初任務の日
説明回です、ご辛抱ください。
(まずいまずいまずい)
(私敵陣のど真ん中にいる!!!!!???)
完璧なポーカーフェイスを保ちながら、雪華は内心大絶叫した。
しかし目の前の御仁は追及の手を緩めない。
「お嬢さん、貴女はどこの誰なの?」
物理的にも精神的にもズキズキする頭を抱えながら、口を開いた。
「私は――」
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そんなことが起こる二日前のこと。
薄暗い隠れ家の中で、二人の男女が向かい合っていた。
「では雪華、覚悟はいいな?」
「はい、師匠…!」
雪華は緊張で震える唇をキリリと引き締め、師匠に向かって深く頷いた。
今日は雪華が初めて依頼をこなす日である。しかし、普通の仕事ではない。「工作員」としてのデビュー戦である。
雪華は孤児であり、赤ん坊の頃、暗殺者である師匠に拾われて育てられた。
拾われた日に雪が降っていたからこの名前にした、とは師匠談。適当過ぎる。
だが、透けるような肌の白さに、微かに蒼色を纏う絹のような髪、そして一見黒色に見えるが光に透かすと青色が混じる瞳を持つ雪華には意外と似合っている。そのせいで 雪華は師匠に文句を言い損ねていた。
雪華は、厳しい修行を乗り越えてきたものの、これまで師匠に来た依頼の手伝いばかりだった。そのため、未だ1人で任務を遂行したことがない。
一応暗殺者としても密偵としても訓練は受けたが、素人であることは否定できない。
「大丈夫だって、なんかあったら俺がサポートしてやるし」
「燿兄さん!」
燿兄さんは、雪華の兄弟子であり、暗殺者としての先輩でもある。
雪華と同じ黒髪は陽に透かすと赤色が混じる。そして笑うと垂れる切れ長の黒紅玉色の瞳に精悍な顔立ちにすらっとした長身。いかにも頼れる兄貴な彼は、お姉様方に人気である。
既に師匠と共に多くの依頼をこなしている燿兄さんがいれば、「きっと大丈夫」だと思う。いや、思いたい。
「しっかし、今回のターゲットが“天の国”の王子とは驚いたぜ」
「まったくだ。皇帝も大胆な依頼をなさる」
師匠が溜息をつきながら燿兄さんに返答した。
「そうだ、二人とも、夕飯の買い出しに行ってこい。遅くならないうちに」
「了解」
二人は素早く身支度を整えると、スルリと外に出た。買い物をするには、入り組んだ道を行かねばならない。
蟻の巣の様に張り巡らされた地下通路を駆け抜ける。隠れ家の場所がバレないように、わざと遠回りしながら向かうのだ。
「ねえ、兄さん、買い物が終わったら、胡蝶姐さんのところに寄ってもいい?」
「ああ、いいよ」
地上へと繋がる狭い抜け道をよじ登りながら、燿兄さんがこちらを振り返って笑った。
暗くて狭い階段を登っていくと、一筋の光が差し込んできた。地上だ。周囲を窺いつつ、二人は地上に飛び出した。
目の前に広がるのは、混沌とした住民街だった。木造でできた家々が、上へ上へと無秩序に積み重ねられている。建物同士も違法に改築を重ね、縦横無尽に繋がっている。内部でも繋がっていたり、地下通路や抜け道も存在することから、正確な地図は存在しない。住民ですら迷子になると言われる所以である。
五龍島は、巨大な大陸から細長い砂州で繋がる島であり、一時は犯罪者の流刑地でもあった。
タワーが建てられ開発が進んだ現在でも、そこに住む者達は後暗い過去を持つことが多い。
雪華達の住む「地の国」は地上にあるが、「天の国」は巨大な浮遊島にあり、両者の国交は長い間断絶されてきた。
血で血を洗う大陸戦争が続いた地上に嫌気が差した各国のエリート層や異能を持つ一族が、最新の技術を駆使し、天空に人工島を造って逃げたのが天の国の始まりであるとされる。
天の国は、その名の通り空に浮かんでいる。普段は雲よりも高い所にある上、シールドで全体が覆われているため、地上から天の国が見えたり、行き来することは出来ない。
天の国からも同様である。
しかし、20年前に時空の裂け目が生じ、地上と天空が繋がるようになってしまった。
天の国は、時空の裂け目を安定化させ、事故が起きないようにと、双方の裂け目を「ゲート」として固定した。そして、「タワー」と呼ばれる高い塔でゲート同士を繋ぎ、2つの国の行き来を可能にした。そのタワーが存在するのが、雪華達の住む五龍島である。
そして本日は、めでたくもタワー完成を記念した祝賀会が行われる。天の国の技術を持ってしても完成までに実に15年の歳月を要したた。大戦争後に国交が数百年ぶりに結ばれるとのことで、国はお祭り騒ぎである。
雪華達の任務は、そこに参加する天の国の王子から、タワーのコントロール権限を持つ腕輪を奪うことだった。この腕輪は天の国で開発され、普段は天の国の国王が所持しているらしい。
今日は特別、記念パーティーに王子がその腕輪をつけて地の国にやってくる貴重な機会である。
腕輪を使えば、タワーを破壊し、空の国と地の国の国境を断絶することができる。
圧倒的な技術力を持つ天の国に対し、地の国は和平を結ぶしかなかった。しかし、汚職と独裁政治にまみれた地の国の支配層は、天の国の自由で平等な風は一般市民に与える影響を危惧していた。
そのため、テロ行為に見せかけて計画的にタワーを破壊することで、天の国を怯えさせ、積極的に国交を持とうとする意思を絶とうというのが、この皇帝の意図であった。
今回は、通常の任務と比べて警備が厳重であることに加え、パーティーに出席しても「遠縁の娘」で誤魔化しやすいため、雪華に白羽の矢が立った。ベテランの2人は、むしろ雪華のために咄嗟の判断が試されることが多いサポートに回ることとなった。