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極東の剣士

「【時は止まり 扉は未だ 開かれず】」


 唱えられる詠唱。

 木々の間を抜け、東の空より朝日が射し込む。

 他には誰もいない森の中で一人の少年が杖を片手に精神を研ぎ澄ませる。


「【凍てつく白壁 眠るは氷の女王】」


 浮かび上がるは青き魔法陣。

 地面に円を描き、微かな冷気がこぼれだす。


「【花は散った 光は消えた】」


 詠唱とともに魔法陣の光が増し、幾重もの魔法陣が重なり地面が青一色に染まる。辺りはすでに冷気を帯び、春であるにも関わらず霜が広がり続ける。

 額をつたう汗。

 少年はより魔力を注ぎ込み、集中する。繊細に。丁寧に。

 油断は許されない。

 今度こそ成功させるために。


「【白き森は 墓場と化す】」


 放たれるは極大魔法。最高ランクの氷魔法だ。

 極限まで高められた青光。

 確かな手応えとともに少年は最期の詠唱文へと移る。


「【凍土の中で 永久(とわ)に眠れ】‼」


—バキッ


 それは氷のように砕け散った。

 円にひびが入り、魔力は乱流し、ついには跡形もなく雲散した。

 氷の粒が朝日に照らされ、儚いきらめきとともに消えていく。

 つまり失敗。最後の最後でまた失敗してしまったのだ。


「はぁー、またか」


 ばたりと少年は仰向けで寝転がり空を仰ぐ。学院の制服が汚れるのも気にせず、冷気で少しばかり濡れた地面の上で思案する。

 何がいけなかったのか。今まで一番いい手応えだった。魔力制御が悪かったのか、それとも単純な魔力量の問題なのか。答えはわからない。ただ進歩のない成果にやるせなさが残るだけだ。


「まだまだか」


 魔法学院に入学してはや三年。ユーリ・アインクラフトは学院生活四年目を迎えようとしていた。学院生活も残り一年である。そして今日もまた日課である朝練を一人行っていた。

 極大魔法の発動。それは魔法の至高であり頂点だ。使える者は数少ない。現にユーリの所属するこの学院で使える者はいない。


「はぁ、先は遠いな」


 ため息まじりにゆっくり立ち上がると、


「ユーリ!」


 背後から声がかかった。振り向くとそこには同じ学院の制服を着た一人の少女。ピンクの髪をサイドテールで結わえ、手を振りながら歩いてくる。

 彼女の名はララ・エアロスト。ユーリと同じ魔法学院の四年生だ。小柄で胸元で小さく手を振る彼女は年相応の可愛らしさがある。少しあどけなさがあり妹のような感じだが、それを言うと彼女は怒るので口にはしない。


「おはよう、ララ。朝から早いね、どうしたの?」

「それはこっちのセリフだよ。ユーリの方が朝早いでしょ、今朝も魔法の練習?」

「うん、まぁ失敗しちゃったけどね。やっぱり極大魔法は難しくて」

「さすが学年首席は違うね。あたしなんて上級魔法でやっとなのに、極大魔法なんて夢のまた夢だよ」

「首席なんてやめてよ。僕なんて別にたいしたことないからさ。たまたま一番になっただけでまだまだだよ。それに僕には魔法しか取り柄がないから」


 魔法学院に入学してユーリは首席を維持し続けている。一度もこの席を譲ったことはない。加えてユーリはその席に甘えることはなく、驕ったこともない。

 なぜならそれはあくまで学院内での話。学院外にはもっと強い奴はたくさんいる。

 本当の天才というものを知ってしまっているから。


「そんなに謙遜することもないでしょ。事実ユーリはすごいんだから。だって魔法学院で過去最高の優等生なんだから。五属性すべて上級魔法の生徒なんてなかなかいないし」


 グリンディア魔法学院。それがユーリたちの通う学校の名だ。王国の二番目の都市、マディアに位置し、貴族から平民多くの身分の生徒がこの学校に通っている。その中でユーリは名の知れた生徒の一人である。


「でもやっぱり僕はまだまだだよ。世の中にはもっとすごい、魔法士はたくさんいるし、今のままじゃきっと相手にすらならない」

「ユーリは十分努力してるよ! それなのにどうしてそんなに頑張るの? 何か理由があるの?」


 首を傾げ澄んだ黄色い瞳を覗かせながらララが尋ねる。


「うん、前にも話したことがあるかもしれないけど憧れの人がいるんだ」


 炎を纏ったかのような紅髪紅眼の少女。ユーリにとってかつての幼馴染だ。その幼馴染は太陽のような笑みを浮かべ、活発な子だった。ユーリが魔法を学ぶきっかけになった子でもある。彼女はまさしく天才であり、齢十二には極大魔法を扱えていた。


 そしてそんな彼女にユーリは憧れた。

 その子に憧れて追い付きたくて守りたくてただ魔法と向き合ってきたのだ。


「その人って確かユーフィリア・スカーレッド? あの天才魔法士?」

「そうだよ、今はどこにいるかわからないけど」


 ユーフィリア・スカーレッド。その名を聞けば王国では誰もが知っていると首を縦に振るだろう。稀代の天才。かつて王国一の魔法士の名を冠した少女の名だ。

 国内最高峰の魔法学院—オーディル王立魔法学院で学院始まって以来の天才と称され、数々の魔法を編み出した。そして王立魔法学院を飛び級で卒業し、王国魔法士団にに入団した。

 だが入団後は突如、行方不明になってしまった。王国を裏切った、とある戦いで戦死した、と様々な噂が流れたがユーリは当然信じてはいない。


 元々は彼女に追いつきたくて、魔法学院で学び始めたが、今は彼女を探す出し再会することがユーリの目的であり、大きな原動力となっている。そのためには確固たる強さが必要なのだ。


「あのさ」

「ん?」


 隣を向くと何やらそわそわした様子でララがぽろりと呟いた。


「一応聞くけど、ユーリはその人のことがどう思ってるの?」

「どうって?」

「だから、その人が好きなのかってこと!」


 ムキになって声を上げるララ。思わず迫られ戸惑うユーリにちらりと上目遣いでララはユーリを見返す。まるで告白を待つかのように。そう構えられるとユーリとしては答えられるものも答えづらくなってしまう。


「好き・・・とは少し違うかな。幼馴染だしどちらかというと憧れの方が近いと思う」


 ユーフィリアのような魔法を使えるようになりたい。純粋な憧れと尊敬だ。

 するとほっとララはため息をこぼし、何かに安心したような感じだった。ララの意図はよくわからないが、このままゆっくりしていると朝の授業に遅れてしまう。


「さてそろそろ戻ろうか」


 長期休暇を経て今日からまた学院生活が始まる。最初から遅刻をしては気のゆるみだと教師に怒られてしまいそうだ。

 さっと制服を払い、歩き出そうとするとかさりと草木が鳴った。

 野生の動物か、それとも魔物か、反射的にユーリは杖へと手をかける。息を飲み、目を凝らすとそこに現れたのは一人の少女だった。


「女の子・・・それと刀?」


 一つに結んだ長い黒髪に宝石を宿したかのような赤い瞳。すらっとしたスタイルでその細い腰には一本の刀が携えられている。同じ学院の制服を着ているが刀を持った生徒など今まで見かけたこともない聞いたこともない。もしかしたら新入生なのだろうか。

 いや、それよりそもそもこの国で剣を持つことがおかしい。


 剣は魔法に劣る。それがこの魔法が栄えたサーフィール王国の常識だ。そう考えると彼女は外国の人間ということになるはずだ。けれどもなぜ彼女がここにいるのかという疑問は残る。


「君は誰?」


 右手に杖を持ちながらユーリは恐る恐る尋ねる。

何かを警戒しているかのような面持ちで少女は辺りを見渡し、ユーリへと視線を向けた。


「・・・」


 少女は答えず、笑おうともせず、敵を見るような目でこちらを見つめる。それはまるで獣のようでじっとこちらを観察している。そして彼女の焦点が杖を見た時、彼女の纏う空気が一変した。


「・・・魔法士」


 突如、有無を言わさずダンっと少女が地面を蹴り、ユーリへと飛び掛かった。赤い眼光が走り、風のような速さで間合いを詰める。


「えっ」


 一瞬の間。何が迫ったのか理解できず、ユーリの体が硬直する。視界から消えたのだ。気づけば敵は足元に迫っていた。


 直前まで五メートル以上の距離があったはずだ。それを一瞬で詰められ、目の前で獲物を狩るかのように低い態勢のまま少女の右手から刀が引き抜かれようとしていた。


(・・・死ぬ)


 直感的に感じた。時間の流れが緩慢になる。このままいけば彼女の剣は杖を手にした右腕を下から両断するだろう。


(・・・このまま死ぬのか)


 死のイメージが脳をよぎる。右腕を切断され、視界が血飛沫で染め上げられようとしている。右腕を、杖を失い、そして心臓を貫かれるのだろう。少女の剣がこの身を終わらせる。


 何も抵抗できずにこのまま終わるのか。


(・・・いや)


 ふと一人の少女の顔が脳裏をよぎる。

 ここで死ぬわけにはいかない。

 そんなの許されるはずもないのだから。


「【荒れ狂う嵐(エアストーム)】!!」


 気づけばそう唱えていた。生への執着か口は勝手に言の葉を紡いでいた。

 足元に浮かぶ緑の魔法陣。自分さえ巻き込むことも構わず、ユーリは魔法を発動させた。


 嵐が吹き荒れる。折れた枝や散った葉を巻き込み、風が空へと舞い上がる。

 思わぬ反撃にすかさず女剣士も退避し、風に身を任せるように遅れてユーリも後退し距離を取る。


「っ!」


 死を目前に荒れる呼吸を必死に抑える。間一髪、死を回避しどっと額から汗が噴き出した。

 自爆覚悟の風魔法の影響か、左頬には切り傷が入り一筋の血が垂れる。


「ユーリ、大丈夫⁉」

「はぁ、はぁ・・・うん、なんとか。危ないからララは下がってて」

「ダメ、ユーリケガしてるじゃん!」


 涙目を浮かべるララ。このままでは危ないとユーリはけララを後方へと下がらせる。


「でも・・・」

「僕は大丈夫だから」


 ユーリは無理やり笑って返し、心配そうにララが下がったのを確認して前へと向き直る。


「何のつもりだ?」


 語気を抑えず、始めとは相対して敵意を露わにしたままユーリは問う。

殺されかけた。いや相手は本気で殺そうとしていた。理由もなく襲い掛かって来たのだ。


「答えろ。僕が何かしたっていうのか?」


 訳もなく殺されてたまるかとユーリは問い詰める。すると閉ざされた口が開かれた。


「誰だろうと関係ない・・・魔法士は殺す」


 憎しみにまみれた言葉。されどその声はどことなく玲瓏な声だった。だがそんな綺麗な声に浸る余裕はなく、処刑宣告を告げると彼女の鞘から黒刀が引き抜かれた。


(・・・やるしかない)


 ユーリは覚悟を決め、杖を構える。微かに杖先が震える。恐れているのだ。

 死を賭けた戦いなどユーリには経験がない。せいぜい授業の実践で手合わせするくらいだ。だから死という恐怖を前に身体が震えている。負けたら死ぬ。恐怖が体を縛る。

 だが負けるわけにはいかない。死ぬわけにはいかない。

 恐怖を噛み殺し、ユーリは反撃する。


「【氷弾(アイスバレット)】!!」


 複数の魔法陣が浮かび上がり、氷の弾丸が放たれる。

 小さな氷の粒なれど生身の相手にダメージを与えるには十分だ。だが、考えが甘かった。


「なめるな」


 それを剣士は断ち切った。

 砕ける氷粒。割れた氷の破片が彼女の頬を掠めるが、微塵も気にもせず剣士は剣を振るう。


「うそ」


 ユーリの背後で驚嘆の声が漏れる。剣で氷を打ち砕くなんて技見たことがない。純粋な身体能力と動体視力で彼女は氷を断ち斬ったのだ。


「死ね」


 今度はこっちの番だと剣士が剣を構え直す。迫り来る凶器。空いた間合いがどんどん縮められる。

 再びユーリは氷の弾丸を放つもあっけなく粉砕され、血眼になった獣を止めることができない。死の訪れが徐々に近づいてくる。近接戦になればユーリの方が不利になってしまう。


「ちっ」


 こうなれば手加減はできない。殺しを覚悟で戦闘不能にさせるしかない。でなければユーリ自身が殺されかねない。


「【禁忌に触れし者 汝は知恵の探求者に非ず】」


 紡ぐは氷の上級魔法。


「【氷の楔 闇の檻 血肉は腫れようとも救う者はなし】」


 素早く詠唱を紡ぎ上げ、標準を定める。間合い五メートル。焦りをぐっとこらえ、詠唱を続ける。


「【欲深き囚人 汝が罪を懺悔せよ】」


 詠唱終了。あとは魔法名を唱えるのみ。


「【氷の牢獄(アイスプリズン)】‼」


 発動—には至らなかった。


 あろうことか魔法陣が少女の剣によって両断されたのだ。効力を失った魔法陣。色を失い、ガラスのように割れ、空気へと解けていく。


 目の前で魔法が名も知らぬ剣士によって斬り裂かれた。

 驚きはなかった。恐れもなかった。ただ死の直前に時間も感情もその光景に止まるのみ。

 思ったことはただ一つ。


(・・・死んだ)


 今度こそ終わりだと、振り下ろされる切っ先とともに瞼が落ちた。


ひとまず最後までお読みいただきありがとうございます。

これから定期的に更新していくので、続きをお楽しみください!

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