81.ホテルマン、家族の優しさを感じる
俺たちはすぐにエルの元へ駆け寄る。
何か地下の畑で食べてはいけないものがあったのかと周囲を確認する。
大きなしめじが毒きのこかと頭をチラついたが、食べたような痕跡はない。
矢吹がエルを抱きかかえると、すぐに家に戻っていく。
「倒れる前の様子を見ていた?」
初めに気づいたのはよく隣にいるサラだった。
「やぶきんが別の世界を見つけたって話したあたりから震えていて……」
俺とシル、ケトは目を合わせる。
エルと初めて出会った時に一緒にいたのは俺たちだけだ。
あの時は全く記憶がなく、何かから逃げていた。
「ひょっとして記憶が戻ったのか……?」
「その可能性もあるね。エルだけは鍵のかかったこの家にいつの間にかいた」
別の世界からジビエのダンジョンを使って、ここに逃げてきたって可能性も考えられる。
だけど、一番はエルの安全が第一優先だ。
息はしているから、命の問題はないだろう。
病院に連れて行っても、身分証明書もないし、雪女の様子がおかしいですって言ったら、俺がおかしい人だと思われてしまう。
最終的には俺が精神科に勧められそうだ。
今後のことを考えて、妖怪専門の医者を探すべきだろうが、そんな人はいるのだろうか。
ベッドに寝かせて、しばらく様子を見ることにした。
「ふく、おなかへった」
「オイラも……」
「サラも!」
妖怪たちもエルの心配はしているものの、さっきから空腹音が鳴り止まない。
「用意してくるから、エルが起きるまで付いていて」
シルたちにエルを任せて、俺と矢吹は夕食の準備をしていく。
それに矢吹から妖怪の国について話を聞かないといけないからね。
「それで妖怪の国はどんな感じなんだ?」
きっと真っ暗で周囲は霧に包まれて、川の代わりにマグマが流れているだろう。
「この辺と変わらない穏やかな様子だったぞ」
「んっ……?」
矢吹の言葉に俺は首を傾げる。
それなら矢吹がケガをして帰ってくることもないはずだ。
「妖怪の国じゃなくて、この辺のどこかに繋がっているんじゃないのか?」
「いや、それはない。空には見たことない三つ首の鳥は飛んでるし、木と二足立ちする虫が戦っていた」
うん……。それはきっと誰だって妖怪の国だと思うだろう。
聞いた俺も妖怪にいる気がしたからね。
「でも、それだけだと新種の魔物とかの可能性もあるんじゃない?」
ただ、魔物も妖怪と似たような生き物だ。
姿形が変わっており、攻撃的だって聞くからな。
「俺もそう思っていたんだが、そこには人間が住んでいたんだ」
「人間!?」
「ああ、獣のような耳や尻尾が生えていたり、聞いたことのない……まるで別次元の言葉を話していた」
妖怪たちとは普通に話しているが、矢吹が聞いたのは聞いたことのない言葉だった。
音のリズムが独特で息を多く入れているのか、言葉よりも音という認識に近いらしい。
「シルたちの世界とも少し違うのかもしれないね」
「それで気になってずっと耳を澄ませていたら、腕をうさぎにやられた」
矢吹は治った腕を見せて笑っていた。
どこにあるのかわからない妖怪の国。
その国からうさぎもきているのだろう。
「明日、俺も連れてってくれ」
ただ、繋がっているのがわかったなら、向こうからこっちに来れないように対処は必要だろう。
エルを追っていたやつらも来る可能性があるからな。
「またダンジョンに入ることになるけど大丈夫か?」
「うっ……」
俺からしたらジビエのダンジョンは若干トラウマになりつつある。
あの中での生活は生きるか死ぬかの境目だったし、囮として追いかけられていたからね。
「幸治が無理することない」
矢吹は優しく俺の肩を叩いた。
だが、民泊のオーナーでこの家の管理者である俺が状況を知らないのはまずいだろう。
それに前とは違う。
「やぶきんがいるから大丈夫だ!」
俺はお返しに矢吹の肩を強く叩く。
何度強く叩いても全くビクともしない探索者がいたら心強い。
「それに……」
一緒に行くのは俺だけじゃない。
俺には大事な家族で仲間がいる。
「シルもいくー!」
「オイラも!」
「サラも!」
視線の先にはシルたちがいた。
妖怪たちがいればきっと問題ない。
道案内も彼らができるだろう。
「体の調子はどうかな?」
俺はエルに話しかけた。
普段よりも顔が白いエルも一緒に一階へ降りてきていた。
無事に目を覚ましたのだろう。
「ご迷惑おかけしました。もう大丈夫です」
エルは頭を下げると、ゆっくりと息を吐いた。
ただ、何かを心の中で噛みしめるような浮かない顔をしていた。
「エルは体を休ませるためにも――」
「いえ、私もついていきます」
エルはまっすぐ俺を見つめていた。
何かを決意したのか、その瞳の奥には揺るぎない光が宿っていた。
たとえ過去と向き合うことになっても、もう逃げないという意思がそこに感じる。
俺はその目を見て、何も言えなくなった。
「そっか……。何かあったらみんなに頼ればいい。ずっと一緒にいるんだからね!」
エルが一人じゃないと伝わればいい。
それがこの先支えになるだろう。
「はい」
俺の言葉にエルは優しく微笑んだ。
「ふくは囮役だもんね! 頼りにしてるよ!」
エルに言ったつもりが、ケトから頼りにしてると言われてしまった。
俺はケトをジーッと見つめる。
「どうせ俺の役目は囮役でしかないからね。そうやって最後は俺をこの家から放り出すつもりなんだろ……?」
「にゃ……!? そっ……そんなつもりは……」
いつものナーバスなケトを見習ってみた。
その姿にケトもあたふたとしている。
「あー、これで幸治がいなくなったら、みんな離ればなれになるかもな」
矢吹と目が合うと企んだ顔をしていた。
相変わらず幼馴染は俺のやりたいことを理解しているようだ。
「ケト、あやまる!」
「私もみんなと一緒にいたいですからね!」
「サラ……帰るところないから死んじゃう……」
シルとエルが追い詰めると、ケトは急いで俺のところにやってきた。
「ごめんなさい……。オイラもふくのことが好きだからね? 出て行ったらダメだからね?」
ギューっと抱きつくケトに俺は顔を擦り付ける。
「すーはーすーはー」
「にゃ……?」
俺はここぞとばかりに猫吸いを堪能する。
こんなに近くに寄ってくることは滅多ないからね。
さっきも猫吸いをしようとしたら、怒られたばかりだ。
「ケト、騙されてるぞ」
「にゃ!?」
矢吹の声にケトは逃れようと、俺の顔を両手で押し退ける。
ただ、肉球が頬をムギュっとして、俺からしたらご褒美だ。
「にゃあああああああ!」
俺はその後も猫吸いを堪能した。
嫌がって引っ掻いたりすればいいのに、しないのはケトの優しさなんだろう。
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