07 座標爆散バグ
俺たちが発見したのは、黒曜石の天井に突き刺さって、明らかにおかしな挙動をしているツボの姿だ。
ジジジッ、ジジジッと左右に不規則にブレる様子、これをバグと言わずしてなにをバグというのか。
「条件は融合バグ、ベクトルバグ、座標バグ、だったな」
「うん」
「あのツボはまさに黒曜石ブロックと融合している。そして繁華街でも見た通り、一度回転しはじめると、謎の力が加わって止まらない」
頭がハマってしまった通行人が回転し続けて止まらなくなっていた。あのツボは、言うなればベクトルバグという名の呪いを宿した、曰く付きのツボだったわけだ。
「融合バグとベクトルバグの条件は既に満たされている」
「ちょっとまって、融合バグは4種類以上重ねないといけないわ」
「それについても問題ない」
俺は自分の右手を掲示した。
「それは……」
「俺の手首は今、バグってる」
俺の右手首には、ウニ子が切り落とした手が未だにくっついている。応急処置をしただけで、バグを解消してるわけではないのだ。
「ツボ、黒曜石、俺の手、ウニ子の手、この4種類で条件が達せられる……あとは」
そして最後、これが一番の鬼門だ。
「座標バグは、あのハゲ野郎のヅラを使う、奇しくもお前が盗もうとしたそれだ」
「ほーーんと、無茶考えるわね、アンタ。確かに材料は揃ったわ」
「ならば後は実行するのみ。俺が貸せる知恵はここまでだ。この組み合わせを使いこなし、勝利を手繰り寄せるのは、あんたの実力にかかっているぞ、ウニ子」
なにせ、俺は材料があっても料理ができないのだから。
ウニ子は俺の左腕をしっかりと掴んだ。意図はわからないが、多分離してはいけないんだろうと思ったので掴み返す。
「いい、ぶっつけ本番よ」
「ああ」
「いまからあんたを引っ張って天井に向かって飛ぶ。空中であんたを投げるから、ツボに手が届いたら、躊躇することなく右手を突っ込むの」
「どこに突っ込む」
「その、なんか、ポリゴンがジリジリってなってるでしょっ、そこに頑張って、こうっ!!」
しゅんっ、とジャブを打つ。結局俺も頑張らなければいけないらしい。バグなんてやったことない。そんな簡単にできるものだろうか。
「じゃあいくわよ」
「ラジャー」
心の準備なんてする暇もない。1秒でも早く抜け出さなければマグマの餌食。ウニ子は即決する。
「1」
「2の」
「「3っ!!!」」
掛け声と共にウニ子が飛び上がる。空歩する。俺は引っ張られる。彼女が飛べる限界高度まで。
その高さへ届いたら、今度は細い腕から出力されてるとは思えない怪力で張り上げる。
俺の身体はウニ子の頭上へと浮かぶ。背筋と腹筋を使って姿勢を開き、少しでも距離を稼ぐ。
その間も彼女と繋いだ腕は離さない。
そうして天井ギリギリに到達し────
「いけっ!!」
バグったツボにバグった手をブッ刺した。
◆◆◆◆◆
「なっなんだってこんな爆発がぁ!!!?」
黒曜石もマグマも、突如起きたストームによって巻き上げ、回転し、外側へと広がる。
まるで合わない歯車がいよいよ外れて弾けるように、飛び散る。
「「これが、座標爆散バグ!!」」
「なにぃぃぃぃ!!」
ハゲ野郎もその仲間も、無慈悲なバグパワーにもっと吹っ飛ばされる。あの体勢ではチートを使おうにも思うようにいかない。
「そんで!!こっからどうするウニ子!?」
「ナイフよ!!これでツボから手を切り離せっ!!」
「了解した!!」
ツボにめり込んだ一本腕、そこに刃物を当てる。それを思いっきり引いて、筋と断つ。
「うあぁぁあああ、痛えええええ」
「ちょっ!?アンタばかなのっ!?なんで痛覚感度切ってないのよっ!!」
赤いポリゴンの噴き出す右腕から激痛が。いや、痛みが大きすぎて逆に何も感じないくらい麻痺してしまう。
俺の身体にしがみつくウニ子が遠心力に身を任せて飛び上がる。片腕を掴んだままなので俺も引っ張られる。
「あたしが座標バグを発生させるっ!!着地は自分で頑張って!!」
「わっ、わかった!!」
俺はウニ子の手を離す。地面に振り下ろされて、カッコいい着地なんぞできるはずもなく、無様に墜落した。
────爆散によってマグマもビチグソみたいに撒き散らされたので、安置が存在する。そこに着地するやいなや、爆心地から走って逃げる。これでいい。
中心のツボはどんどんその回転力を加速させて、爆破の規模を強大化させていく。
「て、てめぇら!!待ちやがれぇ!!」
空中で身動きが取れなくなったハゲとその仲間がヤジを飛ばすがもう遅い!!
「待たない。そしてお前らはもう追いかけられない」
「はん、ハッタリだ、俺たちもここを抜け出して……」
「無駄よっ!!弾け飛んだブロックに自由はない!!無論、ブロックに地に足をつけていたあんたたちも!!」
「まさか……当たり判定融合バグ!?クソ!!黒曜石が足から離れねえ……!!」
そう、今回の爆散は黒曜石ブロックの建築物を起点に引き起こされたものだ。俺たちを含めて、そこに地に足をつけていたものは全て、バグの対象内になってしまう。
足をナイフで切り離さない限りは、逃れることはできない。
そしてそんな暇は与えない!!
「ヅラ、貰っていくわよ」
「なっ!?」
荒れ狂う衝撃波の中を悠々と駆け回る小さな黒い影。こんな状況でもハゲの頭上に止まり続けたヅラをウニ子が掠め取り、ツボの元へと駆けていく。
「なにするつもりだぁ!?」
「ヅラを黒曜石に融合させる!!」
ツボの真下にきたかと思えば、その地面にヅラを叩きつけてめり込ませた。
その光景を俺はただ見守るのだ。
「俺の腕、ウニ子の手、ツボ、黒曜石、座標バグが起きているヅラ、ヅラと同期しているハゲ、ハゲが踏んでいた黒曜石ブロックから伝染し同様に足をつけていた仲間全員」
全てのギミックは繋がった。
「あぁ、ああ!?やめろ、やめろぉ!!!」
奴は青ざめた。気がついたか、この座標爆散バグの恐ろしいところは、爆散したその後だ。
「繁華街でみたよな、5秒毎に爆散する店を……あれ、爆散した後は中央に収縮するんだぜ」
「う、う、うわああああ!!!」
撒き散らされたマグマと黒曜石が、再びツボが存在する中央へと掻き集められる。
ハゲとその仲間も、ブロックに当たり判定が融合されている為、掃除機に吸い込まれるように中央へと巻き取られる。
「戻ってこい!!ウニ子!!」
「はっーー!!」
そんな中を駆け抜けて、決死の帰還を試みる。この時ばかりは彼女の表情にも余裕はない。
せっかくここまでやったのに自分も奴らと同じように巻き込まれてしまうなんて、悲惨すぎる。
「ウニ子!!!」
「ぬぅぅぅっ!!!」
伸ばした腕をしっかり掴む。今度は融合で無理矢理じゃない。しっかりと俺の意思で、ウニ子の意志で手を取り合う。
暴風域から抜ける。
後に聞こえるのは、ハゲと仲間の断末魔。
「や、やめろおおおおっ────」
ぐちゃり。ツボと、黒曜石と、数人のチーターが混ざり合ったバグった箱が完成した。
「ははっ、マジで成功したっ」
「完全攻略」
こうして俺とウニ子は、敵を撃破する。
◆◆◆◆◆
5秒に一回弾け飛ぶ黒曜石とチーターたちの様子はさながら花火のようで。思わず「たまやーー」と掛け声を上げてしまう。
彼らはもう死ぬこともできない。一生ああやって吹き飛ばされて収縮されてを繰り返す。
「無限リスキルに対してバグで封印とはなかなか洒落たオチね」
「ああ」
ウニ子が満足げに笑った。それから俺の腕にポーションを垂らすと、黄緑色のポリゴンと共に新しく生成され、完治する。
「これで今度こそお別れか?」
「そうなるわ、ほんと。あんたっていかにもトラブルメーカー。今後一切関わりたくない」
「……トラブルを起こしたのはウニ子だ」
「うるさい」
相変わらずツンケンしている。まあ俺も、特段関わろうという気持ちはないのでいいんだけど。
「アンタ、これから"アカウント乗っ取り"の犯人を探すんでしょ?」
「アテはないが」
「その、気をつけなさいよっ」
「というと?」
「あのハゲが言ってた通り、あたしたちみたいな一匹狼はいろんな敵を作るわ。ここに味方なんていない。自分のことは自分で守るしかない」
「忠告どうも。でも俺は、大丈夫だ」
そっちこそ、気をつけろよと返して、俺はこの場を立ち去る。
ウニ子もまた、別の方向へと歩き出す。
「ウニ子」
俺は自然と別れを惜しむように振り返っていた。しかし彼女の姿はもうない。
「ははっ。加速バグか。はやいな」
向き直って、長い旅路を歩み始めて────。
「……うぼぁっ!!」
首を吹っ飛ばされたのはその後だった。
死の直前、その視界に移ったのは紛れもなくウニ子だった。
その手にはナイフが固く握り締められ、確かな殺意を目に宿す。
「ふんっ!!よくもさっき、あたしのことハゲに売ろうとしたわね!!」
「……」
そんな。俺たちは一緒に協力した仲間じゃないか。過去のことなんて水に流そうじゃん?あっ、ダメですか、うーーん。すまん!
「覚えておきなさい?ここにいるのは敵だけ。信じられるのは自分のみ。あたしも、あんたも」
追加の一撃が、俺の視界を奪い、絶命する。これで『貴方はナイフで刺されて死にました』という文字が行動ログに刻まれるだろう。
俺が【アンダー】サーバーに来てはじめてのゲームオーバーだった。
ウニ子はやっぱり酷い奴なんだなと思った。
「ふぅ」
……さて、どうしたもんか、いまリスポーンしたら、あのバグブロックの中に復活して融合バグが成立する。そうなると詰み。
とてもやばい状況だが、残念次回に続く。
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