78.ホテルマン、鶏に驚く
早速、車を走らせて牛島さんの農場へ向かう。
「はなこさん、げんきかな?」
「きっと今日も美味しい牛乳を作っているんじゃないかな?」
牛島さんの農場で一番長生きしている牛の名前は花子さんだ。
トイレにいなくてもいいのかと思うが、名前を付けたのは牛島さんだからね。
ただ、花子さんは俺たちの言葉を理解しているのか、物分かりが良いし、話をよく聞いている。
まるで本当にトイレの花子……いや、あれは牧場の花子さんで牛のはずだ。
サラのことがあるから、尚更疑うのは良くないだろう。
「あっ、うっしーがいた!」
シルが運転席に身を乗り出して指をさす。
牧場では何かを追いかけている牛島さんがいた。
「「「うっしー!」」」
車を停めると、すぐにエル以外の妖怪たちは車から飛び出していく。
そんな姿を俺は後ろから追いかけながら眺めていた。
「こっちに直接来るのは珍しいな」
「うっしーにあいにきた!」
「寂しいかと思ったからさ!」
シルとケトは早速牛島さんにべったりとしていた。
やはり俺よりも妖怪に好かれている気がする。
いや……牛島さんって妖怪だけではなく、人間や動物にも好かれていたね。
「ねー、それって鶏?」
サラは牛島さんの手に抱えている動物が気になったようだ。
花子さんのような牛は牛島さんとよく一緒にいるところを見るが、鶏は見たことがない。
「そうだ! 俺の農場ではこの鶏と真っ白な牛を飼っているぞ」
「大きいね!」
サラは牛島さんに抱かれている鶏に近づく。
俺も鶏を間近で見たことがないため、少し気になる。
それに思っていた鶏とはどこか違って、体が大きくて強そう。
尻尾みたいなものも生えているが、鶏って尻尾……あったよね?
「持ってみるか?」
「うん!」
サラは牛島さんから鶏を渡されると、大事に抱きかかえた。
未就学児の背丈であるサラが抱えると、さらに大きく感じる。
『ケッ!』
どこか嫌そうな鳴き声に、鶏は真っ赤な瞳で俺をジーッと見つめてくる。
子どもは何をするかわからないから、不安に思っているのだろう。
子どもでもサラは河童だけどね……。
「兄ちゃんのところに行きたいみたいだな」
なぜか鶏は羽をバタバタとさせて、サラから飛び降りると俺の方へ向かってきた。
「俺ですか……?」
俺が抱きかかえると、なぜか鶏がニヤリと笑っているような気がした。
『テッケケケケケッ!』
「うわあああああ!」
突然、鶏が大きな声で鳴き出し、俺はびっくりしてしまった。
勢いよく手を離すと、そのまま翼をバサバサと羽ばたかせて、頭に重みがかかった。
俺の髪の毛を巣だと思っているのかだろうか。
そもそも鶏って……飛べるのか?
「ははは、テケテケに好かれたようだな」
「テケテケ……?」
「そいつの名前だ」
妖怪か幽霊にそんな名前のやつがいたような気がするが、気のせいだろうか。
『テッケケケケケッ!』
きっと鳴き声が変わっているから、名前がテケテケなんだろう。
今も俺の頭の上で鳴いているし、髪の毛をくちばしで突いている。
正直重すぎて、首がポキッと折れるか、くちばしが頭に刺さって……そんなことはないか。
ただの鶏――。
「俺がここに引っ越してきた時からいる初代の鶏だぞ」
まさに妖怪じゃないか!
牛島さんがここに住むようになって、約20年は経つって聞いたことがあるぞ。
「ながいきだねー」
「オイラも長生きだぞ!」
「それを言ったら私もです」
妖怪たちは同じ妖怪だってことに驚かないのだろうか。
むしろ気づいていないから、驚かないのかもしれない。
「長生きなのは良いことだからな……」
牛島さんはシルたちを見て、ニコリと笑った。
ただ、過去の話になると、牛島さんは何かを思い出したのかのように寂しそうな顔をする。
出会って半年程度しか経っていない俺がズケズケと聞いても良いのだろうか。
「うっしー、げんき?」
「何かあったらふくが手伝ってくれるぞ!」
シルとケトも俺と同じことを思ったのだろう。
それだけ牛島さんの顔がどこか助けを求めているように感じた。
「あぁ、兄ちゃんたちには助かってるぞ!」
牛島さんは再びニコリと微笑むといつもと同じような顔をしていた。
『テッケケケケケッ!』
「ほら、テケテケもそう言ってるぞ」
やはり牛島さんは妖怪に好かれているようだ。
俺には何を言っているのかはわからないからね。
ただ、牛島さんがいつもより無理しているのは伝わってくる。
一人で農業をやるのも大変なんだろう。
「よし、今日は俺たちが牛島さんの仕事を手伝いますよ!」
「シルもする!」
「オイラも!」
牛島さんの手助けをしたいと思っているのは俺だけではない。
次々と妖怪たちも手を上げていく。
ここにはみんながいる。ただ、それが伝わってくれるなら良い。
「じゃあ、兄ちゃんたちにはとっておきの大変な仕事を任せよう。いやー、疲れた顔をしていて助かったな」
「「「なっ!?」」」
どうやら俺たちは牛島さんに騙されていたようだ。
まさかそんな演技ができるとは思いもしなかった。
「テケテケにも好かれて……本当に息子みたいだな……」
牛島さんは、俺の頭に乗っていたテケテケを抱き上げると、少しだけ遠い目をして養鶏場へ歩き出した。
その背中を見つめながら、胸の中にじんわりとした温もりが広がっていく。
父を知らない俺にとって、小さく呟いたその言葉は何よりも嬉しいものだった。
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