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平成が終わる前に  作者: 書常時雨
予備校へ通う前に
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予備校へ通う前に⑧

『俺は歌手って言ったけどみんなの夢って何?』

 綿雲みたいに繊細で聴いた人を包み込んでくれるような歌声からうって代わって低くてずっしりと重いいつものカサの声に戻っていた。

『私は夢を持つことが今の夢だな。まだ何がしたいのか分からないからさ』

『テツさんは?』

「俺は……」

 ……夢?確かにしばらく考えたことがなかった。とにかく大学へ行くために必死だったかもしれない。

「大学へ行くこと。かも」

『かもって何だよ〜』

「ずっと大学へ行くことしか考えてなかったの。行ければそれでいいと思って勉強していたの」

『それだと俺と変わらないっすよ。何かあるから大学へ行くんじゃないですか?』

 確かにその通りだ。叶えたい夢があるから大学へ行くんだ。でも、それが何だったのか思い出せなかった。

「やりたいことがあった気がする。それが思い出せなくて……」

 俺は小学校へ入る前の夢から思い出していった。仮面ライダー、先生、気象予報士、研究者……。人の為になる。人の為?あ!これだ。

「そう。人の為になるような仕事に就きたいの。給料が貰えなくたって人の笑顔を守れて何不自由ない普通の生活を送ってもらえるような。それが何か分からないけど、大学へ行って見つけたいと思う。見つけられるか分からないけど」

『きっと見つかるよ。だってテツさんだもん。1回浪人して絶望を経験してるんだからさ』

『イシダさんの言う通り!テツさんなら大丈夫だから』

「ありがとう」

 とても清々しい気持ちになったし俺は明日。じゃなくて今日の朝、親に決心した事を言おう。そう決めた。

「やっと家から出られそうだ。2人のおかげで」

『そう思ってくれたなら嬉しいね』

 静寂に包まれたこの世界にひとつの火が灯ったような気がした。果てしない闇の中、メラメラと内側から燃えてくる気持ちが心の中に出来た。

『じゃあ、そろそろお開きにしましょうか。もう4時になりそうだし』

『そうだね。私学校の春期講習あるんだった』

『俺も部活があるし』

「そうだな」

『では、おやすみなさい。イシダさん、テツさん』

「うん、おやすみ」

 プツッと通話が切れて1人になった。でも今までよりも寂しくはなかった。だって火があるもん!メラメラと木を燃やして焚き火には勿体ないくらいの勢いで燃えている。

 絶望を成功に変えた人は何千人、何万人といる。絶望があったからこそ今の自分がいると誇る人も同じ数くらいいる。それはその人自身が強かった訳ではない。絶望がその人を強くさせたのだ。


 朝日が眩しい。とても清々しい天気で気持ちの良い朝を迎えた。いや、やっぱ睡眠時間が足りず頭がガンガンと痛かった。

 今日から自分を変えるぞ。そんな気持ちで忙しなく仕事へ行く準備をしている両親のいる下へと階段を駆け下りた。俺が階段を下りているとき、両親は口を開き、目を丸くしていた。

「お父さん、お母さん、俺、予備校へ行きたい」

 一瞬状況が飲み込めずに3人の時は止まっていた。その後に母親が笑顔を作って「じゃあ、お金がたくさん必要ね」とご飯を口へ持ち込もうとして止まっていた父親に向かって言った。

「よーし、もっと働かなきゃな」

 2人の顔は少し嬉しそうだった。俺はそれが嬉しかった。

 どうなるか分からない未来に投資することはとても怖いことだ。でも、投資をしなければ始まらないんだ。

 来年のこの時期、ひと周り成長して地元を離れられるような人になろう。そう決意をして再び階段を上った。

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