15 糞転がし
────フンコロガシ事件。
当時【ワールドリミックス】の6弾目のアップデートにて、多種多様な昆虫NPCを新たに配置することに決定した。
いままでせいぜいタランチュラとサソリぐらいしかいなかったものが、ヘラクレスオオカブトを筆頭にスズメバチ、ホタル、カマキリ、チョウチョ、トンボ等々、華のある虫たちが追加された。
その中でも砂漠ゾーンの地下に配置されたのが、スカラベ、つまりフンコロガシ。
このフンコロガシは少々特殊で、時間が経てば経つほど、転がしてる糞がモノを巻き込んで肥大化し、やがて障害物になるという、エリアギミック的な要素があった。
そんなフンコロガシに惚れてか、自分のギルドで飼って養殖する昆虫大好きプレイヤーたちが後を立たなかった。
その結果、どうなったかというと……不具合が発生した。
◆◆◆◆◆◆
「糞転がし?」
俺は身体をこわばらせたまま首を傾げた。
「お前、知らないのか……あの事件、増殖したフンコロガシがありとあらゆるものを糞の中に飲み込んで、ワールドマップ3割を破壊した伝説の融合バグを……!!」
「そ、そうよ。あの事件以来フンコロガシは表サーバーから削除されて、NPCとしては史上初めて【アンダー】に追放された!!知らないの……!!?」
「被害者は数千人、大陸1つ消えた大事件だったんだ、当然だよね……」
「悪いことは言わねえ……迂闊に動くな、巻き込まれてバグるぞ!?」
そうか、なるほど。つまりこのモザイクウンチの中で揺れ動くソレは……プレイヤーだったものらしい。
融合バグでの封印は俺もみたことあるし、ここで引き起こしたこともある。
それがどれだけ危険かもわかっていた。
「わかった。俺は、ゆっくりと、この場を立ち去ることにする」
「あ、ああ、そうしろよ……尾行してたことはこの際水に流す」
勇者御一行もこれにはお手上げといった感じか。俺ももうこの状況でまだ追跡を行うわけにもいかない。
ここから立ち去って……む。
「無理だ」
「え?」
「無理だ『ゆうしゃ』もう、既に、左手が巻き込まれてる」
「はぁ!?」
どうやら手遅れだったらしい。俺の腕がずっぽりとクソの中に埋め込まれて離れない。このまま動けば、フンコロガシを刺激することになり、もっと酷い結果が待っているに違いなかった。
「ふ、フンコロガシを殺せ!!そうすれば抜けれるかもしれねえ!!勇者、俺に武器を!!」
「いやだめだ戦士!!いまフンコロガシ本体を殺すと、クソごと消滅して、連合軍基地にリスポーンする!!」
「じゃあ私の魔力で吹っ飛ばす!!」
「だめ、だめだよ魔法使いちゃん……!!もしパワー負けしてたら、ウンチに吸い込まれて逆にでっかくなっちゃう……!!」
「クソ、なんてこった!!打ってなしかよ!!」
全員が頭を抱えた。いやはやこんなことになるとは想定外もいいところ。俺は今割と真面目に人生最大のピンチかもしれない。
ずるずるとひきこまれていき、次第に肩まで到達する。
「勇者御一行、これやっぱりダメなのか。ダメそうなのか」
本当に詰んでしまったのか、そう聞いた。勇者が口を開く。
「……諦めろ」
「あ、ああ俺たちも助けてえのはやまやまだが……自分のタマを賭けるほどの義理がねえんだ」
「と、いうか、漁夫の利狙いで勝手に尾行してきた奴だし因果応報じゃない?」
「魔法使いちゃん……わたしも正直そう思う」
「そうか」
どうやら、万策尽きたらしい。ではこのまま諦めようか……否、そうはならない。
まだ俺はこの方々に頼る方法しか模索してない。自分の力を使っていないのだから。
「……いや、打つ手なら一つだけある」
「「「「!?」」」」
そう。決してあきらめてはいけない。俺はまだ復讐を成し遂げていないのだから。
どんなに汚いことをしようと、どんなに恥をかこうと、手のひらを返そうと、裏切りをしようと、漁夫の利をしても、それこそウンコまみれになろうと、これだけは譲らない。
一度決意したものは絶対に曲げない……!!
「右手が空いている、俺はバッターボックスに立つ」
「────お前、それはっ!?」
インベントリから、その拳に握られるのは、コンニャクだ。
「バグコン……!?あんた何をする気だ!?」
「まさか、だけど、そんな!?」
勇者御一行は固唾を飲む。言っておくぞ、俺の覚悟は本物だ。
「最適解が組まれたぜ」
先程魔力で吹き飛ばそうとしても威力が負ければ仇になるという旨を言った。
だが逆に威力が勝っていればいいのではないのか?
「そうか、バグコンでウンチを吹っ飛ばすのか……!!いけるかもしれねェ!!みんな衝撃に備えろ!!」
勇者が仲間たちを引き連れて、遠くの方にある岩陰へと逃げていく。それを確認してから、俺はコンニャクを構えた。
「いくぞ……」
腕を引き伸ばす。
肩を使う。
思いっきり叩きつけるように。
────振る!!
「おちんちんバットォォォォォォ!!!!!」
おちんちんとウンチが接触した瞬間、威力999999999の大衝撃波が起こる。火山が噴火するように、あるいは堰き止めたダムが崩壊するかのように、糞が解放されて空中へと解き放たれる。
その威力たるや、地を鳴らし、空を震わせ、心臓に響き渡るぐらいの轟音を引き起し、災害規模のクソの隕石が周囲に降り注ぐ。
「やった……!!」
「や、やったぜ!!」
「よくやった傭兵の兄ちゃん!!」
「……いやこれ自分でやらかして自分のケツ拭いただけでは?」
「魔法使いちゃん……わたしもそう思うけど雰囲気いいから喜ぼう!!」
俺と、勇者御一行はパーティの垣根を超えて、苦難を退けた喜びに舞い上がる。特に勇者は初対面の時から考えられないくらいに、俺以上にテンションが高かった。
多分ツボったんだろう。
「あっはっはっ!!バグにバグをぶつけたせェでバグみたいに吹き飛んでるぞ!!はっはっはっは────あぁ、待てまずい」
「どうかしたのか?」
だが喜んでいるのは本当に束の間だった。こんなにも膨大なデータバグを引き起こし、糞が上空へ噴出され周囲の土地に隕石のように降り注いでいるのなら、突然被害が出る。
岩が砕け、地表に穴が、そして今……あのチーターたちの集落に聳え立つ美少女キャラクターの顔面に、糞が。
「「「「「あ!!!!」」」」」
べちゃり。
「……」
まず沈黙。俺と勇者御一行はそれぞれ顔を見合わせた。順番に、引き攣った顔、青ざめた顔、何してくれとんじゃとこちらを睨む顔、本当に何してくれてんだお前と言わんばかりの凄く冷えたような死んだ顔。
俺は、盛大にやらかした。
「────っ!?」
そして次に落雷が落ちる。
ズドンという重厚なる振動。胸を突き刺したかのような感覚。今回の件の原因となる俺に釘を打って射止める。
大地は割れて、黒煙を撒き、そこから現れたのは……。
「……私の作ったオブジェクトを破壊したのは、貴様らか?」
その姿は、仮面の騎士。表情なんか全く読み取れない。だがその口調は明らかに激情の色を含んでいた。
人が怒った時を表現する時に、雷が落ちるとは言うが、これは直喩的にも比喩的にもそうだった。
奴だ。怒気に溢れたチートプレイヤーが1人、降臨する。
勇者が言った。
「あいつは……チーター仮面!!」