伝説のバンドの前奏曲
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「それではヒメカはエリサーナ様の神託を受け、布教活動をし、1万人の信徒の合唱を捧げる使命を与えられたのですね」
意識を取り戻したアネットに私の事情をオブラートに包んで説明した。
「その方法を考えてるんだけど、なかなか良い案が見つからないのよねぇ」
「この教会ではミサの後に合唱を披露していますが、メンバーは20人くらいで聴いて頂ける参加者も同じくらいの人数です。ヒメカに参加してもらえば少しづつ人数は増えそうですが、1万人となると何百年かかるかわからないですね」
もちろんこの異世界でも人間の寿命は変わらない(むしろ短い)から何か劇的な手段を探さなければ私の使命は果たせない。
「ぎゃ~~~!!!」
二人の作戦会議が煮詰まった頃、教会に女性の声が響いてきた。
「インナ?!どうしたの?!!」
アネットは私を置いて 慌てて教会の奥へ走って行った。
(なにこれ?殺人事件?!コ○ン君は居るの?!私のアリバイは大丈夫。だよね?まさかアネットが犯人で時限爆弾的な罠を仕掛けて私を証人に仕立て上げようとしてるの?!)
私が独りでパニックを起こしているとアネットが他のシスターを連れて戻ってきた。
「ヒメカ、、、あのね、、、」
アネットはなんだかもじもじしながら、凄く申し訳なさそうに聞いてきた。
「今夜なんだけど、、、ひま?」
この誘いが私の運命を決定付けることになった。
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アネットが連れてきたシスターはインナという竪琴の奏者で、先ほど絶叫を上げた人物だ。
どうやら虫に刺されて指が腫れてしまい、今夜の仕事に支障があるらしい。
レストランで演奏する
つまりJAZZbarやブルー○ートのような場所で音楽を提供できる奏者を派遣する仕事。
『音楽と芸術の女神』に相応しい活動だと思う。そして教会の重要な現金収入らしい。
「こんな指じゃ演奏することはできないわ。ヒメカ、突然で申し訳ないけど、貴女に演奏して欲しいの、エリサーナ様の信徒として。先ほどの素晴らしい演奏ができるヒメカなら必ず先方にも満足して頂けると私は信じています」
アネットはインナの手を取りながら私に懇願する。
(やっぱりこの子はグイグイくるわね。ようはライブの代役ね。面白そうじゃない!腕が鳴るわ♪)
「分かったわ。私で良ければその仕事 任せて!」
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~大きくて綺麗なレストラン『妖精の舞踏会』~
(想像してたよりもライブスペースは小さいわね)
インナに連れられて来たライブレストラン。ここは音楽よりも食事に重点を置いているみたい。
開店する前にオーナーさんに挨拶をして控え室で課題曲?の練習をしたり、他の奏者の様子を伺ってみることにする。
「ヒメカは2番手で演奏して欲しいの。選曲は任せるわ。その時の雰囲気で貴女のレパートリーから適当に弾いてくれれば大丈夫よ。最後に合図があったら先ほど教えた曲を弾けば皆さん満足してくれるから」
「何時間でも任せてちょうだい」
別にワンマンライブするわけじゃなく、BGMを演奏するだけだ。
(それにしてもピアノが設置されているのは嬉しい誤算だったわね)
店内は100人くらいのテーブル席があり、その片隅に小さなステージが設置されている。
ステージ上にはピアノやハープ、ギターのような弦楽器が置いてあり自由に使えるみたい。
開店してすぐにお客さんが続々と入ってくる。かなりの人気店らしい。グループやカップルが多く、家族連れなんかは見当たらない。
「最初の奏者が入ってきたよ。彼はこのレストランの従業員で開店から忙しくなるまで演奏しているわ」
インナは何度も出演しているらしく、流れを詳しく教えてくれる。
彼はピアノを弾き始めた。食事中の会話を邪魔しないように軽めの曲を選んでいるようだ。
(そう言えば、ここって異世界なのに音階や音律は同じなのが不思議だわ。曲調はどこかの民族音楽みたいだけど凄く心地良い。これなら私の音楽も受け入れてくれそうね)
1時間くらい様子を見ていたら店内が満席になったようだ。
「おーいウルード!人手が足りねぇ!戻ってきてくれ!」
レストランの厨房から奏者に声が掛けられた。
ウルードと呼ばれた彼は演奏をキリの良いところで終え、立ち上がり礼をした。
そして再びピアノの前に座った。
「ねえインナ、彼は戻らないの?」
「もちろん仕事に戻るわよ。でも見ててごらんなさい」
すると歓談中のお客様が皆おしゃべりを止めて静かになった。
そしてピアノの旋律が響きだす。
「あれ?これって、、、」
「そう、さっきヒメカに教えた曲よ。この曲を最後に弾くのがお決まりみたいなものなのよ」
お客様の中にはピアノに合わせて歌を口ずさんでいる人もいる。国歌とか『川の〇れのように』みたいな皆が知ってる定番の曲らしい。(異論は認める)
演奏が終わるとウルードは立ち上がり礼をして厨房へ帰っていった。お客様の拍手と共に。
「さて、ヒメカどうする?まだ時間が早いから出なくても文句は言われないわよ?」
「そんなの決まってるでしょ?お客さんを退屈させるなんて私のミュージシャン魂に傷がついてしまうわ!」
パチリとウィンクをするとインナは不思議そうな顔していた。
「ミュージシャン?それが貴女の職業名なの?まあいいわ、頑張ってね!」
私はギターを手にステージに上がる。
まばらな拍手で迎え入れられる。黒髪黒目の容姿が珍しいのか、初めて見るギターが気になるのか好奇の目で見られてるみたい。
ふと入口の方を見ると濡れたお客さんが入ってきた。
(雨か、、、そうだ!)
最初はショパンの『子犬のワルツ』でも弾こうと思ってたがそれじゃダメだ。
今日は私の初舞台。妥協と惰性の選曲なんてしてたら存在意義がなくなってしまう。
(守りになんて入らない。攻めるのみ!)
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