きちんと散らかった部屋・缶コーヒーはデフォルトだけど【篝の事件ファイル2】
私は捜査一課に勤める刑事。妻を亡くし、性同一障害を抱える高二の我が子、篝と二人暮らし。仕事では敏腕と噂されるが、実は篝から事件解決のヒントをもらうことも多い。
「まあ、事故でまちがいないだろう。普段から同僚に『妻が家事をしなくなった』とこぼしていたそうだし」
休日の昼下がり、部下の片山からの電話にそう答えながら、一つの事件に区切りがついた安堵を味わっていた。
電話を終えると篝がほうじ茶を入れてくれた。篝は自分で緑茶を焙じてから入れるので香ばしい。
「事件が解決したの?」
「うん」
捜査は終わったわけだし少しなら話しても構わないか、そう思って気の緩んだ私は事件の概要を我が子に語ってしまった。
「自宅で後頭部を打ち付けて脳挫傷で亡くなった方がいてね。ちょうど倒れていたところにバーベルがあって。事件性がないか調べていたんだが、外部から侵入した形跡はないし、不運な事故ということで一件落着だ」
「ちょうど……」篝は私の言葉を繰り返した。
私はスマホに保存していた現場写真を見せた。
「ほら、ずいぶん散らかっているだろ。何かに躓くか足を滑らせるかして転倒したんだろうな」
私は死亡現場のリビングの写真を画面に表示させ篝に渡したが、篝はその写真は一瞥しただけで、スクロールを繰り返し、他の写真を見ているようだった。
「きちんと散らかしているんだね」篝は感心したように言った。
「どういうことだ?」
私の問いかけに、
「だって見て。この脱衣所のタオル。きちんと色分けして折山をこちら向きにぴしっと並べている。リビングは散らかしているけれど、本棚の本、高さを揃えて並べている。カーテンレールも棚の上も埃ひとつない。掃除を済ませた後でわざと散らかしたみたいに見える」
篝は私にスマホを返しながら言った。
私は改めて写真を見た。
私の心はざわついた。
男性の葬儀の際に感じた違和感、涙一つこぼさない妻、それと対照的に激しく泣きじゃくっていた女性がいたことを思い出したからだ。
「おい、調べなおしだ」
片山に電話をかけた。
結果、その泣いていた女性は亡くなった男性の不倫相手だった。男性と妻の関係は冷え切っていた。
そしてこの二か月で、男性が二度も自損事故を起こしていたことが判明した。突然の眠気に襲われた、との供述が残っていた。男性の妻がネットで睡眠薬を購入していた履歴も出てきた。
男性の妻は何度も試していたのだ、手を汚さぬ殺人を。未必の故意を装うことを。だが、そこに強い殺意があればそれは確定的故意となる。殺人事件だ。
捜査本部は俄かに慌ただしくなった。
出先で缶コーヒーをすすりながら、篝のほうじ茶が恋しくなった。