22.ホテルマン、うさぎを調理する ※一部カメラマン視点
「あー、暇だな」
「ひまだね」
「オイラはのんびり好きだよ?」
俺達は床に寝そべってゴロゴロしていた。
初めてのお客さんが来てから、全く予約が入ってくることもなく暇な日々を過ごしていた。
正直言ったらやることはたくさんある。
ピザの開発やピザの味やら……全てピザについてのことなんだけどな……。
初めてお客さんと接して思ったのは、民泊にはホテルのような過剰な接客は必要ないということだ。
彼からは日常の中に溶け込ませてもらえるような民泊を期待していると言っていた。
それにあまり積極的におもてなしをして欲しいという印象を受けなかった。
きっとおもてなしをされたかったら、ホテルや旅館に泊まるのだろう。
そもそもこんな田舎まで来る意味もないからな。
民泊の値段が全体的に安いのも、そういう意味合いがあるのだろう。
改めて求めているものが違っていたんだと実感する。
ただ、その分ホテルマンとして働いていた俺にとったら全てが一からのスタートになりそうだな。
「あっ、うさぎどうする?」
「ジビエ料理かー」
あれからうさぎが度々出るようになり、その度に血抜きをしている。
食べ方もわからない俺は全て牛島さんに託すと、捌いて真空パックになって帰ってきた。
さすが牛島さんだよな。
レンタルサービスとかやっていないのだろうか。
「うっしーよぶ?」
「ご飯!?」
それにシルとケトは牛島さんを〝うっしー〟と呼ぶようになった。
当の本人も嬉しそうだが、ケトに呼ばれた時はびっくりしていたな。
ケトも焦っていたけど、今ではシルに影響されて変わった鳴き声ができるネコという認識だ。
「時間もあるから調べながら作ってみるか」
最近はちゃんとレシピを見て作るようにしている。
初心者がレシピを見ずに作るとはどういうことだって牛島さんに怒られたからな。
あの時はかなーり怖かった。
生産者としては食料を無駄にすることは、許されることではないからな。
「うさぎのジビエ料理のおすすめは……うさぎのローストが良さそうだな」
その中で臭みも抑えつつ、簡単な料理としてラパン・ロティが出てきた。
フランスでクリスマスに食べられている料理らしい。
クリスマスと言ったらチキンのイメージがあったが、他の国では違うようだ。
養護施設にいた時は、大きなチキンが出てくることもなかったから羨ましかったな。
「「らぱん!」」
シルとケトもラパン・ロティに興味を示している。
早速仕込みも含めて準備をしようとしたら、突然スマホに電話がかかってきた。
俺のスマホが鳴ることって珍しいからな。
「はい」
「あっ、幸治くんかな? 施設長の畑中です」
「おー、お久しぶりです」
電話の相手は俺が育った施設の管理をしている畑中さんだ。
ひょっとして寄付が少なくなったことに対しての連絡だろうか。
「今月から寄付が少なくなって――」
「ああ、それは気にしなくていいですよ。幸治くんにはずっと迷惑をかけているから感謝しています」
アルバイトをするようになってからも、寄付はしていたからな。
もう10年ぐらいになるだろう。
「最近、矢吹くんから連絡が来ないのが気になっていてね。何か聞いていたりしないかな?」
矢吹は俺と同じ施設で育った親友兼兄弟のようなやつだ。
「あー、探索者って仕事をしているんでしたっけ?」
「そうそう。命に関わる仕事だから、生存確認も含めて連絡をしているんだけど、ここ3ヶ月ほど連絡がなくてね」
矢吹は探索者という変わった仕事をしている。
俺は探索者という仕事をあまり理解していない。
知っているのは、探索者がいるから世界の資源が確保できているということぐらいだ。
なんでも探索者が魔物と呼ばれる怪物みたいなやつを倒して、手に入る魔石が資源の代わりになるらしい。
そういえば、我が家に出るうさぎも体の中に変な石みたいな物が出てきたな。
サイズ的にも間違って食べたような気もするが、うさぎも尿路結石とかになるのだろうか。
「俺からも連絡はしておきますね」
「ああ、何かあったら私達のところにも連絡してください」
「わかりました」
俺は電話を切るとすぐに矢吹に電話することにした。
ただ、ずっと鳴るのは呼び出しコール音だけだ。
「ふく?」
「ああ、早く作りたいよね」
シルとケトが待ち遠しそうな目で俺を見つめてくる。
とりあえず、俺は矢吹と施設長の畑中さんに今民泊をしているという内容と住所をメールしておいた。
こっちに遊びに来て気分転換にでもなれば良いからな。
「じゃあ、作ろうか!」
「うん!」
俺達は新しい料理、ラパン・ロティに挑むことにした。
♢
あの民泊に泊まってから、私の人生は大きく変わった。
コンテストの応募締め切りまで、納得のいく写真が撮れなかった私は彼らの日常を切り抜いた一枚を出展した。
彼らもあまり気にしていなかったから、きっとどこか小さなイベントで出すぐらいに思っていたのだろう。
だが、今では世界中に知られることになった。
それは私がコンテストに応募してから、しばらくしてからだった。
突然知らない人から連絡がきたのだ。
電話に出ると、英語で話しかけられて私は突然のことでびっくりした。
ただ、ゆっくり聞いていると、まさかの電話相手がコンテスト主催側からだったと気づいた。
なんと彼らの写真がコンテストに入賞したことが決まった。
しかも、日本人では久しぶりの入賞だ。
「二度目の受賞ですがどうですか?」
グランプリではないものの、日本のニュースや新聞にも取り上げられるほどだ。
ちなみに久しぶりの日本人の入賞は、前回も私なんだけどね。
きっと新聞には舞い戻ってきたカメラマンとかって見出しになるのだろう。
「全ては彼らのおかげですね」
「彼らとは?」
「あの写真の親子ですね。民泊で出会った思い出の一枚を写真に残しました」
「あの今にも消えてしまいそうな儚げな様子がとても話題になっていますね」
本当に消えていきそうな存在と雰囲気が、コンテスト主催側も含めて評価された。
撮った私でもどこか胸がグッと掴まれるような感覚だった。
どこか神様のような神々しさもありながら、手を離したらすぐにでも消えていきそうな一枚だ。
「ちなみにその民泊が地図上にはないと話題になっていますがどう思いますか?」
「やっぱそうなんですね。私も探してみましたが、まるで神隠しにあっていたような気分ですね」
そして本当に彼らはこの世から消えてしまった。
いくらホームページや地図から住所を検索しても、彼らは見つからなかった。
役所に問い合わせをしても、その周囲は山で人が住めるような環境ではないらしい。
私は本当に誰と会っていたのだろうか。
ただ、言えるのは彼らが私を再び輝かせてくれた神様のような存在だったということだ。
「⭐︎評価、ブクマをしない人達は――」
「「呪うよ?」」
シルとケトはニヤリと笑ってこっちを見ていた。
| |д・)ωΦ^)ジィー




