「またね」という前に⑥
「あの女はサイコパスだったな」
水谷が頬と耳を赤らめながら赤裸々に元カノのことについて語ってくれた。
「最高だよな」
「しかも、同じように裏切られたヤツが同じ『タツヤ』だろ?」
「その通り。しかも、今も仲良くなってるし」
水谷がそう言うとどっと笑いが起こった。
「転部先で彼女ができておめでとうって言ってた数日後に別れたなんて滑稽すぎだな」
水谷が顔を赤くなっていたのはお酒からなのか元カノのことを話したからなのか分からなかった。
「なんなら広瀬の方がお似合いだったぞ」
「あれは恋愛対象として見れなかったな、アホだったし」
「結局お前もセンター試験で爆死したからアホだろ」
「それには何も返せない……」
「それなのに今年のニッコマ受かるってやっぱり頭良いな」
「まあ、あれぐらいはどうってことないよ」
「良い先生になるために頑張れよ」
「ああ」
時刻は2時をとうに回っていた。終電が発車して2時間以上経っているため、耳障りだった酔っ払いの声もいつの間にか消えていた。
「山下はなんと言ってもあーちゃんにLINE返ってこない事件だよな」
「やめてくれ」
今度の標的は俺だった。水谷のさっきまであった顔の赤らみが引いて俺の方を向いてはからかうような笑顔を見せた。
「あれはさー、俺が悪くなくね?」
「元凶は牛島だよな」
「アイツが俺のスマホであーちゃんを追加してLINE送ったじゃん」
あーちゃんとは山下に唯一高校生活でまともに話せた女子だった。だから山下はあーちゃんと仲良くなりたかったがどうすればいいのか分からず、教室に先生が出張で男子しかいなくなった物理の自習中に何かの形で牛島のもとに山下のスマホが手元に渡り、そのまま追加と送信をしたのだ。
「アイツは許せねぇ、しかも俺よりセンターの点数低いのに推薦でいい所受かりやがって」
「まだ言ってんのかよ」
「当たり前だろ!めちゃくちゃ頑張ったーとか大林の気持ちを考えて欲しいわ」
「俺は国立大落ちたけど都会へ行けるからまあ、結果オーライって感じだからそこまで牛島に対してどうも思わないさ」
「ただ、大林はなぁ」
大林は高校から始めた陸上を最後の大会まで辞めずに引退し、国公立大を受けるほどの点数はほぼ不可能と言われていた状態から勉強を始めて見事センター試験の自己採点ではB判定を出してクラス内で有数の国公立大合格が期待されていた。
しかし、彼は前期も後期も落ちてしまったのだ。
「お前、浪人するんだろ?」
「ああ」
痩せこけた彼の顔がどれぐらい肩を落としたか物語っていた。
「浪人って大変だぜ」
「分かってるさ。でも、滑り止めで妥協したくなかったんだ」
「お前らしいな」
「諦めの悪いところだろ?」
「その通り」
「部活もそうだったからな」
「結局ほんの数秒で県総体を逃したけどな」
彼の目に涙はなかったが悔しさが今だに目から滲んでいるようにも見えた。
「そういえば、アズサちゃんはどこ行ったん?」
「本人から直接聞いてないけど東京へ行くみたい」
「大学へ行けるのか」
「みたいだな」
時刻は3時を回り社長の御曹司はうたた寝をしていた。
「おーい岡本、寝てんのかよ」
「おっといけね、酒が回った気持ちよくなって寝てしまった」
「お前は凄いよな、頭良いよな」
「文転だけどな」
「それでもマーチだろ?」
「意外と簡単だったよ」
「いやいや、あんな意識の低いクラスからマーチが出るなんて凄いことだからな」
「まあ、地頭の問題かな」
「殺すぞ」
とても良い気持ちになっていた。鼻腔から抜けていくアルコールと心臓の鼓動がする度に視界がおぼつかなくなっていた。
バーの照明が眠りを誘い、そして俺はいつの間にか煙草の臭いが染みついたカウンターの板の上で目を瞑っていた。




