「またね」という前に⑤
「いらっしゃい。今日はもう閉店しましたよ」
その声の主は顎に少しだけ髭の生えた若そうな紳士だった。
「お!夏斗じゃねぇか!」
「久しぶり!おっさん!」
「社長から聞いたぜ。お前大学生になってここを離れるみたいだな」
「実はね〜。んで、明日出発するから友だちと501に寄ろうかなって考えてたらここに着いたわけなんだよ」
「さっき社長から電話来て、夏斗が来たら頼むって言われた。やっぱ社長の眼は違うね〜」
「親父そんなこと言ったのかよ」
「まあ、ここにいる最後の日に501に来るなんて社長の息子だね〜」
「何となくね。それよりおっさん、いつもの頼む!」
「へいへい。夏斗のダチも同じでいいか?」
何を話しているのか分からなかったが大林と水谷と一と俺は曖昧な返事を岡本が「おっさん」と言っている人へ向けてした。
「なあ、岡本」
「ん?何だよ、山下」
「『いつもの』ってなんだよ」
「ああ、酒のこと」
「は!?」
「ここ、親父の行きつけらしくてガキの頃からよく来ていた店なんだ」
少し照明が物足りなく感じるがそれぐらいがバーの雰囲気が出るのだろう。
そしてひっそりと照明を当てられて壁に掛けられていたものはダーツボードだった。
「ここはダーツバーなの。ダーツやってくか?」
「おお!いいね!!やってみたかったんだよね」
「それなら話は早い」
岡本はカウンターの椅子から立ち上がりダーツを持ってダーツボードの数m先に左足を前に出して立ち止まった。
「まず、ダーツのバレルの部分を親指と人差し指と中指で握るだろ。そして少し前のめりになって紙飛行機を飛ばすように投げる」
岡本の指から離れたダーツは17と書いてあるエリアのブルより少し離れたところに刺さった。
「おぉ!すげえな」
「さすが岡本だな」
岡本はダーツの投げた左手の人差し指で笑顔を見せながら鼻をこすった。
「コイツも成長したよ。最初は床にばかり落ちてポイントが曲がって何本のダーツを無駄にしたことか」
「えへへ。さーせん」
「お前が曲げた分のダーツはきっちり社長に払ってもらったけどな」
そう言いながら「おっさん」は下は赤色、上は白色のした小さなグラスをカウンターに5つ置いた。
「この事は誰かにチクるなよ。SNSにも上げるなよ。捕まるのは俺だから」
「大丈夫!俺ら陰キャだから酒飲んだってイキることできないから」
「それなら安心だ!じゃあ夏斗、乾杯の音頭取れ!」
「はいはーい。では、かんぱーい」
「普通じゃねーかよ」
水谷がツッコミながらも5つの小さなグラスが高い音を立ててバーの中に響いた。
カラオケから出た後にあった眠気はいつの間にかどこかへ飛んでしまっていて、俺らはダーツをして楽しんだ。
これが夜遊びなんだ。
俺らは少しだけ背伸びをして大人になった気分でいた。鼻からアルコールが抜けていくのを感じながら笑い合い、たまにふざけ合いながら時が過ぎて俺らはカウンター席に座りながらカシューナッツを食べていた。
「なあ、少し思い出話でもしようぜ」
いつもはクサいことを嫌う一がアルコールの回った勢いでそう提案した。
「まずはどの話題からにするか?」
「まずは水谷だろ〜、あれは俺らの中でもしばらくネタになったし」
「やめてくれ、あの女は思い出したくない」
「酔いが覚めたら忘れるからさー」
少しだけ酔いの回った俺たちならなんでも話せそうな気がした。




