18『マザーハッカー』
「これでいい」
俺は汗を拭う。今いるのは豆腐住宅地ではない。ここはゴミの廃棄場所。
ところで、ここはゲームなので、生活していてもゴミが出ない。じゃあなぜゴミの廃棄場所があるのか。
理由は、ここが誰かの手によって造られた"建造物"だから。
誰が作ったのかは知らないが、ここにあるどんな立派な建物よりもウィットに富んだ作品だと俺は思う。
さて、そんなところに俺は自分のベットを立てて、新しいリスポーン地点とした。
これにも理由がある。
「生活圏とリスポーン地点を同じ場所にすると、家がバレた瞬間にリスキルが成立する、であれば離すのがいいだろう……うむ、これでベットも廃棄物っぽい配置になったな」
殺風景な白シーツが風景によく馴染む。あとはこの場を離れてこっそり家に戻り、今後の作戦方針を立てるとしよう。
「しかし、逃げ場がないっていうのは辛いことだな」
中に入れば警備隊や住人たちに"殺され"、外に出ればチーター仮面の雷撃の餌食。今現在、俺の立ち位置はお世辞にも良いとは言えない。
この状況を打破するなにかがあれば……。
「おっと、その前に人が来たか」
足音が聞こえた。これは自慢だが俺は耳がいい。僅かな音の変化を聞き分けられる。
俺はすぐさまゴミが積み上がってできた山の裏に隠れて、息を潜める。
「……あれは」
その足音の主はとても見たことのある顔だった。
「っ……」
淡い水色の髪の、赤い縁の眼鏡の少女。少し前に会ったことがある。たしか、バグってしねと言われたような。なんてことだ、酷い人だった。
「はぁっ……はぁっ……」
怯えている、のだろうか。いや、まだ足音が聞こえる。走る音。人数は4、いや5。
「あはははっ!!ぼくから逃げれると思ってんの?ほら、追い詰めた!!フランキッスちゃぁん」
「……」
うわでた。
やってきたのはクソデブ。『キング』だ。ということはその取り巻きは……。
「大人しくしろ、手荒なことはしたくない」
迷惑垢BAN三銃士の4人。勇者御一行。まずいなこれじゃ家に帰るのも難しい。
しかしなんだってアイツらがここにいるのだろうか。淡い髪の……フランキッスと呼ばれた少女を追いかけてきたみたいだが。
「きみぃ、この連合基地内でチートが使えるって、聞きいたんだけどぉ?おかしいよねぇ?」
────なんだと?
『キング』はいま、そこにいるフランキッスという奴が、チートを使えると言ったのか?
おかしい、ここでは『魔女』ジュリスの手によってそれは出来ない筈ではないのか。
「どうなの?」
「……」
「うーーん、黙秘!!こまったねぇ……勇者くん」
「了解っす、ギルドマスター。おい、フランキッスてめえ」
「いっ!!ぅぁああああっぁ……うぇぇぇ」
悲痛な叫びが聞こえる。悶え苦しむような。
命令を受けた『ゆうしゃ』の手にあるのは、あれはドクドクソード。ドクドクソードじゃないか。
ここからはよく見えないが斬りつけた……のか?
「『マザーハッカー』のフランキッスちゃん?『魔女』にも匹敵する貴方の技術力があれば作れるよねーえ?チーター仮面から逆探知されない遺体の発見方法をさ!!」
「いっ、嫌だっ……」
「なによこいつ、傭兵の癖に生意気ね!!」
「悪いことはいわねぇ、キングの言う事を聞きな」
「渡して……」
よってたかって、圧をかけている。『警備隊』や他の住民が助けに来る様子は……まるでない。彼女と味方は誰もいないようだった。
孤立無援。それが傭兵の性ともいうべきか。
「これ以上苦しみたくなかったら、探知機を出しなよ」
「っ……はぁっ、はぁっ。出さねーよっバーカ……」
「……勇者くん」
「了解っす」
「ぁぁぁぐっ!!うぐっぁ、うげぉぉぉおぇぇっ」
えずく声と、吐瀉物の垂れる音。苦しさが伝わって、こっちの胸が締め付けられるくらいだ。
畳み掛けるようにキングが語りかける。
「あのねぇ。連合軍のこれからは協力しなくては、いけないんだよ?『大戦犯』を探して処刑する為にも、遺体を発見して乗っ取り事件の犯人を探すのにも、貴方の技術が必要なんだ」
「はぁっ……それなら、あんたらは持ってるっ……はず……」
「残念なことにそれじゃダメなんだな。従来の奴じゃチーター仮面に逆探知されちゃうぞ」
「そういうことだ。探知機を作れ。グレードアップしたものを」
一体これのどこが協力なんだろう、俺はそう思った。こんなのは搾取だ。
奴らの狙いははっきりしたな。座標探知modだ。単語をバラけさせればなんとなく意味がわかる。
座標、探知、mod。さしずめ物を自動で探してくれるようなプログラムだと思う。そういえば勇者御一行の僧侶枠がそんなものを持ってた気がする。
「はぁっ……はぁっ……お断りだよそんなのはよぉっ……どっかいけクソデブっ」
「あららら、あららららら、あら?なんだぁ?態度は。お前そんなえらい身分じゃないよなぁ!?tier5プレイヤー!!」
「ろくに表での"活躍"もない癖に、キングに楯突くんじゃないわ!!」
「聞くにお前さん、【アンダー】に落とされた後、親サーバーに戻ろうとしたら即バレしてここで晒し上げになってたよなぁ?」
「『マザーハッカー』なんて大層すぎるわ。『即落ち2コマ』っていう二つ名のほうがお似合い」
なるほど。親にハッキングするから。うむ。たしかに『即落ち2コマ』の方がわかりやすい。
「ははっ……ファッキンだぜ、ゴミども」
「「「なんだとコラァ!!!」」」
前言撤回。普通にマザーファッカーの方だった。
んきーーーっと、猿みたいな金切り声を上げた。いい気味だ。「ファッキンだぜ、ゴミども」だと。中指を立てている。
なかなかどうしてあの少女、面白い。
「ああ!!わかった、ええわかりましたとも。そういうことならいいでしょう。『ゆうしゃ』!!コイツ半殺ししろ!!」
「……っすけど、いいんすか?やりすぎはログアウトに追い込む可能性が」
「それならそれでいいわ!!こんな目障りなゴミ、その技術を役に立てないなら殺せ!!はやくっしろよっ!!!」
「了解っす」
あいつ、やる気だ。地団駄を踏むキングと冷徹に剣を振るう勇者の姿はとあまりにも、なんというか、酷い。
ドクドクソードを大きく振り上げた。どうもあの剣傷口の大きさによって効力の強さが変わるらしい。今までのかすり傷とは違う、重傷を負わせる気でいる。
もう、このゲームに一生ログインできないぐらいのトラウマを植え付けさせるために。ゲーマーとしての心を折るために。
現実じゃないこの世界において。"殺す"という単語が持つ意味はそういうことだ。
「ああ」
それは、ちょっと許せないな。
「後悔するなよ、フランキッ────」
「おい」
俺は声を上げた。するとわかりやすく全員が反応する。ゴミ溜めより登場したのは、例の指名手配犯だ。そりゃ動揺するに決まっていた。「なぜここに!?」と。
「俺を探していたんだろう?ほら。ここにいる、探知機は必要ない」
「『大戦犯』……」
両腕を広げて、隙だらけであることをアピールする。まだあっけに取られている。口が空いててなんだか面白い。
「こっちだ」
「おいまて!!あいつだ!!あいつを追え!!ぜっっっったいにぶっ殺せ!!!!」
俺は手で誘って挑発して、一目散に逃げ出した。廃棄場を出て入り組んだ住宅街へ。逃亡、逃亡。
できるだけフランキッスとベッドがある場所から遠くへ。死角が沢山ある路地裏ルートへ。突き進む。突き進む。
「────『大戦犯』氏が、わたしを助けた?なぜに!?」
フランキッスがそう言ってた。
……ので後ろにいる俺はこう返した。
「いや?助けたわけじゃあないぞ」
「ぬわぁっ!!えっ……あれぇ……!?」
驚かす気はなかったんだが、フランキッスはわたわたと慌て出した。
「ななっ!?さっき逃げて行ったはずなのに、ももも、戻ってきたぁ?どういうバグですか……?チートですか……!?」
「そんな難しい話じゃない。見えない場所に回り込んで、ある程度撒けたら自害。そしてここにリスポーンする」
「りすぽーん……?ベットは……」
「あそこに置いてある」
ゴミの山裏に溶け込ませた、面白みのない地味なベッドを指差してみせる。フランキッスはなるほど、理解を示す。
「ずっと見ていた。キングと勇者御一行にいじめられているようだった」
「見てたんかい……忘れてくれたまえ……あと、助けてほしいなんて言ってないので、余計なお世話」
だそうだ。確かに言ってなかった。でも彼女が助けてほしいなんて言ってないように、俺も助けたつもりなんて微塵もなかった。
この行動は超自己満足的な理由があってやったことなのだ。
でもそれはそれとして、俺は女の子が苦しんでいる姿を見るのは嫌だった。常識人なので。
「強がりはよくない」
「強がり?はっ!あんなのは、へっちゃらなのです、よ。へへ」
「の割には随分苦しそうだったが」
「うるせー。『大戦犯』氏が来なくても余裕で耐え。お礼とか期待しないで欲しい、ので……そんじゃさよなら」
そそくさと立ち去ろうとする。もう話しかけないでくださいと言わんばかりに目を合わせずに。
困ったな、俺は話がしたくて、アイツらを追い払ったのに。フランキッス本人まで居なくなってしまっては本末転倒だ。
「待ってくれ」
「待たん……!!『大戦犯』と関わったら碌なことが起きないに決まってる……!!」
「そんな」
酷い悪評。自分でも笑ってしまうぐらい酷い。やらかしたことの大きさを今になってヒシヒシと痛感する。
だがしかし、それで後悔することも、引き下がるわけもない。
「俺は『大戦犯』じゃない。アズマだ。フランキッス、さっきも言ったが、俺だって助けたつもりはないぞ。あんたと挨拶がしたくて、アイツらが邪魔だったからやったことだ」
「え?あい、さつ?」
「そうだ。日中の返事をまだもらってない。『バグってしね』は挨拶じゃない」
「……」
フランキッスはきょとーーんとしていた。もしや忘れたとは言うまい。俺はあれが少しショックだったんだ。そんな酷いことを言われると思ってなかったから。
「謝って欲しいとは言わない。俺はただ、あんたと話がしたい」
「……」
「────おい、見失ったぞ!!どこだ、取り敢えず廃棄場に戻りますか?」
「ああ!そうするぞ!!」
「「っ!?」」
フランキッスが返事を言う前に、遠くからキング御一行の声が聞こえた。
こっちに戻ってくるようだ。まずいな。
「ここにいたら見つかる、とりあえず場所を変えよう」
そうして、俺とフランキッスはひとまず、見つからない場所へと退避することにしたのだった。