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依頼の報酬

「ねぇ、紅音ちゃん、ちょっといい?」

「な、なんだ・・・?」


 紅音の顔前にララがぐっと顔を近づける。

 雑談が飛び交う朝の教室。座っている紅音に対し、ララは迫るように話しかけた。

 すぐ隣で座っていたユーリもその距離感にドキリとする。はたから見れば、キスでもするのか、という距離だ。

 普段、無表情の紅音も思わず顔を引きつらせ、たじろく。


「最近、ユーリと仲良くするのはいいけど、距離近くない?」


 笑顔を浮かべるララ。

 しかし、心の中では笑っていないことがありありとわかる。プレッシャーをかけるようにララはさらに顔を近づけ、距離を保つように紅音は顔を離す。

 その様子はさながら恐喝だ。一見、「わたしのものに手を出すなよ」、と言っている不良のようだが、可愛い顔のせいか、「わたしのものに触らないで!」と主張している子供のように見える。


「紅音ちゃんが学校に来てくれるようになったのはいいことだよ。でもさ、わざわざユーリの隣に座る必要ないよね?」


 ララの言う通り、紅音が自ら登校するようになって以来、ずっと紅音は授業を受け続けている。それはユーリの依頼が達成されたことを意味し、同時にユーリは嬉しく思っていた。

 それとは別になぜか紅音は毎度、ユーリの隣に座わるようになった。結果として、いつも隣に座っていたララが左にいて、右には紅音がいるというユーリが女子に挟まれる構図ができていた。


「ユーリと紅音ちゃんが教団に巻き込まれたとき、何かあったでしょ?」

「何も、ない」

「ほんとうに?」

「ほんとうに、だ。ただ・・・」

「ただ?」

「・・・裸を見られた」

「あ、紅音⁉」


 ララの詰問に紅音はとんでもない爆弾を放り投げ、彼女の発言にユーリも声が裏返る。


「は、はだか⁉ ちょっと、それどういうこと⁉」

「私が水浴びしていたところをそいつに見られたんだ。そして・・・一夜を過ごした」

「待って、誤解を生む言い方はやめて!」


 確かにユーリが紅音の裸を見てしまったのは事実だ。だが、今の紅音の発言は裸を見られて、いかがわしい行為に至ったように聞こえる。かなり過程が吹っ飛んでいし、そもそも行為にすら至っていない。


「へぇ・・・? ゆ、ユーリとあ、紅音ちゃんが・・・!」


 かぁーと顔を赤めるララ。間違いなく誤解している。ユーリは誤解を解こうとするもララはあわわ、あわわと完全にパニックている。


「紅音も何か言って、誤解を解いて」

「ユーリ、私は別に何も間違ったことは言っていない。私はこっち来て始めてお前に見られたんだ」

「・・・はじ、めて?」

「だから、言い方!」


 再び爆弾を紅音は放り込み、パニック状態のララは発言を変に切り取る。誤解を解くどころかむしろ悪化した。

 手を頬に当て顔を真っ赤にするララと我関せずと堂々と座る紅音。

 取り付く島もない。ここでユーリが何か言っても火に油を注ぎそうだ。

 このままホームルームが始まるのを待ち、自然とほとぼりが冷めるのを待つしかない。そうユーリが考えていたとき、近くで怒声が響いた。


「おい! 朝からうるせぇぞ!」


 振り向くと目くじらを立てたレオ。

 赤い髪を逆立て、目を細め、イライラを露わにしている。

 彼の隣には二人の男子生徒もいる。いつもレオと一緒にいる二人だ。名前はテペとテオ。


「ユーリお前、いつからその女と仲良くなってんだ? お前はそいつがどこの奴か知ってて話してんのか?」


 侮蔑の眼差しを向けながらレオは言う。嫌悪感を隠そうともせず、そのままユーリにぶつけた。

 レオに罵られた紅音は睨み返し、ユーリも今の発言は聞き捨てならなかった。


「何が言いたい? レオは紅音に勝負で負け、君が口出しをする権利はないはずだ」

「うるせぇ、知ったことか! 俺は貴族だ。野蛮人と同じ空気を吸っていられるか」


 負けた約束を反故し、さも自分が上だとレオは言う。

 高慢で高飛車。それがレオ・フランバーンという男だ。上級貴族の出身であるせいか、平民との差別意識も高く、相手を下に見る傾向がある。学院内でもレオに苦手意識を持つ生徒は多くいる。

 しかし、魔法の実力は確かなもので学院においてはユーリの次に実力のある生徒だ。その点に関してはユーリも認めているが、逆にレオはユーリのことをあまりよく思っていない。

 平民な上にさらに田舎者のせいか、ユーリは入学当初から嫌悪感を抱かれ、対立することも度々あったのだ。


「邪教徒との連中に巻き込まれたって話だが・・・ユーリお前も落ちぶれたな。二人で仲良く倒したって話じゃないか。お前一人じゃ相手にならなかったってことだろ」


 安い挑発だ。乗る必要はないともユーリは思いつつ、腹のそこから苛立ちが沸き上がる。

 レオがこうして挑発してくるのは今に始まったことではない。以前から何かにかこつけてバカにしてくることはあったのだから。


「どうせ勝ったって話も相手が雑魚だったからだろ」


 挑発が重なる。我慢の限界が近い。相手にする必要はないと理解しているが、こうも言われると言い返さずにはいられない。

 それは紅音も同様なようでテーブルの下では手を刀に添えている。


「ちょっとやめてよ! ユーリはケガして帰って来たんだから!」


 代わりに怒ったのはララだ。


「はっ、知るかよ。こいつも大したことなかったんだ。学院の成績だけで実践じゃ何もできなかったってことだろ」

「そんなことない! ユーリは—」


 とララが言い返そうとしたところで教室のドアが開いた。


「おい、なにを騒いでやがる・・・席につけ」


 ぬるっと教室に入ってきたのは担任の先生であるブランクだ。

 相変わらずのやる気のなさで目元にはくまが見え、背を猫背にして、教室に入ってくる。

 教室が騒がしいことにため息をこぼしつつ、ブランクは気だるげに注意し、教壇へと立つ。


「けっ」


 どうしようもなくなったのか、レオは舌打ちをして席へと戻っていく。まだまだ言い足りないようだ。


(言ってやりたいのは・・・こっちだけど)


 言い争うこと自体バカらしいと思っているが、ユーリはそんなことを思った。

 あの日、ユーリと紅音は本当に危険な状況にあったのだ。生きて帰れるかわからないほどに。

 それにレオの発言が許せなかった。レオが横暴な性格であることは重々承知しているが、レオの紅音に対する態度はあまりにも酷すぎる。


(何も起こらないといいけど・・・)



   ◇



「以上が先日の出来事と以来の報告です」


 グリンディア学院の校長室。

 机を隔てた椅子に腰かける校長にユーリは報告を済ませた。白のスーツが似合うやや老齢な男—クロード・ストレンジ。ユーリに依頼した本人だ。


「あの、いくつか聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「構わないよ。依頼の褒美だ。答えるとしよう」


 満足げな笑顔を浮かべるクロード。

 その余裕に満ちた笑みを崩そうとユーリは直球に尋ねた。


「では、ユフィ・・・ユーフィリア・スカーレッドが教団にいることを知っていましたね?」


 ユ―フェリアがディザイエンド教団にいたこと。

 ロネとの交戦だけでなく、ユーリはまだ他の誰にも言っていなかったユーフィリアのこともクロードに報告していたのだ。

 以前、クロードが依頼をする際に彼はユーフィリアの情報を報酬として提示した。それを考えると何か裏がありそうだ、とユーリは疑念を抱いていたのだ。


「あぁ、知っていたさ」


 すんなりとクロードは頷いた。


「それでは僕とユフィを合わせたのも校長が仕掛けたことですか?」

「いいや、それは偶然だよ。私も話を聞いて少し驚いている」


 やけに素直なところが逆に胡散臭い。しかし、問い詰めてかわされるだけだろう。

 そう思い、ユーリは別の質問へと転換する。クロードに何よりも聞きたかったことを。


「紅音から聞きました。あなたが紅音の奴隷の契約主であると。どうして紅音を奴隷として買い取ったんですか?」


 紅音の背中には奴隷紋があった。そしてあとから聞いた話だが、奴隷であった紅音を買い取ったのは他ならぬクロードであったようだ。


「何が目的なんですか・・・?」


 自然と拳に力が入る。できれだけ声を荒げないようにユーリは問いかけた。

 同年代の紅音が奴隷であることをユーリは受け入れがたかった。

 奴隷に人権はない。すべて主の命令通りに動き、命さえも握られている。死ねと言われれば死ぬが奴隷の運命だ。

 だからこそユーリは奴隷の契約主にあまり良い印象を持っていない。

 そんなユーリの気持ちを汲み取ることなく、クロードは平然と言う。


「そう怖い顔をしないでくれ。目的、ね・・・。別にそんなことは考えていないよ。私はただ才能ある者を眠らせておくのはもったいないと思っただけだよ」

「ふざけないでください!」


 バンッ! とユーリは両手を叩きつける。

 そんなぼんやりとした答えに納得できるはずもなかった。


「紅音がどんな想いで奴隷になって! 屈辱を与えられたか、わかってるんですか⁉」


 言葉をぶつけるユーリ。けれど、まるで子供を嗜める大人の余裕をもって、クロードは意外なことを言う。


「落ち着きつきたまえ。扉の外にいる不届き者に聞こえている」

「え・・・⁉」


 言葉を失い、扉の方にユーリが振り替えるとドタバタと足音が去っていく。


(誰だ? もしかして聞かれた・・・?)


 冷や水を浴びせられたような気分だ。これはあまり知られていい情報ではない。まずいかもしれないとユーリが不安がっているとクロードが言った。


「いいかね、ミスター・ユーリ。私はミス・アカネをどうこうするつもりはない。だから君にはこれらも彼女が安心して過ごせるよう手助けしてほしい」


 じっとクロードはユーリを見つめる。睨まれているわけではないが、聞かれてしまった不安か、ユーリは喉をつまらせるように頷いた。


「さて、私はやることがあるから先に失礼させてもらうよ」


 そう言って、クロードは椅子から立ち上がり、扉へと手をかける。


「そうそう、来月『交流戦』があったよね。君には期待しているよ」


 ニコッと笑みを浮かべて、クロードは部屋を出ていく。


(交流戦か・・・)


 数々の不安にさらされながらユーリも校長室をあとにした。


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