予備校へ通う前に⑥
「もしもし」
『お!テツさん』
『テツさんこんばんは〜』
歳下であるカサとイシダさんの声がイヤホン越しに聞こえた。
『なんかテツさん落ち込んでる?』
「え?」
『何となくね、何かあったの?』
「まあ、ちょっとね」
『話してみなよ。ここはこういう場所だよ』
俺は昨日の経緯と今日の出来事を何一つ隠さずにカサとイシダさんに打ち明けた。普通なら立場が逆だがここではそんなルールはないとのこと。
『いるよ、そういう人』
『うんうん、特にこのアプリなんてそうだもん』
「やっぱり、そうなんだね」
『でも、これが社会の目なのかもね』
『ここでは顔だけど現実ではそれに加えて学歴とか』
『結局表面上でしか評価されないんだね』
「だよな〜、浪人ってだけでコンプレックス持っちゃうもん」
『確かにね。浪人の方が挫折を味わってひと周りふた周り成長しているのにね』
『それな』
話はだんだんと自分の不安を語るようなものに偏ってきた。
『実は私、去年の秋。つまり高校1年のときに死のうと思ったんだよね』
「そうだったの?」
『うん。この世界で生きていることが無駄な気がしてやりたい事も見つからなかったから踏切に飛び込もうと思ったの。でも、助けられて自殺できなかったの』
どこにでもいそうな女子の声のイシダさんが神妙な面持ちで話しているのだろう。いつもより声が低かった。
『私は死ぬ気だったの。だから意味もなく貯めていた貯金も死ぬほどやり込んだゲームアプリも処女も全部誰かにあげた。私が死ぬ前に誰かが喜んでくれるものを残したくなくてね。このアプリも私の処女が欲しい人を探すために始めたの』
『このアプリ出会っちゃいけないのにね』
『そうそう。運営にバレてないから今もこうして使えるからね』
前回の通話ではこんな話はなかったから、信じられなくて別の人と話している感覚だ。
『自殺しようとして助けてくれた人に言われたの。君はまだ死ぬべきじゃないって。夢に絶望したなら生きていればやり直せる。夢が叶わないなら生きていれば新しい夢が見つかる。夢がないなら生きていれば必ず見つかる。もう1度だけでいいから夢を探してみないか?ってね。なーんかその時の自分に響いちゃったみたいで知らない人の前で大泣きしちゃったの。馬鹿みたいに』
「そうだったんだね」
『今はどうだろう。とにかく必死にしがみついて生きようとしているの。夢を見つけるために』
「凄いな……」
俺は我が身を振り返った。果たして大学受験が終わってそんなことを思っただろうか?堕落した生活を送り、ただただ絶望していただけで何も行動に移せてなかった。イシダさんの話を聞いて「とても強い人だ」で終わってはいけない。




