30.ホテルマン、謎を知る
矢吹に部屋を案内して、リビングでゆったりと過ごすことになった。
ただ、ずっと何かを考えているのか、小さな声で何かを呟いていた。
その姿は昔から変わらないな。
俺は耳を澄ませて、何を言っているのか聞いてみた。
「やっぱり玄関に置いてあるのも……」
「玄関?」
「ん? ああ、玄関にお地蔵さんが置いてるだろ?」
「しっかり手を合わせているぞ」
今も玄関のところにある小さなお地蔵さんに毎日手を合わせて、お供え物をしている。
大体ケトが食べようとするから、腐らない物をよく置いているが、そのお地蔵さんと何か関係があるのだろうか。
「ははは、昔から幸治は変わらないと思ってな」
確かに俺は小さい頃お地蔵さんに手を合わせるようにって習ってきた。
ただ、幼い時に養護施設でよく言われていたからだ。
「それはお前もだろ?」
矢吹も俺と一緒に手を合わせることが多かった。
その記憶は幼い時から残っている。
「いや、俺はお前に言われてからやるようになっただけだぞ?」
「へっ?」
「それにみんながやっていたのも、お前が教えたからだ」
今まで養護施設に教えられていたからだと思っていた。しかし、矢吹の話を聞くと俺から始めたことになる。
急にホラー映画のような展開になるとは誰も思ってないぞ?
「昔誘拐されたことがあっただろ? あの時はただの迷子って言われていたけど、実は神隠しとかにあっていたんじゃないのか?」
「神隠し?」
確かに俺は一度、みんなで遊んでいる時に迷子になったことがある。
養護施設の裏には山があり、そこで遊んでいたら帰れなくなった。ただ、その時の記憶は曖昧で、数日後には綺麗な姿で山から降りてきたと聞いている。
「普通に考えて服が汚れていないのって珍しいだろ?」
「あー、言われてみたらそうだよな」
「それにあの日から変わったようにお地蔵さんに手を合わせるようになったからな」
「そうなのか?」
どうやら帰ってきたその日からお地蔵さんに手を合わせていたらしい。
「〝地蔵の祈りは帰還の鍵。さもなければ消える〟だったかな……」
矢吹から発せられる言葉に背筋がゾッとした。
理由はわからないが、記憶の片隅にその言葉が俺にも残っている気がした。
誰かに教えてもらったような……。
たしか背中の曲がったおじいちゃんだった気がする。
「そんなようなことを言って帰ってきてから、みんなで祈るようになったんだが……覚えていないよな?」
俺の様子を見て、矢吹も記憶が曖昧なのを理解したのだろう。
「施設におじいちゃん先生っていた?」
「おじいちゃん? いや、畑中さん以外に男性はしばらくいないし、小さい時の職員って覚えていないからな」
養護施設って仕事内容が大変だから、職員が変わることが多い。
10年未満で70%は離職すると言われるぐらい離職率が高いのが現状だ。
業務量が多く、拘束時間も長い。
それだけなら良いが、様々な環境に置かれた子ども達は職員を罵倒することは珍しくない。
人権を尊重されてこなかった子達が、他者の人権を尊重できるわけがないからな。
そんな人手不足の状況で手を差し伸べてくれるのが、ボランティアに来てくれる人達だ。
その中に教えてくれた人がいたと思ったんだけどな……。
「まぁ、神隠しじゃなくてもダンジョンの可能性もあるからな」
「ダンジョン?」
――ダンジョン
それは突然できた異世界のようなものだ。
そこには魔物と呼ばれる変わった生き物が生息している。
そして、ダンジョンの中で魔物を倒す人のことを探索者と呼ばれている。
「ははは、やっぱりその辺は昔と変わらないな。ダンジョンがないと俺達の生活ができないだろ」
「さすがに全く知らないわけではないぞ? 興味はないけどな」
「それを探索者を目の前で言うのかよ!」
矢吹はその探索者という仕事をしている。
資源が枯渇してきた現代では、魔物から出てくる魔石というものが資源の代わりになっている。
だから、俺達が生きるにはダンジョンと探索者はなくてはならない存在だ。
俺らが小さい時にはそこまでメジャーにはなっていなかったが、最近ではメディアに取り上げられるぐらいだからな。
「まぁ、俺からしたら本当にやぶきんが探索者になるとは思わなかったぞ?」
「俺も本当にスキルを持っているとは思わなかったからな」
スキルは探索者に与えられる加護のようなものだ。
簡単に言えば超能力が使えるようになる。
超能力がある人のみ探索者になれるってことだな。
「この元気な体が俺は嫌いだった。スキルの影響だって知ったのも、お前が強引に役所に連れて行ったからだもんな」
矢吹は親からの虐待を受けていた。
その理由が成長が想像以上に早くて、気持ち悪いという簡単な理由だった。
それに暴力を振るっても傷がすぐに治ってしまう。
その分、傷ついた心が治るのには時間がかかってしまう。
養護施設に来た時は虐待の発見も遅れて、心が壊れた状態で来たからな。
毎日何かに怯えては、怖がる様子で周囲を警戒していた。
そんな矢吹を同じ養護施設の子ども達は、再び容赦なく標的にした。
そんなことを知らない俺は、みんなから逃げる矢吹が気になっていた。
だって、転んでも傷がすぐに治るところを見たら、少年は興奮するだろう?
当時はすごいやつが施設に来たとしか、思っていなかったからな。
役所でスキル鑑定を行なっているのを知り、遊び感覚で連れて行ったら、本当にスキル持ちでびっくりした記憶がある。
そこから矢吹はビクビクすることもなくなり、変わっていった。
「ふく、おなかへったー」
「にゃー」
「外も暗くなってきましたね」
どうやら妖怪達はお腹が空いたようだ。
外を見たら夕暮れどきになっていたため、食事の準備をしないと間に合わないだろう。
「じゃあ、ピザでも作るか! やぶきんも手伝ってくれ!」
「あー、俺料理できないぞ?」
「ふくもできないよ?」
「シルもできないだろ?」
部屋の中が急に静かになる。
「お前達民泊をやってても大丈夫なのか?」
うん、俺達の料理事情は牛島さんで成り立っているからな。
「⭐︎評価、ブクマをしない人達は――」
「「呪うよ?」」
シルとケトはニヤリと笑ってこっちを見ていた。
| |д・)ωΦ^)ジィー




