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セミと願いの叶う樹 1

 少女は、ずっと土の中にいた。

 誰にも気づかれずに。誰にも気にしてもらえずに。

 ずっと、ずっと。

 ある日、少女は自分が死んでしまうことを悟って、樹にお願いごとをした。

 ・・・どうか、私を一週間だけでいいので、土から出してください、と。

 少女には、どうしても会って話したい人がいたのだ。

 樹は、少女の願いを叶えた。

 __少女は代わりに代償をはらった。



 1

 

 「なあ、どうして俺は今、こんな暑い日に、暑苦しい男なんぞと一緒に歩いているんだ?」

 俺は、となりで涼しげに歩いている男に言った。

 「どうしてと言われても・・・ね。夏は暑いものだし、男は暑苦しいもんだよ。」

 またも涼しげな表情でそう返す男。

 「俺が聞きたいのは、夏休みの休日に、どうしてお前に付き合わされてるんだと聞きたいんだ」

 ・・・そう。

 俺が通う昇竜(しょうりゅう)高校に通う高校二年生で、今は絶賛夏休み満喫中だ。

 ・・・のはずなのに。

 「分かってるよ、(なぎさ)くぅ~ん。君は、(けい)ちゃんととイチャつきたかったんだね」

 「そんなことは一言も言ってないし、その名前で呼ぶなって言ってるだろ!」

 「いいじゃないか。少なくとも、俺は良い名前だと思うけどね。渚。」

 「ちっとも良くない!俺はなぁ、この名前のせいで、いつもいつも自己紹介するときにはずかしい思いをしてきたんだ!!」

 ・・・そう、俺の名前は渚。そして・・・。

 「じゃあ、昇竜(しょうりゅう)って言った方がいいかい?昇竜渚くん」

 ・・・そう、俺の名前は昇竜渚。

 俺の通う昇竜高校は、変わり者の俺のおじいちゃんが学長を勤めている。

 「その苗字もキライだ!・・・あんな奴らと一緒にされるだけで、虫唾が走る。」

 「んで?蛍ちゃんとは、どうなのよ?」

 「・・・だから、何度も言うけど、蛍はただの幼馴染!そういう風には見てないから!」

 「そうは言うけど・・・。向こうは、そうは思ってないみたいだよ?」

 ・・・橋宮(はしみや)蛍。俺の幼馴染にして、成績優秀、運動神経ばつぐん、生徒からの信頼も厚い、となんでも揃った女だ。ただひとつ、難点があったりするのだが・・・。

 「あいつは・・・。約束もあるし、今のうちは大丈夫だ」

 「約束・・・ねぇ。君たちの間に何があったかは知らないし、知りたくないし、知るのも面倒だけど、学校では話しかけちゃいけない、だなんて蛍ちゃんが可愛そうだと思うけどな~。」

 「いいだろ、学校以外じゃ、くっつきまくってくるんだから」

 「おうおう、うらやましいかぎりですねぇ~。このエロゲ主人公。」

 「そういうお前こそ、女はできたりしないのか?遊司(ゆうじ)。」

 遊司は、一瞬きょとんとした後、答えた。

 「あ~、ないない。俺は、女は作らない主義なんだよ。」

 「ふぅ~ん・・・。」

 決して顔は悪くないから、きっとモテるだろうに・・・。

 こいつの名前は高城(たかしろ)遊司。同じ昇竜高校の同じクラスで、ゲリラ部である新聞部に入っている。髪の毛がツンツンでライオンみたいになってるけど、本人いわく寝グセとのこと。

 こいつは、取材目的で、俺に良くひっついてくるのだが・・・。

 まあ、取材対象は当然、俺じゃなく・・・。

 「それで、学長は、どこにいるの?なんだか、かなり歩いてるけど」

 「ジジイは、今日は珍しく家にいるんだ。だから、家に向かってる。」

 遊司が、いきなり現れて、おじいちゃんに取材したいと言い出したのは今から10分ほど前。

 おじいちゃんは、昔からオカルト関係に詳しくて、それ目当てで遊司は、よく取材をする。

 今日も、例によってそれなわけだが・・・正直、夏休みまで付き合わされるこっちの身になってほしい。

 「あ~、暑い、暑いね、それにしても。」

 「お前、ぜんぜん暑そうじゃねえだろ。」

 「そんなことないよ♪」

 そういって遊司は、またも涼しげな表情でニコニコと鼻歌なんか歌いだす。

 ・・・ああ、この曲キライなんだよな、俺。

 そう思って、遊司を無言で蹴り飛ばしたら、遊司は「ん?」と、またも涼しげな表情でいやがるから、おもしろくないのでまた蹴った。

 そうこうしているうちに、家に着く。

 「しかし、渚の家は大きいよね~。・・・まあ、あたりまえかぁ。なんてったって昇竜コーポレーションの社長の息子だもんね。」

 「そういうの、やめてくれ。本気で嫌なんだ」

 「ああ、ごめんね」

 すこし、しんみりしてしまったけど、すぐに遊司は「おっじゃまで~す!」と勝手に中へ入っていく。

 遊司の言うとおり俺の親父は、昇竜コーポレーションの社長だ。

 もともとは、おじいちゃんが、友人から形見として貰った物らしいのだが、おじいちゃんが「金なんてのは、いつでも手に入るが、時間は、そうじゃない。手に入れようとも手に入らない。だからワシは働くぐらいなら趣味に生きる!」と放棄したため、しょうがなく親父が継いだら軌道に乗り大成功を収めた。

 「おう、またお前か」

 家からおじいちゃんの声がする。俺も中に入る。

 「ただいま。遊司のやつが、また取材したいってよ。」

 「おう!なんじゃ、何が聞きたい?こないだのUFOのことなら、アレは、となりの田中さんが打ち上げたペットボトルロケットじゃぞ」

 そういうおじいちゃんに対して、遊司は言った。

 「そうじゃないんだよ、学長。今日は、願いの叶う樹について知りたいんだ」

 「・・・願いの叶う樹?」

 俺は、いつもなら軽く聞き流す二人の会話に、いつも以上の関心を持った。

 「なんだ、渚も聞きたいんじゃんか」

 「いや・・・少し気になるだろ、願いが叶う、なんて。・・・それと、その名前で呼ぶな。」

 そう、普段ならこんな話に耳を傾けようとは思わないだろう。

 だけど、なぜかこのときだけは、聞きたいと思ったのだ。

 「ほう、渚がワシの話に関心を持つなど、そうそうないのにのう。いいじゃろう、特別に今日は取材費はいらん。」

 遊司は、たまに取材費と言っておじいちゃんにアイスを買ってあげたりしているのだった。

 「そうじゃな・・・。大砲山に、大きな樹があるのは知っておろう?」

 「ああ、あのでっかい樹か・・・。なんの樹なんだ、いったい・・・」

 大砲山というのは、この近くの山のことで、ここ雪月(せつげつ)町は、山と海に囲まれた自然豊かな町で、空気もおいしく、俺は結構気に入ったりしていた。

 「あれは、願いの叶う樹なんじゃよ。」

 「あれがか?」

 窓から大砲山を眺める。

 ここからでも、その姿は確認できる。とても大きな樹で、樹齢100年は越えてるだろうものだ。

 「あの樹に、心から願えば、ひとつだけ願いをかなえてくれるのじゃ。ただし・・・」

 「ただし・・・なんなんです、学長」

 遊司が聞き返すと、静かにおじいちゃんは言った。

 「そのかわりに代償を払わねばならん。」

 「代償・・・。」

 「それは、願いに合った代償でなければならん。・・・ま、願いが叶うのじゃから、それくらいは許容範囲じゃろ?」

 ・・・結局、願いが叶うといっても、それは犠牲を払ってのことらしい。

 バカらしい。願いが叶ったとしても、それで何か大切なものを失うかもしらないなんて。

 俺には、そこまでして願いたいことなんてない。

 今も・・・。そして、これからも。

 「渚、ちょっと願いの叶う樹のところまで行こう」

 「はぁ?」

 「いいだろ、大砲山なんて近いし」

 「んなこと言ったって、今からじゃ帰ってくるころには夜だぞ?」

 「いいじゃないか。・・・まさか夜が怖い?」

 「なはずねえだろ!・・・だいたい、お前は、かなえたい願いなんてあるのかよ?」

 俺の問いに、遊司は少したじろぎ、言った。

 「いろいろあるんだよ。他人には分からない、本人だけの問題ってのも」

 「・・・はぁ」 


 2

 

 「なんだかんだ言って、ついてきてくれるあたり、渚は優しいよね」

 「しょうがねえだろ。・・・それに、俺も少しは興味あったりする・・・。」

 「へぇ、渚もかなえたい願いとかあるの?」

 俺たちは大砲山を登りながらいつもどおりの調子で会話をしている。

 とうぜん、俺は疲れるので黙って登りたいのだが、遊司は少しも疲れた様子もなしに、話しかけてくる。生意気なので蹴った。

 「俺は、叶えたい願いなんてねえよ。ただ、興味があるだけだ。本当なのかどうか、な」

 「ふぅん。・・・それと、けっこう地味に痛いよ、そのキック」

 ああ、ちゃんと効いてたんだな、俺の蹴り。

 しばらく黙ったまま、二人で頂上目指して歩いていく。

 山道は、けっこうなだらかだが、そこは腐っても山なので、疲れないわけがない。

 「けっこう来たけど・・・。まだ頂上までは、いかないね。」

 「・・・ああ。」俺は適当にうなずいた。

 「なんで、こういうのって頂上にあるのかね~。秘密の宝とか、そういうのもさ。中間あたりにあってくれれば楽なのに」

 「楽させないために頂上にあるんじゃないのか?こういうのって」適当に返す。

 またしても、くだらない会話を交わして歩く。

 そして・・・。


 「着いたぁ!!」

 遊司のひとことと共に、視界が開けて、大きな樹が見えた。

 「それにしても・・・。近くで見ると、やっぱりでかいな」

 「さっそく何かお願いしようか?」

 遊司の提案に俺は頷く。

 「だな」

 「それじゃあ、渚は、どっか行っててよ。俺は願いごとするからさ」

 「なんだ、俺の前じゃ言えないようなことなのか?」

 俺がそう聞くと、「うん」とうなずく遊司。

 しょうがないので、樹から離れる俺。

 ちょっと離れたところに、腰掛けるのにちょうどいい石があったので、そこで一休み。

 暇なので、ぼんやり町を見下ろしてみる。

 こう見ると、本当に穏やかな町だ。街頭の光も、都会のようにキラキラしてなく、ぽつぽつと光が見えるだけ。少し、不思議な雰囲気になった。

 もうそろそろいいか・・・。

 そう思い、樹へと戻ると、遊司の姿は無かった。

 (先に帰ったのか・・・あのやろう)

 ふと、樹の方へと歩いてみる。

 すると・・・。

 「すやすや・・・すやすや」

 ・・・なんだ、このマンガでしか聞いたことのないような寝息は。

 左右を見た後、音のする方を見る。

 下を見ると。

 「うおっ!!」

 そこには、一人の少女がいた。

 まだ幼さが残る顔立ちだが、整った顔をしており、正直、可愛い。

 服はパジャマのようだった。

 「・・・こんなところで何で寝てるんだ・・・?」

 昼寝でもしていて、そのままずっと寝てしまったのだろうか・・・?

 いずれにしても、このままではいくら夏とはいえ、風邪をひいてしまう。

 「おい、起きろ」

 華奢な肩を持ってゆすってみる。

 「・・・むにゅむにゅ」

 「おい!起きろっての!」

 少し乱暴に強くゆすってみるも、まだ起きる気配がない。

 「・・・しょうがない」

 「・・・むっ!むっ!むっ!」

 鼻をつまんだ。

 「むっ!むむっ!」

 どうやら息ができないらしい。

 口ですれば良いものを。

 「むっ!!・・・っ!はぁはぁ!!」

 ようやく目を覚ました。

 「こ、殺す気ですかっ!!」

 少女の第一声が、あんまり傍から聞いて穏やかなセリフじゃなかった。きれいな声だった。

 「大丈夫だ。人間は、あのくらいじゃ死なない。たぶん。で、なんでこんなとこで寝ていたんだ?」

 とりあえず話題をずらす。

 「えっと・・・。思い出せない・・・。なんで、私、こんなとこで寝てたんでしょうか?」

 「いや、俺に聞かれてもな」

 ・・・これは面倒なことになりそうだ。そんな予感がした。

 「とりあえず、家に帰ったらどうだ?もうこんな時間だぞ?」

 そういって周りを見渡す。もうすっかり日が落ちた。

 「・・・家。私の家は、どこでしょうか?」

 「いや、だから俺が知ってるわけ・・・」

 ・・・おいおい、まさか。

 「思い出せません・・・。」

 「何も覚えてないのか?」

 「・・・はい。」

 忘れていたことがあった。

 俺の悪い予感は外れたことがないのだ。

 

 3 


 「で、記憶喪失と。」

 「・・・そうみたいです」

 ・・・かなり面倒なことになった。

 「あの・・・私、泊まるとこなくて・・・」

 「まあ、そりゃあ自分の家も思い出せないんだからな」

 「あなたの家に泊めていただけないでしょうか?」

 ・・・きた。

 悪い予感というのは、連続して的中するものらしい。

 「確かに俺の家は親も帰ってこないし、一人くらいなら泊めてやることもできるが・・・。」

 「おねがいしますっ!」

 ・・・おいおい、記憶喪失ってのは、冷静に判断もできないのか?・・・だろうな。

 俺だって突如記憶を失ったら、冷静な判断なんかできずに、それこそ彼女のように目の前の人間に助けを求めるだろうな。

 「しょうがない・・・泊めてやるよ」

 まあ、このままここに置いていくのは、さすがに気が引けるからな。

 「ありがとうございます!・・・あの、あなたの名前は?」

 「えっと・・・。・・・渚だ」少しためらった後、俺は言った。

 どうせ笑われるのは慣れている。こんな女みたいな名前・・・。

 「渚さん・・・ですか。・・・良い名前ですね」

 「・・・・・・」

 一瞬、言葉を失う。

 「ん?どうかしたんですか?」

 「いや・・・俺の名前を褒めてくれたのはお前を含めて二人だけだよ」

 一人は俺を置いて帰ってしまった薄情物だが。

 「それで?お前は?」

 「私の名前は、サヤです」

 

 俺たちは山を降りて家に帰った。

 夜の山道は危険なので慎重に山を降りた。

 さすがに少し疲れてしまったが、サヤの方は、そうでもなかったみたいだった。

 「ただいま」

 誰の返事もない挨拶をする。どうやら、おじいちゃんはどこかへでかけたきり帰ってこないらしい。

 「おかえりなさい。そして、おじゃまします」

 返事が後ろから聞こえてきた。

 「おいおい、普通、おかえりってのは、その家の主が言うもんだろ」

 「こういうのは理屈じゃないんです。それに、返事がない、ただいまなんて、なんだか寂しいじゃないですか」

 そう言うサヤに向かって、少し冷たい口調で言う。

 「俺はもう慣れた」

 そういうと、サヤは悲しそうに言った。

 「慣れるのって怖いですよね」

 「だな」

 俺は適当に返事をした。

 

 「いただきます」

 律儀に手を合わせてそう言うサヤ。

 「いただきます」

 一応俺も言い、向かいに座る。

 とりあえず何かサヤに食べさせてやろうと夜飯を用意したわけだが・・・。

 「カップヌードルですね」

 「カップヌードルだな」

 家にはカップヌードル以外の食品が無く、買いに行こうかとも思ったが、サヤを待たせるのも悪いと思ったので、カップヌードルでサヤには我慢してもらう。

 「ずるずる~」

 「ずるずる~」

 さっき会ったばかりの二人が向かい合ってカップヌードルをすすっている。・・・シュールだ。

 「それにしても、記憶は無くても、名前は覚えてたんだな」

 「はい。なんでか、自分がサヤだ、ってことだけは分かったんです」

 「ふぅん・・・。んじゃ、他にも何か覚えてないのか?ほら、親のこととか」

 なぜか親について聞きたくなった。・・・そう、理由なんてないさ。

 たまたま脳裏に浮かんだだけだ。

 「親・・・ですか」

 サヤは、一瞬ためらった後、言った。

 「両親は・・・私をすごく愛してくれました。それだけは覚えてます」

 「愛して・・・ねえ」

 「そういう風に分かるんです。これも・・・理屈じゃありません。」

 愛・・・か。

 俺は、少し冗談めかして聞いた。

 「女のカンってやつ?」

 「そうかもです。」

 すこし居たたまれなくなったので、サヤを怯えさせてやろうと思った。

 「怖くないのか?いま、俺とお前はふたりきりだ。俺がお前を襲うかもしれないんだぞ?」

 そういうと、サヤは、すんなりと言った。

 「あなたは、そんなことしません。私には分かります。あなたは優しいですから」

 ・・・その穢れの無い純粋な澄んだ目で言われると、いつもなら皮肉を言う俺も、なにも言葉が出なかった。

 「それも女のカン・・・か?」

 「はい。そうかもしれません」

 なんだか、ますます居たたまれなくなって、

 「襲われてもしらないからなっ!」

 俺は、ぷいっと顔をそらすのだった。


 4

 

 とりあえず風呂は、サヤに先に入ってもらい、着替えは、俺のYシャツと短パンを貸してやった。

 下着は、親のが一応、タンスの奥の方に眠っているのを掘り起こして、それを着てもらった。

 ・・・遊司あたりが居たら、きっとのぞきをするんだろうが・・・。

 あいにくと俺は年下に興味は無いので、そんな気も起きなかった。

 俺も軽くシャワーを浴び、風呂場を出る。

 そこには、ぶかぶかのYシャツを着たサヤの姿があった。

 どうやら、そのまま眠ってしまったらしい。

 (ほんとうに良く寝る奴だな・・・。)

 こいつには、警戒心というものがないらしい。

 ・・・それとも、本当に俺のところを信用している証拠・・・か。

 「・・・すやすや」

 その安らかに眠る姿を見て・・・俺は。

 今なら・・・家には誰もいない。こいつとふたりきり。

 ・・・ごくり。

 邪な衝動に襲われる。

 ふと、脳裏にサヤの言葉が過ぎった。

 __あなたは、そんなことしません。私には分かります。あなたは優しいですから。

 「・・・。」

 俺は・・・何をしようとしていたんだ・・・?

 「・・・すやすや」

 罪悪感を胸に、サヤに毛布をかけてやり、自分はソファで眠った。

 その日は、昔の夢を見た。

 ・・・あまり、というか良い夢では無かった。

 

 5

 

 朝。

 起きて、サヤを見てみると、もう起きているようだった。寝ていた場所にはキレイに畳まれた毛布があった。

 (どこへ・・・?)

 外へ行ってみると、そこには、おじいちゃんの姿があった。

 「ジジイ、ちっちゃな女の子、知らないか?」

 「む?小さな女子なら、幼稚園に行けば会えるぞい?・・・まさか、お主、とうとうそっちの方にでも目覚めたのか?」

 おじいちゃんが心配そうに見てくるので、俺は「なわけないだろ」と否定してその場を離れた。

 たぶん、サヤの奴も、いつまでも俺に迷惑をかけるわけにもいかないから出ていったのだろう。

 それならそうと、ひとことくらいあってもいいものだろうが、まあ、しょせん一晩かぎりの付き合いだ。

 俺は、日課になっている、病院の裏の花壇へと向かった。

 病院、というのは雪月中央病院のことで、この町で一番大きな病院のことだ。

 ここの裏の花壇の花の世話を、俺はおじいちゃんから小さいころに頼まれていらい、ずっと世話をしてきた。今では、趣味のひとつだったりする。

 病院の裏にまわると、そこにはサヤの姿があった。

 「あ、渚さん。おはようございます!」

 「サヤ・・・なんでこんなところに」

 一瞬、驚くも、どこか胸の奥で安堵する自分がいた。なぜだかは分からないが。

 サヤの手には、じょうろが握られていた。

 「ここの花に水をあげに来たんですよ。渚さん、いつもここで花に水をあげていたでしょう?」

 「え・・・。なんでそんなこと知ってるんだ・・・?」

 「・・・あれ?・・・なんででしょうか?・・・でも、覚えてるんです。毎朝、こうして花たちにお水をあげる渚さんの姿を。」

 ・・・ということは、この病院の関係者だったのか・・・?

 毎朝、ということは少なくとも、毎日病院か、その近くにいた、ということだ。

 これは、サヤの記憶の手がかりになるかもしれない。

 「昨日、渚さんがやさしいと言ったのは、それを覚えていたからです」

 サヤは、自分のことのようにうれしそうに語る。

 「・・・俺は。・・・俺は優しくなんかない。この花たちだって、ジジイに頼まれて世話してるだけだ・・・。」

 そう言うも、サヤは、またしてもうれしそうに言うのだった。

 「いいえ。それでもアナタは優しいです。本当に優しくないのなら、頼まれたからといって、毎朝水をあげたりなんてしませんから。」

 「・・・お前は俺を買いかぶりすぎだ。」

 「いえ。そんなことないですよ。・・・だって私を渚さんの家に泊めてくださったじゃないですか」

 「あれはっ!・・・あのまま放っておいて女の子を山に置き去りにするのはどうかと思ったから」

 「ほら、優しいじゃないですか。」

 「う・・・」

 反論もできない。

 ・・・どうやら俺は、サヤに弱いということを今更知ったのであった。

 「この花・・・。なんの花なんでしょうか?」

 サヤがその場にしゃがみこみ、花を見て言った。

 「さあ・・・。ちょっと調べたが、なんの花なのか、さっぱり分からなかった。昔、ジジイがどこかから、もらってきた大事な花なんだそうだ。」

 「そうなんですかぁ・・・。おじいさまも、渚さんのところ、信用しているんですね」

 「ん?どうしてだ?」

 あのおじいちゃんが人を信用しているなどとは、信じがたいが・・・。

 「だって、そんな大事な花の世話を任せるなんて」

 「・・・面倒だったんじゃないか?世話するのが」

 「そんなことないですよ~。面倒だったら、花屋さんに売っちゃうと思います。」

 「へぇ、花屋に花って売れるんだな。農家とかじゃなくても」

 「・・・それは知らないですけど。」

 と、くだらない話をしばらく続ける。

 「そろそろウチに戻るか。・・・サヤ、お前はどうするんだ?」

 「え・・・?」

 「その・・・記憶が戻るまでだったら・・・。力になってやってもいいぞ。まあ、俺にできることなんて、たかが知れてるけどな」

 「そ、そんなことないですよ!・・・その、すっごくうれしいです」

 ・・・なんで俺はこんなことを言ったのだろうか。

 初めて、自分から作った関係だから・・・か? 

 今までは・・・そう、たとえば遊司なんかは、向こうからおじいちゃん目当てにこっちに話しかけてきた。蛍のやつも、人当たりのいい性格だから、向こうからだ。

 だけど、こいつは俺が自ら手に入れたつながりだ。

 ・・・たとえそれが、なりゆきでだったとしても。

 俺は、人との付き合いがあんまり得意な方じゃあ、ない。

 というのも、すぐに人のことを探ったりするからだ。

 相手を疑うところから始まる俺の人間関係は、良好なわけがなかった。

 俺は、正直、自分の人生がどうでもいいとすら思えるような奴だった。

 特にこれといった目標もなし。夢もない。

 それは、ただそこで息をしているだけのようなもの。

 毎日、変わらないことを繰り返しているだけ。

 ・・・そこにサヤという、一種の変化が訪れた。

 俺は、それを喜んでいるのかもしれなかった。

 「何を考えてるんです?」

 「いや・・・なんでもない。ほら、ウチに帰るぞ。朝飯、たべないとな」

 「またカップヌードルですか?」

 「ああ。またカップヌードルだ」

 「み~ん!み~ん!みぃぃぃぃ~ん!!!」

 不満そうにしているサヤの頭を撫でた後、言った。

 「カップヌードルは良いぞ。たった三分で天国だぞ」

 そのあとも、サヤはセミの鳴き声のようにみ~んみ~んと繰り返して不満をあらわにしていた。

 

 6


 帰り道。

 サヤと二人で家まで歩いていると、町の人から声をかけられた。

 別に、これといって用事はない。ただ俺が昇竜家の息子だから・・・だ。

 「今の人は知り合いですか?」

 サヤが聞いてくる。仕方ないので答える。

 「いや。俺も知らない。・・・だけど向こうは知ってるみたいだったな」

 「そうなんですか・・・。渚さんって有名人なんですね」

 「・・・まあな」

 素直に肯定したのが意外だったのか、サヤは目を丸くした。

 「ええっと・・・。渚さんのご両親って・・・?」

 どうやら疑問に思ったのだろう。

 さっき話しかけてきた奴は、俺の親のことしか話さなかったからだ。

 「俺の父親は、昇竜コーポレーションっていう会社の社長。母親は、その秘書まがいなことしてる。ジジイは、俺の通ってる学園の学長。」

 「す、すごいです!お父様は、社長さんで、お母様は秘書さんで、おじいさまは学長さんなんて!」

 サヤは、ひとりではしゃいでいる。

 「それじゃあ、将来は、お父様の会社を継ぐんですね。」

 「いや・・・。まだそんなことまで考えてない」

 「そうなんですか?」

 そうこう話していると、またしても話しかけられた。

 「お~い!なぁ~ぎ~さぁ~!」

 「この声は・・・」

 後ろを振り向くと・・・。

 「蛍っ!?」

 そう言うが早いか、俺に思い切り蛍は飛びついてきた。

 「ちょっ、お、おいっ!やめろっ!」

 「会いたかったよ~、渚~。」

 「お前、昨日だって会ったばっかりだろっ!」

 そういって何とか引き剥がす。

 「ううぅ~。だって、さみしかったんだよ?渚に会えなくて。夜に家に訪ねても、誰もいないし」

 「ああ、悪かったな。昨日はコイツと一緒だったんだ」

 そういって、サヤを指差す。

 「え・・・。・・・渚・・・。もしかして・・・。あ、あの、アナタ、名前は?」

 「あ、はい。サヤって言います。渚さんには、昨日家に泊めてもらったり、いろいろと親切にしてもらってます」

 「・・・・・・。」

 黙りこくる蛍。その後・・・。

 「あ、あたしは負けないんだからっ!渚が振り向いてくれるまで・・・絶対!」

 そう言い残して、どこかへ消えてしまった。

 「あの~、今の方も、知らない人ですか?」

 さすがに知らない人に、あんな爆弾発言されるような人間じゃないので否定しておく。

 「いや、あれは俺の幼馴染の蛍。なんか昔から俺に無駄に引っ付いてくるんだ」

 「そうなんですか・・・。やっぱり渚さんは有名人ですね・・・。」

 「いや・・・うん、まあな」

 この町だけにかぎって言えば、まあ、あながち間違ってなかったりする。

 「お~い!な~ぎぃ~さ~くぅ~ん!」

 ・・・またしても来訪者あらわる。

 だが、今度は言うまでもなく、誰だか分かった。

 「遊司っ!おまえ、昨日は何で先に帰ったんだ!!」

 そこには、いつもどおりの髪の毛ライオンみたいな遊司の姿があった。

 「いや、てっきり渚の姿が無かったから、昨日は先に帰ったのは渚の方だと思ってたんだけどね。・・・どうやら、俺の方だったみたいだね。すまない。」

 ・・・こいつが素直に謝るなんて、なにかおかしい。

 「それで?・・・その子との関係、洗いざらい言ってもらうよ」

 ・・・その子?

 横を見るとサヤの姿が。

 「あの・・・私、サヤっていいます」

 「ああ、こりゃ丁寧に、どうも。俺は遊司っていいます。遊ぶに司るって書きます。つまり俺は遊びの象徴!全人類よ、俺の元に集い、いっしょに遊ぼう!」

 「見てのとおり、ちょっと頭がおかしい奴なんだ。」

 「ええっと・・・。おもしろい方ですね」

 「おいおい、頭がおかしいとは聞き捨てなら無いなぁ。せめてユーモアだと言ってくれ。」

 なんとか話題をずらすことに成功。

 こいつ、変にカンはするどいし、やけに探り深いから、昨日、サヤがうちに泊まったなんてこと聞かれたら、けっこう大事になりそうだ。

 「それで?この子とは、どんな関係なの、渚。それとも、これからどういう関係になるつもりなの?まあ、はっきり言えば、肉体関係は持ってるの?これから持つの?」

 「ぶっ!」

 思い切り噴出した。

 「あ、あのぉ~・・・にくたいかんけーって何ですか?」

 「いや・・・知らなくていい。ってか、知る必要もないさ。・・・遊司っ!お前はなんで、いつもいつも初対面の奴に下ネタを振るんだっ!?」

 「土地が違ったり、そこが田舎だろうが都会だろうが、この頃の年代、つまり思春期の子供たちには、こういう話をするのが一番てっとり早く仲良くなる方法だからね。・・・まあ、そっちの子には意味が通じなかったみたいだし、渚もまだ手を出してないだろうけど」

 「あたりまえだっ!手なんか出してない!」

 ・・・出しそうになったのは黙っておく。余計なことは言うもんじゃない。

 「それで・・・まあ、その子との関係は大いに気になることではあるけど、今はいい。俺はこれから、願いの叶う樹まで行くところだったんだけど・・・。いっしょにどうだい?」

 「悪いが、せっかくだけど行かない。」

 「そうか。・・・じゃあね」

 「ああ」

 「サヤちゃんも。」

 「あ、はい。さようなら」

 遊司は山の方へと消えていった。

 「・・・はぁ。ようやく家に帰れるな」

 「ですね。私、もうおなかペコペコです」

 「そうか。じゃあ、早く帰ってカップヌードル食べないとな」

 俺たちは家にさっさと帰った。

 

 昼時。

 カップヌードルをすすりながら、俺たちは、テレビを見ていた。

 ちょうど昼ドラがやっていて、俺もたまに見ているやつだった。

 「どうしてこんなことになってしまうんでしょうね」

 こんなこと、というのは、三角関係のもつれで、殺し合いに発展したドラマのことだろう。

 「人間なんてそんなもんだろ。一度、好きになった相手だって、時が経てば状況も変わってくるもんさ。けっきょく、一人を愛し続けるなんてのは、無理な話なんだよ」

 そう言う俺を見て、サヤはいつになく真剣な表情になる

 「そんなことないですよ。・・・だったら私は、あなたを愛して生きて、あなたを愛して死にます」

 「・・・・・・。」

 俺は言葉が出なかった。

 なんだ、これは一種の告白か?

 とまどう俺だった。

 だが、そんな素振りは見せずに、サヤは、さっさとカップヌードルをすするのだった。

  

 7

 

 日が暮れ始めていた。

 オレンジ色に染まる町並みを、ぼんやりと窓から眺めていた。

 サヤの記憶の手がかりは今のところなし。

 ただ、病院の関係者かもしれないということだけはわかった。

 実は、このままサヤの記憶が戻らなくてもいい、と思っている自分がいることに気づいた。

 なんて俺は自分勝手なやつなんだろう。

 セミの鳴き声が、鳴り止んだ。

 「渚さん、何してるんです?」

 サヤが不思議に思ったのか、俺に話しかけてくる。

 「いや、セミだなぁと思って。」

 「みーん?何がです?」

 「なんでも。・・・つか、お前もセミみたいだな」

 「ほぇ?」

 なんのことか分からないような顔をした後、どこか遠くを見つめるようにして言った。

 「・・・はい。私はセミなんですよ。」

 若干、反応に困るも、適当に流すことにした。

 「ふーん・・・」

 俺は、同じように外を眺めた。

 やっぱりなにもいつもと変わらない風景だったが、サヤと眺める風景は、少し違って見えた。

 「大丈夫だ。俺は昔、カブトムシも飼っていたことあるし、虫は得意だ。」

 「ふふっ。カブトムシとセミじゃ、ぜんぜん違うじゃないですか」

 そういって笑うサヤの顔は、どこか寂しげだった。

 「それに・・・。」

 俺が、その顔をみて、割と真剣に言った。

 「たとえ正体が、どうであれ・・・お前はその・・・俺を・・・変わらずに・・・あ、愛してくれるんだろ?」

 すると、サヤは、少し照れ気味に言った

 「・・・はい。そうですね」

 俺達は、その後も、ひとことも交わすことなく、夕日に染まる町並みを眺めていた。

 

 そのあと、しばらくしたら、おじいちゃんが帰ってきた。

 サヤをどう説明しようか迷ったものの、正直に言ったら、意外とすんなりいけた。

 サヤの礼儀のよさが幸いしたのかもしれなかった。

 「それで、サヤちゃんは・・・。記憶を取り戻したいと思っているのかの?」

 ・・・妙なことを聞くな、おじいちゃん。

 そんなの、当たり前に決まって・・・

 しかし、サヤは、下を向いて、しばらく黙ってしまった。

 「昔の記憶を取り戻す。そうすることで、今の自分が、違う自分になってしまうのではないか。・・・そう考えてるのじゃろ?」

 「・・・はい」

 考えてもみなかった。

 そうなのだ。

 今居る自分も、記憶が無いから今の自分があり、取り戻したときに今のままで居られるなんて保障はないのだ。

 「それで、記憶を取り戻さずに、ずっとここにいよう。・・・そうは思ってないか?」

 「いえ!そ、それは・・・。渚さんに迷惑がかかりますし・・・。」

 「渚に迷惑がかからなければ、それでいいのか?お主は、記憶を取り戻したくはないのか?」

 「そ、そんなこと!!・・・ない、です」

 どこか後ろめたそうに言うサヤ。

 「ふむ・・・。ならば、思い出さなければ良い。」

 「・・・え?」

 おじいちゃんは冷酷に言った。

 「ずっと、この家で、渚のやつに助けてもらいながら生きていけ。それも立派な人生じゃ。・・・じゃがのう。そこに本当の自分がないのなら・・・。それはただのガキの甘えじゃぞ」

 バンッ!!

 俺は机をたたきつけた。

 「さっきから聞き捨てならねえぞ、ジジイっ!なんなんだよ!サヤは、記憶を失ったばかりで、手がかりもロクにない!自分の名前くらいしか思い出せないんだぞ!!」

 「だからなんじゃという」

 「な・・・」

 おじいちゃんは、なおも言う。

 「そうやって、きちんと問題に目を背けないでいられずに、このまま一人で生きていくことなどできん。過去は、どうであれ自分に付きまとうものじゃ。・・・貴様は、その業を背負って生きる覚悟があるのか?自分の親とも向き合えないお前に!」

 「・・・くっ!」

 ・・・応える言葉もなかった。

 そのとおりだった。

 俺は、軽く見すぎていたのかもしれない。

 「じゃあ、どうしてらいいってんだよ・・・」

 そうもらすしかなかった。

 「それは自分で見つけんと意味が無い。・・・自分で考え、自分で行動するのじゃ。お前には、母さんが生んでくれた立派な足がついてるじゃろ?」

 「・・・けっきょく教えてくれないんだな・・・。」

 「あの・・・渚さん」

 サヤが泣きそうな、けど意思のこもった目でこちらを見てくる。

 「私・・・がんばってみようと思います。たしかに、すぐには見つからないかもしれないです・・・。だけど、おじいさまの言うとおり。渚さんに甘えてばかりいられません!」

 「サヤ・・・。」

 おじいちゃんは、さっきまでとは打って変わって、笑顔で言った。

 「・・・うむ、サヤちゃんは良い子じゃな。将来は立派なお嫁さんになれる。よかったな、渚よ」

 「なっ・・・!」

 おじいちゃんの言ったジョークに、突然のことだったので、動転してしまい・・・。

 「えと・・・これからよろしく頼むな、サヤ。」

 「ええ!!・・・は、はい!こちらこそ、よろしくおねがいします!」

 とんでもないことまで口にだしてしまったが、もう後の祭りだった。


 8 


 一夜明けて。

 「おっはよ~!な~ぎ~さぁ~!」

 ウチに朝っぱらから、蛍のやつが押しかけてきた。

 昔はよくあったことだが、最近は無かったので、少し面食らう。

 「はよ。・・・どうしたんだ?」

 「べつに用事はないよ。ただ渚に会いたくなっただけ」

 「そ、そうか」

 ・・・やばい。サヤが家に泊まってるなんて知られたら・・・。

 別に後ろめたくなんてないぞ!・・・ただ、なんか嫌なんだ、知られるの!

 「どうかしたんですかぁ~、渚さ~ん」サヤが居間から聞いてくる。

 「な、なんでもないっ!いいからおとなしくしてろっ!」

 「む~?誰かいるのかな?渚。」

 「ゆ、遊司のやつが、全裸でいるんだよ!だから、早く帰ったほうがいい。じゃないと、襲われかねない」

 「え、そうなの・・・?」

 すまん、遊司。

 「風邪ひくから、はやく服着るように言ってね、渚。いくら男の子だからって、全裸は良くないよ」

 「ああ・・・きつく言っておくよ」

 遊司に会ったら、なにかおごってやろう・・・。

 「それじゃあ、これ」

 「ん?」

 蛍は、俺に弁当箱を渡してきた。二人分だった。

 「本当は一緒に食べようと思ったんだけど・・・。遊司くんと一緒に食べて。・・・どうせカップ麺しか食べてないだろうから作ってきたの」

 「・・・悪いな、蛍。ありがとう」素直に受け取る俺。

 「うん!それじゃあねっ!」

 そういって、家を出て行った。

 ・・・なんだか、悪い気がするが、仕方ない。事情が事情だ。

 それにしても、俺のことをこんなに心配してくれるなんてな・・・。

 俺は、蛍を妹のように思っている。

 蛍が好き好き言ってくるのも、兄とかに向けて言っているそれと変わらないものだ。

 俺も、そういう意味では蛍のところを好きではあった。

 だけど、なんだか寂しいのをお互いでごまかしている気が、最近してきたのだ。

 昔はそんなこと気にしなかったが・・・。

 今では、むなしく感じてしまう。ぜいたくなことなのは、わかってはいるが・・・。

 「あ、そうだ、言い忘れてたことがあった!」

 「っ!な、なんだ?」

 蛍が慌てた様子で戻ってきた。

 「今日、お母さん、帰ってくるってよ!」

 「・・・なんだって・・・?」

 俺は、目の前がまっしろになった。


 さて。

 どうしたものか・・・。

 (さっき、道を歩いてたら、お母さんに会ったの。ひさしぶりに帰るからって、渚に伝えるよう頼まれたの。・・・それじゃ、今度こそ、じゃあね~)

 今からサヤに隠れていてもらう・・・?

 いや、おじいちゃんには、もう言ってしまってあるんだし、伝わってる可能性もある。

 ・・・どうしようか

 「ただいまー。渚ー、帰ったわよー」

 「・・・!!やばっ・・・!」

 そうこうしているうちに、帰ってきてしまった。

 「あ、ああっ!」

 返事をして、急いでサヤを探す。

 居間・・・いない!寝室にも・・・いない!

 いったい、どこに行ったんだ、あいつ・・・!

 すると、玄関の方で話し声が聞こえてきた。

 「あら、そうだったの~。サヤちゃん、こんな家でよければ、ずっと居てもいいのよ」

 ・・・。

 「ありがとうございます。でも、いつまでも迷惑はかけられないので、いつかは出て行こうと思います」

 ・・・どうやら心配は杞憂に終わったようだった。

 

 9

 

 「そう・・・記憶が・・。」

 母さんは、どうやらサヤからだいたいのいきさつを教わっただけだそうなので、きちんと丁寧に、誤解のないように説明した。

 「大変だったわね、サヤちゃん。」

 「いえ・・・渚さんがいてくださいましたし」

 「・・・それで、なんで帰ってきたんだよ、突然」

 俺は不機嫌そうに言った。

 「なんでって・・・ここは私の家よ?そう、帰る場所なのよ?なら、帰ってきて当たり前でしょ」

 「・・・いつもウチになんて、滅多に帰ってこないくせしやがって」

 俺がなおも不機嫌そうに言うと、少し困ったような顔をしたあと、

 「それは・・・仕事が忙しかったからで・・・」

 と言い訳をしだした。

 そうだ。いつもそうなのだ。

 そうやって、仕事を理由にして言い訳をする。

 「ああ、そりゃあ大変だったな。しょせん、子供なんぞよりも仕事の方が大事なんだもんな」

 「・・・そんなこと・・・」

 「あるね。」

 俺は、居ても経ってもいられなくなって、外へ飛び出した。

 「あ・・・渚・・・・。」

 母さんの手は空を切ったのだった。

 

 渚さんが、とつぜん家から飛び出していってしまった。

 私はどうするべきか迷って、あたふたしていると、渚さんのお母様が言った。

 「ごめんなさいね・・・。見苦しいところを見せてしまって・・・」

 「いえ・・・」

 お母様は、悲しそうに言った。

 「昔から、あの子は強かったから・・・。だから私たちは甘えてしまったの。そのときは、ちょうど仕事も軌道に乗っていたから・・・」

 そのとき、というのが、具体的にどの時なのかは、分からないけど、お母様の悲しそうな表情から、とても心苦しかったんだろうと思った。

 「この世界に、強い人間なんて、多分、いないんじゃないかと思います。でも・・・だからこそ、人は人を愛するんだと思うんです」

 そういうと、お母様は、少し言葉を失った後、静かに言った。

 「そうね・・・。私たちは、あの子のことを何も分かってあげられなかった。・・・きちんと愛してあげられなかったのね・・・。私は、自分の子供のことすら分かってあげられない大人なのね・・・」

 うつむくお母様に、私はこう告げた。

 「大丈夫ですよ。人生は・・・まだこれから長いんですから」

 ・・・そう、私とは違って。

 「サヤちゃん・・・」

 「それじゃあ私、渚さんのところに行ってきます。それでは・・・」

 私は、そう言って、渚さんを追った。


 俺は、当てもなく走った。とにかく、がむしゃらに走った。

 こんな風に、感情的になるのは、自分でも珍しいことだと思った。

 母さんの言い訳には、もう慣れている。

 こう言えば、サヤは慣れるって怖いですね、と言いそうだが、それくらいに言い訳を俺は聞いてきた。

 そして、脳でも、しっかりとそれを理解しているつもりだ。

 それは、言い訳じゃなく、本当のことだということも。

 だけど・・・。

 俺は、どこか、いまだに恋しいのかもしれない。

 しばらくすると、大きな橋に出た。

 ここまで来れば、追ってこないだろう。

 ・・・とはいえ、母さんが追ってくるなんてことは考えづらいが。

 なんて。俺は、誰かに追いかけてきてほしかったのか。・・・どれだけ子供なのだろう、俺は。

 追ってくるとしたら・・・。

 そんな希望を抱いて、後ろを振り向くと。

 「渚さんっ!」

 「・・・サヤ」

 俺は、静かにサヤを見つめた。

 走ってきたあとで、息の荒いサヤだが、どこか落ち着いた雰囲気だった。

 「渚さん・・・」

 「あの二人は・・・」

 俺は、サヤの言葉をさえぎった。

 「俺の両親は、俺を自分の息子だと思っていない。俺を生んだのだって、そういう状況が欲しかったからだ。やつらは、自分の得になることしか考えてない。・・・俺は、あいつらの子供なんかじゃないんだよ。だって、愛がないんだから。」

 前にサヤは、自分の親が自分のことを愛してくれたことを覚えていると言った。

 そう、それこそ普通の親子だ。

 だけど、俺と母さんたちは違う。

 本当の親子じゃ、ない。こんなのは。

 やつらは、損得のことしか興味にないんだ。そういう人間なんだ。仕事が大事なんだ。

 「昔、俺が小さい時に・・・病気になったんだ。だけど、母さんも父さんも、家に帰っては来なかった。死ぬかと思ったぜ。俺は、ここで死んじゃうんだって。子供ながらに思ったのを覚えてる。そのとき、おじいちゃんが来て、俺を見つけて急いで医者を呼んでくれて・・・なんとか助かったんだ。」

 サヤは、押し黙る。

 「俺は愛なんか、知らない。確かに、世界中の子供たちは、親から愛されてるんだろうが、俺は違う。愛されたことも、愛したこともない!!」

 なんでこんなこと言ってしまったのか、わからない。

 だけど、口が勝手に動いて、気づいたらわけもわからず口走っていた。

 すると。

 サヤは、顔をあげて言った。

 「だったら私が、あなたを愛します!誰よりも、あなたを!あなただけをっ!」

 その顔は、涙であふれて、くしゃくしゃだったけど。

 なによりも美しくて。

 なによりも愛しかった。

 「サヤ・・・。お前は、俺を一人にしないよな・・・?」

 「はい。」

 うれしかった。

 「もう、家に帰っても、一人なんてこと、ないんだよな・・・?」

 「はい。」

 ただ・・・うれしかった。

 「もう俺は・・・人を愛して、いいんだよな?」

 「・・・はい!」

 俺は、サヤに抱きついた。子供のように。

 ただただ夢中に抱きしめた。そうしたらサヤも抱き返してくれた。

 初めて、本物の愛ってやつに触れた。

 そんな一瞬だった。

 

 10

 

 二人で家に帰った。

 正直にいえば、帰りたくなんてなかったが、サヤが帰ろうと言うので仕方なく帰ったのだった。

 家に着くと、おじいちゃんの姿があった。

 「・・・ジジイ。母さんは?」

 「むぅ?・・・ああ、やつなら、また仕事が入ったとかで、さっき出て行ったぞい」

 「本当に、忙しい方なんですね」

 おじいちゃんは、なにやら新聞を読んでいるようだった。

 ふと、おじいちゃんは、その新聞紙を、はしっこのところをちぎって丸めだした。

 「忙しい忙しいとばかり言っているような奴らじゃからな、渚の父親と母親は。わしは、そういうのが嫌で、会社を任せたんじゃ」

 丸めた新聞紙を、近くのゴミ箱に投げた。おしくもはずれてしまったが。

 「あらら・・・。まあ、わしの価値観は人とは違う、と良くばあさんにも言われておったわい。ばあさんは、2年前にポックリいってもうたがな。あれは、確か夜中の12時ちょうどじゃった。」

 なつかしむように宙を見るおじいちゃん。

 なんでこんな話をしだしたのだろう、とふと思うも、そんなことを聞くことはしなかった。

 「それでも・・・渚の父親と母親は、忙しいという理由を盾にして逃げているような連中じゃ。そうしなければ、やってられないんじゃろうが。」

 おじいちゃんは、また新聞紙をちぎって、ゴミ箱へ向けて投げる。またはずれた。

 そして、おじいちゃんは、まっすぐに俺たちの方を見つめた。いつになく真剣な表情だった。

 「渚よ。それからサヤちゃん。やつらのこと、頼んだぞ。」

 そういって、今度は新聞紙を丸ごと丸めて、むりやりゴミ箱に突っ込んだ。

 「わしは、もう長くはないからのう」

 そのおじいちゃんの笑顔は、とても儚げで、いつものおじいちゃんの頼もしさは微塵も感じられなかった。

 「おじいさま・・・。わかりました。私、がんばってみせます!」

 サヤがこぶしを握り締める。

 俺も、同じようにした。

 「サヤちゃんは、本当に良い子じゃな。・・・して、渚よ、式はいつ挙げるんじゃ?」

 「え・・・?」

 一瞬、言葉の意味が分からなくなって、言葉につまる。サヤの顔は真っ赤に染まっていた。

 「えと・・・。いつがいいだろうか?」

 「そそそ、そんなこと私に聞かれてもこまります!そ、それに、こういうことは、もっと順を追ってですね・・・」

 「ほほほ。冗談のつもりじゃったのだがな。渚のやつも、人を好きになるという感情が、ようやく理解できたということかの」

 ・・・好き?

 そうか。

 言われてからようやく気がついた。

 サヤに今まで感じていた言葉にならない気持ちは、好きという感情だったのか。

 ・・・そんなことも、言われなければ気づけない自分に、すこし嫌気がさした。

 「とりあえず。目を背けてはならん問題がひとつ、あるのではないのか?」

 おじいちゃんが言った。

 ・・・そうだ。

 「ああ・・・。俺は・・・。母さんと父さんに言うことがある。」

 「ふむ・・・。いい顔になったな、渚よ。」

 おじいちゃんは、そういって家を静かに出て行った。

 

 11


 次の日。

 俺は、サヤと一緒に、父さんたちの会社へと向かっていた。

 会社へは、何度か行った事がある。

 いくつも駅を乗り継いで行かなければならない。

 途中で駅を間違えそうになったものの、なんとか同行者のおかげで、それは避けれた。

 ・・・その同行者というのは。

 「なあ、遊司。なんでお前までついてきたんだ?」

 そう、いつもどおり髪の毛ボサボサの遊司だった。

 今日は、私服であった。・・・といってもジャージだが。

 「なんだよ、つれないじゃないか、渚。たまには、お父様方に挨拶しておこうと思ってね、恋人として。」

 「ちょっ!」

 「ええ!!」

 サヤが本気で驚いていた。

 「いや、違う!俺は、ちゃんと女が好きだ!!」

 「それだけ聞いた人からみると、どうかと思うけどな、そのセリフは」

 「うるさい!お前のせいだろ!」

 ・・・ったく。

 せっかく真面目な雰囲気で来たというのに、こいつのせいでむちゃくちゃだ。

 ・・・まあ、少し助かった、というのもあるが。

 これから、俺は両親に会うのだ。

 母さんとは、昨日会ったばかりだが、父さんに会うのは、3ヶ月ぶりだったりする。

 「それで?本当のことは?」

 俺が聞くと、今度はマジメに言った。

 「ああ、ちょっと渚のことが心配だったってのもあったんだけど・・・。サヤちゃんがいるし、心配無用だったね。」

 「それは、俺一人だと迷子になるってことか?」

 「いや・・・。まあ、それもあるけど、渚、なんか思いつめていたようだったから」

 「・・・。」

 こいつは、観察眼だけは鋭い。さすが新聞部だ。

 「でもまあ、その心配もいらなかったようだから、俺はせっかくなので都会のゴミゴミした空気を吸ってるとしよう。」

 「そんなもん吸っておいしいのか・・・?」

 体に悪そうどころじゃない。気分も悪くなる。

 「おいしいわけないじゃないか。・・・でもまあ、田舎に住んでるとね、そのうち人肌が恋しくなるもんなのさ。ほら、山奥の猿だって、わざわざ人里に降りてきて悪さするのと一緒だよ」

 「お前と一緒だな」

 そう言うと、遊司はめずらしく

 「ははっ、ちがいない」

 と、俺の言葉を肯定した。


 父さんたちの会社のある一帯の近くの駅に降りた。

 さすがに、俺たちの住んでいる雪月町が、いかに田舎なのかを思い知る。

 「ふ~。・・・あいかわらず都会ってのは、ごみごみしてるよね。見ろっ!人がゴミのようだっ!」

 どこぞの映画の悪役のような口調でそう言う遊司だったが、あいにくと眼鏡はかけていなかった。

 「人が俺のようだっ!」

 「・・・お前、自分でゴミって認めるのな」

 俺がつっこむと、

 「ゴミなんていうものは、それを持ち主が不要と感じなければゴミじゃないんだ。・・・じゃあ、俺は、誰の持ち物なんだろうね。親かな?それとも地球?・・・はたまた全宇宙?」

 「知るか。」俺がそう吐き捨てると

 「神様の物だと思います」

 「「その発想は無かった」」

 俺と遊司は、そろって言うのだった。

 「それじゃあ、俺は少しこの辺をブラブラしているとするよ。じゃ」

 「ああ。」

 「あ、さよならです」

 律儀にお辞儀するサヤを見て、遊司は微笑んだあと、路地裏へと消えていった。

 ・・・本当に謎の多いやつだ。

 「さて・・・。んじゃ、行くか」

 「はい。」


 会社につく。

 「うわぁ~・・・。・・・大きいですね」

 サヤが感嘆の声をあげる。

 「入るぞ」

 何階建てだかは覚えてないが、10階以上はあったはずだ。

 中に入ると、ロビーの受付嬢に話しかける。

 「ああ、社長の息子さんでしたか。社長でしたら、会議室に居ますよ」

 「ありがとう」

 それを聞き、そのままエレベーターへ乗り込む。

 「渚さん・・・」

 サヤが心配そうに見つめてくる。

 「だいじょうぶだ。心配しなくていい」

 最上階の会議室へ着く。

 コンコン、とノックをした後、

 「俺です」

 と言うと、

 「渚か。入れ」

 と、父さんの声がして、中に入る。

 「失礼します。」

 俺が入って礼をする。サヤも、それをならう。

 「む・・・。君がサヤちゃんか。話は聞いている」

 「あ、その・・・お世話様です」

 「はははっ。なに、私は何も君の世話なんてしていないよ。まあ、座りたまえ」

 そういって、ちかくのソファに俺たちを座らせた。

 「それで・・・」

 と、父さんはさっそく本題に移ろうとしていた。

 「何か用事があるんだろう、渚」

 「はい。」

 俺は静かにうなずく。

 「そうか・・・。いいだろう、聞いてやる」

 そういう父さんに向かって、まずは頭をさげて言った。

 「今まで育ててくださり、本当にありがとうございました!!」

 「・・・。」

 しばらく黙っている父さん。

 「・・・正直に言えば、あまり良い親とは言えませんでした。」

 「・・・ふふ、正直だな」

 「はい・・・。ですが、感謝はしています。一人でここまで大きくなれたなんて思ってませんから。おじいちゃんや、父さん、母さんのおかげです」

 そういうと、また黙る父さん。

 「だけど、俺は・・・。正直に言えば、まだ思っていることですが・・・。父さんたちに愛されているとは思えませんでした。」

 「・・・うむ」

 必死に言葉を紡ぐ俺。着いたら何をいうのか、ちゃんと決めておいたはずなのに、すっかり浮かんでこなかったので、思うままに言った。

 「俺は・・・寂しかったんです。友達と、仲のいい幼馴染も居て、ほかの人とおなじくらい幸せなはずなのに・・・どこか満足できなかったんです」

 「・・・そうか」

 静かに頷く父さん。俺はさらに続けた。

 「俺は、きちんと父さんたちに愛されているのでしょうか?・・・今日はそれを聞きにきました」

 「・・・」

 黙っている父さん。

 「どうなのか、教えてください。俺は、父さんに愛されてるのですか?それとも・・・」

 「そんなもの、決まっているだろう」

 父さんは、ゆっくりと立ち上がって言った。

 「自分の子供を愛していない親など・・・いるはずがない」

 父さんは、いつもの威厳に満ちた、けれどもどこか折れそうな感じに言った。

 「私たちのしてきたことは、お前に対する甘えだ。・・・分かってはいた。すまない」

 素直に謝る父さん。

 「そして、それは許してもらえるものでもない。渚、私を恨みたければ恨んでくれ。」

 「・・・はい。俺は父さんを恨みます。」

 「・・・。」

 「だけど・・・」

 俺はさらに続けた。

 「その憎しみって、どうにかして消せると思うんです。これから。いくらでも」

 父さんは驚愕していた。

 「・・・私を・・・まだ許してくれるというのか・・・?」

 「それは・・・父さんのこれから次第でしょうかね」

 俺が言うと父さんは・・・。

 ・・・泣いていた。

 あの、めったに笑顔すら見せない父さんが。

 よりにもよって、俺の目の前で泣くなんて・・・。

 「・・・これからは、できるだけ休みをとって、家族で過ごそう。あいつにも言っておく」

 「・・・はい。」

 父さんは、サヤに顔を向けた。

 「サヤちゃん・・・。息子を頼む。・・・こいつは根は優しいやつなんだ。どうか見捨てないでやってくれ」

 「・・・知っていますよ、お父様。渚さんは、照れ屋さんなんです」

 「ははっ・・・。渚、こんないい子、絶対に離してはだめだぞ。」

 その言葉の真意は分からなかったけれど・・・。

 「はい」

 俺はしっかりと頷いた。

 「それでは、失礼しました」

 「失礼しました」

 二人でお辞儀をする。

 「帰り道、きをつけるんだぞ」

 父さんが俺たちの心配をしてくれた・・・。

 それがうれしくて、俺は・・・。

 「はい!父さんっ!!」

 そう大声で返事をして、会社を後にした。


 12


 サヤが家に来てから4日たった。

 そんなに過ごしていないにも関わらず、なぜだか何ヶ月も過ごした気分だ。

 きっとそれだけ密度の多い一日一日だったのだろう。

 つまりは、サヤの存在も、それだけ俺の中で大きなものになっている、ということだろう。

 朝早くから起きて、日課の水やりをする。

 今日も何だか分からない花が綺麗に咲いていた。

 ・・・それにしても不思議な形をした花だ。

 けれども、自然と美しかった。歪だけど美しい。不思議な花だ。

 水をあげて帰ろうとすると、そこには蛍の姿があった。

 「なんだ?蛍。めずらしく今日は飛びついてこないんだな」

 「・・・渚」

 なにやら下を向いている。・・・ただごとじゃなさそうだ。

 「どうしたんだ?なにがあった?」

 「さっきね、渚の家に行ったの。・・・そしたらサヤちゃんが出てきて、渚なら花に水をあげてるって」

 ・・・これは。

 「渚。・・・サヤちゃんは、渚の何なの?なんで家にいるの?」

 まずい、と思ったときにはもう手遅れだ。

 悪い予感てのは、本当に当たるんだ、俺の場合。

 

「どういうことなのか。しっかりと説明してもらうまで帰らないよ、私」

 そういって蛍は、一歩たりともそこを離れない。

 今俺たちは、俺の家に来ていた。

 あの後、強引に蛍が押しかけてきたのだ。

 「どういうこともなにも・・・。さっき言ったとおり・・・」

 「それは聞いたよ。サヤちゃんが記憶喪失だって言うんでしょ?」

 さっき簡単に説明したのだが・・・。納得なさらなかったようだ、この姫様は。

 「じゃあ何をそんなに怒ってるんだ?」

 「それは、渚が私に何の相談もしてくれなかった、そしてそれを私に黙って隠していたこと。それに対して私は怒ってるの!」

 ・・・なんで俺が相談しなければいけないんだ、蛍に・・・。

 「私はいつも、何かあるたびに渚に相談してきた。・・・そうだよね?そして渚はいつも私の味方をしてくれた。」

 「・・・そうだが、今回の場合は仕方なかったんだ」

 「何が仕方なかったっていうの?」

 「今回は・・・その、いろいろと立て込んでたから、それどころじゃなかったというか・・・」

 ああ、まったく・・・なんで俺が・・・。

 「渚。それで、サヤちゃんとは何もないの?何晩も一緒の家で寝て過ごして。」

 「ああ、その辺だったら問題ない。俺はサヤに変なことなんかしてない」

 「本当に?」蛍がサヤに聞くと、サヤは頷いた。

 「渚さんは、私にとても良くしてくれました。嘘はついてないですよ、渚さんは」

 「・・・そう。」

 蛍はまだ何か言いたそうだったものの、押し黙った。

 「蛍。俺たちは、ただの幼馴染だ。・・・ただの幼馴染が、こんなにお互いのことなんでも知ってるのはおかしいだろ?」

 俺が言うと、蛍はすごい勢いで怒鳴った。

 「ただの幼馴染!?・・・そう、たしかに渚にとっては、そうなのかもしれないよ?・・・でもね、私は違うの!少なくとも私は、渚のこと、ただの幼馴染だなんて思ってない!」

 「蛍・・・。お前は、俺と自分の兄の姿を重ねて見ているだけなんだ」

 「っ!!」

 俺の一言に、蛍はものすごい勢いで家を出て行った。

 ・・・泣いていた。

 すると入れ替わりに遊司が入ってきた。

 「あちゃ~。やっちゃったね~、渚。・・・まあ、いつかはなるんじゃないかと思ってたんだけど。」

 「遊司・・・。なあ、あいつはなんで・・・」

 「おっと。・・・まさか、まだ分からないって言うのかい?・・・さすがにそれは冗談がすぎるよ。まったく笑えない。いい加減、気づいてるだろ?」

 ・・・そんな。

 「いや・・・まさか」

 「まさか?・・・おいおい、蛍ちゃんは何年も前から、ずっと思い続けてきたんだぞ?・・・渚。」

 遊司は、俺に逃れようの無い真実を述べた。

 「お前のことを。」

 

 13


 それは・・・少しは気づいてはいたさ。

 もう、蛍の俺に対するそれは、ただの幼馴染に対するものとはちがっていることくらい。

 でも、どうしようもなかったんだ。

 なにかすることで、このあやふやな関係が壊れてしまうかもしれない。

 ・・・それが怖かったんだ。

 壊れてしまうくらいなら・・・気づかないでいたほうが良い。

 俺は、この環境が気に入っていた。

 友達もいて。幼馴染もいて。

 できるなら、このまま死んでいきたいとさえ思った。

 この環境でポックリいけたら、それでいいと。

 ・・・こんなこと言ったら、サヤとか遊司に怒られるかもしれないけど。

 それでも、本当に居心地が良かったんだ。

 そう、死んでもいいと思うくらいには。

 ・・・だけど

 「俺は、サヤに会った。」

 そう、そして・・・変わった。

 変わった気になってるだけかもしれない。でも、それでもいい。

 「俺は、死にたくないって思えた。」

 そうだ。

 そして・・・その中には。とうぜん・・・。

 「蛍、お前だって入ってるんだぜ?」

 俺の・・・大切な仲間に。

 俺は、蛍の後を追った。

 

 「・・・やれやれ。なんだか良く表情がころころ変わるやつだよ、渚って。沈んだと思ったら、また立ち上がる。」

 「はい。それが渚さんの良いところです」

 「・・・ははっ、違いないね。なんだかんだで、やさしいってことなのかな、やっぱり」

 「・・・そうですね」

 サヤと遊司は二人で笑いあった。

 

 蛍は昔、小学生のときに、兄を交通事故で亡くした。

 まだ当時中学生だった蛍の兄さんは、俺にも良く優しくしてくれた。

 蛍は、それまではお兄さんっ子だったから、いつもベタベタひっついていた。

 ・・・そう、今の俺に対するように、だ。

 多分、相当ショックが大きかったんだと思う。

 俺ですら・・・正直、耐え難かった。

 当時、そのショックに耐え切れなかったのか、俺のところを「おにいちゃん」と呼んでいたこともあったくらいだ。

 なんとか時間をかけて今のところまで修復したかのように見えた。

 だが・・・。

 問題は、それがいつしか兄に対するそれではなく、異性としてのそれになってしまった。

 ・・・そう、それだけの話だ。

 「蛍っ!!」

 なら、俺にしてやれることなんて・・・。

 「・・・なに?いまさら・・・さっき言ったことは撤回なんて・・・」

 「ああ。・・・分かってる」

 「じゃあ、何を言いに来たっていうの?」

 ・・・ひとつしかない。

 「俺は・・・この町が割と好きだ。」

 「・・・ふん、いきなり何を言い出すかとおもえば・・・」

 「俺は、お前と過ごす、この町が好きなんだ」

 「えっ・・・」

 俺は続けた。ありのままの自分の言葉で。

 「お前がいないと嫌だ。だから、これまで通りに仲のいい幼馴染でいてくれ。たのむ」

 「そんな虫のいい話・・・!」

 「お前が俺を好きだったのは・・・知ってた。」

 「っ!!」

 蛍は、急に顔を赤く染めた。

 「でも・・・。正直に言えば、俺は、人を好きになるってのがどんなものなのか・・・よくわからない。ただ・・・。サヤのことは、好き・・・なのかもしれない」

 「それも分からないっていうの?」

 「そうだ・・・だからっ!」

 「・・・だから待ってくれって?自分の気持ちが分かるまで?・・・はぁ」

 「・・・頼む。」

 俺は頭を下げた。

 「・・・。そんなの、うんって言うしかないじゃない。・・・いいわよ。どうせ、待たされるのには慣れてるから」

 「・・・ありがとう。」

 そう言うと、皮肉げに蛍は言った。

 「あ~あ、慣れって恐ろしいな~」

 「・・・だな」

 「あんたが言うかっ!」

 ・・・つっこまれてしまった。

 ということで、俺たちの関係はひとまず、仲直りした。

 ・・・確かに、ただ先送りにしただけかもしれない。

 だけど。

 俺は、一歩前進した。

 ・・・そう思いたい。

 俺は、ひさしぶりに蛍を家まで送っていったのだった。


 14


 家に帰ると、なぜか遊司の姿が・・・。

 なにやら、野菜やら肉やらを持ってきているみたいだった。

 「なにしてんだ・・・?」

 「ああ、渚。遅かったじゃないか。な~に、今日は俺のおごりだよ。ささっ、食べて食べて」

 そういって、遊司は目の前にある鍋のなかに肉と野菜を放り込んだ。

 「おお、鍋か。」

 「どうせカップヌードルしか食べてないんだろうと思って、さっき買ってきたんだよ。サヤちゃんにまで、カップヌードルの生活を送らせているみたいじゃないか」

 「私、記憶を失ってはじめてのカップヌードル以外の食事です!カップヌードル以外のものが、どんな味をするのか、楽しみですっ!」

 サヤは、ほんとうにうれしそうだった。

 ・・・そんなに嫌だったのか、カップヌードル生活。

 「その分だと・・・うん、仲直りしたみたいだね、渚。」

 「ああ。」

 「・・・で?けっきょく、どうなったの?」

 「先送りにしてもらった」

 それを聞くと遊司は、ずっこけた。・・・危ないじゃないか、鍋がこぼれる。

 「おいおい。ったく、君は本当に優柔不断なエロゲ主人公のような性格をしてるね。そんなんだから、次々とフラグをだね・・・」

 「ああ・・・自分でも優柔不断だなぁってつくづく思うよ」

 「なんの話をしてるんですっ?」

 サヤが不思議そうに会話に入ってくる。

 「なんでもない」

 俺が、はぐらかすと、

 「み~ん、み~ん!私だけ仲間はずれですかぁ!?み~~ん!!」

 ああ、本当にセミのようなやつだなぁと思った。

 

 「うぐぅ・・・渚さん・・・もう食べられません・・・」

 「・・・お、俺もだ。遊司・・・あとは頼む・・・」

 俺とサヤは、そういって力尽きた。

 「立ち上がれっ!どうしてあきらめるんだよ、そこで!もっと熱くなれよっ!!北京だって頑張ってるんだから!」

 遊司は、いつになく熱血キャラとなっていた。

 「っても、お前が調子にのって入れまくるのが悪いんだろ」

 「しょうがないよ、今日はバーゲンで野菜半額だったんだから」

 「じゃあ責任もって食えよな」

 俺はそういって、また倒れた。

 「くっ・・・さすがに村内大食い王チャンピオンの俺でも、この量は・・・ちょっとキツイかな」

 「ちょっと、なら食べれるってことですよね、遊司さん」

 「うぇっ!?ちょ、ちょっと待ってくれよ、サヤちゃん!」

 「今のはお前の軽口が悪い。あきらめて全部食え」

 ・・・そして観念したように、鍋を平らげる遊司であった。


 「もうだめだ・・・。あめちゃんだろうが、キャラメルだろうが、もう口に物を入れることすら無理だ・・・。渚・・・貸しひとつね」

 「なんで貸しにしないといけないんだよ、お前の自業自得だろ」

 「うう・・・鬼畜だよ、渚。サヤちゃん、気をつけてね。こいつ、鬼畜外道だから」

 「きちく・・・?ってなんですか?」

 ・・・こいつは、またいらない知識をサヤに植えつけようとしている。

 「ああ、知らない方がいいことも世の中にはあるんだ、サヤ。」

 「え~、どうして教えてくれないんですかぁ?ひどいですよ!み~ん!み~ん!」

 「ははは。サヤちゃんは、おもしろい怒り方するね。まるでセミみたいだ」

 それを聞いてサヤは、前と同じことを言った。

 「はい。私はセミですから」

 「へぇ~。じゃあ、土の中から出てきたのはいつなんだい?」

 「4日前ですね」

 「それって、俺がお前を見つけた日じゃないか」

 俺がそう言うと

 「そうですね」

 と、笑うサヤだった。

 

 「じゃあ、そろそろ帰るけど。・・・変なこと、しちゃだめだからね、渚」

 「しねえよ」

 「さよならです。鍋、おいしかったです」

 「ああ、サヤちゃん。さよなら」

 遊司が去ると、急に静かになる我が家。

 「あの・・・。渚さん」

 「ん?」

 急にサヤが、深刻そうに話しかけてきた。

 「渚さんは・・・その、死ぬってどういうことだと思います?」

 「え?」

 なんでそんなことを聞くのだろうか。

 「私は、その人が、ほかの人たちに忘れ去られることだと思うんです」

 「・・・。」

 「だから。私は、渚さんに覚えていてほしいんです。私のこと」

 「お、おい・・・急になに言い出すかと思えば・・・縁起でもないこと言うな」

 やめてくれ・・・。冗談でも、そんなこと聞きたくない。

 「忘れるわけないだろ・・・。サヤのこと。」

 「・・・それだけ聞ければ、私は良かったんです。」

 そう言ってサヤは、寝室の方へ歩いていった。

 「それじゃあ、おやすみなさい」

 「あ、ああ・・・。」

 そして、その日、サヤは俺の目の前から姿を消した。


 15


 朝。サヤがいなくなっていることに気づいて俺は、途方に暮れた。

 なんでだろう?なにか悪いことをしたか?

 なんでサヤは黙って出て行ったんだろう。なんで、あんなことを言ったのだろう。

 考えはまとまらず、意識の濁流に飲まれていく。

 いくえにも、いくえにも考えるけど、それは無になっていくのだ。

 用は・・・。

 「分かってはいたんだ・・・」

 そう、永遠と言っては大げさかもしれないけど、ずっと続くと思っていた。

 サヤと暮らす生活。

 たった5日間だったけど、それは俺にとって、かなりの大きいものになっていたんだ。

 黙って出て行ったのには理由があるんだろう。

 「なら仕方ないじゃないか・・・」

 忘れないで・・・か。

 「本当になんで、あんなこと言ったんだろうな・・・。そんなの、忘れたくても・・・忘れられるわけないじゃねえか・・・。」

 俺の頬に涙が伝った。

 「おじゃましま~す!」

 遊司が、入ってきた。

 あいかわらずこちらの返事を聞かないであがってくるやつだな。

 「おう、渚。どうしたの?そんなしけた面して。あ~あ、サヤちゃんにふられたんか」

 「っ!!」

 俺は、遊司につかみかかった。

 「あ~、暴力はいけないよ、暴力は。」

 「てめぇ、遊司っ!!」

 なおも、冷静に言葉を紡ぐ遊司に、腹が立った。

 「そりゃ、ショックだったかもしれないけどさ。しょせんは、短い付き合いだったわけでしょ?もしかしたら、記憶が戻ったのかもしれないし、もともと記憶喪失なんて嘘だったんじゃないかな?」

 「おい、遊司。それ以上言ったら、本気で殴るぞ」

 しかし、遊司は続けた。

 「もしかしたら、単なる家出だったのかもよ?それで、宿を探していたとか。」

 「遊司っ!!」

 俺は、思いっきり遊司の顔を殴った。

 「くっ・・・!!うぬぼれるなよ、渚っ!!」

 俺は、遊司の大声にひるんだ。

 「お前は、わけも無いのにサヤちゃんみたいな良い子が、何も言わずに出て行くなんてこと、あると思ってるのか!?」

 「・・・。」

 「何か理由があるに決まってるじゃねえか、そんなことも分からないのかよ!ちったぁ頭はたらかせろよ!」

 ・・・そのとおりだった。

 俺は、こんなところで、うじうじと・・・。

 「なあ、遊司。・・・死ぬってどういうことだと思う?」

 「渚・・・?」

 少しとまどった様子だった遊司も、ちょっとためたあと答えた。

 「そりゃあ、この世界から消えることだよ。跡形もなく、ね。命が消えても、体が消えても、人の思い出に残ってるんなら、それは死んでないと思うよ」

 「・・・サヤと同じこと言うんだな」

 「サヤちゃんが・・・?」

 「ああ、消える前に聞かれたんだよ。」

 少し考えたあと、遊司は言った。

 「まあ、死ぬ、なんてものは、その個人の主観によって違うものなんじゃないの?つまり人それぞれ違った死を持つ。」

 「・・・じゃあ、俺にとっての死って・・・なんだ?」

 「さあな。自分でしか分からないだろうね、そんなことは」

 「・・・分かった。ありがとう」

 俺は、家を後にした。


 道すがら、蛍の姿があった。

 「どうしたの?なんだか元気ないみたいだけど・・・?」

 「蛍・・・。俺、お前の気持ちに答えるよ。」

 「え・・・?」

 「俺と付き合ってくれ」

 蛍は、びっくりした様子のあと、真剣な顔で言った。

 「それは無理だよ。・・・だって、渚は私のこと、好きなの?」

 「ああ」

 「それは嘘だよ。・・・私は、自分の気持ちに嘘なんてついてほしくない。そうまでして付き合ってもらっても、うれしくもなんともない。だから・・・いつか本当に私のことを好きになってくれるまで・・・。その言葉、二度と口にだしちゃダメだよ」

 「・・・。」

 俺は・・・蛍の気持ちを踏みにじったのか・・・?

 サヤの穴埋めを・・・蛍にしてもらおうとしていた・・・?

 「悪い、蛍。俺のこと、思いっきりひっぱたいてくれ」

 「うん。・・・いわれなくても・・・っ!!」

 蛍は、力の限りこぶしを握った。

 「そのつもりだよっ!」

 思いっきり殴られた。

 ・・・いてぇ。

 けど。

 「ありがとうよ。目が覚めた。ごめん」

 「うん。また殴られたくなったら、いつでもおいで」

 「ああ。・・・できれば、もう殴られないようになるよ」

 そういい残して、俺はある場所へ向かった。


 16


 俺は、ただ愛されたかったんだ。

 サヤが・・・。

 あいつが始めて俺のことを愛してるって言ってくれた。

 俺は、サヤがいなくなって、誰も愛してくれなくなったと勘違いしていた。

 違った。

 俺には、こんなにも俺のことを思ってくれている友達がいた。幼馴染がいた。

 だから、本当の気持ちが分かったんだ。俺は。

 ほかの誰かじゃ、代わりになんてなれない。

 サヤじゃなきゃダメなんだ。

 ・・・サヤがいいんだ。

 だから___。

 俺は、大砲山の頂上を目指していた。


 険しい山道を越えて、頂上にたどり着く。

 そして俺は、願いの叶う樹の下へ行った。

 ちょっと前までは、なにかを犠牲にしてまでほしいものなんて無かった。

 でも、今は違う。

 たのむ、なんでもする。だから。

 「初めて他人から愛されてるって思えたんだ・・・やっと人を愛せるようになったんだ・・・それなのに・・・それなのにっ!!お願いだっ!俺は金も地位も名誉もいらない!ほかに何もいらないっ!だから、あいつをっ!あいつを返してくれぇっ!」

 俺が生まれて初めて、他人を他の何よりも愛した瞬間だった。

 世界中で、たった一人。自分以外を愛した瞬間だった。

 そのとき、一筋の光が樹に降り立った。・・・そんな気がした。

 「渚さん。」

 ああ・・・この声は。

 「サ・・・ヤ・・・。」

 「戻ってきちゃいました。」

 俺は・・・。

 「サヤっ!!」

 サヤに思い切り抱きついた。

 もう絶対に離さない。絶対に。

 「渚さん・・・。私、全部思い出しました。」

 「え?」

 「私は、どうやら、もう既に死んでいるようなんです」

 サヤが悲しそうに言った。

 「私は、ずっと病院で一人でした。・・・先天性の病気で、医者からは、いつ死んでもおかしくないと言われ続けてきました。そして、このまま死ぬのかと思うと、なんだか自分だけが、この世界とは違う場所にいるみたいで・・・。ずっと土の中にいるセミの気分でした。でも・・・」

 サヤは、俺の顔を見て、にっこりと笑った。

 「渚さんが、花に水をあげてるのを、いつも窓から見ていたんです。渚さん以外には誰も世話しようとも、見向きもしない花を、渚さんは毎日、毎日水をあげてました。私は、私のような誰とも違う世界に住んでいる自分を渚さんなら、救ってくれる・・・愛してくれると思ったんです。私の父親も、母親も、ずっと前に死んでいました。わたしは、孤独の身だったんです。」

 サヤは、儚げに笑っている。とても、幸せそうに。

 「そして、わたしは、この山に来て、お願いしました。あと少しだけ時間をくださいと。一週間だけでもいいから、私を土の中から出してくださいと。そして・・・私はそれと引き換えに、記憶を失いました。自分の名前と渚さんに関すること以外の記憶を。」

 なんだ・・・じゃあ、あのとき、ここで眠っていたのは・・・。

 「そして、昨日、タイムリミットが来てしまったのです。私は・・・最後に、渚さんに愛してもらえて幸せでした。・・・だけど」

 じゃあ、黙って消えたわけじゃなかったのだ。

 サヤは、にっこりと笑う。

 「今は・・・もっともっと幸せです!」

 「ああ、俺もだ」

 ただただ抱きしめた。このぬくもりを永遠に感じていたいと。

 セミの鳴き声が静かに止んでいった。


 家に帰ると、おじいちゃんがいた。

 「おう、サヤちゃん、渚。ちょっと話があるんじゃ」

 そこには、めずらしく父さんと母さんの姿もあった。

 「渚。落ち着いて聞いてくれ。・・・私の会社が、倒産した」

 「えっ・・・?」

 「だから、しばらくの間、この家にいることになったの。これから、すこしずつ失われた時間を取り戻していきましょうね」

 会社が倒産したというのに、なぜだか父さんも母さんも、おじいちゃんも、笑っていた。

 「ああ、これからは家族で過ごそう。・・・もちろん、サヤちゃんも一緒に、だ」

 「はい!」

 ああ・・・。

 願いの代価・・・か。

 確かに大きなものを失った。

 だけど・・・。

 それ以上に大きなものを得た。

 「さて。今年の夏はどこにいこうか?」

 俺は、さっそく、この残りの夏休みの計画について、みんなに相談するのだった。


 完

 

 

 

 

どうも。


はじめまして、あだち大家族です。


このたび、勢いで小説を書いてみようと思い、書いちゃった次第であります。

まあ、人生は勢いが大事!がモットーですので。

少々、読みづらいところなどもあると思いますが、目をつぶってやってください。


今回、1週間ちょっとで書き上げたわけですが・・・。


もし好評なら続きを書こうかなと思っております。


題名にも1とついてますしね。


そうなったら、今度は遊司と蛍を活躍させたいと!あと、ジジイも。


思っておりますので、応援のほどよろしくです!

あと、ブログなんかもやってますので、そちらのほうもよろしくです!


それでは、あだち大家族でセミと願いの叶う樹でした!


ではでは~。

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