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平成が終わる前に  作者: 書常時雨
「『またね』という前に」
16/33

「またね」という前に⑦

「おい山下、帰るぞ」

 岡本の声で俺は目を覚ました。上体を起こして両腕を上に伸ばしてカウンターの前の椅子から立ち上がった。

「よくもまあカウンター席から落ちずに寝れたなぁ。ウチに来る客のほとんどは落ちてるからな」

 おっさんが感心して笑っていた。

「なあ、おっさん」

「おう?」

「また夏に俺ら5人ここで集まってもいいか?」

「おう、もちろんさ」

「よっしゃ!」

「その時は連絡くれよ。ちゃーんと店開けとくからさ」

 時計の針は6時を示す前だった。こうして俺らは朝帰りをするのであった。

「なあおっさん、いつ結婚するんだよ?」

「んー、そろそろかな。俺も歳だし」

「早く結婚しろ……え!?おっさん結婚すんの!?」

「うん」

「おっさんなのに!?」

「うん」

「マジかよ……」

 岡本はしばらく固まったままだった。

「ちゃんと結婚式呼んでくれよ?」

「ああ、呼んでやるさ」

 5人全員帰りの支度が出来たことを岡本は確認して「よし、じゃあ出るか」と言ってレトロなドアの前に立った。

「じゃあね、おっさん」

「おう、みんな達者でな。大学へ行ってもオンナには騙されるなよ。特に水谷」

「あ、はい!今度こそは」

 水谷は騙された彼女の事をカミングアウトした時と同じように顔を赤くした。


 外はひんやりとしていて西側はまだ青くかった。空まで夜を名残惜しそうに俺たちが出てくるまで夜を残そうとしているようだった。とてもいい天気!平成初期の街並みが古臭くて嫌だったが今はとても愛おしかった。

「おっさんって寝てた?」

「いや、寝てなかったな」

「凄くないか?寝なくて大丈夫なのかな」

「バーだから夜しかやってないし大丈夫じゃない?」

「ああそっか」

 呑み屋が建ち並ぶこの道は夜のような賑やかさが嘘のように静かになり再び働く人が通る道へと変わろうとしていた。

 そんな中を俺らはほとんど無言で駅へ向かった。

 駅には既にスーツ姿のサラリーマンと制服を着ている駅員が忙しなく動いていた。3階のホームへ辿り着くと俺らが乗ろうとしていた電車が停まっていた。電車の中は俺ら以外乗っている人はいなかった。

「俺らだけか」

「そうみたいだな」

 今は春休みでもあり、制服姿の高校生も見当たらない。俺らの他に石鹸の匂いのした俺らと同年代くらいの男女2人組が電車の中へ入ってきた。男はぐったりとしており、女は男からくっついて離れなかった。その男女2人組は俺らの姿を確認したら隣の車両へ移った。

「電車の中で続きでもしようかと?」

「馬鹿野郎」

 暫くすると電車の発車を知らせる発車メロディーが新幹線もあるホームに響き渡り、ゆっくりと電車が動き出した。

「楽しかったな」

「ああ」

 ビルとビルの間から朝日が俺らの顔を当ててきた。

「俺、みんなと離れたくねぇよ」

「卒業式終わった後も言ってなかったか?」

 俺は出てきそうだった涙を涙腺に収めた。

「みんなまだここにいてくれないか?」

「俺は今日の午後に出なきゃだから」

 大林以外はみんな関東へ行って大学生になるのだった。

「もう女には騙されねぇぞ」

「お前らしいな、その言葉」

 1つ目の駅に到着した。この車両には誰も乗ってこなかった。

「なあ大林」

「ん?」

「アズサってどこの大学なん?」

「知らん、LINE消したから聞けないし」

 窓の外に広がっていた景色は荒れ地になっていた田んぼがたくさん敷かれていた。

「模試の後にカラオケ行った時あったじゃん?」

「うん」

「その時の盗撮されたやつ消してあるよな?」

「多分、もうどっかに埋もれてしまったよ」

「あれは恥ずかしいからよ。もう暫く会えないし最後に一に聞きたかった」

 岡本の家の最寄り駅へ間もなく到着するアナウンスを耳にした。俺は岡本の顔を見た。彼の顔は清々しくも少し寂しさを伴っていた。

「これから暫く会えなくなるじゃねぇかよ」

「またな」

「泣きそう」

 俺がそう言うとみんなが笑ってくれた。この5人でいることが大好きだった。

 電車はゆっくりとスピードを落として「開」のボタンが光り出した。

「またな」

 岡本はいつもの笑顔と振った左手の残像を残して改札口へ向かうため階段を昇っていった。

 再び電車が動き出した。

「次は俺だな」

「お前はまた会えるからいいよ」

 水谷と俺は大学が違えど通うキャンパスはとても近くにあり行こうと思えば会いに行ける距離であった。

「寂しくなったらお前ん家行くわ」

「待ってるから」

「まあ、ゲームで繋がれるけれどな」

 電車は橋を渡り田んぼの中を駆けて行く。

「都会って怖いな」

「いきなりどうしたんだよ」

「いや、ふと思っただけ」

「痴漢とスリだけは気をつけろよ」

「おう」

 生身の人間ではない声が次の駅へ到着した事を告げた。

「じゃ、俺はこれで」

 水谷が座席から立ち上がりドアの前に立った。

「じゃあな」

「じゃあな」

 緑色に光ったボタンを押して水谷が電車から降りていった。

 俺は決壊しそうな涙腺を保つのに必死だった。目はキラキラと光っているだろう。

「おい大林」

「ん?」

「浪人頑張れよ」

「ああ」

「この3人って1年の頃からクラスが同じだったもんな」

「確かにな」

「お前の元カノも元元カノも1年の頃一緒だったもんな」

「それはいらないって」

 次の駅に停ることを知らせるアナウンスが流れ、白い髭を生やした老人が2人がけの席にゆっくりと腰を下ろした。

「もしさ大林が俺らが思っている以上のレベルの高い大学に行ったらどうする?」

「んー、俺は大林なら許せるかな。コイツめちゃくちゃ頑張ったのにそれくらいは報われなきゃ」

「俺は正直嫉妬しちゃうかも。国公立大行けなかったのもあるけどさ」

 電車が徐々に減速していく。鉄道の街の駅へ着こうとしていた。それは俺らが通っていた学舎の最寄り駅でもあったのだ。

「じゃ、俺もそろそろなんで」

「一……」

「大丈夫!またゲームで会うでしょ?」

「まあな」

 電車のドアが開かれた。

「じゃあな」

 一はホームの中へ消えていった。

「ついに2人だけになったな」

「同じ保育園からの仲だったな」

「確かにな」

「それなのにちゃんと仲良くなったのは高校生からだもんな」

「不思議だよな」

 電車からは左に山、右に田んぼが見える景色へと変わった。

「浪人って辛いだろうけど頑張れよ」

「ああ」

「友だち作らずにしっかり勉強に向き合うんだぞ」

「ああ」

「関東へ来てもいいからな。俺は大歓迎だから」

「気が向いたら行くさ。あと受かったら」

 電車は次の駅に停車しドアが開かれないまま動き出した。

「本当にお前って惜しいやつだよな」

「自分でも笑っちゃうくらい」

「でもお前ってなんだかんだ人が近くにいてくれるよな」

「何でなんだろうな」

「お前が良い奴すぎるからかな」

「そんなに良い奴ではないと思うけどな」

「お前は度が過ぎるくらい優しい奴だから俺は入試で白紙を提出したんじゃないかって疑ってるからな」

「大丈夫!出来ないなりにやったからさ」

 大林の最寄り駅へ到着するアナウンスが流れた。これで俺以外のみんなが降りたことになってしまう。

「じゃあな」

「またね」

 その言葉を最後に俺は1人になってついに涙腺が決壊した。

 それでも前に進まなきゃ。みんな高校生活を過去に葬り未来を歩いて行くんだ。

 過去には誰もいなくなる。

 でも、未来には誰かが待っている。

「頑張ろ」

 白い髭の老人がいることを忘れて俺はすすり泣きしながらそう呟いた。

「店を開ける」ってここでの表現違くないか?と思われそうですが、その表現でいいんです。何故かって?

フフっそれはあとから分かりますよ。

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