表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/4

タワー潜入

キリが悪くなってしまうので今回長めです。

 完成記念パーティーは、タワー内にある広間で行われる。完成したタワー内部のお披露目も兼ねているからだ。

 天の国の来賓たちはゲートを使って直接やって来るのでスムーズだ。

 しかし地の国から参加する高位貴族達は、大陸と五龍島(ウーロンとう)を繋げる砂州の上を通って島に来る必要がある。

 そのため、この日は朝から、王都から五龍島(ウーロンとう)にかけての大通りは車や馬車でごった返していた。


 雪華(せつか)と師匠を乗せた馬車は、細心の注意を払いながら、裏道からメインストリートの人ごみにさり気なく紛れ込んだ。元々五龍島(ウーロンとう)に住んでいると気づかれないようにしなくてはならない。

 貴族の格好をしているのに裏道から徒歩で現れたら、怪しいと言っているも同然だ。



 師匠は地の国の政府関係者(ただしその職は実際には存在しない)、雪華せつかはその遠縁の親戚という設定だ。

 本日の師匠はでっぷり太った高官の変装をしている。大きな丸襟のついた海老茶色の上衣に、白い下衣。厚手の上衣の袖は大きい。宮廷の文官正装である。上衣の下には、引き締まった体を隠すべく大量の詰め物がしてあるのだろう。

 淋しくなり始めた髪を布の中に入れて丸くまとめ、覇気のない垂れ目がキョトキョトと動いている。

 宮中で1分間に1人はすれ違いそうな風貌である。


 白髪が混じり始めた黒髪に、きらりと光る黒目。笑うとクッと上がる口角が渋い色気を醸し出す普段の師匠姿とは似ても似つかない。


「師匠。いつも思うけど、本当に別人だよね、その変装。骨格からして違うし」


「まあこの道長いしな。それに何しろ私は天才だから」


 さり気なく自慢をぶっこむな、と言いたいところだが、事実荊珂(けいか)の変装術は常人の域を超える。

 化粧等で誤魔化すより、全身の筋肉や関節を自在に操ることで、様々な人物に変装することができるのだ。


 雪華(せつか)もいつかこの領域に達したいと思っている。




「到着しましたよ」


 馬車が止まり、御者から声がかかった。目的地に到着したようだ。


 馬車から出ると、銀色に輝く巨大な塔が目の前にそびえ立っていた。「タワー」である。

 だんだんと夜に向かう夕焼けの中で、全体が反射するような金属で覆われたタワーは一際異彩を放っていた。

 見上げても、塔の先端は雲の中に隠れて見えなくなっている。


「これ、確か高速で人を上まで運ぶんだよね。なんだっけ、光速を利用した高速……?」


 事前に入手した機密情報の設計図を思い出しながら雪華(せつか)が問うと、


「光速を利用した任意地点間超高移送技術だ。全く天の国はすごい」


 と師匠が答えた。


 周囲を見渡すと、他の招待客は次々に中へと入っていっている。


 2人は頷くと、さっそく、入口の警備のところへ向かった。

 師匠が用意してくれた偽の招待状を持ち、何食わぬ顔で警備に見せる。

 少しドキドキしたが、あっさりと通された。意外と縦社会では、部署や名前がほんの少し違おうが気づかないものである。


 ちなみに雪華(せつか)達の情報は、会場入りした時点で速やかに消去されることになっている。



 パーティーの行われる広間に入ると、そこは色の洪水だった。色とりどりの衣装が溢れている様は、まさに圧巻である。

 そして、どうやら、地の国女性達は、儒桾じゅくん を着ている人が多そうだ。

 儒桾じゅくんは、袖が大きく広がった上衣に、絹の(スカート)を合わせた、地の国の伝統的な衣装である。

 透けるようなサテンや絹を使い、全体的に軽やかで華やかな雰囲気が出ている。


 一方、天の国の貴婦人達は華やかなドレスを着ていた。フリルやレースで彩られたドレスや、布の質感を生かし敢えてシンプルなマーメイドラインのもの、そして肩や背中をがっつり出した、地の国の人にとっては刺激が強いものなど、見ているだけでもかなりの型がありそうだ。


 たまたま天の国に行った層がそうだったのか、彼の国の人達は比較的色素が薄く、彫りの深い顔立ちの人が多い。

 一方、地の国の人は、あっさりとした顔に色素の濃い髪や目を持つことが多い。


 服装と見た目から。どちらの国の人なのか大体の目星はつくのだ。



 雪華(せつか)は自分のドレスを見下ろした。

 動きやすいシンプルなAラインのドレスで、色はロイヤルブルー。厚めの布地に、少し濃い青で地の国の伝統的な刺繍がしてある。首元に沿って作られた立襟は清楚な雰囲気を醸し出している。

 決して華美ではないが、首元の真珠のネックレスと合わせると、まるで深窓の令嬢のようである。チョイスしたのは燿兄さん。確か、

雪華(せつか)の瞳の色に合わせたよ」

 と言ってたっけ。

 流石モテ男。センスも気配りも一流である。

 ただし、裏地には隠しポケットがそこかしこにあり、しっかりとしたドレスの生地がそれらを目立たないよにしていた。

 万が一の際には、このポケットに隠して検閲を乗り切るつもりである。


 しかし、このドレスが本領を発揮下した、パーティーが始まってからだった。伝統的な模様が刺繍されているため、「天の国の文化に合わせてドレスを着た地の国令嬢」もしくは「地の国のデザインに合わせた天の国の令嬢」のどちらにも見えた。

 そのため、双方の貴族から、「あちらの国の方」とみなされ、話しかけられることなく、空気となることに成功していた。つくづく(よう)兄さんは策士である。




 チラリと壁際を見ると、ウェイターとして会場に潜り込んでいた燿兄さんと目が合った。

 眼鏡をかけて髪をオールバックにしているだけだが、普段の快活な雰囲気は一切なく、真面目で地味な侍従にしか見えない。こちらに向かってパチリとウインクしてくれた。


(いよいよこの時が来たんだわ)


 自然と武者振るいがしてくる。しかし、深呼吸しながら今までの辛く苦しい修行の日々…雪山での行軍、断崖絶壁のロッククライミング、初めていく迷路のような地下街からの脱出…を思い浮かべているうちにあまりの理不尽さにむしろ冷静になってきた。


 さりげなく、髪の毛を整える振りをしながら、簪型の暗器を確認する。一見大きめの簪にしか見えないが、暗殺に使う針からピッキング用の道具までが収納されている便利道具である。「よし、準備はバッチリ」だ。



 開会の挨拶の後、とうとうターゲットが登場した。

 春の光みたいな金髪に、深い森みたいな色の優しげな垂れ目。天の国第一王子のルミリオ・シェーンシュタットだ。天の国の白い式典服に、青いマントをつけている。

 金色のボタンや縁飾りのせいで、全体的にキラキラしい。

 今年で21歳。

 国の代表としての挨拶と乾杯の音頭をとる役らしい。


「天の国と地の国の国交樹立、そしてタワー完成を記念して……」


「乾杯」、そう言ってグラスを掲げた彼の右腕にキラリと光る金色を、鋭い雪華(せつか)の瞳は見逃さなかった。

 簡略化された絵のようなものが全体に彫られている。資料で見た通り。間違いない、「例の腕輪」だ。


 周囲の人々に倣ってグラスに口をつけるフリをしながら、王子の周囲を注意深く観察する。

 彼は壇上から降りて、周囲の人間と話始めていた。

 後ろには数人の屈強な男達。鎧こそつけてはいないものの、おそろいの青い服に身を包んでいることから、彼の護衛と見て間違い無いだろう。


(近づいてバングルを奪うにしても、あの護衛を掻い潜る必要があるってことね)


 できるだけ近づいて、一瞬のうちに終わらせなければ。


 と、その時、


「……っ!?」


 どこからか鋭い殺気を感じた。しかも、間違いでないのなら、


(私に向けられたものじゃない……?)


 つまり、今この場で誰かを殺そうとしている者がいるということなのか。

 二国の要人集まっているため、ありえない話ではない。

 しかし、あまりに一瞬で気配が消えたため、人物の特定はできなかった。


(冗談じゃない。そんな話聞いてない)


 雪華(せつか)達は裏社会に属しているし、師匠はあの伝説の暗殺者、荊珂(けいか)である。

 そういったきな臭い情報は自然と集まってくるはずだ。

 それを知らないなんて、あまりにも不自然である。


 不測の事態に、思わず唇を噛み締める。

 でも、


(そうならそうと、先に腕輪を奪うまで。そして万が一殺人事件が起こったって、その混乱に乗じて逃げ出してやる)


 覚悟を決めた雪華(せつか)は、(よう)兄さんを目で探した。

 こちらを心配そうに見ていた彼とは、すぐ目が合った。どうやら、(よう)兄さんも先ほどの殺気を感じたらしい。

 彼は、左目の横に人差し指をちょんと当てた。「大丈夫か?」というハンドサインだ。


(大丈夫、やる)


 と心の中で呟きながら、雪華(せつか)右の耳たぶをつまんだ。


 それを見た(よう)兄さんは、小さく頷くと従業員控室の方へ消えていった。

 きっかり5分後に電灯の配線をショートさせ、会場を真っ暗にする予定である。その混乱に乗じて、雪華(せつか)は王子の腕輪を奪おうとしていた。


 ゆっくり、できるだけ自然に。


 人波の中をさり気なく移動する。早すぎても遅すぎてもいけない。

 人を探しているようなフリをしながら王子ターゲットへ向かう。

 理想は、暗くなってから王子の横を通り過ぎ、腕輪を素早く奪うことだ。


 あと10秒、9秒、8秒……


 王子ターゲットの姿がどんどん近づいてくる


 3秒、2秒、1秒………


 0秒


(今だ)


 と思った瞬間、会場が暗闇に沈む。


「きゃああああああああああ」


「おい、どうなってるんだっ!」


 招待客達の悲鳴や怒号で会場が埋め尽くされる。


 王子は呆然としているようだ。


(この隙に)


 雪華(せつか)の手も王子の腕輪に伸びた。


 とその時、


「うおおおおおおおおおおお」


 いきなり声を上げた近衛の1人が王子に向かって剣を振り上げた。


「えっ!?」


 まさかの身内の裏切りか。しかも


「王子、腕輪をよこせ――」


 腕輪狙いだった!?


(まずいまずい渡してなるものか)


 咄嗟に超鋼鉄簪を髪から引き抜き応戦する。


 キンッキンッキンッ


 簪と剣が交わる音が鳴り響く。


「邪魔をするな――」


 と、ここで、他の近衛兵たちが彼を取り押さえようと動き出した。

 しかし、どうも夜目が効かないようで動きがギクシャクしている。


「暴れるな!降伏しろ!」


 しかし、そこは鍛えられた近衛、気配で察知し、なんとか男を取り押さえた。

 ほっと一息ついた雪華(せつか)は、王子から腕輪を奪おうと振り返り、改めて彼の手元に手を伸ばしが――


「待てっ、このっ」

「うわっ、暴れるなっ」


 ガツッ


 突然雪華(せつか)の視点は反転し、頭に強い衝撃が走った。


「ウッ」


 そして彼女の意識はどんどん闇に飲まれていった。




 実は、暗闇の中、取り押さえに失敗した男に突き飛ばされたことで、後頭部から大理石の床に勢いよく頭を打ちつけたのだが、この時の雪華(せつか)はそれを知るよしもなかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ