05 ブロック組み替えチート
中世ヨーロッパ、よくある石と木造の建築だ。黒いフローリングは手入れが行き届いているようだが、家の主は留守みたい。
俺は礼儀を重んじるタイプなので「お邪魔します」と言っておいた。
ちなみにフード女は言わなかった。なんて無礼な奴なんだ。
「ふう、さて。チッ。ほんとめんどくさっ。どうやって切り離したものか」
女の子は被ってるフードを脱ぐと、ぴったりとくっついた手首同士を上げて、腐ったものをみるかのように、眉間に皺を寄せて睨む。
黒い髪の毛がウニみたいにチクチクになってるド派手なツインテール、赤と青の結び目が特徴的だ。俺はこういう髪型は嫌いじゃない。ゲーム楽しんでる感じがして好きだ。
「俺はアズマ。あんたの名前は?」
「はぁ、なんで言わなきゃいけないのよ……」
「教えてくれきゃ、どう呼べばいいかわからん」
「別に、なんでもいいわよ。アンタとこれから関わるわけでもないんだし」
彼女はくっついてない方の。つまりは左手の方にナイフを出現させた。革の穴手袋をしてあるので、ちょっと握る仕草がとてもカッコいい。
ああ、ちなみに今のはバグじゃない。インベントリから道具を取り出したときの正常な動作だ。
「じゃあウニ子」
「はぁ?センスないのアンタ!?」
「チクチクしてるのが似ててわかりやすい」
「誰の髪型がウニですって!?」
嫌なら名前を教えろと言う話。そうじゃなければ髪型はウニみたいたのでウニ子だ。
ナイフをこちらに向けて「殺すわよ?」とにこやかに言ってきた、その気はないんだろうが怖いからやめてほしい。
ウニ子はそれを反転させて、突き立てるような握り直す。
その様子を尻目に俺はもう一度同じことを聞く。
「お前、俺のアカウントを乗っ取ったのか?」
「だから知らないって言ってるじゃん、そもそもあたしここに落ちた理由そんなしょうもない事じゃないから」
「違うのか?」
「全然っ違う!!これだから噂は……いつだって尾鰭がつくから嫌いっ!!」
そう言いながら彼女は、自分の腕にナイフの刃を当てている。
「おい何してる?」
「手をぶった斬るわ。そうすればあたしと離れられるでしょ。あんたも。まあ、手首から別の手がぶら下がった状態になるけどそういうアクセサリーだと思って我慢して」
「なら俺の手の方を斬れ」
「はあ?別にどっちでもいいでしょ。ハイグレードなポーションかければ治るんだから」
ここゲームだった。
ウニ子は自らの腕をナイフで切ると、切除に成功した。断面は赤いポリゴンになって誤魔化されている。そこはリアル系じゃない。
そのあとポーションをかけるとあら不思議、腕が生えてくる。トカゲの尻尾みたいに。この挙動もバグじゃなくて正常。
「さて、これでもうおしまい。あなたとはキッパリお別れ」
「寂しいけど、そうだな。ウニ子はどうやら俺が探してる犯人じゃないらしい」
「ふんっ、あたしは全然寂しくないけど」
「……お土産にツボいる?」
「いらない。てかなんでそれまだ持ってんのよ」
「記念に」
馬鹿馬鹿しい、と、ウニ子は鼻を鳴らし、フードをかぶった。
この部屋から出ようとする。
ガチャリとドアノブを回して、扉を開けた。
「はっ……?」
「どうした?」
すると妙な声を上げた。なにかあったんだろうか、と、俺は開けたドアの向こうを覗き込む。
「壁……?」
そうしたら外の光が入ってくることはなく。代わりに黒曜石の壁がこんにちはした。
「……いえ、それだけじゃ終わらないわ、これ」
「??」
すると今度は家の壁が。一瞬で全部黒曜石へと変換された。それはまるで、構成が、文字が、数字が、データが書き換えられてしまったかのように。
意図も容易く、魔法のように、強制的に、筋書きを破壊するかのように、切り替えられてしまう。
異常、あきらかなる異常。
一体何が起きているというのか。まさかここはトラップ?入ったら部屋が組み変わる開かずの間?
「……」
「……」
気づいたら俺たちは二人仲良く、黒い堅牢の中だ。
「やられたっ……!!あのハゲやりやがった……!!ブロック組み替えチート!!」
「チート……」
「けどどうしてっ!!位置がバレた!?」
なぜ俺たちの隠れた場所がわかったのか、その疑問については一つ思い当たる事がある。
「なあ、ウニ子。お前はヅラを盗んだんだろう?それ、"本物"か?」
「そんなの決まってるでしょ、本物に……いや、まさかっ!?」
ウニ子は焦ったように、インベントリなら奪ったヅラを取り出した。
するとそれは、ノイズが入ったような現象と共にその姿を変貌させる。ジジジッ、ジジジッ、と音を立てて。化けの皮が剥がれる。
プロペラのついた小型偵察用ドローンに、すげ変わった。
「チッ!!スカ握らされたわっ!!」
偽物だったそれをぶん投げて即座に破壊する。
「ミスを気にしていても仕方ない。ここから出る方法を考えるぞウニ子」
「言われなくても考えてるっつーの。ていうかあたしに命令しな────」
「出ようとしても無駄だぁぜ!!」
「「っ!?」」
どうやら彼女は最初っから泳がされてたらしい。
その証拠に高笑いが聞こえるとともに、黒曜石の天井が開門する。
「アハハハハッ!!まんまとひっかかったぁな!!この阿呆が!!」
こちらを見下ろす男は、やはりさっきのハゲ野郎。そしてそれを取り囲む"仲間"と思わしき集団。
「俺たちぁ、お前らみてえなノリの悪い奴がだぁいすきなんだ」
「ぃ……」
「ガキぃ、特にテメェは、俺たちチーターに楯突いたときた。当然報いを受けるべきだぁな?」
「っ……」
ウニ子は苦虫を噛み潰したかのような表情をしていた。それをいい気味だという風にハゲ野郎は笑っていた。ふーむ。いやな状況だ。不愉快。
「おいハゲ」
「あぁん?」
場を制するように、一歩前に出た。
「おうおう?あんたぁさっきの新入りじゃあねえか……なんだよぅ?文句を言いたそうな表情だなぁ?」
「……」
奴は首を傾げる。だが俺は黙って奴の目を離さない。するとやがて静寂が訪れる。
数秒もすれば、ハゲは痺れを切らし始める。だがそのタイミングで、すーーっと深く息を吸って、こう放つ。怒りの真言を────。
「悪いのはこのウニ子だろう?俺を巻き込むんじゃない」
「なっ!?えぇ……」
「おま、おっ、お前っ……!!」
ウニ子を指差す。なんだこいつふざけたウニみてえな髪型しやがって。やっぱ嫌いだ。
真実を話そう。そうすればこのハゲもわかってくれる……なんで呆れた顔をしてるんだ?
「おい、敵ながら言うのもなんだが、それでいいのか、そのガキ、仲間じゃねえのか……」
「仲間な訳があるか。融合バグとかなんとかいって、俺を数メートル引き摺った挙句、こんな部屋に連れ去りやがってちくしょう。とてもひどい奴。コイツ、オレの敵。ハゲ、オマエ、オレの仲間。オーケー?」
「人間のクズ……!!人間のクズだお前!!」
「黙れウニ子、クズは貴様だ誘拐窃盗犯」
「さ、最低……っ!!なに、ほんとっ、想像を絶する最低さなんだけどっ!?」
目をまんまるにされて驚かれても困る。俺は普通だ。凄く常識的な思考回路を持っているんだ。"常に自分ファーストの精神でいろ"と、ネットで読んだ古事記にもそう書かれてある。
「ハゲ、協力しよう。ここから出してくれ。俺はこのウニヘッドをマリモヘッドにさせることはできるぞ。つまりは坊主って訳。お前とお揃いだ、はははっ」
「……あぁ?」
ほらね。やったぞ「ああ」って言ってくれた。正直に言えばわかってくれるんだ。俺なりのジョークも公を制したのだろう。こいつは協力しようっていう意思表示に違いない。
「あのなぁ。黙って言わせりゃ、人様に向かってハゲハゲハゲハゲ……」
「ど、どうしたハg────」
「テメェもソイツと同類だゴルァ!!なぁに『俺は悪くない』みたいな顔してんだ!!協力して逃げた癖に仲間ぁ売るな下衆ぅぅ!!」
「なにぃ!?」
黒曜石の天井が閉門し始める。ウニ子とは仲間じゃないのに、なんでわかってくれないんだ?
「これより、ここいら一体地域にいるプレイヤーは、死ぬとこの黒曜石の箱にぶち込まれるよう、リスポーン地点が強制される!!」
「なんてデタラメな能力……!!チートか!?」
「チートだ!!そいでここにマグマ流し込んでぇ……そしたらどうなるかぁわかるよなぁ!?」
「わからない……!!」
「わかんねぇか!!バカめ!!無限リスキル成立だ。死んでも一生マグマ漬け!!テメェらは一生このゲームできないねぇ?」
アハハハハと高笑いする。それはちょっと許せんぞ!!
「待てよ」
俺はつい、手に持っていたツボを投げていた。怒りに身を任せて、つい。しかしそれも虚しく、無から出現した黒曜石に挟まって勢いを殺される。
「アッハッハ!!残念!!」
「貴様……なぜこんなことをするんだ!!」
「なぜ?」
俺の問いに、彼は、こう答えた。
「袋叩きに丁度いいからだよバーーーカ!!じゃぁなあ!!数秒の余生を二人で精々楽しむんだぁなぁ!!」
完全封鎖。俺たちは再び黒曜石の中に幽閉された。そしたら今度は、空中にマグマが発生して垂れ込んでくる。
これもチートの力だというのなら、あまりに強力無比過ぎる。弱ったな……。
「────おい、ウニ子」
「なに」
こういったピンチの状況ならどうすればいいか。まず取るべき選択は。
考えればやはりこれしかないだろう。
「一緒にあのハゲ殺すぞ」
「嘘でしょ!?よくもそんな事言えたわねっ!?」
俺はよく他人から、図太いと褒められる。