平成が終わる前に④
その後、俺は着実に得点を重ねて春夫と差を広げた。春夫はその後も3本目だけ上手くボードに刺さらず、実質2本のダーツで戦っている状態だ。
「なあ兄貴、1本替えたらどうだ?」
「いや、いい。自分の使い慣れたやつじゃなきゃ本調子が出ない」
確かに春夫はブルを何回か取っている。が、どうしても刺さらない1本の代償は大きい。
あと3回で俺は残り64、春夫は83。かなりいい勝負ではあった。が、もし春夫が3本とも刺さっていたら俺は確実に負けていた。その点では救われたと思った。
「なあ、冬樹」
「ん?」
「もしお前が自由になれたならどうするつもりだ?」
「んー、何だろうな。まずは家を出てバイトや貯めてきたお金でやり繰りする。そして何かの店をやろうかななんて考えてる。どこに住むかはまだ分からん。1番住みやすい土地にするさ」
俺は頭の中で思ったことを春夫に言った。
その時に春夫はどんなことを思っていたんだろうか。
テレビには『平成が終わるまであと3分!』と右上に表示してあった。テレビに映っている芸人やアナウンサー、アイドル達がソワソワとし始めていた。
「俺さ、この店始めてから決めてたことがあるんだけど」
「うん」
「平成が終わる時に閉めようかなって」
「そうなのか」
「俺は昭和に生まれて平成を生きてきた。令和になるなら、俺の人生もまたそこで切り替えをしよう。って決めていた。そうしたら50手前で元号が変わるし、いいタイミングだな」
春夫は赤ワインの入ったグラスを置いて「そっか」と呟いた。
「お前がそう思うならいいさ。ただ、また他のバーを探さなきゃか」
「その点では社長に迷惑かけることになって申し訳ない」
「まあいいさ。もともとお前は藤村じゃなくて岡本の家なんだから」
テレビではカウントダウンが始まっていた。これで店を閉めるのか。自分で決めたことだが、感傷的になってきた。
「この際クサいけど、平成が終わる前にカミングアウトしまーす」
酒の勢いでポロッと言ってしまった。
「実はさ、ダーツの3本目の先が丸まってたこと気付いていたよ」
春夫の顔に一瞬表情がなくなった。が、その後に口角が段々と上がってきた。
「なんだ。知ってたのかよ」
「当たり前だろ。あんな刺さらないの今まで見た事ないわ」
「実際、俺はお前に社長の座を譲りたかった。でも、嫌だってことは知っていたし優秀なやつをこの街に留めておくにも勿体なかった。だから前日に誘いを断って先端を丸くした」
「なるほどな」
「まあ、結果的にこの街にいたけどな」
「俺にはこの街が似合ってたみたい」
「しかもここ、ジジイの店舗があった場所だったよな」
「そう。岡本が持っていた土地だってことは分かってたけど、売り払ったことまで把握してたから、なるべく岡本の人間と接触しないようにと考えてタイミングを待っていたわけ」
「俺が売却すると思ったんだろ?」
「その通り」
あのジジイの経営していた定食屋は岡本商事の借地でやっていた。が、ジジイも歳で店を閉める時、春夫はその建物を別の会社に売った。バブルが弾ける前だし駅からも近かったため、高値で売れた。
その直後にバブルが弾けた。しかし、あの建物を売ってたから岡本商事は生き残った。
「ところでさ、バー閉めてどうするんだ?」




