3月が終わる前に④
私は思い切って彼の通路を挟んで右斜め前に座った。一緒に行った友だちには特に何も言わず、ストーブの効いた少し大きな教室に私が入ったら彼を見つけてその近くの席を選んだ。もちろん、オードパルファムの匂いがするように彼の前を通った。
彼は彼の友だちと談笑していた。私と別れた後も太陽のように周りを照らす笑顔を輝かせていた。あの笑顔に何度私は救われたことだろう。悩みを相談したら彼は少し考えるような顔をして「大丈夫、何とかなるろ」と彼は私に向かって笑顔を作っていた。私は植物が光合成をするように「太陽」である彼の笑顔を求めていたことに気が付いた。少なくともそれは彼が受験勉強をする前までだった。
授業が始まった。私の鼻はお酒をモチーフにした香水に慣れたはずなのに大きく息を吸うとあの匂いが微かに感じた。隣に座っている友だちには匂いが強くて申し訳なかったがそれも最後の彼と私の賭けのため。私が賭けに勝てば今までの涙も報われるはず。そのために必死だった。英語は得意だったし先生の言っていることはある程度分かっている。余裕が出来たから黒板を見るふりして彼に目をやった。彼は必死にノートを取って真剣に授業を受けていた。彼は集中すると目の色を変えて勉強をする。それでも英語が出来ないのは相当苦手なんだとずっと思っていた。
授業が終わった。彼は未だにノートを取っていた。私は先に教室を出た。もちろん彼の前を通って。自意識過剰かと思うが彼の視線は感じたはず。手応えならある。夜まで待とう。私は勝ち誇った足取りで教室を後にした。
午前中に授業は終わるので私は授業が終わったらすぐに家路を辿った。頭の中には彼しかなかった。付き合ってた頃を思い出して鼻の奥がツンとした。彼は本当に優しかったし明るい性格だった。彼から悩みを相談されたことは何回かあったが悲しい目を見たことは別れる時以外は見たことがなかった。体の芯まで冷えてしまうような寒さの中、北風が襲ってきても報われると自分でも思うほどポジティブだった。
深夜12時、結局彼からLINEは来なかった。私はとんだ勘違い野郎だったんだ。もう、私の好きだった彼はこの世に存在しない。私の思い描いていた幻想でしか登場しない死んでしまった人のような感覚だ。その時私は後ろから肩を叩かれたように自分で決めたあの事がお行儀よく正座して「早くして」と言っているようだった。はいはい、分かったよ。そして涙が一気に目から飛び出した。自分の中には優しくて明るくて私のことが大好きだった彼がいるのに現実にはもういなかった。そのギャップが心を刃物のようなもので抉られている感覚になった。ありがとうもごめんねも彼に伝えられてないことばかりだ。今の私がいるのも確かに彼が私を好きでいた頃があって彼が私を1年間で変えてくれたおかげでもあった。
私はあなたに会えて幸せでした。ありがとう。
画面に向かってその文字を打ったが彼には送らないままLINEのアカウントを削除した。視力が悪いのと涙で視界が悪いのとが重なって時計が今何時を指しているのか分からなかった。冬は何食わぬ顔で私の心と体を冷やしていた。