予備校へ通う前に④
次の日も誰もいなくなった家でご飯と風呂と洗面を済ませ、YouTubeを見ながらダラダラしていた。
これが今の自分にとって「規則正しい生活」になっていた。いっそのことこのままで良いような気がした。
あのアプリから通知は一切届かない今が1番暇だった。YouTubeもどこか既視感のあるものばかりで「つまらない」と心が疼いていた。そのまま眠りについて起きたら外が真っ暗。いつものルーティンだ。そのうちにあのアプリからの通知が来ていた。カサとイシダさんから着信が来ており、2人に丁寧な文章を心掛けて返信した。
今日もイラッとするほど晴れていたらしい。明日も明後日もそんな日が続いて続くと俺のスマホは警鐘を鳴らしていた。こんな晴れた日が続くと、ただでさえ心が病んでいるのに精神病になりそうだった。
また今日も画面上だけにしか映らない少し暗い街をあてもなく歩いた。そこでどんな人が見て知り合いがその中に混ざっているかもしれないこのアプリで顔写真を晒している勇者を見つけた。しかも名前が「ヨルノポルノ」。どれだけドMで変態な女なんだろうか。それともリスキーなことが大好きな女なんだろうか。とても興味がそそられた。それに加えて誰でも入れる通話を開いていた。まさに美女の大バーゲン。そんな言葉が過ぎった。
もちろん、その通話に参加してみた。
通話にはいろんな人が参加しており、ガヤガヤとうるさくて誰が何を話しているのか分からなかった。
『ねえ!うるさい!1人ずつ喋ってよ!』
『蹴ればいんじゃね?』
『ねねねねねねねねねねねねねねねね!!』
『どうやって蹴るの?』
『おろろろろろろろろろろろろろろろろろ!』
『蹴りたい人のプロフィールタップすると退出させるってあるでしょ?それ押して』
『ポルノさんポルノさんポルノさんポルノさんポルノさんポルノさんポルノさんポルノさん』
『うん、分かった。』
『ねねねねねねねねねねねね……』
『おろろろろろろろろろろろろろろ……』
『ポルノさんポルノさんポルノさんポルノさん……』
イヤホンから流れてきたカオスな空気は一気に静寂に包まれて俺を含めて3人だけしか残ってなかった。
『いろんな人と話したかったのに、あのうるさい人のせいでここまで減っちゃった』
『ほんと困るよな、ふざけてんじゃん』
『そうだよね。え、今話しているのってカシワって人?』
『うん、そうだけど?』
『え、めっちゃかっこいい。どこかで見たことある』
また勇者が現れたみたいだ。プロフィールには高校生と書いてあるが画像は茶髪で加工アプリを使ってキメ顔をしている、いかにもDQNのような人だった。
『あれ?もしかしたらSNSで有名になったりした?』
『1回だけね』
どうやら今流行っている音楽に合わせて手や顔を動かす自己満足するためのアプリで有名になったらしい。今の女子は悪そうなヤツが好きなんだろうか。気が知れなかった。
『え〜!私めっちゃかっこいいなって思ってたんだよ』
『いやいや。そんな褒められるほどではないよ』
『私ね、今モデルの仕事やってるの』
『そうなん?だからめっちゃ美人なのか』
『そんなことないって。私よりカワイイ子沢山いるから!』
『Twitterとかインスタやってるん?』
『それは事務所から中学生はNG出ているから出来ないの』
は!?中学生!?ヨルノポルノのプロフィールを見てみると確かに中学生と書いてあった。顔写真は高校生か俺よりも歳上かと思っていた。
『どこの事務所なん?』
『そんなの言えるわけないでしょ!』
2人で会話が盛り上がってしまったため会話の中に入れず、1人黙ったままだった。
『トプ画さ、韓国っぽくね?』
『そうそう!私韓国のアーティスト好きなの!この写真も新大久保で撮った写真だし』
トプ画とはその人を象徴する画像であり、つまりこの街では「顔」として存在するものだ。ちなみに、俺は顔がバレたくなかったので風景の画像にしている。
『そういう雰囲気あんまり好きじゃないわ〜』
『え〜、いいじゃん』
『なんかそういう雰囲気出してる人にろくな人いない気がする』
『うわ〜、ひど。傷ついちゃうわ〜』
完全にカシワという男はヨルノポルノに嫌われたな。俺はそう確信した。おそらくほぼ初対面なのにケチをつけるなんて信じられない。と思った。
『ね〜ね〜、フォローしておいて〜』
『分かった』
『ホントにかっこいいんだけど』
『ブスが何言ってん』
『さいってい』
『ちょっと抜けるわ』
『え?なんで?』
カシワが消えた。そしてこの通話はヨルノポルノと俺だけになった。
『ねーね、テツさんでいいんだよね?』
「はい。どうしました?」
『カシワさんかっこよすぎじゃないですか?』
「確かにね」
ヨルノポルノは『話してみたいな〜』とさっき話したばかりなのにそんな独り言を呟いた。
「けど、何となくやめた方がいいかも。もしかするとあのトプ画を悪用しているかもしれないし」
『その見方もあったか』
「しかも、ああゆう人はろくな人じゃないって。会話聞いていて何とかして変な方向に持っていこうとしている気がして、ヤバいなとは思っていたんだよね」
『なるほど』
ヨルノポルノは少し不服そうな声を出していた。まだ中学生でネットを充分に活用できない情弱者である。運営がすぐに動いてくれるとても良いアプリではあるものの、アプリ外や通話では動いてくれず怖い思いをするのはヨルノポルノだ。だから年長者として止めなければならない。そんな義務感が生まれてきた。
『考えてみるね〜』
「うん。よく考えてみて」
それで一旦会話が切れて沈黙が流れた。
「事務所入ってるんでしょ?」
『あ、うん』
「そういうテレビに映っている人ってかっこいいと思うんだよね。沢山の人に夢を与えるし中学生からお金を稼げてて。それに、俺も1回テレビに出ることに憧れたけど東京から遠くて親にダメって言われたんだよね」
『そうなんだ。私初めてかも、かっこいいって言われたの』
「俺にとっては憧れから来ているかっこいいだからさ、凄くいいなって」
『ありがとう』
顔を公開して話す人と顔を公開しないで話す人。確実に前者の方が信用を得ることは知っている。これはトラブルに巻き込まれないための最終手段だと思っている。これ以上は何も出来ないような気がした。
『ねね、カシワさんから2人で通話しよ?って誘われたんだけど』
「そうなん?」
『うん!どうしよう』
お願い神様、この子が傷付くような選択をさせないで。完全否定をしてしまったら逆に反発してカシワと関わってしまいそうで、ここまで来たらそう願うしかなかった。
『え〜、通話してみるね』
「そう、いんじゃない?」
矛盾していることは知っている。だが、信用のない俺だから仕方がない。これは避けられないのだろう。
「じゃあね、またいつか」
『うん、ありがとう』
「何かあったら頼っていいからね。俺も含めてだけど、どんな人か分からないから」
『分かった』
通話が終了した。カシワが良い奴であることを願うばかりだ。
昼寝をあんなにしたのに12時を回って眠気が俺を襲った。スマホを片手に持ったまま目を閉じたり開けたりしながら、ついに目を閉じて少し暗い街と大嫌いで理不尽な世界から離れて自分1人だけの世界へと誘われた。




