」
「おいおい、そんな言い方はないだろ。私はただレディを大切にしているだけだ。・・・君のような根暗と一緒にしないでくれ」
穏やかに話すブランクとウィン。
ウィンは相変わらずキラキラフェイスを崩さないが、言葉にはかなり棘がある。
「では、さっそくだが、実戦場にいこう」
◇
「改めて確認しよう。魔法の発動には生成、形成、詠唱、宣言の四つの手順が必要だ。そして魔法の威力に関わるのが、魔力量と魔力制御だ」
学院の実践場にて魔法科の生徒たちを前に特別講師であるウィンは講義を始める。
彼の言っていることは基礎中の基礎。学院一年目で習う内容だ。
おそらくほとんどの生徒がそれを理解していて話半分で聞いているだろう。
「と、君たちは思っているだろう」
ふとウィンは口調を変えた。生徒たちは思わず疑うような目を向ける。
「まぁ、実際に見てみるのが早いだろう」
杖を手に取り、ウィンは魔法を唱えた。
「【火球】」
何の変哲もないただの初級魔法。特に何がすごいわけでもなく、火の玉がぽんと的に当たった。
するとウィンは「では、次」と再び杖を構える。
「【燃えよ炎】—【火球】」
一発目より一回り大きな火玉が放たれた。違いがあるとすれば詠唱を挟んだことだ。
「さて、どうだろう。少しは違いがわかったかな。もちろん魔法陣に流した魔力量も魔力制御も変えていない。ただ詠唱を挟んだだけだ」
生徒たちがまじまじと見つめる中、ウィンは説明を続ける。
「始めに言ったことだが、魔法には四つの手順が必要だ。そして君たちの知っている通りその四つの手順のうち三つを一まとめにし、宣言のみで魔法を発動するのが無詠唱魔法だ。君たちも初級魔法あるいは中級魔法までならば無詠唱でできる人もいるだろう」
無詠唱魔法。
要するに詠唱を省いて、魔法を発動する方法だ。とはいえ、どの魔法でもできるわけではなく、ランクの高い魔法ほど魔力量や魔力制御が難しいため、詠唱を挟まなければ発動に至ることができない。
ちなみにユーリは中級魔法までは無詠唱で発動することができる。
「君たちの中にも感じている人はいると思うが、無詠唱魔法は通常の詠唱魔法より質が落ちてしまう。もちろん無詠唱魔法が悪いと言っているわけではないよ。無詠唱魔法は速攻性に優れていて、特に実践では重要だ」
詠唱魔法の大切さを問うウィン。
強い魔法を習得しようとするほど、簡単な魔法の詠唱はおろそかにしがちである。
見本を踏まえたウィンの説明に生徒たちは目から鱗だった。
「これが私が伝えたかったことだ。そして君たちにはこれから魔法の基礎を固め、よりよい無詠唱魔法を発動できるようにしてほしい」
詠唱魔法の感覚から魔力の流れをつかみ、無詠唱でより良い魔法を唱えられるように。そうウィンは付け加えた。
「【燃えよ炎】―【火球】」
各々が魔法を放つ中でユーリもしっかり詠唱を挟み、魔法を発動した。すると確かにいつもよりも安定かつ威力のある火玉が的に直撃した。
「ほんとだ・・・」
驚きのあまりユーリは声がもれてしまった。精神的に落ち着けたせいなのか、確かな手応えがあった。
「ねぇ、ユーリ! ララもきれいにできたよ! ウィン先生すごいね!」
興奮ぎみにララはユーリに話しかける。どうやらユーリと同じようにララも手応えがあったようだ。
「それにさ、なんか詠唱ありの初級魔法ってなんだか懐かしいね」
「うん、わかる。魔法を覚えた頃を思い出すよ」
ララの言う通りユーリも懐かしさを感じていた。
魔法を学び始めた幼き頃、ユーリとユーフィリアは二人でよく魔法の練習をしていた。
(そういえば、師匠も詠唱が大事って言ってたな)
昔のことを思い出しながら、この感覚をものにしようとユーリは何度も魔法を放つ。
「君はやらないのか?」
生徒たちが練習する中、ウィンは部屋の隅にいる女子生徒に声をかけた。その生徒は紅音だ。
紅音はウィン問いかけに端的に答えた。
「私は魔法が使えない」
「ん? どうして・・・あぁ君か」
腰に据えた刀を見て、ウィンは察し再び目線を上げた。
「えっと、紅音ちゃんと言ったね? 紅音ちゃんは自由にしてていいよ。別にこの場にいなくても構わない」
「いや・・・私はここにいる」
意外な返事にウィンは少し目を見開く。
「そうか、わかった。魔法を学んでくれるのは私としても嬉しい。それとは別なんだが、あとで私のところに来てほしい」
ウィンの頼みに紅音はこくりと頷き、ウィンはその場から去っていった。
(何話してるんだ?)
その様子をユーリは不思議そうに見ていた。
何か起こるのかと少し冷や冷やしたが、問題が起きそうな雰囲気はない。
「何見ているの?」
首を傾げてララが尋ねてきた。
「そんなに紅音ちゃんのことが気になるの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
「じゃあ、なによ」
「だってほら、最近まじめに授業受けてるでしょ」
「あー、それはララも少し思ってた。魔法が使えないのにどうしてかなって。何か理由でもあるのかな」
紅音が授業に出る理由。
それはユーリも気になることだ。紅音が授業に出てくれることは嬉しいことだが、その真意をユーリはまだ知らない。
そんな話をしながら紅音を見ていると彼女の方向に向かって一つの火の玉が向かっていた。
「あぶなっ!」
ユーリが危険を知らせるよりも早く紅音は素早く刀を振り抜き、魔法を断ち斬った。
たちまち霧散する炎。
さも何事がなかったように紅音は刀を鞘にしまうと彼女に声がかけられた。
「あぁ、わりぃ。手が滑った」
声の方にいたのはレオだ。反省が一つも見られず、てきとうに謝っている。明らかにわざとだ。
「おい、レオ!」
「なんだよ、ユーリ。ただ手が滑っただけだろ。それに謝ったじゃないか」
「それがこの態度か。ケガするところだったんだぞ」
ユーリの言葉にレオは微塵も耳を貸さない。するとウィンが間に入って来た。
「レオ・フランバーン、それはクールではない。君は貴族の出だろう。貴族としてその行為はどうなんだ?」
「はっ、辺境の下級貴族のくせにあんたが貴族を語るんじゃねぇ」
ウィンの言葉をもレオは吐き捨てる。
そして同時にチャイムが鳴り、レオはその場からすぐに去っていってしまった。
◇
「詠唱魔法と無詠唱魔法の違いか・・・興味深いね。僕もそのウィン先生の講義受けてみたいな」
毎度の第四工学室。放課後いつものようにユーリ、ビリー、ララの三人で団欒していた。
口元に指をあてて興味深そうにビリーは言い、ララは興奮を露わにする。
「ララもびっくりだったよ。ウィン先生ほんとにすごい。教えるのも上手だし、ブランク先生とは大違いだよ」
「ウィン先生ってさ、元々王国魔法士団だったんでしょ? ユーフィリアさんのこと何か聞けたんじゃないの?」
「僕もそう思って聞いてみたんだけど、ユフィが入った時にはウィン先生は辞めてたんだよ」
ウィンは数年で魔法士団を退団し、その後は王国中を旅しているらしい。
ユーフィリアは一年前に入ったばかりでウィンとは接点すらなかったのだ。
「そうそれは残念だったね。もしかしたら行方を知ることができたかもしれないのに」
「いや、それについては実はもうわかってるんだ」
ん? とビリーとララの頭に疑問符が浮かぶ。
ビリーとララにはまだユーリがユフィと会ったことは話していない。けれど、信用できる二人なら話していいかもしれない。
そう思い、ユーリは先日の出来事を話した。
「それほんとうなの?」
「間違いないよ。ユフィも僕の名前言ってくれたから」
疑うような目で言うララだが、口調こそ違えどあれはユーフィリアであった。
「ビリー、どうしたの? 何か思う事でも?」
何か考え込んでいるビリー。特に質問するわけでもなく、彼はずっと黙っている。
「ビリー・・・?」
「ん、いやごめん。ちょっと驚いただけだよ」
言葉を失っていたビリーだが、彼は無理やり笑顔を浮かべる。
「僕の方こそ悪かった。暗い話しちゃって・・・そうそう。ビリー、何か頼みごとがあったんじゃないの?」
今日ここに来たのは一つ理由がある。ビリーが交流戦について何か相談があるようだ。
「うん、まずはこれを見てほしい」
ビリーが立ち上がると窓際に置かれた布をめくりあげ、そこからある物をユーリたちの前に差し出した。
「なにこれ?」
「これは魔法銃?」
ララは不思議そうに見つめ、ユーリは見覚えのある形に呟く。
「そう、ユーリも交流戦で魔法銃を使った競技があるのは知ってるだろ?」
「それって『バレッド・スコア』のことだよね?」
確認の意でユーリが言うとビリーは頷いた。
「その競技のため今回改良した魔法銃なんだ。今回のバレッド・スコアでは特に速射性と持続力がカギになるんだ」
バレッド・スコア。
簡単に言えば時間制限の的あてゲームだ。大小の固定・または移動する的を狙い撃ち、得点を稼ぐ競技。そして今回は少ない時間内でのできるだけ得点を稼ぐ必要がある。そのためには魔法石からの魔力に変換するリロード(チャージ)時間を短くし、かつ長く撃ち続けるための持続力いわば変換効率が重要なのだ。
「まぁ、そんな感じだけど競技のポイントについてはわかってくれた?」
「なんとなく?」
「全然わかんない」
丁寧にビリーは説明してくれたが、ユーリは話半分わかる程度、ララはチンプンカンプンだった。
「それで頼みって言うのはいつものように試し撃ちしてほしいってこと?」
これまでもユーリは交流戦に出場したことがある。それはビリーの相棒としてである。ビリーの開発した銃をユーリがプレイヤーとして出場していたのだ。
「そうしてもらいたいのは山々なんだけどね。今回ユーリは代表戦に出場するつもりなんでしょ」
「そうだけど・・・あぁ、そういうこと」
交流戦にはとある規定がある。一生徒が出場できるのは一種目まで。つまり重複で二つ以上の競技に出場することができない。
「だからこの銃を扱えそうな人を探してほしいんだ」
「わかった。今回は手を貸せそうにないから代わりと言ってはなんだけど、探してみるよ」
「ありがとう、助かる」
一応、了承したもののユーリには心あたりがあるわけではない。
「ララ、誰か思い浮かぶ?」
「う~ん、それならサキスくんがいいんじゃない?」
「サキスって確か同じ魔法科だよね」
名前も顔も覚えているが、ユーリはあまり彼と接点がない。
「サキスくん魔法科だけど魔法工学にもそれなりの知識があるし、それに手先が器用だから適任だと思う」
「ほんと⁉ それなら明日の放課後来てもらえないかな」
「頼んでみようか、僕とララの方から話してみるよ」
まさかの逸材にビリーは声を上げ、とりあえずユーリはサキスという人物に明日声をかけてみることに決まった。