3月が終わる前に③
1月の最後の日、私はこれで諦めようと決めていた。自分から振っておいて彼のことが忘れられなかった。でも彼からはLINEも来ることはなかった。自分でもウザいと感じる頻度でプロフィールを変えているのにも関わらず。だから思い出の香水を付けてLINEが来なかったら私はLINEのアカウントを作り直そうと決めた。お互いにLINE以外のSNSは夏休みの花火大会で写真を投稿した後一緒に消した。もうこれで本当に彼と繋がりがなくなってしまうんだと思い切なくなった。
恐る恐る箪笥の引き出しを開けてオードパルファムを取り出した。右手で蓋を上に引っ張ったら懐かしい香りがした。彼との楽しかった日々が一気に脳内で再生された。涙を流すまいとして右手首に香水を振りかけた。これは彼と私のためのこと。そう言い聞かせて香水を振りかけた方の手で家のドアを開けた。冷たい風が私の全身を包んだ。そしてあの匂いも私を通り過ぎた。
そういえば、2年の夏から付き合っていたのに彼の登校時間を読むことは至難の業だった。早く着きすぎた教室でストーブのガス栓をひねって電源を付けながらそう思った。
彼も私も部活で朝練があったことと根本的に降車駅が違うことから1度も登校したことがなかった。でも帰りは何回も一緒に帰っていた。
「お疲れ!」
「お疲れ」
彼が必死に受験勉強をしているとき、私は地方大会に向けて必死に楽器を演奏していた。部活をしていた頃と比べて大人しくなった彼が参考書の詰まったリュックを肩にかけて玄関で私を待ってくれていた。
「どう?勉強進んでる?」
「まあ、ぼちぼちかな」
「英語で分からないところは?」
「んー、そう言われても分からないところが分からないんだよな〜」
「分かる」
すっかり大人びてしまった彼の目は少し寂しそうだった。
「同じ大学目指すって言ってたじゃん?」
彼が少し俯いて私に言った。
「うん」
「もっと頑張らなきゃキツいわ」
私は知っていた。彼の『頑張らなきゃ』と『キツい』には『無理』という言葉が秘められていることを。
「判定はどのくらいなの?」
「今のところE判定。勉強してない状態でだけど不安が残るわ」
「手応え的にはどう?」
「んー、いや、間に合わせる。大丈夫、何とかする」
彼の目つきが少し変わる。不安と葛藤している目だった。
「今日の部活どうだった?当たりが強いって言ってた部長、大丈夫だった?」
「うん、今日は大丈夫だった。心配してくれてありがとう」
「うん、それなら良かった」
いつもその顔を見れて私は幸せだった。でもこの幸せも今日この時間までだった。
「……授業始まっちゃうよ」
ハッと目が覚めた頃には教室に半分くらい人が入っていた。机上には英文法書と少しだけ書かれたルーズリーフが広げられていた。この時期は私立大学の入試で公欠したり自由登校であるため授業をサボっている人もいる。ホームルームも行われなくなり駄弁って勉強をしていない人も周りを見渡せば何人か見つかった。
「私、寝てたんだ」
「うん」
「行こっか」
私にとっては覚悟のいることだった。寒い廊下へ足をつけ、彼のいる教室へ足を運んだ。