さよなら人魚姫
何気なく拾ったハンカチのお陰で、彼女と仲良くなった。フラフラと二人でフェリー内を探索したり、一緒にご飯を食ったりした。丸2日の長距離フェリーだったから、大分暇を潰せてよかったと思ってた。
ああ、思っていた。彼女が「私ほんとは人魚なの」と言うまでは……。
彼女がそう告白したのは小樽港に到着する10時間前のことだ。恐らく秋田沖辺りを航行中のことだろう。二人で甲板に出て、ぼうっと海を見ていたとき、彼女はふっとそう漏らしたのだ。
「冗談だろ?」ふっと僕はそう尋ねた。しかし彼女は「本当だよ」と言って笑った。だから私はそろそろ海に帰らなきゃいけない。そう呟いていた。
「そうか」僕は軽くそう返したが本当は知っていた。彼女は人魚でもなんでもないことを。だが、引き留める程の余裕がなかった。僕も、今回の航海で海へ飛び込んでやろうと意気込んでいたからだ。
だが、こう彼女とふらつくことになって、僕は自殺と言う選択肢を封印してしまっていたことに気がつく。ああ、生き心地というものを感じてしまったからだ。だけどだからといって他人の生死に興味が湧くほど正気を持ち合わせていたわけではなかった。彼女が笑いながら死にたがってんだ。勝手にしてればいい。そう思った。
彼女はそろそろ帰ると海を見つめた。僕はふと訊ねる。
「海に戻る前に、なにかやり残したこととかないの?」
すると彼女は静かに笑った。
「最後に、人間の温かさに気がついた気がするんだよ」
僕はその顔に突然、全てを突き刺されたような気がした。
「ねえ、僕も連れてってよ」
すると彼女は小さくこう言った。
「ダメだよ」そういって彼女は海に消えていった。