39.クマ男、ピザが食べたい ※矢吹視点
『そんなところにいると邪魔になりますよ?』
一体何が起きたのだろうか。
どこからか由奈の声が聞こえてきた気がする。
俺は大きな体をしているからか、よく彼女にそう言われてきた。
まるで今も後ろから、必死に俺を動かそうとしている気がする。
俺の体は勝手にアイテムボックスから、由奈が使っていた杖を取り出す。
「『ヒール!』」
由奈の声とともに体に違和感を感じた。
反対に曲がっていた脚が少しずつ元に戻っていく。
『グアアアアアアアアア!』
アステリオスは何かを感じたのだろう。
俺に向かって再び斧を振り下ろす。
『もうケガしないでくださいね』
その言葉にハッとした俺はすぐに体を転がし、斧の攻撃をかわす。
「何が起きたんだ……」
脚の傷は治り、胸の痛みもなくなった。
何が起きたのかはわからないが、さっきまで体が勝手に動いていた。
その場から逃げるように走り、岩陰に身を隠す。
「おい、由奈!」
声をかけても由奈からの返事はない。
あれは一体何だったのか……。
また幸治からもらった魔石を使えば、声が聞こえるのだろうか。
俺はポケットにある魔石を手に握る。
――スキル【由真の心】を手に入れた
今度は由奈ではなく、姉の由真だった。
『ほらほら、タンクが隠れて何してるのよ!』
ふと、その言葉が懐かしく感じる。
ソロで戦っていた癖が抜けずに、よく隠れて由奈に怒られていたな。
自然と体が由奈の杖から由真の杖に持ち替えていた。
左手に大きな盾、右手に杖と傍から見たらおかしな人に見えるだろう。
『タンクの力を見せてあげなさい』
急に背中を押されたような気がした。
岩陰に隠れていた大きな俺の体は一歩前に飛び出した。
俺を見つけたアステリオスは再び向かってきた。
そういえば、由真って結構強引だったな。
まだ心の準備はできていないぞ?
それでも出会った当初のことを思い出し、少し頬が緩む。
無駄な体の力は抜けていた。
アステリオスの前に盾を構える。
「おい、牛野郎! 焼肉にするぞ!」
ヘイトを集めるのは俺の役割だからな。
衝撃とともに盾を押し返す。
普段なら片手で攻撃を止めることはできないだろう。
だが、由真と由奈が一緒にいるような気がした。
『いっくよー!』
由真の声とともに魔力を解き放つ。
「『サンダーボルト』」
アステリオスの上空から雷が落ちていくる。
由真が得意としているスキルだ。
『グアアアアアアアアア!』
その場でアステリオスの咆哮が響く。
やっぱりあれだけでは死なないか。
だが、一発はあいつに復讐することができた。
『あいつを呼ばないと嫉妬で泣きついてくるよ?』
『ふふふ、剣心って矢吹くんのことが大好きだもんね』
ポケットにある最後の魔石を握る。
「ははは、俺ってそんなに好かれていたのか」
――スキル【剣心の心】を手に入れた
『やぶきーん!』
お調子者の声が聞こえてくる。
いつも突然ぶつかってきたり、蹴ったりして、俺を倒れさせようとしていたな。
「やっぱりうるさいな」
『俺がいなくて寂しかっただろ? 枕ベタベタにしてたか? なぁ?』
「はぁー、うるさい」
相変わらず剣心はうるさいな。
でもそんなうるさい剣心の声が心地よかった。
『なっ、うるさいって……』
「ほら、剣を借りるぞ」
今度は杖から剣に持ち替える。
今まで剣なんて持ったこともないのに、長年持っていたかのようにしっくり感じる。
『おい、うるさいって……はぁー、相変わらず集中すると聞いてないな』
剣心の声が遠くなる頃には、俺はアステリオスの脚目掛けて剣を振りかぶっていた。
やはりミノタウロスの上位種と言われているだけはある。
アキレス腱もそう簡単には切れてはくれない。
「うおおおおお!」
それでも強く剣を押し込んで切り裂く。
アステリオスの叫び声とともに、その場で崩れ落ちていく。
『やぶきーん!』
『やぶきん!』
『矢吹くん』
みんなが俺の背中を押してくれているような気がした。
何度も武器を持ち替えて、アステリオスに攻撃を加える。
怪我をしても由奈の回復と俺の強い体があればすぐに治っていく。
もっと……もっと……。
残された俺は強くならないといけないんだ。
アステリオスの叫び声が聞こえなくなるほど、俺は攻撃の手を緩めることはなかった。
どれくらい時間が経過したのだろう。
アステリオスの胸に目掛けて何度も剣を突き刺す。
『おいおい、お前は殺人鬼か!』
『やぶきんって集中するとすぐに周りの音が聞こえなくなるよね?』
『矢吹くん? 今日の夕食なしにしますよ?』
――グゥー!
「ご飯……」
お腹が空いたのか、お腹の音が響く。
気づいた時にはアステリオスの血で、周囲に小さな池のようなものができていた。
「剣心! 由真! 由奈!」
俺はあいつらの名前を呼ぶ。
もうこの世にいないことは理解している。
何度も叫ぼうが、泣こうが帰ってくることはない。
「やったぞ……。お前らの分まで報復できたからな」
自然と涙が頬を伝っていく。
もう声をかけても返事が聞こえることはない。
それでも俺の中であいつらが生きているように感じた。
「はぁー、味気ないピザが食べたくなってきたな」
お腹が空けば、自然と何かが食べたくなる。
ふと、ダンジョンに来る前に会いに行った親友が作ったピザを思い出した。
すごく美味しいわけではない。
でも今は自然と俺の体はあの味を求めている。
「結局、俺はあいつのところに行くってことか」
ここで俺は死ぬと思っていた。
だが幸治は絶対に戻ってくると言っていた。
まるであの時は見透かされているようだったな。
アステリオスのドロップ品を回収すると、俺は再び地上に向かって歩き出した。
『ははは、相変わらず食いしん坊だな』
『でもこれで後悔なく生きていけるね』
『そうだな……。俺達忘れられるのかな……』
『ちょっとやめてよ』
『ふふふ、二人とも泣いてないでちゃんと見送らないと』
『ああ、あいつの門出になるんだからな』
ふとあいつらが楽しそうに笑っている声が聞こえた。
だけど、俺はもう振り返らない。
あいつらのためにも生きないといけないからな。
この日をきっかけにAランクの魔物をソロで討伐した俺は、〝無数のスキル使い〟として呼ばれるようになった。
「⭐︎評価、ブクマをしない人達は――」
「「呪うよ?」」
シルとケトはニヤリと笑ってこっちを見ていた。
| |д・)ωΦ^)ジィー




