03 アカウント乗っ取り
次に俺がやってきたのはファンタジーによくある下町。
左右どちらにもギチギチに出店が構えられている。
あっちには肉をぶっとい包丁で叩ききる料理屋……そっちにはFPSとかでよく出てくる武器をそのまま売ってる世界観ぶっ壊しな武器屋。
そしてあれが、ギチギチ過ぎて間に挟まってる家が5秒に一回ペースで爆発しては再建されてるお店。
そしてあれが、ツボに頭を突っ込んできりもみ回転しながらゴーシュートしてる通行人。
そしてあれが、「この先、人との距離を置きましょう(バグって融合します)」という注意書き立て看板と、それを無視したせいで股間から馬の頭が生えてしまい号泣しながら、ポーションを買う通行人。
これが混沌か、と、改めて理解しつつ、俺はその間に自分の行動ログを確認していた。見るのはもちろん、俺が違反行為をしたとされる、その時間。
「深夜の2時52分、不正ログイン……」
誰かが、俺のアカウントを使って、良くないことをしている。そのせいでこんな混沌地獄に突き落とされたのなら、なんとも許し難いことだ。
必ず突き止めて報いを受けてもらう。俺のスタンスは『やられたらやり返す、倍返しだ』
……どこかで聞いたことあるセリフだな。
「なんだあれは?」
そんな怒りを抱きながら歩いていたら、繁華街の向こうから喚き声が聞こえる。ざわめきが徐々にこちらまで伝播し、何か事件の予感がする。
聞き耳を立てて聞いてみよう。
「────おい!待て!誰かそいつを捕まえてくれぇ!!」
聞き覚えのある声だった。というかさっき聞いたばかりの声だった。会場にいたハゲのおっさんだ。彼は何かを追いかけている。目を凝らしてみよう。追いかけてるのは?
「……女の子?」
浅黒い装束に身を包み、フードでよく見えないが、なんとなく小さな女の子っぽい。それがこっちに向かってきて────。
「はやいっ!?なんだあの動きは!?」
腹ばいになってうねうねしながら、文字通りバグみたいな速さでこちらに急接近した少女。
あまりにも気色悪すぎる挙動だった。
そいつは俺の目の前で止まったかと思えば、体勢を人間のあるべき姿、二足歩行へと変えると、そのフードの隙間から覗かせる眼とぴったりと合う。
見えたのは一瞬だが彼女が慌てて隠れる場所を探しているのは確かだった。
顔を横に振って周囲の状況を確認する。
「……」
「助けてええぇぇ、ツボに頭がぁぁぁ」
「……」
そんな彼女が次に目星をつけたのは、さっき見た、頭がツボにハマって、コマみたいに回転する通行人だった。
「お、おい。何するつもりだ、あんた……」
ここで思わず俺はそいつに声をかけた。本当に何をするかわからなかったからだ。
そうしたら彼女は笑った気がした。
容赦なくツボを蹴っ飛ばしたとき、さすがの俺も吹いた。
「おぶっ!!!」
頭がはまってた人はその衝撃ですっぽ抜ける。
身体がプロペラみたいに回転して、四肢がもぎ取れながら雲の上へと消えてった。
多分【アンダー】の中でもトップクラスにえぐい死に方してる。南無三。
「……」
一悶着あったが彼女は冷静。左右を確認する。それから俺に一瞥すると、そのままツボの中に足を入れた。
「なあ、あんた」
「シッ……」
彼女は人差し指を口に当てた。すると足にツボを嵌めたままジャンプする。そして。
ツボの中に身体がストンと入っていった。
もう一度いう。そのままツボの中に身体を入れた。
僅か頭が入るかどうかのサイズに全身を入れてすっぽり収まった。
身体のサイズは少なくとも150センチある。つまり物理的にあり得ないってことだ。
「おかしい。その空間どうなってるんだ?四次元ポケットか?」
俺は地面に落ちてるツボにを拾い上げてみる。
「おい」
「シッーー!!」
ツボの中はテクスチャの関係で真っ黒。何も見えない中、まんまるの目だけが描写されている。カートゥーン作品に出てきそう。
「これは、どうやって中に入っているんだ?」
「だからっ、シッー……黙ってて……ここに隠れてることは言わないでよね……」
するとツボの中に入った少女はいやいやという風な返事をした。
程なくして、さっきのハゲのおっさんがやってくる。ぜえぜえと息を切らして。
「あ、おいさっきの新入り!!この辺にフード被ったガキ見なかったか!?」
今手に持ってるコイツのことだ。ツボの方を見た。まんまるお目目を顰めて「やめろ、絶対に言うな」と頼んでいるようなのは、誰でも分かる事だろう。
「どうかしたのか?」
「あ、あぁ。ソイツにヅラを取られたんだ」
「ヅラ……」
元々被れてなかったやつでは?というツッコミは入れない方がいいのだろうか。でも確かにさっきまでハゲ頭の上に浮いてたヅラが消えていた。可哀想。
「なんでヅラを取る必要が?」
俺はツボの中の彼女への問いかけも兼ねるように、目の前のハゲのおっさんに事情を聞いた。
「おそらくヅラが上にズラされて固定される座標バグについて研究し、ゆくゆくは瞬間移動バグを開発する為だろう」
「ヅラだけに」
「ああヅラだけに」
「そんな重要なのか、あのヅラ」
思わず手に持ったツボに目をやった。みるな!と合図された。
しかし、どうしようか?俺は正直、この子を庇ってやる必要は微塵も無いし、盗んだ方が悪いに決まってるのだから差し出して終わりだ。
────しかし判断しかねる。ぶっちゃけどちらも初対面で片方はハゲのおっさん、片方は可愛い女の子。どっちの味方したいっていったら後者になる。ごめん全国のハゲ頭の皆様。
だからこの女の子が完全に悪人かどうか、少し確かめる事にしよう。
「その、犯人に。瞬間移動バグを開発されたら、なにか良くない事でも?」
「あぁ、奴はな、表で"アカウント乗っ取り"をやらかしてここへ落ちた。生粋の悪質プレイヤーだ。何するかわかったもんじゃあねえ」
話が変わった。俺は全国のハゲ頭を守る、勇敢なる戦士だ。