79.ホテルマン、ネーミングセンスを疑う
扉を開けて中に入ると、むわっとした熱気が顔に押し寄せてきた。
独特の匂い……干し草と鶏糞が混ざったような、少し酸っぱいにおいが鼻をつく。
中は思っていた以上に明るい。
窓から差し込む光が白い羽毛を照らし、床にはふわりと舞った大きな羽がいくつも落ちている。
『コットコトトトトォ!』
『テッテテエエエエエ!』
『キャッ……キャアアア!』
『コケッココココ?』
あちらこちらで落ち着きなく鶏が鳴いてる。
だが、鳴き声に個性が強すぎて、本当に鶏なのかと思うほどだ。
「今日も元気――」
『コットコトトトトォ!』
『テッテテエエエエエ!』
『キャッ……キャアアア!』
『コケッココココ?』
うん……。
一度俺たちは扉を閉めて外に出る。
「あいつら俺が来るとうるさいんだよな」
牛島さんは笑いながら、頭を掻いていた。
外に出た瞬間静かに黙っているから、鶏たちは牛島さんを困らせようとしているのだろう。
それにしても、鶏の中で一際叫び声のようなものが聞こえてきたけど、あれは問題ないのだろうか。
「うっしー、シルはなにをすればいいの?」
「あぁ、みんなには鶏たちと遊んで欲しいんだ」
「遊ぶ……? 呪うんじゃなくて?」
ケトの言葉に俺と牛島さんは顔を見合わせる。
「ケト、鶏を呪ったら牛島さんの卵料理が食べられなくなるって」
「はっ!? オイラ、呪わないもん!」
ケトは牛島さんにベッタリとくっつき、必死に呪わないことをアピールしていた。
傍から見たら謎の踊りに見えるが、それが尚更不気味に見える。
ネコが立ち上がって踊っているのって普通におかしいからな。
「ははは、ケトはいい子だな」
「オイラいい子だもん!」
ケトは嬉しそうに胸を張っていた。
気を引き締めて、牛島さんは扉に手をかける。
「じゃあ、開ける――」
牛島さんが扉を開けると赤い瞳に睨まれる。
『コットコトトトトォ!』
『テッテテエエエエエ!』
『キャッ……キャアアア!』
『コケッココココ?』
まさか扉の前で待機しているとは思わないだろう。
すぐに扉を閉めると、牛島さんは困った顔をしていた。
「耳栓が必要だったな……」
牛島さんはポケットから耳栓を取り出した。
俺たちにはないのかと、ジーッと見つめるが首を振られてしまった。
「なぁ……お前はどうにかできないのか?」
俺は頭の上で寝ているテケテケに声をかける。
知らないうちに懐かれたのか、牛島さんが手を放すと俺の頭の上が居場所なのか乗っている。
ジワジワと首にダメージを与えるつもりだろうか。
『ケッ!』
どんな顔をしているかは見えないが、きっと険しい顔をしているのだろう。
「はぁー」
俺はため息をついて、扉を開ける。
きっと始めないといつまで経っても変わらないからな。
『テッケケケケケケケケケ!』
扉を開けた瞬間、俺の頭上から背中がゾクっとするような唸り声が聞こえてくる。
テケテケが他の鶏に威嚇のような説得をしているのだろう。
俺が一歩入ると、鶏たちも一歩下がっていく。
それにさっきまで鳴いていたのに、静かになっていた。
「さすが妖怪と暮らすだけのことはあるな」
牛島さんは素直に褒めてくれているんだと思う。
ただ、その言い方だとまるで俺が変わり者か妖怪だと思っているようだ。
俺は頭の上に手を伸ばし、説得してくれたテケテケを撫でる。
『ケケケケッ!』
テケテケも俺の頭の上で笑って喜んでいるような気がした。
ただ、テケテケが笑うたびにシルたちが離れていくのは気のせいだろうか。
妖怪でも不気味に感じる鶏の鳴き声って、どちらが妖怪かわからないな。
養鶏場が静かになったことで、中に少しずつ入っていく。
足元の敷き藁は柔らかく沈み、少し歩くだけでくすぐったいような感触が伝わってくる。
牛島さんが作業に取り掛かっている間に俺たちは鶏たちの面倒を見る。
ただ、テケテケが睨みを効かせている影響か、鶏たちも静かだ。
「そういえば、お前がテケテケなら……他の鶏はコトコトって名前だったりするのか?」
『ケッ!?』
頭の重みがさらにのしかかる。
「てけてけがぺこぺこしてる」
俺からは見えないが、シルにはテケテケが大きく頭を振って頷いているように見えるらしい。
俺の予想していた名前の付け方は合っているようだ。
「ってことはテエテエとコケコケってところかな?」
俺の言葉に鶏たちはこれでもかと頭を振っていた。
きっとヴィジュアル系バンドはこういう気持ちでファンを見ているのだろう。
ただ、一匹だけ気になっている鶏がいた。
そいつだけは名前がパッと思い浮かばない。
「悲鳴をあげているやつがいたけど……」
「ああ、こいつはムンクだな」
「わっ!?」
突然、耳元に腹の奥底に響くような低い声が聞こえてきてびっくりした。
振り向くと牛島さんが笑いながら立っていた。
掃除を終えた牛島さんが戻ってきたようだ。
「ムンクって……」
「ああ、あの絵画から名前を借りたぞ」
「そっ……そうですか……」
花子さんやテケテケも変わった名前だと思ったが、何でもできる牛島さんの弱点はネーミングセンスのようだ。
俺もケトの愛称を決める時に呆れられたが、余裕でそれを超えている。
「まぁ、ムンク以外は俺の大事な人が付けた名前だけどな」
牛島さんは過去を思い出しているのか、少し懐かしむような顔をしていた。
どうやらネーミングセンスがないわけでは……いや、ムンクもさすがにないよな。
俺が見ていることに気づいたのか、優しく微笑むと手をパチンと叩く。
「さぁ、掃除が終わったから藁を引き詰めて終わりだな」
その後も鶏が邪魔しないように俺が見守りして、牛島さんやシルたちが楽しそうに養鶏場に藁を敷いていた。
なんか……俺だけ仲間外れだな。
『ケケケッ!』
そんな俺を見て、テケテケは面白がるように笑っていた。
キャラデザを確認しましたが、ケトがとんでもなく可愛かったです。
そして、牛島さんがイケオジ過ぎて震えました笑
皆様に公開される日が楽しみです| |д・)




