平成が終わる前に②
結局俺は大学に受からなかった。というより進学しなかった。その年から始まったセンター試験はほぼ満点を叩き出したが、あえて二次試験の配点が高い大学やセンター試験の必要がない私立大学を志望し、何も書かずに提出。岡本商事の幹部と岡本家では、俺が浪人をするという事が勝手に決められていた。
5年後、社長になることを岡本商事の手で、俺の将来が決められていたのだ。
そのことを春夫に話したこともあった。
「なあ、兄貴」
「ん?」
「どうなん?社長って」
「責任とやり甲斐はあるよ。案外良いかもな」
春夫は真面目な母親に似ている。1つずつ1つずつコツコツとこなし、大胆な事はしない。だから、先代のやり方を受け継いで保守的に物事を進めている。
「お前は父親似だから改革って言うんだろ?」
「よくお分かりで」
「さすが父親譲りの切れ者だな」
「兄貴も、ずっと怖い顔で机に座ってたって頭が固くなるだけ。もっと柔軟な考え持とうぜ」
「俺はお前が羨ましいよ」
「え?」
弟の前でも弱音を吐かなかった春夫がボソッと言葉を発した。しかも、悲しそうに。
「俺とお前じゃあ大違いだ。社長に向いているのはお前の方。でも嫌なんだろ?」
「ああ」
春夫のいつだって強気な姿勢は竜秋が死ぬ前まで何事もなくピチピチと働いていた姿を彷彿させていた。今のような弱気の姿を見ると、定食屋のジジイにだけ見せた弱い姿が想像できた。
「なあ、教えてくれ。俺はこのままでいいのか?」
俺は何も答えられなかった。あそこまで弱った春夫を見るのは初めてだったから。
テレビでは平成に起こった出来事を特集でまとめていた。それで哀愁にふけられる日本国民は今日も平和だった。
「あの時は本当に驚いたわ」
「まあ、俺もあまり弱音を吐かなかったからな」
「正直あの顔みたら悩んだわ。大人しく社長になろうかなって」
「でもお前は社長にならなかった」
「その通り」
俺は冷蔵庫に奥まで手を突っ込んで瓶を取り出した。
「まさかそれは」
「そう。そのまさかさ」
「取り寄せるの大変だったろ?」
「いやいや、今ならネットで取り寄せられるから」
俺は冷蔵庫からシャトー・ラ・ミッション・オーブリオンを取り出した。
「何年もの?」
「1989年さ」
「どんくらいの赤ワインだ?」
「20万ちょい。まあ、安いもんさこんくらいなら」
俺はグラスに赤ワインをついで、春夫に差し出した。そして俺もグラスに赤ワインをついで右手でグラスを持った。
「なんかあの頃思い出すな」
「確かにな」
「またダーツをするか?」
「いいぜ、やろう!」
明暗を分けたダーツ。平成の初め頃、俺らは今の俺らたらしめる賭けをした。あの頃の賭けの勝敗が逆だったら、2人で酒を飲むなんてことは出来なかっただろう。
あの夜、俺らの運命が決まった。藤村冬樹の誕生だった。




