85.ホテルマン、胆石を売る
冒険者ギルドから出ると、矢吹が耳元で話しかけてきた。
「よくわからないもんに登録したけど大丈夫なのか?」
その視線は自分の手に着けているブレスレットに向いていた。
眉をひそめて、怪しんでいる。
俺の行動をマネして登録していたから、尚更不安なんだろう。
「別に大丈夫だと思うよ?」
特に登録したからって何かが起きた感じはしない。
「そうか……。いや、探索者ギルドの登録と全く同じだったからな」
「そうなのか?」
「忘れたのか? スキルを判明させたのも似たような水晶だろ?」
幼い時に矢吹を役所に連れて行き、面白半分でスキルの確認をした時も似たような水晶に手を触れていたらしい。
あの時は矢吹の体がスキルで丈夫なことがわかって、安心したのと嬉しかった記憶しかないからな。
これで矢吹はいじめられなくなる。
そう思っていたが、自信がついた矢吹は自然といじめられなくなったっけ……。
「ふく、おなかへったー」
「オイラも帰りたい」
ジビエのダンジョンから、町へ来るのも徒歩で30分ほど時間がかかった。
家に帰るにもダンジョンを通り抜けることを考えると、かなり時間がかかるだろう。
「せっかくなら何か食べてから帰ろうか?」
妖怪の国で何を食べるのかは気になるところだ。
シルは透けていたため食べられなかったが、ケトには最初から実体があった。
それなのに、飴やカップラーメンを食べたときには、叫び出すほど喜んでいた。
そこまで妖怪の料理は美味しくないのだろうか。
ひょっとして……イモムシが出てきたり……。
それはそれで楽しみになってくる。
「シル、おかねないよー!」
「オイラもないけど、ふくは持ってるの?」
「あぁ、財布はちゃんと持ってきてるぞ!」
俺はズボンのポケットから折りたたみの財布を取り出す。
だが、俺以外のみんなは唖然とした姿でこっちをみていた。
「幸治……さすがに日本円で買い物や食事は無理じゃないか?」
矢吹の言葉に妖怪たちは首を縦に振っていた。
「そっ……それぐらい気づいているぞ!」
さらに妖怪たちからはジーッと見つめられる。
妖怪の国に来て日本円が使えないことをすっかり忘れていた。
今すぐに帰るかソウに再び助けを求めるしか選択肢はないだろう。
「何かお困りですか?」
どうしようかと思っていたら、冒険者ギルドの職員が声をかけてきた。
「お金を稼ぐためにはどうしたらいいかな?」
俺の言葉に職員は驚いた顔をした後に、すぐに頭を下げた。
「申し訳ありません。ソウさんの紹介だったので、すでに聞いているかと思いました!」
過去にソウが冒険者ギルドに連れてきた人は何人かいるらしい。
その度にしっかり説明がされていたから、すでに説明されていたと思ったようだ。
「冒険者ギルドでは基本的に魔物の討伐や採取を中心にお仕事をしていただいております。稀にダンジョンから魔物が出てきたりはしますが、大量に出てこない限りはこちらからお願いすることはないのでご安心ください」
どうやら探索者の仕事と似たようなことをしているらしい。
ここは矢吹の出番になるだろう。
「あのー、獣の闇庭で魔物と遭遇はしましたか? ソウさんからはかなりの実力者と伺っているので……」
俺は振り返って矢吹の顔を見る。
急に俺が振り返ったから、矢吹は首を傾げていた。
「頼れる家族がいるからさ!」
俺は矢吹の肩を強く叩く。
急に叩かれて驚いた表情をしているが、頼られて嬉しそうだ。
「あそこに住む魔物はかなり凶暴なので、何事もなくてよかったですね」
そういえば、ソウはジビエのダンジョンが封鎖されていると言っていた。
「あのー、そこまで危ないところなんですか?」
俺の言葉に職員は小さく頷いた。
「過去に魔物が大量に出てきたことがあるんです。一番近いこの町も被害が多く出ていますし……」
職員の声が途切れた途端、場の空気がひんやりと冷たくなった。
俺は思わず息をのむ。
「ソウさんの大事な方も……いえ、私が話すことではないですね」
きっと、ソウの身近でも何かあったのだろう。
封鎖されるほどのダンジョンに足を運ぶくらいだ。
これ以上、踏み込むのはやめておいた。
「みなさん大変だったんですね」
「ええ……でも今は落ち着いていますよ」
職員の穏やかな笑顔に、張り詰めていた空気が少しだけゆるむ。
その笑顔に、俺もつられて肩の力が抜けた。
「あっ、そうだ。獣の闇庭から出てきたってことは魔石を持っていませんか? あそこの魔物なら良い魔石が取れるので買い取りはできますよ」
魔石ってあのうさぎから出てくる胆石みたいな石のことを言っているのだろうか。
矢吹もあれは魔石だって言ってたからな。
「シル、うさぎの石って持ってくるかな?」
「あるよー! ほかにもあるけどどれがいい?」
シルは四次元ポケットからいくつも真っ黒になった魔石を置いていく。
「やっぱり獣の闇庭だから魔石も真っ黒ですね」
「魔石って色があるんですか?」
「ええ、いくつもありますよ」
職員は足元でゴソゴソとしていると、いくつも石を取り出した。
青や赤、黄色や緑など色は様々だ。
ただ、それに反応したのは俺ではなかった。
「魔石!?」
反応したのは矢吹だった。
職員が一瞬驚いた顔をしたあと、首を傾げる。
言葉が通じていないようだ。
なら、俺が話しているこの言語はなんだろうか。
謎が深まるばかり。妖怪たちが取り憑いているから、異変が起きたとしか思えない。
いや、妖怪が取り憑いたって考えるのもやめよう。
「おい、これは何か聞いて――」
「魔石だって言ってたよ」
俺の言葉に矢吹はぶつぶつと何か呟きながら、難しい顔をして黙り込む。
いつもの静かな矢吹に戻ったようだ。
その後も少しだけ職員と話し、いくつか魔石を買い取ってもらうことにした。
こうして、俺たちはこの世界での〝最初の稼ぎ〟を手に入れた。
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