皇女殿下の婚姻 ~突き付けられた離縁。その時、屑は何を思うのか!?~
度々の駄文投稿申し訳ありません。
短編と三人称の練習です。
この物語を読む当たって、皆様の常識が通じない可能性がございます。また、誤字脱字など確実にあると思いますので、ご注意ください(´・ω・`)
「殿下」
ゆっくりと両手に持ったカトラリーを置いたフェミリア・フォン・パールバルは、対面に座る自分の夫アレクネル・ヴィ・ベルドラントル第一王子を呼んだ。
呼ばれたアレクネルは途端に顔を顰め、手巾で口元を拭うとフェミリアを睨みつける。
「何用だ?」
そう言いながら話すのも面倒だと言わんばかりに、フェミリアから視線を外したアレクネルは、己の側妾マルガリータを膝の上に抱きあげた。
政略結婚でもないこの生活の始まりは、四年前の震災である。
アレクネルの住まうランドル王国を中心に発生した地震は、ただ建物を壊すだけではなく、人の営みにも大きな影響を与えた。王国の北では飢饉が起こり、それに付随するように疫病が流行った。それは次第に南下し、王都にまでその手を伸ばしたと言う。
死者の数は数千人~万人。流石にランドル王国だけでは対処出来ないため、近隣諸国に支援物資や食料を頼みなんとか一年後には病が収まりを見せた。
それにより漸く一息つけると安堵していたランドル王家だが、今度はランドル王国の豊かな土壌を手に入れんと、協力した国々が次々にその貸しを取り立て始めた。
ある国は、金を払えないのなら第一王子であるアレクネルの婚約者にと自分の娘を娶らせようとしたり、別の国では国王自身に側妾として親子以上に年の離れた娘を娶らせようとした。
それに危機感を覚えたランドル王国の現国王は、この大陸で随一の国土を誇るパールバル帝国――フェミリアの祖国へと相談を持ち掛けたのだ。
本来であればパールバル帝国ほどの大国が、大陸でも端の方にある小国ランドルの相談に乗る必要は全くなかった。だが、パールバル帝国の皇帝は、ランドル王国から訪れた使者が持ち込んだ二通の手紙により否と言えなくなってしまったのである。
一通目の手紙は、数代前のパールバル皇帝により、一人嫁ぐ事になった皇女がいつでも困ったら母国を頼れるようにと御璽付きで書かれていた。
そして二通目は、その皇女が自分の子孫のために困ったときはパールバル帝国に、これを見せ助けを求めるようにと書かれた手紙であった。
その手紙を読んだ現皇帝は、頭を抱えた。
パールバル王家では血族の約束事は絶対であり、例え既に儚くなった者でもその言は有効である。故にランドル王国を支援するしかなかった。
そこで問題になるのが距離である。
東南の海から内陸にかけてを手中に収めているパールバル帝国から、北西に四つの国を跨ぎ二か月もの時間がかかる。
間にある四か国を無視して、突如理由もなくランドル王国へ大陸一のパールバル帝国が支援すれば、間に挟まれた国々が邪推しかねない。それだけでも面倒この上ないのに、間にある四か国の内の二か国が、ランドル王国の第一王子であるアレクネルへ王女を嫁がせようとしていた。
パールバル帝国としては、揉め事を何としても避けたい。その一念を取すための協議は幾日にも及び、慎重に進められた。
結果――王族が婚姻関係を結ぶためと言う理由をこじ付け、三年間のみランドル王国の復興支援を行う事が決定する。報告を聞いたランドル国王は諸手を挙げて喜んだ。
だがしかし、ここで再びの問題が発生する。
両国に婚姻を済ませていない姫が一人しか残っておらず、その姫もまた婚約者が既にいる状態だったのだ。
王族同士の婚姻でなければ理由をいくら並べたとしても不平がでる。そのため、パールバルの皇帝は、なくなく第一皇女であるフェミリアの婚約を解消し、ランドル王国第一王子アレクネルと婚姻を結ばせる事にした。
そうして、和平条約と銘を打たれたそれが交わされてから三か月後、フェミリアはアレクネルの元へと嫁いだのである。
三年の月日が経ってもアレクネルは、フェミリアを見下し、格下と決めつけ悪態をついている。それは、この城に入った日から変わらない。
(もう、十分ですわ、約束の三年をわたくしなりに耐えました。もうこの人に見切りをつけて良いでしょう? ベルゼビュートお兄様)
豊満な体を持つマルガリータとわざとらしくイチャつくアレクネルにフェミリアは、穏やかな声音を意識してこの婚姻を終わらせるべく言葉を紡いだ。
「本日をもちまして、わたくしフェミリア・フォン・パールバルは、アレクネル・ヴィ・ベルドラントル様との婚姻関係を解消させて頂きます」
これ以上ないほど美しいカーテシーを披露したフェミリアは、返事を待つ事なくアレクネルたちに背を向け食堂の扉に向かい歩く。
一拍遅れでアレクネルが、声を荒げ机に拳を叩きつけ暴言を投げつける。
「ふざけるな! 貴様など、私の妻だと思った事など一度もない! 嫁の貰い手がないからと哀れに思い正妻の座を与えてやっただけだ!! さっさとこの離宮から出ていくがいい! この恩知らずが!」
そんなアレクネルの怒声もどこ吹く風のフェミリアは、さっさと廊下を歩き自室へ戻った。
(あら、わたくしいつから嫁の貰い手がない王女になったのでしょう? それよりも、恩知らずなどと言われるとは、驚きですわ)
☆ ★ ☆
部屋に入るなり、パールバル帝国から共に来た侍女のセーランが「全て準備が整っております」とフェミリアに報告する。
「あぁ、要らないものも全て置いて行くからセーランお願いね。それから、マシューお兄様からの連絡は入っているかしら?」
(この国から与えられた物はないけれど……。この後、多額の借金を背負う事になるこの国のために残してあげるべきだわ)
セーランはテーブルへ紅茶と軽い菓子類を置き「畏まりました」と返事をすると、確認作業をするためドレッサールームへと入って行く。
一方で、パールバル帝国から遣わされたフェミリア専属の護衛騎士であるマシューは、懐から一通の手紙を取り出し差し出した。
「フレードル殿下からです」
「ありがとう」
開き見た紙には、短く“昼過ぎには着く、それまでなんとしても身を守れ”とだけ書かれていた。
『貴様に良い事を教えてやろう』
紛い物の夫婦になって二年と七ヵ月。
ニヤついた顔でアレクネルがフェミリアに珍しく話しかけた。アレクネルの良い事=自分にとっては良い事である可能性はないと理解しているフェミリアは、静かに話の続きを待った。
『フン、私に嫌われ邪険にされる貴様には一生縁の無い事だろうがな。私の愛しいマルガリータが、ついに私の子を宿したのだ』
胸を張ったアレクネルは、気に入らない正妻のフェミリアをまず貶してから、側妾のマルガリータが子供を宿したと宣った。そして、愛おしそうにマルガリータの張ってもいないお腹を摩る。
(この方は、いったい何を勘違いされているのかしら?)
アレクネルがいる場では、いつもビクビクした様子で彼に甘えるマルガリータが『あ、あの、せ、正妃様を差し置いて、も、申し訳なく思っておりますのよ?』とアレクネルに半身を隠しながら潤んだ瞳で訴えた。
(本当に申し訳ないと思っている女性ならば、そこでわたくしに見えるよう笑ってはいけませんわ)
どうでもいい事だと思っていても、王女教育を受けたフェミリアは笑顔を張り付けマルガリータに祝福の言葉を贈る。
「まぁ、それは――」――おめでとうございます。と、続けようとしたフェミリアの発言に被せ、アレクネルが「また、マルガリータを虐めるつもりだろ!」と、喚き忌々しそうに睨みつける。
「いえ、わたくしは――」――お祝いを申し上げたいだけですわ。と、言いかけてまたも、アレクネルから「私のいないところで、私に愛されないからとマルガリータに嫉妬し虐めているのだろう!」と、訳知り顔で怒鳴られ、最終的には出ていけと部屋を追い出されてしまった。
妊娠が判ってからと言うもの、食事を摂りに食堂へ向かえばアレクネルにマルガリータを害するつもりだと邪推され、廊下で体調などに変わりはないかと問いかけただけで堕胎させようとしているなどと言われる始末。
(わたくしの本来の目的は、ランドル王国の復旧支援が終わるまでの時間つぶしなのですけど……。あの方たちと話が噛み合う事が一度たりともありませんでしたわ)
嘆息したフェミリアは、そう言えばとマルガリータの怯え方やこれまでの彼女の行動を思い出し、タイミング良く部屋へ戻ったセーランに問いかける。
「ねぇ、セーラン。わたくし、マルガリータ様に対して何か酷い事をしたかしら? 特に接点は無かったように思うのだけど?」
「姫様。アレはダチュラですわ。深く考える必要もございませんわ」
「そうなの? あら、あなたは彼女をダチュラだと思ったのね。わたくしは、ビデンタータだと思っていたわ」
セーランの言うダチュラは、パールバル帝国の南海岸地帯のみに咲く花である。花言葉は、愛嬌と偽りの魅力。一方フェミリアの言うビデンタータは、どこにでもある雑草の一種でパールバル帝国では、引っ付き虫などと言ったりもする。花言葉は、人懐っこいと二重人格。
(どちらにせよセーランとわたくしの見解は似たり寄ったりなのね。彼女の事もきちんと調べてあるし、後はお兄様に丸投げしましょう)
冷たくなった紅茶を飲み干したフェミリアは、その後マシューに誰にも会わない事としっかり施錠するよう伝え、その時が来るのを部屋で待つ事にした。
♢
その頃、格下に見ていたフェミリアから一方的に夫婦関係を解消されたアレクネルは、マルガリータを部屋に下がらせイライラと執務机を指先でトントンと叩き、どうやってフェミリアに懇願させようかと思案していた。
(あんな見た目だけで、可愛げのない女でもパールバル帝国の王女だ。その権力や財力を捨てるのは惜しい。どうにかしてあの女を……! そうだ! あの女の純潔を奪ってしまえば、あの女の事だ。いやでも縋りついて泣くはず! そこで私が無下に扱えば……)
思い立った妙案に、アレクネルはすぐさま殊勝な様子の文字を綴りフェミリアに訪問したいと先触れを出した。
だがしかし、既に見切りをつけたフェミリアがアレクネルの来訪を受け入れるはずもなく――アレクネルの計画は、頓挫してしまったのである。
♢
兄フレードルの来訪が告げられたのは、手紙に書かれていた通り昼を少し過ぎた頃だった。施錠した扉を数回叩く音が鳴り、そば近くに立っていたマシューが対応する。一通りやり取りを終えたマシューは、読書中のフェミリアへ声をかけた。
「フレードル殿下とベルゼビュート様がお見えです」
「お通しして」
空いた扉の先から、自分に瓜二つの銀髪、紫の瞳の顔が覗きフェミリアは嬉しさから走り寄り飛びついてしまう。
「フィル兄様!」
「おっと、元気そうだねミリア!」
「ずっとお待ちしていましたのよ!」
「あぁ、よく耐えてくれたね。ミリア」
可愛い双子の妹フェミリアを抱きしめたフレードルは、子供の頃のようにフェミリアの頭を撫でた。暫しの抱擁で落ち着いたらしいフェミリアは、はにかむ様に微笑むと頬を赤くしてベルゼビュートへと向かい合う。
「ミリア、久しぶりだね」
「……はい。ベルゼ様」
「迎えに来たと言いたいところだが、まだ最後の仕事があるから、それが全て終わったら――」
「はい、そこまでー。今はダメだよベルゼ」
ベルゼビュートの言葉を切ったフレードルが、ニヤっと笑いベルゼビュートを止める。
そうして、フレードルによるフェミリアへの事情聴取が始まった。
☆ ★ ☆
夕食はパールバル帝国から態々妹フェミリアを訪ねて来たフレードルとベルゼビュートを歓待するため、ランドル王国の両陛下を始め王弟殿下やその奥方など王族が全員集合する晩餐会に変更された。
フレードルにエスコートされる形で、王城内のメイン食堂――六十人は余裕で入るであろう場所を使った晩餐会会場に入ったフェミリアをアレクネルが、憎悪に満ちた表情で睨みつける。
そんなアレクネルに構う事なく、フェミリアはフレードルの横の椅子へと腰を下ろした。
何も知らない国王陛下と王妃陛下は、ニコニコと微笑みを浮かべ友好的にフレードルとベルゼビュートを迎えた。
「では、再びまみえる事が出来た喜びに――」
グラスがいきわたり、国王の音頭に合わせ『乾杯』と言う声が揃い、グラスのカチンと言う音が鳴った。次々と運ばれてくる料理に、フレードルもフェミリアもベルゼビュートも舌鼓をうつ。
(財政が苦しい中、これほどの料理をご用意して下さった国王陛下や王妃様には感謝しかありませんわ。ですが、アレクネル様と陛下方の事はまた別の話ですわ)
談笑を楽しむ国王や王妃に僅かばかりの申し訳なさを感じながら、フェミリアはフレードルへと目配せを送る。頷いたフレードルは、楽しく談笑していた面々を見回し、一度だけパンと両手を打ち合わせた。
フレードルの突然の行動に、目を白黒させつつ全員が彼に視線を向ける。それを待っていたかのように一度大きく深呼吸をしたフレードルは、懐から一枚の紙を取り出した。
「ランドル王国、国王陛下、並びに王妃陛下にまずは、三日前の八の月七日をもって三年間の支援が終了した事をお伝えいたします」
ランドールの言葉を理解した国王は、王妃と共に立ち上がり「感謝する」と口にして目礼を返した。二人が椅子に座り直すと同時にフレードルは、続けて別の三枚の紙を取り出す。
「フェミリアとアレクネル第一王子との婚姻についてですが、到着次第妹に確認したところ、二人は白い結婚――婚姻証明書に署名はしていても、同じ屋根の下に住んでいるだけで夫婦ではなかったと言うのです。アレクネル殿、間違いないだろうか?」
フレードルの発言にアレクネルは傲岸不遜な態度で「そうだ」と認めた。それにより、顔色を悪くし焦ったのは、アレクネルの父であり母である両陛下だ。
「ま、まさか! そんなはずはない。つい先日アレクネルから子が出来たと報告があったばかりだ!」
「どういう事なのですか? アレクネル! 貴方はわたくしに子供が出来たと伝えたではありませんか!」
王妃の言葉にアレクネルは自身の横に居っていたマルガリータを抱き寄せる。
「私の子を孕んだのは、マルガリータしかいないでしょう! 誰が、見てくれだけの女など、抱きたいと思うのですか?」
アレクネルの行動と言葉に、国王も王妃もピシリと固まる。
(あぁ、そう言えば両陛下は、マルガリータ様の存在をご存じありませんでしたわね)
そんな二人の横から「……見てくれだけだと?」と、地を這うような声音を出したフレードルが、殺気を放ちながらアレクネルを見据えた。
「お兄様落ち着いて下さいませ」
「だがっ!」
ひとりのんびりとグラスを傾けたフェミリアは、気に留める事なく微笑みを浮かべ「続きを」と、先に進めるよう促した。
「フェミリアがそれでいいのなら。さっさと話を進めよう」そう言って、大きく息を吐き出したフレードルは、国王陛下の方へと向き直る。
「国王陛下にお伺いしたい。先ほど第一王子は、マルガリータという女性が彼の子をなしたと告げました。私の記憶が正しければ、条件違反となるのですが……もしかして、ランドル王国は、我がパールバル帝国を国ぐるみで謀っていたのですか?」
目は据わったまま顔に笑顔を張り付けたフレードルが国王に問いかけ、国王は音が鳴るほど首を横に振り「我らはこの晩餐の席に着くまで、そのマルガリータと言う女の存在を知らなかったのだ」と、必死の形相で訴えた。
それにいち早く反応したのはアレクネルだ。
「条件など関係ない! 私が愛したのはマルガリータだけだ! そんな女に興味の欠片もあるわけがないだろう!」
「アレクネル!」
相変わらずの脳内お花畑で上から目線のアレクネルに、流石の国王も大きな声を出し黙らせた。事が事だけに、王妃の顔色は青を通り越し、白くなる。
国王とアレクネルのやり取りに肩を竦めたフレードルは、事務的な声で「ご本人も望んでいないようですから、これにて婚姻関係の終了でよろしいですか?」と国王に確認を取った。
苦々しい顔で国王も頷き、フレードルがフェミリアとアレクネルの署名が入った婚姻証明書を目の前で破り捨てた。
「今更だとは思いますがアレクネル殿はフェミリア王女殿下が、貴方の元に嫁ぐ事になった経緯や、その際に決まった条件をご存じないのですかな?」
ベルゼビュートの問いに鼻を鳴らし「そんなもの知るわけがないだろう。私が望んだわけではない」と、言ってのけたアレクネルに、フレードルの手に握られていたグラスがピシっと音を立てる。
「まったく、どういった教育をされればこうなるのか……? まず、初めにこの婚姻は、ランドル王国の復興支援のために結ばれた平和条約に基づく事をご承知いただきたい」
「復興支援だと?」
「えぇ、そうです」
アレクネルに答えるように頷いたフレードルは、何故この婚姻が決まったのかについて詳細に話して聞かせた。
「――貴方に嫁がせたのです。ですが、この婚姻には支援する側でしかない皇帝陛下により、条件が付けられました。それは――」
一、支援終了予定の三年後まで、皇女の純潔は奪わぬ事。ただし、三年の内に互いに愛し合っているようであれば、終了後に改めて初夜を迎える事とする。
一、婚姻誓約書は署名ののち、二人が初夜を終えるその日まで保管する事。ただし、二人が望んだ場合にのみ教会に提出する
一、支援が終了するまでの三年間は、両名共に愛人、恋人を作らぬ事。
一、正妻となるフェミリアに跡継ぎが出来るまでは、アレクネルに側妾、愛人を持たせない事。
この条件のどれか一つでも守られぬ場合、その時点で婚姻は解消され支援を停止する事とする。なお、この条件に対する謀り等が発覚した場合、それまで支援した物の全てを謀った側が支払うものとする。
「――ご理解、頂けましたか?」
「……」
まるで子供にでも説明するかのように丁寧に説明したフレードルは、アレクネルの返事を待たず言葉を続けた。
「さて、ここで問題になってくる項目がいくつかある事にお気づきですね? 貴方はいつからマルガリータ様とお付き合いをされていたのか、正確な日付でお答えいただきたい」
日付と両国の王のサイン、御璽が押された契約の紙をアレクネルにも見えるように腕を突き出したフレードルが、真顔で問いただす。が、アレクネルは未だ事の重大さが分かっていないのか「そんなもの、二年も前だ覚えていない」と言ってのけた。
「マルガリータ様が離宮にお越しになったのは、二年と二か月前の六の月二日ですわ」
それまで黙って事の次第を見ていたフェミリアが、自分の手帳を開きアレクネルの証言を肯定する。その姿にフッと表情を緩めたフレードルは、アレクネルから国王へと視線を向けた。
「どうやら、二年と二か月も我々は騙されていたようだ。流石に今直ぐにとは言いませんが、両国の和議のため二年二か月と四日分の支援物と相応の金額でお支払い頂きたい」
「勿論だ。我が息子が起こした不祥事だ。出来うる限り誠実に対応させていただく」
「なっ! 何を言っているのですか父上! 騙したのはパールバル帝国です。私は何も聞いていないのだから、こんな条件は無効でしょう!」
「黙れ」
「ですがっ! この女に一切の魅力がないから、私はこの女を妻とする事を嫌がっただけです! それなのに、何故こちらから支払う事になるのですか!?」
それまでなんとか堪えていたであろうベルゼビュートが、激しく机を叩き立ち上がる。そして、美しい顔に怒りを乗せ「黙れ!」とアレクネルを一喝した。
ベルゼビュートの余りの怒気に気おされ黙ったアレクネルへ、ベルゼビュートは言葉を吐き捨てる。
「皇女殿下に魅力がないだと? こんなにも美しく聡明で、可愛らしく聖女と謳われるほど心優しい皇女殿下を妻に出来た事を感謝こそすれ、貶めるとはなんと恥知らずな。皇女殿下はランドル王国を救うために、涙ながらに私と婚約を解消したのだぞ!」
ベルゼビュートの物言いに絶句するアレクネルは、呆然とベルゼビュートの言葉を反芻していた。
婚約していた時には耳にする機会が無かったベルゼビュートの愛に、フェミリアは「ベルゼ様……」と愛おしそうに彼の愛称を囁き、顔を綻ばせ頬を赤くする。
フェミリアの可愛らしい姿と声に同じく頬を染めたベルゼビュートは徐に彼女の前へ跪く。そして、美しく整えられた右手を取ると懇願するように、フェミリアを見つめた。
「フェミリア・フォン・パールバル皇女殿下。今度こそ、私、ベルゼビュート・カウルゼスに貴方を永遠の愛する事を許して下さい。貴方を妻に迎えるためならば、私は貴方に仇成す全てを打ち滅ぼして見せましょう!」
「はい。ベルゼビュート様」
フェミリアの手の甲に口づけを落としたベルゼビュートが立ち上がり、フェミリアはベルゼビュートに寄りそい微笑みを浮かべた。
「ふざけるな! お前は私の妻だろう。堂々と不貞を行うなど万死に値する! 今すぐその男諸共切り殺してくれる!!」
仲睦まじそうに見つめ合う二人を目の当たりにした、アレクネルは逆上し怒鳴り上げると近くに居た騎士の腰から剣を抜き取り二人へと斬りかかった。
「きゃっ!」
「「ミリア!」」
「アレクネル」
だが、その剣先は二人に届く事なく、側に控えたマシューにより弾き飛ばされる。更に、フェミリアの後ろに控えたセーランにより、地に這いつくばる形で取り押さえられた。
「離せ! 私を誰だと思っている! 今すぐ離さねば貴様も同罪で首を撥ねてやる!」
暴れ、わめき散らすアレクネルを前に国王は、厳格で堅実なランドル王国を治める王としてアレクネルを見ていた。
「第一王子を捕えよ!」
厳しい声音で息子を拘束するよう声をあげた国王の命を受け、騎士たちがアレクネルを縛り上げ拘束した。
「父上! 何故ですか! 私は間違っていない! 何故なのですか!」
訳がわからないと駄々をこね言い募るアレクネルに、国王は厳しい目を向けたまま。
「第一王子アレクネル・ヴィ・ベルドラントルを廃嫡とし、そのすべての権利と権限をはく奪。また、これよりその命尽きるまで、北の塔に生涯幽閉とする! 連れていけ!」
「父上! 何故ですか! 何故私が――っ」
引きずられるようにして部屋を出るアレクネルは、最後の最後まで父上と国王を呼び続けた。そんな息子に国王は答える事なく、力を失ったかのように座った国王は、隣に立つ王妃ともども深く頭を下げ、愚息――アレクネルの愚行を心から詫びたのだった。
「国王陛下。お疲れとは思いますが、こちらをご覧ください」
フレードルに渡された書類を疲れた顔で見ていた国王は、徐々に眉根を寄せ深い皺を作ったかと思えば、アレクネルの側妾マルガリータへ鋭く厳しい視線を向けた。
「マルガリータと言ったな?」
「……っ、ひ!」
「そなた、よくもカーティス男爵家令嬢の身でここまでの物をアレクネルに強請ったものだ。我が国の民が、震災から癒えるための金をなんだと思っている!」
フレードルが渡した書類は、事前にフェミリアが調べさせ記録していたマルガリータの無駄遣いの証拠である。このマルガリータという女は、自分を溺愛しているアレクネルに強請り、国庫が厳しいと知りながらも多額の金を貴金属やドレスに使っていた。
「だ、だって……アレクネル様が何でも好きに買っていいって言ったから……」
「マルガリータ・カーティス、贅沢が好きなお前には、辺境に在り、節制と規律を重んじるベンクーバーサ女子修道院への強制収容を罰とする。また、カーティス家の関与については後日調べ、関与していた場合は爵位を取り上げ、家財その他すべてを没収とする! 連れていけ!」
「いやぁです。陛下、どうか、どうかお助け下さい。わたくしのお腹には、アレクネル様の子供がいるのですよ」
騎士に両腕を掴まれた状態で、必死に子供がいる事を理由に温情を訴えかけたマルガリータだったが、国王は「腹の子供は、堕胎させろ」そう冷たく言い放つのみだった。
フェミリアたちがのんびりと馬車の旅を終え、帰国して十日ほど経った頃。ランドル王国国王の名でアレクネルについての調書が、フェミリアの元へ送られた。
それによれば、アレクネルはどうやら学園時代の彼女の一人である少女――元パールバル帝国グレイシス男爵家長女ユリアに精神干渉を受けていたらしい。
精神干渉の疑いありと知ったランドル王国の国王は、すぐ様ユリアとその家族を捕らえた。
厳しい取り調べの結果、元男爵令嬢ユリアは、第一王子という重圧に耐えるアレクネルを支える献身的な令嬢を演じながら自身と家族から爵位を奪い、追放処分とした帝国に恨みを晴らすためアレクネルが憎悪を抱く帝国を攻撃するよう仕向けていたそうだ。
この報告を重く見たフェミリアの父である皇帝は、すぐにランドル王国の国王の元へ特使を派遣した。今後の話し合い次第にはなるだろうが、ランドル王国に対し請求する金額が少しは減るだろう。
☆ ★ ☆
そうして、半年後――。
結婚式を明日に控えたフェミリアとベルゼビュートは、今日で最後となる王城のお気に入りの庭園の木陰にいた。この半年、結婚式を控えていたため、バタバタしていたが漸く今日全ての準備が終わり、こうしてのんびりと過ごせる時間がつくれたのである。
「ミリア。一つだけ聞きたい事がある」
「なんでしょう?」
「あの条件を考えたのは……君だよね? もしかして、利用した?」
「ふふっ。えぇ、その通りですわ。だって、おかしいじゃありませんか? わたくしだけ好きな人――ベルゼ様と婚約を解消しなければいけないなんて……あんまりですわ。だから婚姻の話が持ち上がった時点で、アレクネル様の事は一通り調べましたのよ。そうしましたら、彼には既に何人も恋仲の女性がいらっしゃったの。ですから、婚姻が解消されるようにお二方を誘導させていただきましたわ」
悪びれる様子もなく言い切ったフェミリアに「悪い子だ」と言いながら、ベルゼビュートは細い身体を抱き寄せ、啄む様に口づけた。
そして、翌日。
パールバル帝国の大聖堂にて、第一皇女フェミリア・フォン・パールバルと筆頭公爵家嫡男ベルゼビュート・カウルゼスの結婚式が執り行われた。結婚式を締めくくる鐘の音が王都に響き渡り、その鐘を聞いた民たちは諸手を上げて二人を祝福したと言う。
その後、王城では披露宴が連続で三日三晩慣行され大いに賑わったとか。
<完>




