76.ホテルマン、花火をする
食事を終えた俺たちは椅子に腰掛けて、夜空を眺めていた。
「この間はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
声をかけてきたのは紗奈の母親だ。
「みなさんのおかげで一区切りがつきました」
紗羅の遺体が見つかったからって、簡単に納得することはできない。
ただ、その顔は以前の必死さから解き放たれ、どこか力が抜けたような穏やかな顔をしていた。
一緒にきた店主も奥さんの肩を掴み、優しく微笑んでいる。
きっと二人にしかわからない何度も戦った過去があるのだろう。
「少しは落ち着いたか?」
牛島さんも心配そうに二人を見つめていた。
昔から関わりがあるからこそ、何か聞くわけでもなく、そっと見守っていた。
「ええ、俺たちにはもう一人の娘がいるので……」
二人の視線の先にはケトを抱きしめる紗奈がいた。
紗羅を探すことばかりに気が取られ、妹の紗奈には寂しい思いをさせていた。
彼女もまだ小学生にもなっていない子どもだ。
今は少しずつ現実を受け止めながら、前を向くしかないのだろう。
「それにサラちゃんがいてくれたおかけで、紗羅も天国で楽しくやっている気がします」
サラの存在が二人にとって、多少は救いになっているのだろう。
紗羅の体を模倣したサラ。
ただ、河童のはずなんだが、本当に河童で合っているのか不明だ。
今は幽霊って言われた方がしっくりくるからね……。
「ふくー!」
「どうしたんだ?」
シルが駆け寄り、俺の耳元で小さく囁く。
「はなびはいつするの?」
「あっ、忘れ……」
俺は言葉を飲み込み、口をつぐんだ。
妖怪たちがジトリとした視線をこちらに向けている。
そういえば、紗奈が泊まりに来る思い出づくりに、と花火をいくつか買っておいたのをすっかり忘れていた。
「いっ、今すぐに――」
「ほら、花火をやるぞ」
振り向くと、すでに矢吹が花火を持っていた。
俺がケトに呪われる前に気づいて、持ってきてくれたのだろう。
袋の中を開けて、花火を渡していく。
「兄ちゃん、ちゃんとバケツを用意しないといかんぞ?」
急いで牛島さんがバケツを持ってきてくれた。
手持ち花火をしたことがないため、バケツがいることを忘れていた。
地面にロウソクを立てて、準備は完了だ。
「危ないから気をつけろよ!」
「「「はーい!」」」
熱いのが苦手なエル以外は、ロウソクを囲むように集まっている。
ゆらゆらと揺れる炎が、妖怪たちの顔を照らし出すたびに、影が歪んでいるように見えた。
誰も口を開かず、ただじっとこちらを見ているだけなのに、なぜか背筋をなぞられるような寒気が走る。
そのとき、木の枝がざわりと揺れた。
風が吹き込み、ロウソクの炎を一瞬で呑み込んだ。
ぱちりと音を立てて火が消え、闇が一気に押し寄せた。
残されたのは、どこからともなく聞こえる湿った息づかいと、闇の中でぎらりと光る妖瞳だけ。
「「ふく?」」
シルとケトが俺の顔をジーッと見つめてくる。
「ああ、ごめんね」
俺は立ち上がり、再びろうそくに火を灯す。
ただ、ろうそくの火が消えただけなのに、やけに不気味に感じた。
それは俺だけではないだろう。
矢吹や牛島さん、喫茶店の夫婦も息を呑んでこっちを見ていた。
忘れていたが目の前にいる者たちは妖怪だった。
「これどうするの?」
「オイラもやったことないよ?」
それにみんな花火のやり方がわからず、止まっていただけのようだ。
俺はお手本として、花火を一本手に取り火をつける。
パチパチと弾ける光が夜の静けさを破った。
金色の火花が雨のようにこぼれ落ち、地面に散るたびに小さくはぜる。
湿った夏の夜風が煙をさらい、火薬の匂いがほんのりと鼻をくすぐる。
「綺麗だな……」
「うん!」
思わずこぼれた言葉にシルは頷いていた。
隣にいたシルに花火から花火へと火を移す。
そして、紗奈とサラへと火が灯っていく。
まるで小さな命が時を越えて灯り続けているようだった。
「おい、それは手持ち花火じゃないぞ!」
矢吹の声に視線を向けると、噴出花火を両手で持っているケトがいた。
「オイラ、これがいいもん!」
そして、その前には花火を持っているシル――。
――シュボッ!
小さな破裂音がしたと同時にすぐに火花が噴き上がった。
――シュワアアアア!
「アチチチチッ!」
火花の音とともに叫び出すケトの声。
俺はすぐにケトの方に向かい、噴出花火を投げ捨てる。
地面に転がりながら、鮮やかに金色の火花が夜空へと散った。
「大丈夫か!?」
俺はすぐに持ってきてあるバケツにケトの手を入れる。
火傷をしていたら、すぐに冷やさないといけない。
ちょうど花火を片付けるために、水が張ってあるバケツを牛島さんが用意してくれて助かった。
「ケトは手持ち花火禁止だな」
「なっ!? ……呪うよ?」
ケトはいつも口ではそう言っても、呪わないことを俺は知っている。
まずは命の方が大事だからね。
「俺は心配してるんだぞ? 火傷したら痛いんだからね!」
俺は暗闇の中、ケトが火傷してないか確認する。
毛も燃えていないから問題はないだろう。
「へへへ、ふくは心配性だなー」
俺とは反対に、ケトは俺の顔を見てニコニコと笑っていた。
本当に手のかかるやつだ。
「よーし、お前たち離れろよ!」
声がした方に目を向けると、牛島さんが何かをしていた。
どうやら打ち上げ式の置き型花火の準備をしていたようだ。
俺はケトを抱きかかえて、シルたちの元へ向かう。
――ボフッ! シュルシュルシュル……
火花とともに小さな玉が空に飛び出し、夜空にパチパチと弾けた。
赤や青、金色の光が円を描き、まるで夜空に小さな花が咲いたかのようだ。
「わぁー!」
「きれいだね」
地面に落ちる火花はパチッ、パチッと小さく弾け、ケトやシルが目を輝かせて声を上げる。
その光景を紗奈とサラも静かに見ていた。
きっと紗羅も、天国からこんな夜を見守ってくれているのだろう。
夜空の下、俺たちは小さな光と一緒に、穏やかな時間を分かち合った。
虫の声と夜風が包む、夏の夜の柔らかい余韻。
誰もが、しばらくは言葉を交わさず、ただその瞬間を胸に刻んでいた。
久しぶりの更新で、中途半端なところでストップさせた自分を恨んでいます笑
記憶を手繰り寄せてどうにか書きました。
次から新章スタートします!
やっと書籍の方も落ち着いて、これから校正作業に入ります。
結構、書き下ろしもして、話の雰囲気もパワーアップしています。
追加情報などあればまたお伝えします。
あっ、更新頻度は週間2〜3回を想定しています!




