65.ホテルマン、金縛りの事実を知る ※一部矢吹視点
目を覚まして一階に降りると、すでに牛島さんは起きていた。
「あっ、兄ちゃんおはよう」
「おはようございます」
「お茶でも飲むか?」
「お願いします」
コップにお茶を入れて持ってきた牛島さんは、どこか眠たそうな顔をしていた。
「寝付けなかったですか?」
ひょっとしたら金縛りにあって、寝られなかったのだろうか。
「ああ、あの子達はいつもあんな感じなのか?」
「あの子達?」
金縛りは妖怪の仕業だとは思うが、そんなに酷かったのだろうか。
「抱きつきながら、ずっとご飯って寝言を話していたぞ」
「金縛りじゃないんですか?」
「金縛り? まぁ、あれだけ力が強かったら、金縛りと勘違いするだろうな」
俺は今まで金縛りで動けなくなっていると思っていた。
それがまさかあいつらが抱きついて寝ていたとはな。
だから起きた時に同じ布団に寝ていることが多かったのか。
「俺もお茶をもらってもいいですか?」
矢吹もボサボサの頭を掻いて起きてきた。
「君もあまり寝られなかったようだね」
「ああ、色々考えさせられることばかりでした」
きっと紗奈ちゃんのことを考えていたのだろう。
昨日、喫茶店の店主の娘である紗奈ちゃんが家を飛び出してから、連れ戻したのは矢吹だ。
矢吹の話では帰ってこない紗羅ちゃんを一番心配しているのは紗奈ちゃんだと言っていた。
♢
俺はどこかに行った少女を追いかけていた。
こんな山奥で動物に襲われたら、子どもなんてすぐに死んでしまうからだ。
「魔力がないから探しにくいな」
探索者である俺は魔力を薄く広げれば、すぐに人を見つけることができる。
ただ、魔力を持っていない人やさらに子どもってなると探すのに時間がかかってしまう。
それに範囲を広げれば広げるほど、魔力の消費は大きくなるからな。
俺はポケットから魔石を取り出す。
『おいおい、まさかやぶきんがロリコンだった――』
「相変わらずうるさいな」
『久しぶりなのにひでーよ!』
耳元では剣心の話している声が聞こえてくる。
地下にあるダンジョンで採れる魔石を使うと、あいつらの力が色濃く使えるようになる特徴がある。
それと同時に一時的にあいつらの声がはっきりと聞こえるようになったことに気づいた。
それが嬉しいことなのかはわからない。
ただ、寂しさは感じなくなってきたかな。
『なあなあ、やぶきん。俺もうっしーのジビエ料理が食べたいんだけど――』
「お供えしておくから、とりあえずあの子を探してくれ!」
『うっしー!』
今回は剣心の力を使うために魔石を使った。
俺の魔力よりも剣心の気配を探る力の方が、どこにいるのかわかりやすいからだ。
「おい、みんなが心配してるぞ」
声をかけると少女はビクッとしていた。
どうやら驚かせてしまったようだ。
「どうせみんな私がいない方がいいんだ」
ん?
この言葉ってどこかで聞いたことがあるぞ。
「私のせいでお姉ちゃんがいなくなったもん」
「ああ」
ああ、確かあいつらがよく言っているセリフみたいなやつだな。
結局相手しないのが一番だが、子どもを無視するわけにはいかないからな。
「やっぱりお兄ちゃんも私のせいだと――」
「おい、どこにいくんだよ!」
再び走ってどこかに行こうとしている少女の手を引く。
『やっぱり矢吹ってロリコンなんじゃん』
「うるせーよ!」
「うるさいってひどい!」
少女はその場で声をあげて泣き出した。
なんでこんなことになっているんだ?
『うわー、やぶきんが泣かしたー!』
そもそも剣心の声がうるさいのが問題だ。
「ジビエ料理なしだぞ」
『すみません!』
さすが牛島さんのジビエ料理。
幸治達以外にも餌付けできそうやつが近場にいたとはな。
「ねぇ、お兄ちゃんは誰と話してるの?」
そんな俺をジーッと少女は見ていた。
「俺か? あー、死んだ仲間だな」
「それってお姉ちゃんとも話せたりする?」
その話だとやっぱり姉は亡くなったことになる。
「たぶん無理だ。そもそもお姉ちゃんは亡くなったのか?」
「わからない。でも、私があの時にお姉ちゃんと喧嘩しなければこんなことにならなかったの……」
少女の話ではあの時も姉と喧嘩をして、今回のように家を飛び出したらしい。
反省して帰った頃には、姉は家にはいなくなっており、その日の夜に帰ってくることはなかった。
だから少女は姉がいなくなったのは、自分のせいだと思っているようだ。
「あれからお父さんもお母さんも私のことを気にしなくなったの。いつもお姉ちゃんばかりで……」
「いなくなって3年って言ってたか。でも、お父さんとお母さんがきみの子を嫌っているわけではないんだろ?」
「そうだけど……。ずっとお姉ちゃんのことばかり考えて、私のことはほったらかしなの」
確かに喫茶店の営業中もどこか上の空だった気はする。
それにずっとチラシを折っていたからな。
「一緒にいてくれるだけマシだな。俺は小さい頃から両親に殴られて育ってきたから、きみの気持ちはわからないや」
俺は養護施設に保護されるまでは、ずっと両親から暴力を振るわれていた。
この体は俺にとったら最悪なプレゼントだし、両親と同じ血が流れていると考えただけで虫唾が走ってくる。
ただ、そんな俺でも幸治は何も言わずに一緒にいてくれたからな。
誰かが一緒にいてくれるだけでよかったと思う日が彼女にもそのうち来るだろう。
「もう遅いから帰ろうか」
「お姉ちゃんがいないと意味ないもん」
「そうか。俺も今度探してあげるから大丈夫だ」
「ほんと?」
「ああ、探索者は人探しも上手だからな」
俺は少女の手を引いて、幸治達が待つ家に帰ることにした。
『やぶきんってやっぱりロリコンじゃん』
「ジビエ――」
『すみません』
剣心は牛島さんのジビエ料理と引き換えに、しばらくは静かになりそうだ。




